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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「美術館への旅・町田市立国際版画美術館」

町田駅に近い起伏に富んだ芹ケ谷公園に立つ1987年に開館した日本で初の版画を中心とする公立美術館です。国内では奈良初期から、欧米のものでは15世紀から焼く13,000点近くの作品が収蔵されています。 

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hanga-museum.jp

銅版画は15世紀中頃からヨーロッパの金銀細工師たちの工房で生まれました。初期の頃は作者の名前もありませんでしたが、最初に名前を残したのはビュランを用いたショーンガウアーといわれています。ビュランとは木の握りをつけた彫刻刀のことで、長い間版画の歴史を支えてきました。その明瞭な線や形がルネサンスの志向した「ものに理性によって形を与える」という気運に適していたのでしょう。

 

庶民によって生み出され 庶民の中ではぐくまれた版画芸術

 版画家・中村忠

「ネメシス(大運命神)」アルブレヒト・デューラー

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球に乗り、雲上をさまよう運命神は崇高な神々しさがよく表現されています。お城の小さな窓や木々の細部までが、髪の毛ほどの細い線で描き込まれています。さらには、本来は線を描くためのビュランで点を刻み雲の柔らかさが表現されています。このようなビュランを使ったエングレーヴィングという技法が可能にした表現は、ルーペで見るとまた違った発見があります。

 

 

「切妻屋根の家のある風景」レンブラント・ファン・レイン

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17世紀はレンブラントの時代ともいわれます。油絵だけでなく約300点の版画も残しています。この作品はエッチングとドライポイントを併用しその効果がよく現れています。彼はたいていの場合、まずエッチングを施してから彫り、その後でドライポイントで濃淡や質感を描き加えています。レンブラントは版画の虫といえる人でしたから、同じ版に何度も書き足したり、絹に刷ったりと様々な工夫をしていました。

 

「初年兵哀歌」のうち「銃架のかげ」浜田知明

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日本人の立場から戦争を告発した作品です。人間がすでに人間の形をしていない。単なる生き物として床に転がり、そこに釘がたくさん刺さっています。ただ声高に告発するのではなく、彼自身の中にたまった戦争体験がはき出されています。

 

 

「同じことだ」フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス

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ナポレオン軍に対する強い怒りが表現されています。そしてゴヤは、スペイン人民軍の抵抗さえもその残虐さでは「同じことだ」と告発しています。

 

「時、静物画」長谷川潔

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「ああ青い鳥よ、夢なるや幻なるや 捕らえようとする瞬間 飛び去りて 影もなし」89歳で亡くなるまでパリを離れなかった最晩年の作品です。ルドンの影響を受けた彼の作品からは鳥の姿に託し、真の美を追究した彼の内省の意味といったものもくみ取れます。

 

「孤独な鳥」駒井哲郎

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ルドンに惹かれ、長谷川潔を師としたのがわが師である駒井哲郎です。「夢こそ現実」と語り夢に魅せられた彼の孤独がまどろむような鳥の姿に感じられます。

av98ingram.wpblog.jp 

放送:1990年2月25日