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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「熱烈!傑作ダンギ ミケランジェロ」

余分なものを取り除いていくことにより、彫刻は完成していく

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イタリア・ルネサンスの巨匠ミケランジェロ・ブオナローティ(1475‐1564)は、彫刻、絵画、建築という視覚芸術の3つの領域において、他の追随をゆるさぬ卓越した人体表現と深い精神性を示しました。フィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂新聖具室や附属のラウレンツィアーナ図書館、ローマのカンピドリオ広場やサン・ピエトロ大聖堂ドームの設計の仕事には、同時代の人々を驚嘆させた、新しい装飾の表現形式や空間の取り扱いが不滅の輝きを放っています。 

 

 

日曜美術館「熱烈!傑作ダンミケランジェロ

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巨匠ミケランジェロ。圧巻の彫刻「ダヴィデ」、迫力壁画「最後の審判」。傑作を次々生んだルネサンスの天才には、いまに通じる意外な魅力が。ゲスト3人がそれを彫り出す!

放送日

2016年10月23日

番組内容

今回の談議は思わぬ展開。何でも過剰に完璧をめざすミケランジェロが苦手、という漫画家のヤマザキマリさん。どの作品も人間らしさとは何か?と問いかけている、現代的な芸術家と考える脳科学者・茂木健一郎さん、二人がちょっと対立。美術史家の木下長宏さんは、それまでの枠組みでは通じなくなった時代に、自分で考え、試し、美の道を切り開いたミケランジェロこそ、いま輝く芸術家という。傑作を堪能しながら3人が魅力を発見!

【ゲスト】漫画家…ヤマザキマリ,脳科学者…茂木健一郎,美術史家…木下長宏,【司会】井浦新,伊東敏恵

 

ピエタ

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バチカン・サンピエトロ大聖堂。ミケランジェロの早熟ぶりを物語る作品が「ピエタ」。24歳の若さで彫り上げた出世作です。

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イエスの亡骸を抱く聖母マリアは、石の彫刻であるのにもかかわらず、そのリアルな肉体表現が見る者の目を奪います。その超絶技法はミケランジェロの名前をイタリア中にとどろかせるきっかけとなりました。f:id:tanazashi:20161023142040j:plain

「足の大腿の裏側に大腿二頭筋という筋があります。その先は固い腱になって止まっている。リアルな造形の仕方です。解剖学の知識をしっかり持って造形しているので私たちから見るときちんとしているという印象を持ちます」(篠原治道さん)

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当時最先端の科学だった人体解剖の様子をミケランジェロは数多くスケッチに残しました。それまでの彫刻に物足りなさを感じ、解剖学に新しい美の形を見いだしたのではと篠原さんは推察します。

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ミケランジェロの時代、あるいはそれ以前のピエタは非常に硬直的に死を描いています。死後硬直で棒のような手足になっている。まっすぐに寝ているという造形が中心なんです」

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「亡くなった人の造形をそのまま描いて見る人の共感を得られるかというとかならずしもそうではない。庶民に対する絵解き的な造形ではなく、おそらくミケランジェロは純粋に芸術としてのピエタを表現したかったのではないでしょうか」

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当時、芸術作品は主にキリスト教のおしえを庶民に広めるために作られました。聖書の記述通りに作るのがルールでした。そんな時代にミケランジェロを虜にしたのが次々と発掘される古代ギリシァの彫刻でした。肉体をとことん追求した生命力あふれる表現に強いあこがれを抱いたのです。

古代への共感はルネサンスと呼ばれ、イタリアを中心に大きなうねりを生み出しました。人間らしさに対する関心が高まったルネサンスの機運。そして肉体表現に対するミケランジェロの情熱。ピエタはその二つが産んだ傑作でした。

 

ダビデ

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ミケランジェロは故郷フィレンツェから仕事の依頼を受けます。当時フィレンツェは大富豪メディチ家が追放され、市民の手で作る共和制が幕を開けたところでした。ミケランジェロが手がけたのは街の新たなシンボル「ダビデ」でした。

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一つの大理石から3年かけて掘り出した高さ4メートルを超える巨大な彫刻。ミケランジェロはこの彫刻で古代切りしぁへの憧れにとどまらない新たな表現に挑みました。

型破りの彫刻は発表当時、賛否両論を巻き起こしました。

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聖書に登場するダビデは羊飼いの少年です。ダビデは石を投げつけ巨人戦士ゴリアテに戦いを挑みます。

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ミケランジェロ以前のダビデ像は、聖書の記述を忠実に再現しています。戦いに勝った少年ダビデと手に持つ剣、そしてゴリアテの首は欠かせない題材です。

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しかし、ミケランジェロダビデはたくましい青年像です。しかも全裸。従来の枠組みにとどまらずダビデの強さと気高さを表そうとしました。左手に持っているのは石を投げる道具。

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つまりダビデはこれからゴリアテを倒しに出かけるところです。これまでのダビデが戦いに勝利した場面であるのに対し、ミケランジェロが描いたのは戦いに向かう緊張感みなぎる姿でした。

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茂:ヒーローというのはこうした無防備な人です。無防備な故に力強さを感じます。山:私は17歳の時フィレンツェに留学しました。通っていた美術館の隣にこれがあって、見物客で賑わっていた記憶があります。観客の凄い列を見て「そんなに見たいものなのか」「力が入りすぎている」と思いました。「少し気の抜けた部分があっても良かったのでは」と思いました。

