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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

札幌国際芸術祭2017

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札幌国際芸術祭2017

テーマ:芸術祭ってなんだ?

でっかい北の大地を舞台にした始まったばかりの芸術祭です。札幌や北海道の人たちがこれまでつくってきたものや、前回の芸術祭の残してくれたものを生かしつつ、耳をすまし、目をこらし、体で感じつつ、おおらかに、ときにやんちゃに、ここでしかできない「芸術祭」をみなでつくっていきませんか。やれ美術ではこうだ、音楽ではこうだなんてことは二の次にして「札幌ではこうだ!」と言えるような新しい「芸術祭」を目指してみませんか。ここで出会ったみなさんとならそれができそうな、そんな素敵な予感がしています。

開催日時:2017年8月6日(日)~2017年10月1日(日)
会場:札幌芸術の森モエレ沼公園、まちなかエリア、円山エリア、札幌市資料館 他
公式サイト

siaf.jp

日曜美術館アートシーン3月13日

アートシーン 日曜美術館

日曜美術館アートシーン*

 

1.草間彌生 わが永遠の魂(国立新美術館

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会期:2017年2月22日~5月22日

世界を舞台に活躍する前衛芸術家、草間彌生(1929年-)。1950年代後半に単身ニューヨークに渡って以降、絵画、彫刻、インスタレーション、映像、さらには小説に至るまで、広範な活動を展開してきました。デビュー以来一貫して時代の最先端を走り続け、今なおその創作意欲はとどまるどころか、さらに加速しています。近年では欧米、中南米、アジア、そして日本など世界各地で大規模な個展を次々と成功させており、今や「日本が生み出した最も傑出したアーティスト」といっても過言ではないでしょう。本展では、2009年から草間が精力的に取り組んでいる大型の絵画シリーズ「わが永遠の魂」のうち日本初公開作品約130点を中心に据え、初期から現在に至る創作活動の全貌を約270点の作品によって総合的にご紹介します。 

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草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館

 

2.丸山コレクション 西アジア遊牧民の染織 ~塩袋と旅するじゅうたん (たばこと塩の博物館

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会期:2017年1月21日~4月9日

イランを中心とした西アジア地域に展開するバルーチ族やカシュガイ族、クルド族などの遊牧民たちは、伝統的に、各部族を象徴する紋様を織り込んだ羊毛織りの塩袋(ナマクダン)を制作・伝承してきました。塩袋は、精緻な紋様をもつ染織品としての魅力だけでなく、ユニークな凸型の姿も、見る者を楽しませてくれます。さらに、家畜群のコントロールなど、生活の中で重要な役割を担う“遊牧民にとっての塩”を物語る好資料でもあり、当館でも注目しているところです。
今回展示する「丸山コレクション」は、 もはや現地でも入手不可能な百~数十年前の絨毯やキリムを中心に、塩袋や鞍袋、食卓布といった生活用品にまでおよぶ、遊牧民染織品の一大コレクションです。
個人の資料であり通常は公開されていませんが、当館では2008年にそのうちの塩袋と生活用袋物を中心とした展覧会を開催し、好評を得ました。
今回は、その「丸山コレクション」の中から、遊牧民ならではの魅力にあふれた絨毯に重心を置いて作品を選び、塩袋とあわせて、すべて初公開の約70点を展示します。旅を前提とした厳しい遊牧の暮らしの中で、一心に織られた染織品としての“美しさ”とその“迫力”に触れていただければ幸いです。

丸山コレクション 西アジア遊牧民の染織 ~塩袋と旅するじゅうたん~|特別展|たばこと塩の博物館

3.デビュー50周年記念展 池田理代子ー「ベルばら」とともにー (日本橋高島屋

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会期:2017年3月8日~3月20日

2017年は『ベルサイユのばら』の作者・池田理代子が作家生活50周年を迎える記念年である。展示会では代表作『ベルサイユのばら』の魅力とともに、半世紀にわたる歩みと多彩な作品を紹介する。初期の社会派作品から『女帝エカテリーナ』などの歴史ロマン、音楽への思いあふれる『オルフェウスの窓』、そして40年ぶりの復活が話題を呼んだ『ベルばら』の新作「エピソード編」まで、初公開を含む貴重な原画や資料200点以上を通して創作の軌跡をたどる。 

www.asahi.com

4.描かれた茶の湯(茶道資料館)

