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響くアートの愛好家

日曜美術館「美術館への旅・北斎館」

長野市から東に25キロほどの小布施市に立つ「北斎館」。なぜ江戸の人であった北斎の美術館が小布施にあるのでしょうか。この土地出身の高井鴻山という人物が江戸遊学中に北斎と知り合い、小布施に来るよう誘ったことに始まります。小布施は谷脇街道沿いに発達した商業の町です。その余裕で文化活動も盛んでした。豊かな経済が芸術をはぐくんだのです。この美術館には珍しい肉筆画も収蔵・展示されています。

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風俗画としての浮世絵を超えた北斎の画境

小説家・秦恒平 

「怒濤図」(二面の内「女浪」) 

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北斎館別館のコレクションは、北斎が最晩年にはるばる江戸から小布施に来て腕を振るった作品です。八坂神社の祭礼に用いる屋台の天井絵ということで、どこから見ても正面に見えるような工夫がされています。

 

「大竜巻」

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非常に新しい感覚と大きな形で、神の部屋を守るもののように竜巻が描かれています。稲妻はまるで宇宙的な規模で描かれているといってもいいでしょう。この絵に関しては構図がどうのこうのというのは意味のないことです。それは天から地上の竜巻を覗き込んだ人が描いたような異様な絵だからです。人の世のものではない、何か大変なものを見てしまった北斎。これはそんな彼の目がとらえた宇宙であり、世界なのでしょう。

 

「富士越龍」

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北斎は当時としては破格の長寿で90歳まで生きました。なお百歳まで生きて絵を描きたいと思っていました。シルエットで描かれた天に昇っていく龍がまだまだ上り詰めていこうとする画家の姿勢・心情を見事に表している絶筆に近い絵です。

 

「鮭と二十日鼠」

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「肉筆画帖」は全部で十図。その最後の絵は鮭に二十日鼠がたかっている図です。この絵はなにかおめでたい感じがするのは白いネズミのせいでしょうか。魚の持っている一種の不気味さをさっぱり描く一方で、しなやかなネズミの尾を長く描いています。それは鮭に結びつけられた長い紐とともに構図的にも美しく仕上げられています。北斎は「コンパスと定規さえあれば森羅万象すべてのものが描ける」と書き残しています。リアルでありながら単純な写生ではない、絵の本質に到達していることを示しています。

 

「柳下傘持美人」

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この絵のモデルは遊女なのでしょうが、その姿は実に品が良く、遊女の域を脱しています。北斎は優れた色彩画家として出発しました。彼があまり美しい色彩を用いたため、版元が幕府から罰を受けたということもあったそうです。画面の上の方が裁ち落としになっているところが洒落ています。日本の美術品はその表具のよしあしも大切なのですが、この絵のそれも素晴らしいものです。

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放送:1988年7月31日