チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「美術館への旅・土門拳記念館」

写真家・土門拳は1974年山形県酒田市の名誉市民第一号になりました。彼は全作品を郷里の酒田市に寄贈。酒田市はそれにこたえ。1963年日本初の写真専門の美術館であるとともに世界でも唯一の個人の写真記念館が嘆じ要しました。記念館は1984年に吉田五十八賞を、1987年には芸術院賞を受賞しています。

 

土門拳が撮った「あなた任せ」の肖像写真

 

「とかげ」

f:id:tanazashi:20160825224638j:plain

東京・深川の白河町界隈を撮影したシリーズ。路上で夢中に遊ぶ子どもたちを土門拳は数多く撮影している。

 

聖林寺 十一面観音立像 頭部」 

f:id:tanazashi:20160827145717j:plain

「思い起こせば、なんと長い道のりを歩いてきたのか。ほぼ35年、ぼくは人生の大半をカメラを背負って古寺を巡ってきたのである」(『古寺巡礼』)

 

梅原龍三郎」 

f:id:tanazashi:20160825224734j:plain

写真嫌いで知られていた梅原龍三郎土門拳は執拗にくいついた。この撮影の後、梅原は籐いすをアトリエの床に叩きつけるようにしていたという。

 

近藤勇鞍馬天狗」 

f:id:tanazashi:20160825223832j:plain

 

高浜虚子

f:id:tanazashi:20160827151502j:plain

「高浜先生は、おそらくこの写真を撮られたことは、ご存知ないと思う」(土門拳

 

「写される人に押されては、ろくな写真はできない。写される人があなた任せの心境になるまで、押し切らなければだめだ。気力第一である」(『風貌』)これは、土門拳の肖像写真論である。 高浜虚子土門拳を前にしてもただボーッと黙りこくっているだけだったという。相手に押されもしないので、土門拳は押し返すこともできなかったわけだ。しかたなく、帰り際に「高浜虚子先生がガラス戸に寄りかかって庭を見ている」姿を撮った。それが傑作を生んだ。高浜虚子は、最初から最後まで「あなたまかせ」であったわけだ。

 

評論家・草森紳一

放送:1989年5月28日

www.domonken-kinenkan.jp