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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

これぞ暁斎! 世界が認めたその画力

日本人の名匠が鍛え上げた名鏡から強烈な光線が発せられます。光を浴びてのたうつのは洋服を着た悪魔外道たちです。この絵は明治の初めに描かれたもの。急速に西洋化する当時を風刺した作品です。

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「名鏡倭魂 新板」(1874年:明治7年) 

幕末から明治にかけて大変な人気を博しながら、戦後すっかり忘れ去られていた絵師がいます・河鍋暁斎(1831~1889)です。世界有数の質量をほこる暁斎コレクション、イスラエル・ゴールドマンコレクションの展覧会が2月22日からはじまります。

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師匠であった前村洞和が「画鬼」と賞した絵師・河鍋暁斎は幕末の下総国古河に生まれました。幼い頃から絵を好み、7歳で人気浮世絵師・歌川国芳に入門します。10歳の頃、駿河狩野派の絵師・前村洞和愛徳*1に入門先を変え研鑽を積みます。

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1957年暁斎は「朝顔図屏風」で知られる江戸琳派の絵師・鈴木其一の次女と結婚。絵師として独立します。 1868年幕府は瓦解。当時、武家社会に依存していた多くの狩野派の絵師たちが路頭に迷う中、暁斎は歌川派仕込みの反骨精神とアイデア力、あらゆるタッチで描き分ける確かな技術力で時代を生き延びます。

 

幕末から明治にかけての時代は、欧米ではジャポニズムの旋風が巻き起こった時代でした。開国間もない日本には多くの外国人が訪れ、中でも、美術に興味ある人の目に留まったのが人気作家となっていた暁斎でした。

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鹿鳴館三菱一号館の建築家としても知られるジョサイア・コンダーは、暁斎の弟子になり日本画を学びました。後に「暁英」の豪を受けたコンダーは、暁斎の絵日記に登場しています。 明治期の三大英字新聞のひとつ「ジャパン・ウィークリー・メール」の経営者兼主筆のフランシス・プリンクリーも暁斎から日本画を学びました。ドイツ人医師ベルツは暁斎を「日本最大の画家」と評しています。パリにあるギメ美術館の創設者として知られるエミール・ギメが東洋の宗教調査・宗教美術品収集のため来日した際、暁斎はギメと交流します。同行していた画家のフェリックス・レガメーはお互いの絵を写生し合いました。 伝統的な画題にひねりを加えては、楽しい会がを生み出す暁斎の才能は、歌川派の浮世絵が持つ庶民的な精神を狩野派的な確かな技法に支えられていました。

 

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「動物の曲芸」(1871–89:明治4–22年)

曲芸をする動物たちや、シルクハットをかぶり洋服を着た三味線を弾く骸骨など、漫画のキャラクターのような作品からは、暁斎の鋭い観察眼や時代感覚が感じられます。

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「三味線を弾く洋装の骸骨と、踊る妖怪」(1881-89:明治14-22年)

暁斎は伝統的な狩野派の技法も駆使して依頼者の期待に応えあらゆる手法とサービス精神で描き分けました。

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「鬼を蹴り上げる鍾馗」 (1871–89:明治4–22年)

正義の象徴でもあるはずの鍾馗が、鬼を力任せに蹴り飛ばす姿からは、暁斎の逆転の発想と最大の魅力でもある諧謔の精神をうかがい知ることができます。死の直前まで300点近くの注文が集まるほどだったと言われています。

 

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「枯木寒鴉図」(1881年:明治14年)

明治14年、第2回内国勧業博覧会に出品した「枯木寒鴉図」に暁斎は破格の100円という売価をつけ、周囲から非難されると「これは烏の値段ではなく長年の苦学の価である」と答えた(当時、東京の青山の土地が千坪で15円だった)

画鬼と呼ばれた天才絵師、河鍋暁斎の絵にぶったまげる - NAVER まとめ

売れっ子絵師として作品を作り続けた暁斎は実力も兼ね備えた作家でした。1881年に開催された第二回内国勧業博覧会に出品した「枯木寒鴉図」は妙技2等賞牌(日本画の最高賞)を受賞します。山岡鉄舟河竹黙阿弥尾上菊五郎など暁斎の人気は内外に響き渡りました。

