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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

研究は何の役に立つのか

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瀬名秀明氏によると、基礎医学生命科学分野の研究者のあいだでは「研究は実学でなければならない」と自問する人が多い*1そうです。本当にこの研究は役に立つのだろうか?いくら自分の研究が進んでも、世の中のためにはならないのではないか?という根源的な不安です。

森博嗣はその問いかけにこう答えます。

何故、役に立たなくちゃあいけないのかって、きき返す。(中略)だいたい、役に立たないものの方が楽しいじゃあないか。音楽だって、芸術だって、何の役にも立たない。最も役に立たないということが、数学が一番人間的で純粋な学問である証拠です。人間だけが役に立たないことを考えるんですからね・・・そもそも、僕たちは、なんかの役に立っていますか?(「冷たい密室と博士たち」)

開き直った言葉に聞こえますが、科学者の価値観のある部分を言い当てています。

どんなに最先端で複雑な理論も、おおもとは1+1の積み重ねであり、他人には見えない膨大な積み重ねに耐えた結果がたまたま評価されたにすぎず、地獄の石積みのような作業に耐え抜くには、役に立つという目的意識より、自分が面白いかどうかが重要なのです。面白いと自分を駆り立てるものがあるかないかが、苦行を耐えるカギになるのです。

 

君は、科学がただの記号だって言ったけど、そのとおりなんだ。記号を覚え、数式を組み立てることによって、僕らは大好きだった不思議を排除する。

何故だろう?

そうしないと、新しい不思議が見つからないからさ。探し回って、たまに少し素敵な不思議を見つけては、また、そいつらを一つずつ消していくんだ。もっともっとすごい不思議に出会えると信じてね・・・・ 

不思議を排除するというゲームのような感覚。ゲームを有利に進めるための武器としての記号や数式。そのことを覚えると、複雑な科学技術に支えられた社会の不安が少しだけ軽くなった気持ちになります。 

僕ら研究者は、何も生産していない。無責任さだけが取り柄だからね。でも、百年、二百年先のことを考えられるのは僕らだけなんだよ。(「すべてがFになる」)

 

*1:「すべてがFになる」解説P518