チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

そして“カワイイ”が生まれた ~内藤ルネ 光と影~

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今、世界を席巻する“Kawaii”――

その生みの親といわれるのが愛知県出身のアーティスト・内藤ルネ

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それまで誰も見たことのない「明るく元気な少女のイラスト」から「パンダのキャラクター」まで、社会にカワイイを浸透させてきましたが、その存在は謎に包まれてきました。

youtu.be

しかし死後10年を経た今年、NHKはその胸の内を語った手記を独占入手、数奇な人生が明らかになってきました。


戦後の日本人女性やLGBTといった社会的マイノリティだった人々を肯定し、勇気を与えてきたルネの生涯。

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“自分らしさ”を貫き通した信念の裏側には何があったのか――多様性と不寛容が混交する現代を生きるあなたへ、ルネが「カワイイ」に込めた本当のメッセージをお伝えします。

「少女」の付録|内藤ルネの乙女チック「ら・り・るね」

出演 ピーコさん(タレント),増田セバスチャンさん(アートディレクター),香山リカさん (精神科医立教大学教授),伊藤文學さん(雑誌『薔薇族』初代編集長),池田理代子さん(漫画家),宇野亜喜良さん(イラストレーター) ほか

そして“カワイイ”が生まれた ~内藤ルネ 光と影~

放送:2018年3月7日

 

アートはサイエンスII

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会場に響く電子音。

手のひらサイズのテレビモニターが並びます。

映像を受信することがなくなった廃棄物です。

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軽井沢のNEWアートミュージアムで開かれている

「アートはサイエンスⅡ」はアートとサイエンスの関係に注目した展覧会です。

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コンピュータが開発されて間もなく、

ハロルド・コーエン*1人工知能AIに注目。

絵を描かせようと40年近く挑戦を続けてきました。

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人工知能であるコンピュータを「アーロン」と名付け、

学習を繰り返してきたのです。

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アーロンにまず教えたのは線を書くには、

丸く閉じる書き方と、閉じない書き方があるということでした。

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アーロンはやがて人間の姿を描き出します。

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そして顔の豊かな表情まで描くようになります。

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挑戦からおよそ30年。

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ついにアーロンは抽象画まで描きはじめました。

しかし、もともと抽象画家だったコーエンはその色使いが気に入らず、

自分のセンスで絵を塗り替えてしまいます。

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こうしてアーロンの描いた形にコーエンが色を塗る。

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人工知能AIと、人間の奇妙な共同作業で

アートが生み出されるようになりました。

 

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日本でも人工知能のアートへの応用が進められています。

こちらはアーチスト集団Daisyによる作品。

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daisy* 「Kojimachi Shoran 麹町勝覧」 on Vimeo

江戸時代の街並みを再現しています。

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人工知能によって登場人物の動きや街並みの時間が刻々と変化し、

二度と同じ状況にはなりません。

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たとえば甘酒屋と団子屋が出た翌日にはまた違った店が。

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夜には幽霊が現れることも。

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www.daisy-co.com

会期:2017年10月7日~3月31日
会場:軽井沢ニューアートミュージアム

*1:1928年生まれ。51年ロンドン大学スレイド美術学校卒業。 66年ヴェネツィア  ヴィエンナーレの美術展で 英国を代表する五人のうちの一人に選ばれる。68年にはじめてコンピュータプログラムを書く。 69年カリフォルニア大学サンディエゴ校の教授。 73年コンピュータ画家・アーロン誕生。現在に至るまでアーロンは 進化しつづけ、世界各地での各種展覧会や展示会、 個展、壁画作成などを行った。

没後30年 鈴木賢二展 昭和の人と時代を描く― プロレタリア美術運動から戦後版画運動まで

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没後30年。鈴木賢二の展覧会です。

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社会運動のポスターなどを手掛けた鈴木賢二。

千点を超える版画作品を残しています。

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見つめていたのは日々を懸命に生き抜く人々の姿。

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一メートルを超える作品です。

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特に注目していたのは人生が刻み込まれた顔。

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その思いを訴えかけるかのようです。

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市井の人々をいきいきと描いた鈴木賢二(1906-1987)は、版画家として、彫刻家として、そして漫画家として、昭和という困難な時代を駆け抜けました。

その優れて前衛的な造形は、近代美術史のなかでも存在感を示しています。

栃木県下都賀郡栃木町(現・栃木市)に生まれ、のちに北関東の戦後版画運動を担った鈴木賢二は、1925年に東京美術学校(現・東京藝術大学)の彫刻科に入学後、プロレタリア美術運動に熱中し、漫画やスケッチで人物表現に秀でた才能を発揮しました。