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会期:2017年1月7日~3月29日(日)

「日常茶飯事」と言われるように、茶は身近なものとして人々に親しまれてきました。
 室町時代には、寺社など人が集まる場で茶が振る舞われる一方、精神性を前 面に押し出した「わび茶」が誕生し、茶室の中で亭主と客が一体となって、その空間・時間とともに茶を味わうようになります。天正15年(1587)、豊臣秀吉が貴賤や貧富を問わず参加を呼びかけた「北野大茶湯」では、800もの茶屋が設けられたと言い、茶の湯の流行をみることができます。男性主体に行われてきた茶道は、明治時代になると、身に付けるべき礼式の一つとして女性たちにも広まり、今日に至っています。
 本展では、主に江戸時代から明治時代にかけて様々な形式の茶の湯を描いた絵画を紹介します。

http://www.urasenke.or.jp/textc/gallery/tenji/tenjinow/image/tenji-01-s.jpg

-裏千家ホームページ 茶道資料館

 

5.ルノワール展(宮城県美術館

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会期:2016年9月24日(土)~12月11日(日)

明るい陽光のなかで、あどけない表情を浮かべる少女。あるいは、柔らかい光のなかで、静かに読書する女性。これらのイメージには、ひとかけらの悩みもなく、画面の隅々まで幸せな情感に満たされています。このことが、ルノワールが多くの人々に愛され続ける理由ではないでしょうか。ルノワールが幸福感に満たされた絵を描いた背景には、楽しげな主題だけが楽しげな絵画を生み出すという確信があったからだといわれています。

今ではルノワールの描き出す光り輝く表現に私たちは無条件に心地よさを感じますが、当時のフランスの美術界ではなかなか受け入れられず、厳しい評価にさらされました。私たちが親しんでいるルノワールのやさしい表現は、実は絵画における革命でもあったのです。

本展覧会では、ルノワールがその才能と絵画の革命を一気に花開かせたいわゆる『第1回印象派展』出品の代表作、《バレリーナ》(ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵)をはじめ、初期の印象派展の時代から、後期の無邪気にたわむれる明るい裸婦像まで、国内外の作品を展示し、ルノワールの魅力をあますところなくご紹介します。

 

ルノワール展 - 宮城県公式ウェブサイト

 

6.江戸に長崎がやってきた! 長崎版画と異国の面影(板橋区美術館)

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会期:2017年2月25日(土)~3月26日(日)

祝砲を放ちながら長崎港に入港するオランダ船や唐船、ギヤマンの杯や肉料理が並ぶ出島商館員の食卓など、海外との貿易都市である長崎に材を求め、異国趣味に溢れた町の雰囲気を伝える版画があります。江戸中期から100年以上もの間、長崎で版行され、主に土産物として親しまれた「長崎版画」です。
市中にあった複数の版元が、制作から販売まで一貫して手掛けたこれらの版画には、作者の署名どころか、版元名すらないこともしばしばでした。実態は謎に包まれていますが、西洋画法に秀でた荒木如元や川原慶賀、舶来画を鑑定・模写する唐絵目利まで様々な画人が関わったと推測されています。また、版元・大和屋に入婿した磯野文斎のように、合羽摺を主とした長崎版画の世界に、江戸仕込みの本格的な多色摺で挑み、洗練された作品を世に送り出した絵師もいました。
本展覧会は、長崎版画の源流とされる蘇州版画や、その影響が色濃い初期作品から、報道性を盛り込んだ幕末の作品まで約100点により、長崎版画の多彩な魅力を紹介する近年にはない試みです。さらに、長崎で描かれた異国の面影を感じさせる肉筆作品約30点も展示し、長崎版画を取り巻く諸相を探ります。

板橋区立美術館

日曜美術館「今が いとおし~鬼才 長谷川利行(はせかわとしゆき)~」

日曜美術館

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日曜美術館「今が いとおし~鬼才 長谷川利行(はせかわとしゆき)~」