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百鬼夜行図屏風」(1871-89:明治4-22年)

百鬼夜行絵巻」とは、妖怪たちが行列をする「百鬼夜行」(ひゃっきやぎょう、ひゃっきやこう)のさまを描いたとされる複数の絵巻物の総称である。室町時代から明治・大正年間頃まで数多く制作された。

仮名垣魯文が歌舞伎役者・守田勘弥へ幅17メートル、高さ4メートルの大きな引幕を贈呈したのですが、暁斎はこの引幕に人気役者を「百鬼夜行絵巻」の一場面としてわずか4時間で描き上げたのですが、やはりお酒を飲んでかなり酔っぱらった勢いで描いたと云います。 

徒然に文明開化の奇想絵師『河鍋 暁斎(きょうさい)』: 賢者の石ころ

 

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地獄太夫と一休」 (1871–89:明治4–22年)

室町時代泉州堺の伝説的遊女。堺高須町珠名長者の囲いものといわれる。山賊にかどわかされ、美貌ゆえに遊女として売り飛ばされる。現世の不幸は前世の戒行のつたなさゆえとして、来世での往生のために、自らを地獄と呼び、地獄変相図を描いた衣をまとい、自らに施すところなく、悟りの境地で仕事に励んだという。江戸時代に流布した一休伝説に登場する。

あらゆるものに興味を示した暁斎は自分の日常生活も几帳面な記録として残しました。

f:id:tanazashi:20170218112746j:plain1870年頃からつけ始めたといわれる「絵日記」です。その日の天気や来客の記録。描き上げた作品と作品が売れた金額。外出先などで出会った人やふと思いついて描いたデッサンなどを帳面に書き記しました。

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なかでも評判になったのが人物の似顔です。その人物の特徴を掴んでさっと描き上げた似顔は、どことなく現代の漫画キャラクターを想起させます。暁斎の元を訪ねた人は奪い合うように「絵日記」を買い求めたといわれています。

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暁斎は描かれた人の個性を瞬時に捉えた「似顔」で人を楽しませました。

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暁斎の描いた日記は数千日にのぼりますが、そのほとんどは散逸してしまいました。残された肖像写真と照らし合わせると暁斎の観察眼と高いデッサン力を知ることが出来ます。暁斎胃がんのため1889年に59歳で死去しますが。亡くなる間際まで絵日記をつけ続けました。f:id:tanazashi:20170218112817j:plain

 

最期を看取ったジョサイア・コンダーは、1911年自らの暁斎コレクションと、教えられた日本画の技法をまとめた「河鍋暁斎・本画と画稿」を出版します。この本格的な研究書は暁斎の業績を今に伝える貴重な資料となります。

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河鍋暁斎ー本画と画稿 (1984年)

河鍋暁斎ー本画と画稿 (1984年)

 

 明治から昭和にかけ暁斎は次第に忘れ去られていきます。暁斎が戯画や風姿がで人気を得たことや、風刺画を描いて投獄(1870年)されたこと、大酒飲みで芸術家にあるまじき素行であったことなどが原因で、卑俗な画家としてレッテルを貼られたのです。

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忘れ去られていた暁斎に光があたったのは、1993年大英博物館で開催された日本人初の回顧展「画鬼・河鍋暁斎の芸術」展の開催でした。江戸と明治の時代をつなぎ、日本と西洋、狩野派と浮世絵、芸術とメディアといったあらゆるものをつないだ暁斎の存在は、メディア・アーチストの先駆けともいえるものなのでしょう。

 

展覧会

 

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河鍋暁斎(1831─1889)は、時代が大きく揺れ動いた幕末から明治を生きた絵師です。幼い頃に浮世絵師の歌川国芳に入門したのち、狩野派に学び19歳の若さで修業を終え、さらに流派に捉われず様々な画法を習得しました。仏画から戯画まで幅広い画題を、ときに独特のユーモアを交えながら、圧倒的な画力によって描き上げた暁斎。本展は、世界屈指の暁斎コレクションとして知られるイスラエル・ゴールドマン氏所蔵の作品によって、多岐に渡る暁斎作品の全体像を示します。