1932年暮れ頃に栃木へ帰郷してからは彫刻家として活躍し、やがて第三部会の会員にもなったほか、工芸やエッチング制作など、多彩な分野への挑戦を試みています。

第二次世界大戦後には、社会運動にかかわった木版画を多く制作し、日本国内にとどまらず、中国や旧ソビエト連邦ど、国際的な広がりのなかで活動しました。

そのメッセージ性の強い版画によって平和を希求し、懸命に生きる人々の側に立ち続けました。

ときに時代の波に翻弄されながらも、生涯にわたって、農村に生きる人々や都市の労働者たちに温かい眼差しを向け、そして快活な子どもたちを慈しみ深くとらえ続けた美術家です。

本展は、鈴木賢二版画館 如輪房の全面的な協力を得て、初期から晩年までの全貌を紹介するものです。

版画、彫刻、工芸、資料など約350点で構成し、栃木市ゆかりの美術家を回顧します。

www.art.pref.tochigi.lg.jp

会期:2018年1月13日~3月21日
会場:栃木県立美術館

鈴木賢二版画館 如輪房

没後50年 中村研一展

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昭和の洋画界を牽引した一人。

中村研一の展覧会です。

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流行の服を着てポーズを取る女性。

モダンな家具に囲まれ。集う人々はみな物憂げな表情を浮かべています。

この作品で中村の名声は一気に高まります。

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その後中村は戦争画を手がけます。

上から見下ろすように描き、

歴史の目撃者になったように感じさせる視点が絶賛されます。

しかし、戦後状況は一変。

戦争画やそれを描いた画家たちに非難が集中します。

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そんな中描かれたのが

ベトナムの民族衣装をまとった女性の姿。

実は中村は、戦争画の取材旅行の際、

現地の風俗にも深い関心を寄せていたのです。

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会期:2018年2月3日~3月11日
会場:福岡県立美術館

fukuoka-kenbi.jp

 

中村研一は宗像市出身、東京美術学校西洋画科を卒業したのちフランス留学を経て、帰国後は帝展で受賞を重ね、戦後の日展に至るまで審査員を歴任するなど、昭和期官展洋画の中心的存在として活躍しました。正確なデッサンと端正な筆致で造形的に構築された大画面作品を得意とし、作家として全盛期を迎えたと言われる戦争画などは中村の真骨頂として評価されています。本展では、戦前期の官展や戦後の日展に出品した代表作や戦争画を紹介するのはもとより、生涯愛着を持ち続けた宗像や新居浜というゆかりの場所を主題とする作品も含めてその画業を再考し、彼が生涯追求し続けたリアリズムとはいかなるものであったのかを検証します。正統な写実に貫かれた風格あふれる絵画は、彼が生きた近代という激動の時代の中でも時流に流されることなく追求し続けた「絵画の真実」として、今を生きる我々にも時代を超えて訴えかけてくることでしょう。

 

和装の美 松園・清方・深水を中心に

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着物姿を描いた日本画を中心に紹介する展覧会です。

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上村松園が描いたのは春らしい装いの娘。

体をひねるようなポーズに大人の女性の色香が漂い始めています。

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こちらは近世に見られた着物姿。

池田松園が描きました。

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細い帯のゆったりとした着付けです。

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鏑木清方は江戸好みの着物姿を描いています。

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落ち着いた色の着物に赤い襦袢が印象的です。

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日本画の主要な画題として知られる、女性の美しさを描いた「美人画」は、室町時代の風俗画に端を発し、婦女子の衣装、容貌の美を捉える作品から浮世絵を経て、近代の女性像へと変化と発展を遂げてきました。なかでも、和装の女性像はたおやかな仕草や表情が広く好まれ、人々の憧れや時代の風俗を映す鏡として、多くの作品が描かれました。

本展覧会では、美人画家として名高い上村松園鏑木清方伊東深水を中心に、はんなりとした京美人から江戸の粋な女性の姿まで、さまざまな和装の女性を描いた作品を展観し、日本画における格調高い和装表現の魅力をお楽しみいただくとともに、日本の伝統的な衣服である染織作品や和装にまつわる工芸品などをご紹介します。

会期:2018年2月10日~3月21日

会場:高崎市タワー美術館

 