1930年代、東京の風景や人々を描いた画家、長谷川利行簡易宿泊所などに寝泊まりする生活。現場で猛烈な速さで描く絵。長谷川利行の独創的な絵の魅力を探る。

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1930年代、東京中を歩き回り、機関車庫やガスタンクなどの風景をはじめ、盛り場の踊り子やウエイトレスなど名もなき人々を描き続けた画家、長谷川利行。街角やカフェなどの現場で猛烈なスピードで描く利行の絵は、独創性に溢れていた。簡易宿泊所などに寝泊まりしながら、描いた絵を惜しげもなく宿代や、酒代として売った利行。長谷川利行の破天荒な暮らしぶりを浮かび上がらせ、その独創的な絵の秘密と魅力を探る。f:id:tanazashi:20170309223543p:plain

【出演】美術評論家…原田光,星裕典,大衆演劇研究家…原健太郎,不忍画廊会長…荒井一章,福井龍太郎,伊東敏恵

放送日

2016年3月12日

番組

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昭和初期の東京を、誰にもまねできない独創的なスタイルで描き留めた画家がいます。長谷川利行。通称、利行と呼ばれました。利行は簡易宿泊所などに寝泊まりしながらひたすら街を歩き絵を描きました。

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大時計が取り付けられて評判になった上野駅の地下鉄ストア。当時最先端のビルは、画家の荒々しい筆さばきで形もゆがんでいます。

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利行の絵の多くはその現場で描かれました。街角や酒場、劇場に中が利行のアトリエでした。安来節を歌う芸人をかぶりつきに陣取り、歌を口ずさみながら描いた絵です。その筆さばきは猛烈なスピードでした。

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この喫茶店の女性の絵はわずか一時間でできあがりました。利行は描いた絵を酒代や飯代などわずかなお金で惜しげもなく売りました。これは宿代代わりに置いていった絵です。
「なんで早描きして、アトリエもない状態で描いて、こんなものができるのか。それ不思議だな」
利行はこんな短歌を残しています。
「人知れず くちも果つべき身一つの 今かいとほし 涙拭わず」 
妻もなく子もなく、家もなく。ただ絵を描く今をいとおしむように生きた画家・長谷川利行。絵と人生を見つめます。

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昭和初期、東京は関東大震災からの復興に取り組んでいました。国会議事堂を代表とする建物の建設。道路や橋などのインフラ整備。近隣の町村を合併するとともに、地方から人々が流入し、大東京と呼ばれました。長谷川利行が東京に住み着き、画家として活躍を始めたのはそんな時代です。

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利行が絵のモチーフに選んだのは大東京を支える目新しい造形物でした。隅田川沿いにガスタンクが並ぶ東京ガス千住事業所。当時一般家庭にも急速に普及するようになったガス。f:id:tanazashi:20170312195818p:plain   ガスタンクは円筒形でした。利行は現場に赴き、道ばたにイーゼルを置き一気に描きました。 

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ガスタンクを真正面に見据えた光景です。利行が描く姿を見ていた人物がいます。親しい友人だった詩人で画家の矢野文夫です。

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「利行はそれこそ台風のようなすさまじさで、チューブのまま絵の具をビュツビュツとなすりつけ、ナイフで削り、ウォッウオッと咆哮しながら描き続けた。赤朱緑の原色。爆発するような筆勢の激しさ。見ている私も圧倒された」f:id:tanazashi:20170312201930p:plain

 

昭和初期。すでに環状運転を始めていた東京の山手線。その駅の一つ田端駅付近の風景も利行のお気に入りでした。

構内には機関車の車庫がありました。たくさんの蒸気機関車が並ぶこの風景を履行は絵にしました。

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赤茶けた地面と機関車庫。その前に塊うごめく真っ黒な機関車。