ゴールドマン コレクション これぞ暁斎! 世界が認めたその画力

2017/2/23(木)-4/16(日) Bunkamuraのザ・ミュージアム

www.bunkamura.co.jp

 

youtu.be 

 

www.bunkamura.co.jp

 

書籍など 

別太 河鍋暁斎 (別冊太陽)

別太 河鍋暁斎 (別冊太陽)

 
【狂斎百図】 河鍋暁斎 (妖怪画コレクション?)

【狂斎百図】 河鍋暁斎 (妖怪画コレクション?)

 
暁斎百鬼画談

暁斎百鬼画談

 
暁斎画談 外篇巻之上

暁斎画談 外篇巻之上

 
暁斎春画 -ゴールドマン・コレクション

暁斎春画 -ゴールドマン・コレクション

 

*1:(不明-1841)江戸に生まれ、本郷に住んでいた。名は愛徳。別号に一楽斎、洞和愛徳がある。幼いころから画を好んだが、家が貧しく画を学ぶ余裕はなかった。父親と引火奴を売り歩いて生活する毎日だったが、駿河台狩野家の前を通るたびに門人たちの学ぶ姿を見ていた。ある時、その様子を見た駿河台狩野家五代・狩野洞白愛信が洞和に筆を与えたところ、学んでもいないのに非凡な才能を発揮したという。その後入門を許され「洞和」の名を拝領、推挙されて江戸土佐藩の御用絵師となった。天保12年死去した

日曜美術館アートシーン2月19日

日曜美術館 アートシーン

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下書もせず構想しながら描くという、驚異的制作スタイル。1ミリ以下のペン先が生み出す巨大宇宙!池田学さんの初の大展覧会が開催中です。

今回のモチーフは一本の樹です。
それも災害で傾きつつある巨大な樹。

震災以来、樹はこれまで以上に特別な存在として僕の目に映るようになりました。
陸前高田で見た津波から生き残った一本松や、何世代にわたって成長し続けるバンクーバーの深い森。
ニューメキシコ州の岩山で見た、地面が雨で流され根っこがむき出しになりながら立っていた一本の樹の生命力も忘れられません。。
苦境にあって、ものも言わずそこに立ち続ける樹という存在は、自然そのものの偉大さのみならず、災害によって痛めつけられた我々人間の今現在の姿をも象徴しているようで、制作を進めるうち、徐々に全体を樹にしようという構想が固まってきました。

芸術は作品だけで勝負するものだといわれますが、制作過程や作家の思いもあわせて鑑賞するとより感慨が深まる場合があります。モノよりコトに向かう時の移ろいを感じます。 

ikedamag.exblog.jp

1.池田学展 The Pen ―凝縮の宇宙―(佐賀県立美術館

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会期:2017年1月20日(金)~ 2017年3月20日(月)

わずか1mmにも満たないペンの線から壮大な世界を描き出すアーティスト、池田学(1973~)。1日ににぎりこぶしほどの面積しか描き進めることができないという画面は、緻密さと空間の広がりを併せ持ち、現実を凌駕する異世界の光景を私たちに呈示します。これまで日本をはじめ、韓国、ドイツ、カナダ、アメリカ、ロシアなどでグループ展に参加、2011年にニューヨークで開催された「Bye Bye Kitty!!!」展では、その年に最もインパクトを与えた作品 "Best of 2011" の一つに選出されるなど、国際的に高い評価と注目を集めるアーティストです。

 本展覧会は、これまでの池田の画業の全貌を紹介する、初めての大規模個展です。アメリカ・ウィスコンシン州のチェゼン美術館の滞在制作プログラムで3年にわたり制作された巨大な新作《誕生》をはじめ、国内外のコレクターや美術館が所蔵する作品の数々が、池田の出身地・佐賀に集結します。池田作品のほぼすべてを網羅する約120点に新作のスケッチや制作の記録もあわせて、あふれるばかりの池田の想像力の秘密に迫ります。