木:お二人の反応はミケランジェロの動機をつかんでいます。バチカンピエタは完璧に近いくらい古代ギリシァ・ローマ彫刻の良さを再現しています。それからしばらくたっての作品がダビデですが、ミケランジェロ本人は「昔の彫刻の再現」でいいのだろうかと自分に問いかけています。「同じ事をやっていてはいけない」ダビデゴリアテをやっつける前のポーズを取っているのは思い入れがある。結果が問題なのではなく、これから戦うぞという所に力が入っている気がするし、彼の若さが気負いとなって出ている気がします。

茂:だ図では、今で言うIT企業の若者のようなふてぶてしさ「俺には世界を変える力がある」という姿。今の時代に合っている。

山:孤高の人間というイメージを背負っている。誰にも依存しない。何にも帰属しないという精神性はストイック。どこか自分をもっと完璧にしなくてはならないというような姿。現代人にもよく似た考えの人がいる。私には、人間至上主義みたいな感じ、圧迫感を感じます。

茂:一人の個性的な人間が立っている感じがする。聖書の中の偉人と言うよりは、同時代の誰かが立っている。今の時代の人であってもおかしくない。

山:美化した自分のつもりだったのでは?

木:そうかもしれない。裸です。自分はまだ29歳だし、これからギリシァ・ローマと違う彫刻をつくっていくというような、自分の出発点みたいな気持ちも秘めている。 

 

ノアの洪水

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カトリックの総本山バチカンの中でも最も神聖な場所がシスティーナ礼拝堂です。ここでローマ教皇を選び出すコンクラーベも開かれます。天井画はミケランジェロ作。旧約聖書に基づいた世界の始まりが描かれています。

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30歳のとき、ミケランジェロは彫刻の腕が認められ、ユリウス2世によりローマに招かれます。

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はじめは彫刻を作る予定がいつの間にか命じられたのが天井画の制作でした。しかし、バチカンの内部では権力闘争が繰り広げられていました。

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その一方で世間には疫病がひろがり、イタリア戦争など不穏な空気が漂っていました。ローマ教皇も戦争に荷担する混迷の時代の中で、ミケランジェロは押さえていた思いを天井画にぶつけました。ノアの洪水です。

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人間を作ったことを後悔した神が大洪水を引き起こす場面です。神はノアと箱船に乗った者だけを巣食います。しかし、箱船は画面の奥に小さく描かれています。ミケランジェロのまなざしは丘に向います。必死に生き延びようとしている人たちに向けられているかのようです。 

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木 :箱船の右の影で手を振っているのがノアです。洪水が引いたか確かめるために飛ばした鳩を待っている場面だと思います。聖書では一番重要な人物を画面の奥に小さく描き、仏絵の人々・・・カトリックの教義ではいずれは洪水に飲み込まれてしまう人々を手前に描いています。 

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この人たちこそが人間だと一番愛情を込めて描いているような気がして鳴りません。でもおおっぴらに表現すると異端審問にかかって幽閉もしくは死刑にされてしまいます。ミケランジェロカトリックに身を捧げることは出来ないと思っていたのが茂しれません。

茂:地球温暖化で海水が上昇し多くの人が影響を受けると言われる現代、また一方で格差の拡大が言われています。ノアにエリート・・選ばれし者たち。残りの99%は洪水のような気候変動にやられてしまう人たち。そっちの方にシンパシーを感じるというのは現代に通じるテーマのように感じます。

最後の審判

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システィナ礼拝堂の祭壇に飾られているのが「最後の審判」。ミケランジェロが8年がかりで完成させました。そのとき66歳。

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中央にいるのはキリスト。天国に行く前任と地獄に落ちる悪人を振り分けています。画面の左半分が天国に行くことを許された前任たち。右場文が地獄に墜ちる悪人たちです。

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従来は聖人などの位の高い人物はそれとわかる衣装で整然と描き分けられていました。しかし、ミケランジェロは数々の批判をものともせず、全てを混沌の中に描きました。もはや善も悪も見分けが付かないという警鐘なのか、それとも地位や身分は関係ないというメッセージなのか。

茂:ミケランジェロは前任に対しても悪人に対しても等しく温かい目を向けていた。

木:画面上の人は報われ目人ですけど、報われて喜んでいる顔をしている人は一人もいない。

茂:人生はドラマ。何が良くて何が悪いかわからない・

木:キリストにしても今までのキリストと違う。光背はあるけどルネサンスのキリストのような神聖さはほとんどない。これを見た当時のカトリックの人たちが怒り出すのも無理はない。

山:キリストは弱々しくひげが生えている。

茂:全ての人に等しく光が当たっている。そこが革新的なところだったと思う。裸になった人の職業や地位はわからない。

木:属性が全部はぎ取られてしまう。

山:ローマ皇帝も一般人と同じ風呂に入っていた。裸になるとヒエラルキーが見えなくなる。皆平等。

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裸になれば戦うことも防御することも出来ない。だから対等につきあうことができる。そういう意味からもこの絵の中にはヒエラルキーが存在しない。モヤモヤ感が亡ければ描けない。風通しの良いすがすがしい人が描く絵には見えない。

 

 

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取材先など

 

 

av98ingram.wpblog.jp

 

展覧会

●ミケランジェロ展 万能の天才の秘密 - 福山市ホームページ