渥美清は戦後この絵を展覧会で見て魅了されました。

 「仕事が思うようになかったあの頃。西日が差し込む田方の下宿の赤茶けた畳に寝転んで、あー金があったら。仕事にありつけたらと、鬱々としていた。ふとしたことで惹かれるように見た「田端機関車庫」という絵があった。このヒトが、この絵を描いたとき、田端は寒かったのか?お腹がすいていなかったのか?あの仕事がなかった田端の夕暮れを思い出すと、いしかそれは、長谷川利行の田端風景となって浮かんでくる。私に絵などわかる訳はない。ただいつまでも忘れられない絵がこの世にあるものだと思う」f:id:tanazashi:20170312212310p:plain
明治24年。京都に生まれた長谷川利行。もともと文学青年で20代は絵よりも短歌に打ち込み、歌集も出しています。

大正12年に起きた関東大震災。この頃上京していた利行は死者・行方不明者10万人を超えた大震災を経験します。

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利行が本格的に絵を描き出すのはこの大震災の後からでした。そのころ、こんな言葉を残しています。
「宣言をする。本当のことだけの仕事をしていのちの無駄遣いをやめる」

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30代になり画家として活躍を始めた利行。田端駅にほど近い民家の離れの物置小屋で暮らしました。その様子を矢野文夫はこう回想しています。
「部屋の中一面に白いモノが散らばっている。それはデッサンの紙が部屋一面に雪のように散らばっていたわけである。利行はどこにいるかというと、部屋にテントを張って、その中で新聞紙にくるまって寝ていた。「どうして家の中にテントなんて張るんだ」といったら、どうしても雨が漏ってしょうがないのでといって、かすかに笑った。そこいら編に七輪があり、バケツがあり、そこで魚を焼いたり、米を炊いたり、自炊していたのです」

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利行は昼間は下町一帯を歩き回りながら絵を描き、夜は酒場に入り浸りました。特に好んだのが浅草にある「神谷バー」でした。デンキブランを何杯もあおったといいます。

「アルコールは芸術である」

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天井が高く太い梁が目立つ室内。肩を寄せ合うように大勢の客たちが酒を飲んでいます。この店で絵を描く利行の様子を友人の画家が回想しています。

「浅草のバーに、ガスタンクの横町に彼はガランス(茜色)を塗り、エメラルドを塗り、白を塗っていた。しかも、子供のように無心に喜びを持って。日暮れ、エメラルドやガランスに輝く絵をテーブルにのせて酒を注文する彼は実にうれしそうであった。絵を描くこと。酒を口にすることの刹那刹那が彼の人生であった」熊谷登久平

大東京の盛り場の新しい風景を次々に絵にしていった利行。日本で本格的に走った地下鉄の光景も描きました。

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浅草駅の構内。改札口付近の人だかりです。和服姿の女性やはっぴを着た職人たち。都会にうごめく群衆の姿です。

刹那刹那に生きた利行の生活は次第に周囲を巻き込むようになります。

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「私の家の玄関に座り込んで、絵を買わなければ金輪際動かなかった。根負けしてわずかばかりの小銭をつかませると最敬礼して引き下がるのだが、四五日すると絵に加筆したいからといって持ち出し売り飛ばすということをやった。その手口は誠に言語道断で、長谷川が来ると女房もなりを潜めて玄関に出ようとしなかった」 

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親友の矢野文夫の紹介で利行は岸田の肖像がを描きました。「あるとき、『先生ほどの大家が私にくれる小金がないはずはない』と居直り、『それでは、そこの書棚の本を持って行き給え』と岸田氏が突っ放すと、『ああそうですか。ちょっと大風呂敷を貸してください』といい、利行は書棚の本を片っ端から大風呂敷に投げ込んで悠々と立ち去った」

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歌人前田夕暮肖像画を押し売りされました。

「夜の十時頃、突然30号大の画布を担ぎ込んできて、私に肖像を描かせてくれというので私は少し驚いた。明日にしてくれと行ったが、是非今夜描くといって聞かない。書斎に上がってみると画布を壁に立てかけてじっと待っていた。そして籐椅子に腰を下ろした私の顔をしばらく凝視していた彼は、たちまち嵐のように画布に絵の具をなすり始めた。

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私はこのとき、彼のすさまじい原動力を持った縦横無碍の霊ある手を見た。彼の手はただ凶暴に暴れ回り狂い回った。そして約1時間半で描き上げてしまった。それから私は全く彼を不気味なる天才と呼ぶようになった」