池田学展 The Pen ―凝縮の宇宙―|佐賀県立博物館・佐賀県立美術館

 

blog.kenfru.xyz 

2.超・日本刀入門 ~名刀でわかる・名刀で知る~(静嘉堂文庫美術館

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会期:2017年1月21日~3月20日

武士の魂“日本刀”は、1000年におよぶ歴史のなかで、武器として武人を鼓舞し、美術品としても鑑賞されてきました。近年ブームに沸きながら、しかし道具としても美術品としても身近ではない日本刀。「全部同じに見える」「どこを見ればいいのか分からない」「専門用語が難しすぎる」といったさまざまな疑問やお悩みを徹底的に解決します!
国宝の「手搔包永太刀(てがいかねながたち)」をはじめとする選りすぐりの名刀約30振から、日本刀の主な見どころ―姿・刃文(はもん)・鍛え肌(きたえはだ)の鑑賞や、刀剣の歴史や産地、戦国武将が所持した刀の逸話など、めくるめく刀剣の魅力に迫ります。

www.seikado.or.jp

3.何必館 黒から玄へ MAYA MAXX展( 何必館京都現代美術館

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会期:2017年2月3日(金)~3月26日(日)

このたび「黒から玄へ MAYA MAXX展」を開催。MAYA MAXXの創作の軌跡を10年に渡って紹介するこの展覧会も、今年で8回目を迎える。本展覧会のテーマは「黒から玄へ」。前回の展覧会から約2年間、MAYA MAXXは絵を描くことができなかった。思うように描けない日々の中で、MAYA MAXXの作品は、絵具の層が何層にも重なり、何枚描いても最終的には、真っ黒な画面になってしまう。しかし、「黒」とは根源的な色であり、一番色彩豊かな色ともいえ、また「玄」は「宇宙の色」「万物の根源」という意味を持つ。MAYA MAXXは、「悩むことを手放さず、その先にある真の強さを掴み取る」という答えに辿り着いたと言える。絵を描くという行為は、重ねることと、そぎ落とすことのせめぎ合いといえる。それは「悩む力」として、作品にも反映されているのではないだろうか。本展では六曲一双の屏風作品をはじめ、100号の連作など、約50点の新作を展覧する。会期中にはライブペインティングやギャラリートーク、そしてサイン会も開催。この機会に是非ご高覧頂きたい。

何必館 黒から玄へ MAYAMAXX展

4.企画展 利休に見せたいッ! 現代の茶陶 (茨城県陶芸美術館)

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会期:2017年1月2日(月)~3月12日(日)

茶陶とは、茶碗や水指など、お茶席で用いられるやきものの総称です。桃山時代に千利休が侘び茶を大成すると、楽焼や美濃焼備前焼など国産の茶陶が隆盛を迎えます。江戸時代には大名、商人が茶事を嗜み、京焼や萩焼をはじめ茶陶の生産が各地に広がりました。

近代では、昭和の始めごろから、美濃の荒川豊藏や備前の金重陶陽などの、伝統的な産地で活動する個人作家たちが、自身の表現としてその制作に取り組みはじめます。 戦後、これらの作家が重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受けたことや、日本伝統工芸展の開催などをきっかけに、個人作家による茶陶の制作はますます広がりを見せます。志野の鈴木藏や備前焼の伊勢﨑淳は、産地の伝統的な技法に、新たな造形表現を取り入れた作風を展開します。

さらに近年では、産地や窯元などの背景を持たない作家たちが、茶陶を自身の創作へと積極的に取り入れています。竹村友里や桑田卓郎ら若手作家は、茶碗の形状を活かしつつ、流れるようなフォルムで側面を形作った作品や、伝統的な梅華皮かいらぎの技法を肥大化した作品など、これまでの茶陶の形や制作上の制約を逆手に取った、新しい感覚の茶陶を生み出しています。

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本展では、重要無形文化財保持者から現代の若手作家まで、戦後の茶陶の展開を132点の作品によってご紹介します。進化を続ける茶陶の「今」を、ぜひご覧ください。

www.tougei.museum.ibk.ed.jp

 