和装の美 松園・清方・深水を中心に | 高崎市

開館60周年記念展 第五幕 応挙は雪松、呉春は白梅。

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江戸時代に生まれた円山派と四条派。

近しい関係にある2つの流派を紹介する展覧会です。

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円山派を築いた円山応挙

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写生を重視したリアルな表現で日本画の世界に大きな足跡を残しました。

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その弟子長沢芦雪

円山派の臨場感溢れる世界は大名家や豪商の人気を集めました。

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いっぽう、四条派の中心人物となったのが呉春。

与謝蕪村に俳句や絵画を習っていました。

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その後円山応挙に影響を受け、写生の要素を取り入れます。

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こちらも四条派。

情感ある画風が関西を中心に流行しました。

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www.hankyu-bunka.or.jp

逸翁美術館開館60周年記念展、第五幕は「応挙は雪松、呉春は白梅。」と題して催します。円山応挙が率いた円山派の画家達の作品、呉春に代表される四条派の作品を陳列し、同じ時代を駆け抜けた画家達が織りなす、華やかな京都画壇の魅力を紹介します。

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 けれども、円山四条派などといって、ともすれば一つとして語られがちな円山派と四条派。その二つの流派の違いは、一体どこにあるのでしょう。この展示では、著名な応挙の「雪松図屏風」(三井記念美術館、国宝)の習作とされる当館蔵の応挙「雪中松図屏風」と、呉春の代表作としてお馴染みの「白梅図屏風」(重要文化財)との対照を見所の一つとします。第五幕 雪中松図屏風R1

それとともに、それぞれの門人達の作品を集め、流派による志向の違いを際立たせてみようと思います。列品は、長沢芦雪筆「牡丹孔雀図」や呉春筆「秋夜擣衣図」(重要美術品)など、約50点を陳列いたします。

 

日曜美術館「芸術はすべて心である~知られざる画家不染鉄の世界~」

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日曜美術館「芸術はすべて心である~知られざる画家不染鉄の世界~」

去年の夏、東京で初めての回顧展が開かれ、美術関係者の注目を集めている日本画家、不染鉄*1
1996(平成8)年、奈良県立美術館で開催された20年記念特別展を経て、没後40年の2017(平成29)年、東京ステーションギャラリー奈良県立美術館の2カ所巡回で、回顧展を開催し、大きな反響を得た。。人生の足跡を明らかにしながら、不染鉄の郷愁あふれる幻想の風景世界を紹介する。

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去年の夏、東京で初めての回顧展が開かれ、美術関係者の注目を集めている日本画家、不染鉄(1891~1976)不染鉄は人生の中で出会った風景を、生涯繰り返し描いた。生まれ育った寺院のイチョウの木。漁師として暮らした伊豆大島の村落と海。奈良・西ノ京に住んで見た古都の情景。番組では、晩年不染鉄と絵葉書の交流をした女性などの証言によって、人生の足跡を明らかにしながら、不染鉄の郷愁あふれる幻想の風景世界を紹介

【出演】倉石美子,日本画家…上村淳之,大正大学名誉教授・光円寺住職…佐藤良純,時得孝良,【語り】高橋美鈴

放送日

2018年2月25日

 

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取材先など

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blog.kenfru.xyz

 

 

 

 

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av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

 

展覧会


*1:1891(明治24)年、東京生まれ。小石川の光円寺住職であった不染信翁と母・梅田かの子の間に生まれる。
幼少期は複雑な家庭環境からか、素行の悪さで周囲を困らせ、千葉の漁村の寺に修行に出されたりもするが、20歳前後で両親を亡くす。絵の道に進むとを決め、1914(大正3)年、23歳で日本美術院研究会員となる。制作に邁進するも才能と将来に不安を抱え身を持ち崩し、その頃出会った妻とともに伊豆大島へ渡る。悪天候のなかたどり着いた漁村・岡田村で温かく迎えられ、漁師のまねごとをして3年程暮らす。その後、美術研精会で《秋声》が佳作に選ばれたのを機に京都へ移住し、京都市立絵画専門学校日本画予科に入学。以降、帝展での受賞が続き、1923(大正12)年、京都市立絵画専門学校本科を首席卒業。上村松篁とは親しく、長く交流が続いた。やがて住まいを奈良へ移し、帝展への出品を中心に制作を続けていたが、1946(昭和21)年、初代理事長が戦後の公職追放にあったため、かわりに奈良県正強中学校の2代目理事長に就任し、その後、校長となる。退職後、67歳で妻を亡くし、市内の知人の好意で敷地内に小さな家を建て暮らす。1976(昭和51)年2月28日、84歳で直腸がんのため死去。