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酒癖が悪かった利行はその素行がマイナスに評価される画家です。しかし、利行はいつもデッサンに励み西洋の巨匠たちから学んでいたと、収集家の星裕典さんは考えています。「図書館に通い詰めていたわけです。ダリだとかミロだとかピカソ、ブラックなどを勉強しています。技法的なものを学んでいるのではなく、むしろ精神的なもの、絵画とは何かをつかんでいったと思うのです」

 

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後輩の画家・靉光像。利行は靉光の古いキャンバスとパレットを使ってわずか30分で描いたといいます。画家デビューしたばかりの若者の希望と不安とを併せ持つ表情が描き出されています。

 

利行は絵を売って酒代や宿代を稼ぐ生活を続けました。

「酒場ではよくゴールデンバットの空き箱やボール紙に絵を描いては客に売って飲んでいたそうだ。案外義理堅いところがあって人になんかさせると必ず絵をくれたものだ。これから絵を売りに行くのだが、そこまで行く電車賃がないから貸してくれという。貸してやると、ではこれを取ってくれとほかの絵を差し出すのだった」熊谷守一

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利行はわずかな金で自らの絵を惜しみなく人に与えました。

「彼は自分の絵を十銭でも二十銭でも夜店のバナナのようにたたき売った。書き捨てた作品はすでに彼にとって何らの魅惑でもなかった。彼はまた新たな創造の中にまっしぐらに全霊を打ち込んでいけばよかったのだ」矢野文夫

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様々な人の手に渡った利行の絵。近年になって様々な場所から発見されています。福井隆太郎さんの家には利行のものと見られる絵が物置小屋に放置されていました。父親の代に家は間貸しをしていて、一時部屋を借りた利行が宿代として絵をおいていったと聞いていました。その絵がカフェ・パウリスタです。

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取材先など 

blog.kenfru.xyz

 

yansue.exblog.jp

「今」に生きた、長谷川利行 - この画家・この作品

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

 

放水路落日―長谷川利行晩年 (1960年)

放水路落日―長谷川利行晩年 (1960年)

 
アウトローと呼ばれた画家―評伝長谷川利行

アウトローと呼ばれた画家―評伝長谷川利行

 
読んで視る長谷川利行 視覚都市・東京の色―池袋モンパルナス そぞろ歩き (池袋モンパルナス叢書)

読んで視る長谷川利行 視覚都市・東京の色―池袋モンパルナス そぞろ歩き (池袋モンパルナス叢書)

 
長谷川利行画文集 どんとせえ!

長谷川利行画文集 どんとせえ!

 
日本の名画 40 長谷川利行

日本の名画 40 長谷川利行

 

 

 

展覧会

 

 

華麗なるミュシャ 祖国への旅路 パリ・プラハ 二都物語

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華麗なるミュシャ 祖国への旅路 パリ・プラハ 二都物語

ミュシャの謎を探る旅に出るのは女優の多部未華子さん。画家の足跡をたどってパリへ。19世紀末、艶やかな女性のポスターでいかに人気だったかを体感。しかし、ミュシャは50歳で祖国チェコに帰国。大作「スラヴ叙事詩」に挑む。多部さんもプラハで対面。絵の中からこっちを見る不思議な人たちを見つける。何を語りかけてくる?ミュシャがこもった中世の城や驚きの資料から、大作に込められた感動のメッセージが浮かび上がる…。

放送

2017年3月16日(木)

 

blog.kenfru.xyz

 

 

 

失敗はチャンス

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あらゆる絵画、写真、彫刻、印刷物その他の作業は思いがけない結果を生み出すことがあります。下絵の素描が素晴らしい出来だったとき、あるいはちょっとした弾みで失敗してしまった時、その偶然を包み込んで自分の作品の一部にしてしまいましょう。

思いがけない出来事も試行錯誤の過程の中で重要なものです。アトリエで自分の目に映る物は自分の物にしましょう。

伊藤潤二さん「漫勉」に登場

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漫勉初のホラー漫画家「伊藤潤二(53)」が登場。代表作は「富江」シリーズ。現在まで、8作も映画化され、人気ホラー映画シリーズとなっている。幼少の頃から、楳図かずお古賀新一の怪奇漫画に熱中し、高校卒業後、歯科技工士になるも、86年投稿した「富江」がきっかけでデビュー。その後、漫画に専念し、「うずまき」「闇の声」「魔の断片」などホラー漫画を中心に発表。「誰も見たことがない世界を作りたい!」奇想天外な発想から生み出される恐怖の世界に、読者は一度はまると抜け出せない!