5.生誕100年 木村忠太展 光に抱かれ、光を抱いて。(高崎市美術館

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会期:2017年1月29日(日)~3月26日(日)

「これこそが魂の印象主義である。」
1953年の渡仏以来、亡くなる1987年まで一度の帰国をのぞき、フランスの自然の光をみつめ続けた木村忠太(きむらちゅうた1917-1987)。その作品の何よりの魅力は、光や大気といった目に見えないものさえありありと感じさせる、心象のリアリティです。ふと光に触れたときの心のわずかな動きと、揺れる光そのものと-。感動するみずからの内と外とのゆらぎそのものをありのままみつめ、線描と色面を幾重にも重ねて描くスタイルを、木村は「魂の印象派」と呼びました。一瞬の光をとらえた印象派を引き継ぎつつ、時の流れ、つまり刻々変化する感動そのものを表現しようと試みているため、絵を前にした私たちも、まるで風景の只中にいるように、あふれる色彩に包まれる経験をします。

本展では高崎市美術館所蔵作品を中心とする油彩、パステル、鉛筆デッサン、リトグラフ95点やパレット、スケッチブックなどの作家資料によって、2017年2月に生誕100年を迎える木村が描こうとした「内なる光」を、東洋と西洋、内なるものと外なるものを巡る木村の思考と制作を手がかりとしながら、点描から線描、そして色面へと折々変化する光の表現の中にたどります。

生誕100年 木村忠太展 光に抱かれ、光を抱いて。 | 高崎市 

6.山口蓬春邸のおもてなし―蓬春夫妻の美意識を探る―(山口蓬春記念館)

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会期:2017年1月6日(金)~3月20日(月・祝)

山口蓬春(1893-1971)の終の住処となった邸宅は、数々の名作を生みだすとともに日本芸術院会員就任(昭和25年)、文化勲章受章(昭和40年)など画壇での華々しい活躍を支える場所でもありました。多くの文化人たちが集うとともにまさに蓬春の"創造の源泉"となったこの葉山一色の邸宅には、蓬春とかれを支え、自らも日本画を学んだ春子夫人の美意識がその暮らしの隅々にまでいきわたっていたといいます。

本展では、蓬春夫妻の審美眼に根ざした在りし日の山口邸の暮らしに思いを馳せながら、夫妻の作品および愛蔵のコレクションを通じて今に息づく夫妻の美意識とその魅力を探ります。

開催中の展覧会 - 山口蓬春記念館

龍の歯医者

アニメーション

2017冬期待のTVアニメから

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龍の歯医者

彼の国には龍が棲んでいる── 神話によれば、古の人々との契約により、龍は人を助け、人は龍を助けるという… 舞台は “龍の国”。 主人公は、国の守護神 “龍”を虫歯菌から守る新米・歯医者の野ノ子。 隣国との戦争が激化する中、ある日彼女は、龍の歯の上で気絶した…

放送日

2017年2月18日~

番組内容

彼の国には龍が棲んでいる──
神話によれば、古の人々との契約により、龍は人を助け、人は龍を助けるという…
舞台は “龍の国”。主人公は、国の守護神 “龍”を虫歯菌から守る新米・歯医者の野ノ子。
隣国との戦争が激化する中、ある日彼女は、龍の歯の上で気絶した敵国の少年兵を見つける。少年の名はベル。大きな災いの前に龍が起こすと言われる不思議な現象で、巨大な歯の中から生き返ったものだった。自らが置かれた状況に戸惑うベル。そして彼を励まし、彼を龍の歯医者として受け入れる野ノ子。激しい戦いに巻き込まれながら、二人はやがて自らの運命を受け入れて行くことに…

アニメーター見本市で公開された「龍の歯医者」。龍の国を舞台に壮大なスケールで描かれる冒険ファンタジーが長編となって登場します。

youtu.be

制作スタッフ

原作・脚本:舞城王太郎、監督:鶴巻和哉、脚本:舞城王太郎/榎戸洋司、キャラクターデザイン:井関修一制作統括・音響監督:庵野秀明、音楽 TOMISIRO/ナカムラヒロシ 、制作会社:スタジオカラーhttp://www.khara.co.jp/2016/12/16/ryu1216/

www.nhk.or.jp

「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」とキュレーター・片岡真実さん

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現代アートを中心に様々なジャンルの展覧会をキュレーションしてきたのが森美術館チーフ・キュレーターの片岡真実さんです。片岡さんのインタビュー記事を読むと、展覧会を陰で支えるキュレーターが果たす使命と役割を再確認することができます。

www.realtokyo.co.jp

日本アートの位置づけ

言語化できない感覚というものを日本だけの問題として捉えるのではなくて、東洋、アジアをつなぐ何らかの課題として見たときに日本の在り方が見えてくるのではないか。日本は他のアジア諸国と比べて中途半端に早く近代化してしまいましたが、近代化と自国の伝統や文化という二重性は、この20〜30年、どの非欧米系文化の中でも大きな課題になっています。メキシコでもロシアでも、ラテンアメリカでも、みんなが独自性を模索している。日本はその課題を100年前に議論し、その後戦争に突入し、戦後はアメリカの背中を追いかけて、バブル崩壊して、この20年は目標や位置づけを喪失して漂流している。

世界基準のアートというのはいま、存在しない

西欧近代化以前の文化を持ち続ける地域には、大地のエネルギーを感じ取ったり、ヒエラルキーや時間の概念さえない社会や共同体で暮らす人たちがいる。彼らが共有する近代化とは別の価値観を再検証してみると、日本の自然観や宗教観にも驚くほどつながりがあって、それが現代アーティストの作品にどのように反映されているのか、いまとても興味を深めています。

一方、ニューヨークやハリウッドのカフェで編み物をするのが流行っているという話もあるように、ハンドメイドという非効率的で生産性の低い作業への欲求も広がっています。スターリング・ルビーのように彫刻の素材として粘土や焼き物をアーティストが使うような現象からも、近代化、大量生産、合理化、効率化と相反する価値観が再評価されていることは実感します。意識の中で仮想空間の占める割合が大きくなっている世代の中で、温度や触感など感覚や精神性といったものに対する自然な欲望が生まれているのだと思います。

片岡さんがキュレーションした展覧会が「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」( 2017年2月4日(土)-6月11日(日)森美術館)です。N・S・ハルシャは1969年にインド・マイスールで生まれのアーティストです。

http://blogs.mensclub.jp/cow_kawasaki/files/2017/02/IMG_8873.jpg 

www.mori.art.museum

 

「今日のインド現代美術のなかでも、最も洗練されたアーティストのひとりとして国際的にも高く評価されて」いるハルシャは、インドの伝統文化や自然環境に向き合いながら、絵画を中心に宇宙や日常の営みまで幅広いテーマを取り上げた作品を発表しています。

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インスタレーション「空を見つめる人びと」(2010)。床に描かれた人々の上に立ち、天井を見上げると、群衆の中に紛れて空を眺める自分を発見することができます。「人々が見つめる先にあるものは何か」「自分はどこにいて、世界はどこに向かっているのか」など、様々な思いを巡らすことができる作品です。

http://takahshi.monologue.jp/wp-content/uploads/2017/02/IMG_8426.jpg

 

ハルシャの作品には大勢の人々が登場します。老若男女や様々な職業の人々、映画のヒーローやインドの神さま、動物まで登場します。描かれたキャラクターは約2000人(匹)。何度見ても新しい発見が有り、見飽きません。

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ハルシャは故郷インドの一地方都市・マイスールを舞台にした作品も数多く制作しています。日常生活を題材に政治経済や文化さらにはグローバルな動向を批判的に捉えた作品からは、日本とは異なる文化と価値観の違いを読み取ることができます。

http://blogs.mensclub.jp/cow_kawasaki/files/2017/02/IMG_8900.jpg

 