放送 3月9日

 

http://natalie.mu/media/comic/1703/0303/extra/news_xlarge_itojyunji_main.jpg

伊藤潤二のデビュー30周年を記念して公式サイト「伊藤潤二の呪いの館」がオープンしました。

publications.asahi.com

 

伊藤潤二さんの作品は、心の奥底にノックもせずに直接入り込んでくるような、禍々しい力に満ちています。

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人面に空いた螺旋状の穴の中に、眼球が横滑りしながら落ちて行きます。悪い夢でもあり出くわさない映像です。漫画家というポジションより、画家としての方向性を強く感じます。

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紐のようなものを下げた首が宙を舞うカット。ルドンの「眼」を見た時に感じる不気味さを感じます。螺旋状のモチーフも古くから人間を掴んで離さない力があります。「漫勉」でも取り上げられた新作「恐怖の重層」でも地面に穿たれた模様が描かれ、吸い込むような効果を生んでいます。

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「恐怖の重層」を見て、キューバ生まれのアーチスト・アナ・メンディエタの作品を思い出しました。人は大地につながっている。

www.hirosecollection.com

伊藤さんは、現代美術とかなり近い接点を持つ作家のように感じます。

長谷川利行の生涯

「絵を描くことは、生きることに値するという人は多いが、生きることは絵を描くことに価するか」ドブ板の画家と言われた異端の放浪画家・長谷川利行の言葉は、今も鋭く問いかけてきます。 

https://fujimizaka.files.wordpress.com/2013/08/e887aae794bbe5838f-1925e5b9b4e9a083-e6b2b9e5bda9e38081e382abe383b3e382a6e38299e382a1e382b9-32-9c39723-7cme3808ee6adbfe5be8c60e5b9b4e995b71.png

 

長谷川 利行(はせがわ としゆき 1891~1940)

長谷川利行は、その生涯が伝説に包まれている画家です。「放浪の天才画家」と称された長谷川が再評価されたのは49歳でこの世を去った後になってのことでした。

1891(明治24)年、京都で旧士族の家に生まれた長谷川は著述または絵で身を立てる夢を持って上京しますがその夢は叶えられず、32歳の時関東大震災に遭遇。その惨状を目の当たりにして東京の各地を放浪しはじめます。1940年(昭和15年)上野近く三河島の路上で倒れ療養施設に収容されました。胃がんの治療を拒否した利行は49歳で亡くなります。

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利行のたどった足跡は「今日も日暮里富士見坂」サイトが克明な研究報告としてまとめています。

fujimizaka.wordpress.com

長谷川利行に従って東京各地をスケッチして回った、湯島に生まれ育った漫画家の杉浦茂の証言が遺されています。

バガボンド長谷川利行(1)- 後半fujimizaka.wordpress.com

 

荒れ果てる生活。目撃した知人たちの証言

fujimizaka.wordpress.com

fujimizaka.wordpress.com

熊谷守一長谷川利行

fujimizaka.wordpress.com

天城俊彦との出会い

fujimizaka.wordpress.com

晩年の利行

fujimizaka.wordpress.com

fujimizaka.wordpress.com

 

書籍

アウトローと呼ばれた画家―評伝長谷川利行

アウトローと呼ばれた画家―評伝長谷川利行

 
読んで視る長谷川利行 視覚都市・東京の色―池袋モンパルナス そぞろ歩き (池袋モンパルナス叢書)

読んで視る長谷川利行 視覚都市・東京の色―池袋モンパルナス そぞろ歩き (池袋モンパルナス叢書)

 
長谷川利行画文集 どんとせえ!

長谷川利行画文集 どんとせえ!

 
日本の名画 40 長谷川利行

日本の名画 40 長谷川利行