遊び心あふれる豊かな発想と地域に暮らす人々への温かいまなざし、やんわりとした批判精神。中国やアフリカ、インド、中東など成長著しい地域の現代アートの中に、きらりと光る作家や作品が次々に生まれていることがわかります。

「世界基準のアートというのはいま、存在しない」という発見に出会うことができます。

https://spice.eplus.jp/images/JgCjwJSWVA8i4qlfWtgLjNLBl3sIw6cPHxve29j3DyZuNZYzm52LYeTYTEt3OX9G/

 

ひるがえって日本を見ます。

日本のアニメ産業は1兆8253億円となり、前年比12.0%増となった*1そうです。アート・エンタメ系の持つ潜在力はあなどれません。http://animationbusiness.info/wp-content/uploads/2016/09/%E7%84%A1%E9%A1%8C2.jpg

大衆文化を含めた日本文化を国内外へ発信することで、国際貢献と産業の育成を進めていこうというのが日本の戦略です。平成28年3月にまとめられた報告書*2によると、クールジャパン産業を支える人材確保のために外国人人材の受入促進をめざす方向性が示され、その恩恵を受けるかのように、私たちはかつてないほど豊富なコンテンツに接する機会が増えています。

 

技術や表現メディアを「日本のブランド」にして育成するだけでは、輸出を中心とした一方通行の振興策にとどります。100年前の明治初期、日本の書画骨董が海外に流失した時代と意識の上では変わりません。注意して見ていかなくてはならないのが、ハルシャ展のような非西欧のアートなのではないかと思いました。

日本の文化が伝承してきた精神性。自然観や価値観を世界に伝え、別の価値観を持った人たちの精神性や価値観を共有することが、日本文化の発信力をより力強いものにしていくように思います。

 

*1: 日本動画協会が11月に発表した「アニメ産業レポート2016」から

*2:「国家戦略特区における追加の規制改革事項等について」

美術展2017ぴあ・大注目の美術展8

https://prtimes.jp/i/11710/331/resize/d11710-331-746315-0.jpg

2017年はコレがくる!大注目の美術展8

「美術展ぴあ 2017 2017年絶対!観るべき美術展&展覧会181」が推す情報です。ティツィアーノブリューゲル、雪村、海北友松、河鍋暁斎など、ツウ好みの画家の美術展が多数開催される2017年。オールドマスター、ジャポニスム北斎ナビ派、日本の国宝、茶の湯……など、こだわりのテーマの展覧会にも注目が集まりそうです。西洋美術・日本美術から現代アート、歴史&博物展まで、2017年に絶対観るべき美術展&展覧会181をガイド。美術用語の基礎知識、美術展カレンダーなども収録。

 

エルミタージュ美術展所蔵 これが「正統」の西洋美術だ

エルミタージュ美術館 オールドマスター西洋絵画の巨匠たち

hermitage2017.jp

巨匠ブリューゲルの傑作「バベルの塔」を読み解く

ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲルバベルの塔」展

babel2017.jp

ヴェネツィアの黄金期を目撃せよ

ティツィアーノヴェネツィア派展

www.tobikan.jp

ジャポニズムの傑作と天才絵師・北斎の浮世絵 世紀の競演

北斎ジャポニスム

hokusai-japonisme.jp

 

変幻自在の”画鬼”暁斎の驚才

ゴールドマン コレクション これぞ暁斎! 世界が認めたその画力

www.bunkamura.co.jp

型破りこそが身上です。(雪村)

特別展 「雪村-奇想の誕生-」

特別展 「雪村−奇想の誕生−」

筆を携えた武士 海北友松の謎

開館120周年記念特別展覧会 海北友松(かいほうゆうしょう)

www.kyohaku.go.jp

草間彌生ワールドを楽しむ3つの秘密

草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館

kusama2017.jp

形は無限である

アートの言葉

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形が確定するまでは可能性は無限に開かれています。形は、無形との対極にあるものです。一つの形を解体することは、構造的に力強いだけでなく、意味が崩壊するという点においても面白いのです。形は、ある知覚やものの考え方を具体化したものです。具体化する必要も脅かし、私たちが慣れ親しんだ物の不変性に対する感覚を揺るがす物です。形は容れ物であり、開いたり閉じたりする物なのです。

アウトサイダー・アートに出会える美術館&ギャラリー(国内)

アウトサイダー・アートに出会える

美術館&ギャラリー

http://abtm.jp/image/free/ab6.jpg

「鞆の津ミュージアム」(広島)

http://abtm.jp/blog/336.html2012年、日本財団支援の元瀬戸内海を望む景勝地鞆の浦にある築150年の蔵を改装して開館。運営は障害者支援を行う社会福祉法人。障害の有無や有名無名を問わず、現代美術に接続しながら、生活の中で生み出される表現や創作物に光を当て、多様な価値観を提示している。

abtm.jp

https://d1fdy26u973qrp.cloudfront.net/projects/kushiterra/cf35ed07-5061-45ed-a04c-6206c4c20131

「クシノテラス」(広島)

鞆の津ミュージアムの立ち上げに携わった"アウトサイダー・キュレーター"櫛野展正が独立し、2015年にオープン。

https://d1fdy26u973qrp.cloudfront.net/projects/kushiterra/c0a58cb3-8054-4c8d-8b33-0b9170ff7e78

障害の有無にかかわらず、世の中から正当な評価を受けていない作品を精力的にすくい上げ、紹介している。

クシノテラスは日本唯一のアウトサイダー・キュレーター櫛野展正が広島県福山市につくったアートスペースです。現在は展覧会や作品販売を行うギャラリーとトークショーなどのイベントを行うオフィスの2つの機能があります。

kushiterra.com

 

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「ボーダレス・アートミュージアム NO-MA」(滋賀)

障がい者と健常者の作品を分け隔てなく展示することで「人の持つ普遍的な表現の力」を提示。障害の有無・福祉と文化といったさまざまな協会を超える実践を行う。社会福祉法人が運営。昭和初期の町屋「野間邸」を改修し2004年にオープンした。

www.no-ma.jp

http://hajimari-ac.com/img/learn/appearance.jpg

アール・ブリュット はじまりの美術館」(福島)

東日本大震災の影響で取り壊しの危機にあった明治初期の酒造を改修し2014年に開館。社会福祉法人が運営。

http://hajimari-ac.com/img/enjoy/cafe_img.jpg


www.hajimari-ac.com

 

http://www.tochinavi.net/img/wrapper.shtml?src=/img/spot/01/IMG01_294470d04bbafeb9e62e2b8328fa115791ecd5ff.jpg&w=400&h=268&bg=white

「もうひとつの美術館」(栃木)

明治・大正時代の廃校を再利用し2001年に開設された。アウトサイダー・アートをテーマとした日本初の美術館。

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www.mobmuseum.org

 

http://www.3331.jp/floor/img/photo208_02.jpg

「A/Aギャラリー」(東京)

日本で初めて障がいのある作家の作品を専門に扱うギャラリーとして2010年にオープン。NPO法人エイブル・アート・ジャパンが運営している。

ABLE ART JAPAN エイブル・アート・ジャパン

 

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「みずのき美術館」(京都)

知的障がい者の入所施設みずのきで1964年に始まった絵画教室の作品を所蔵。2012年に開館した。

http://www.ameet.jp/wordpress/wp-content/uploads/1610_da_2015-04-08.jpg

www.mizunoki-museum.org

http://www.mokunokai.jp/wp/wp-content/uploads/cs_r23kirinya01.jpg

「ギャラリー きりん舎」(京都)

庭師で京都造形藝術大学の非常勤講師も務める塩見篤史と妻の節代がアール・ブリュットに感銘を受け、2012年にオープン。名称はこの地で妻の実家が営んでいる「キリンヤ洋服店」から。

ayabe-kirinya.com

http://warakoh.com/wp-content/uploads/museum_image.jpg

「藁工ミュージアム」(高知)

ワラ工場を改修し2011年に開館。運営は福祉事務所を展開するNPO法人。福祉とアート、地域とアートをつなぎ、アウトリーチ活動にも力を入れている。

http://warakoh.com/museum