チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

SWITCHインタビュー達人達(たち)「新海誠X川上未映子」

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思春期の心情を繊細に描くアニメで若者の支持を集める新海誠。文体を駆使し登場人物の心理をえぐる小説を書き続ける川上未映子表現者2人が、互いの創作の秘密に迫る。

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仕事の合間に何気なく読み始め、川上の小説にはまったという新海。自分の作品同様、少年少女の心理に深く入り込んだ小説世界にひかれたといい、川上にその創造の原点を問う。一方、幼少時代「死」についてたびたび考え、おびえていたことが自らの原点と語る川上は、新海の仕事場を訪ねアニメ制作の様子を見学。勤めていた会社を退職し、デビュー作品を制作したという新海の、表現に対する情熱を聞き出してゆく。

【出演】アニメーション監督…新海誠,小説家、詩人…川上未映子,俳優…神木隆之介,【語り】吉田羊,六角精児

1.川上未映子 

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川上未映子・小説家。人が生まれる意味とは何なのか。人が死ぬとはどういうことか。川上は普段の生活では見過ごしてしまいがちな根源的な問いを鋭い感性で描いてきた 

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一般的な作家はアイデアをくみ出してくる水源と、それをいかに紡ぐかという技術。水源と技術のその両輪で回っているように見えるんですね。その両輪のバランスがどのようになっているかスゴク興味があるし、その二つをうまく組み合わせている。組み合わせ方が作品ごとに変化しているようにみえる。そんな雰囲気を本を読んでいるととても感じる。作家としての定期方みたいなものを少しでも垣間見ることができればうれしい。

読むと、なんでこの人はこんな事クリアに覚えてるんだろうと。ずっとキープし続けているところがすごいし、どういう子供時代を経てここまで来たんだろうと。
監督がおっしゃったように、インスピレーションと理屈みたいなものが ぐちゃぐちゃしてる子供だった。
すごく喋る子だったんですか?
うん、おしゃべりだったんです。今も子供の時も。でもなんか、いつかみんな死ぬということが絶対こっち(違う場所)から自分を見ている気がずっとしてる子供だったんです。みんなだんだん忘れていくけど、子供の時怖くなかったですか?
いやもうね、全然覚えてない。怖かったかな?ぼんやりした子供だった。今のほうが、そういうことは考えますね。そこにいるって気がします。
なんで私は生まれてくると決めてないのに生まれてきたのかみたいなことが気になる子供だったんです。「なんで私を産んだん?」言ったら「走ってきて、そんな暗い話はもうええから!」言われるわけです。マッチョな解決方法。それでポロッと涙を流すような、よく言えば繊細だし悪く言えば理屈っぽい、うじうじした子供だった。生まれつき生まれつき。息子もだからそっくりですよ。そんなこと教えてもないのに。
うちの子も言ってます。寝る前に「死ぬことを考えるの」そんな経験なかった。大丈夫かな?

自分の手をじっと見て「これがいつか焼かれてしまう」とか思うとみんな遊んでても動けなくなるような子供だった。死に対する恐怖というよりショック。リカちゃん人形で遊んでて、はいおしまいって閉じる。でも私はご飯とか食べられるでしょ。私実はこっちなんだと思った。閉じられる側。いつか来るんだなと思うと息もできないくらい怖かった。毎日。誕生日は死に向かっているのになぜ喜ぶの?などと自分の考えを言葉に出してはいけないと思っていた小4の頃。教師の言葉が人生の転機に。なんでもいいから自分の思いを作文に書くという課題で一番気になっていることを書いたらすごく褒めてくれる先生がいた。「先生もようわからへん、でもよう書いた」と拍手してくれて嬉しくてトイレで泣いた。

僕は何を見ても泣かないタイプなのに、涙が出た。ヘガティーが走り出すところは、ジュブナイル的な疾走感に満ちている。ヘガティーが思うことは、小説じゃないと書きえない。

 

2.新海誠

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1973年生まれ、長野県出身のアニメーション監督。*1

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川上は都内にある新海のスタジオを訪ねた。アニメーションの制作現場を見るのは初めてだという。 

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一般にアニメの制作は、絵だけを描いた絵コンテをもとに作られていく。しかし新海は絵コンテの段階から作り込みを始めるという。

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効果音とか音楽とか声もこの段階でしゃべって入れちゃうんですね。

監督が?

僕と奥さんで。

ちょっと見ていただいていいですか。映画の冒頭なんですけど。

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今回作ったのは107分の映画なんですけど、ここまでは一人で作るんです。

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だいたい107分間だとこの絵コンテの段階で何枚くらいお書きになるのですか。

カット数で言うと1,700カットぐらい。ラフな絵だけど一人で描くんです。描いていって・・・だいたい半年くらいかけるんです。

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絵コンテの段階と完成映像を比較すると台詞のタイミングや映像の変化がほとんど変わらない。

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新海作品の特徴の一つ。映像美を際立てる光の演出も細かく描き込まれている。

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新海が組み立てた緻密な絵コンテをもとに、キャラクターや背景の作成をスタッフが分担しておこなう。

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仕上げはそれらの合成作業。通常は撮影監督が担う役割だか、新海は自ら全てのカットをチェックし合成を行う。

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重ねればだいたいアニメって絵になるようになっているんですけど、そのように設計するんですけど、一応ちょっと物足りないことは常にあって、たとえば、この男の子の、木漏れ日をこのあたりから入れたいなと、少し木漏れ日を・・・背景とキャラクターを別々に描くから、逢わせたとき本当にどうなのかなとか・・

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強く描けば強く入ります。こんな風に、お化粧みたいなものなんですけど、ちょっと頬紅指してみたり・・そういうのに近いですよね。ノリとしても・・・

背景の色にあわせて体のパーツごとに体と影の色味を変えていく。映像にリアルな奥行きを生み出す新海のこだわりだ。

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合成作業が僕は一番楽しいかな。みんなが描いた。たとえば細かく描いてくれた背景を、「ぼかすぜっ」ってぼかすと気持ちがいい。申し訳ないけど・・・

めっちゃ細かく描いているのに、ぼかすぜって・・

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新海の最新作「君の名は。」距離の離れた男女の心と体が入れ替わる不思議な体験から恋心が芽生えるラブストーリーだ。

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君の名は。」を拝見して・・・今回はアニメーションを普段見ない人も、あるいは高校生とかも、自分たちの問題ではないと思っている大人でも、見たら絶対にどこか自分の問題がありますよね。自分のよく知っていること、大事なこととか。

絵空事になるべくならないように、今、同時代に生きていて、同時代の人に見てほしいと思います。見たときにもしかしたら自分たちのなにかとつながっているって思って欲しいなと思ったのでうれしい。

やっぱり涙が出るんです。見てて感動しちゃう。 あそこで描かれている二人の同い年くらいの子たちを見るとほんとに、この夏の忘れられない体験になるだろうし。

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いいですね、そういう10代の夏。自分にはなかったな。映画を見に行った記憶はないですね。

(アニメ映画を)誰に向けてというのは伺ってみたい。でもないんですよね。自分の何かが、いろんな要素が偶発的に絡まって何かに向かっていくという・・・

強いて言えばたとえば常にその中でも、想定している観客として常にあるのは過去の自分ですね。10代の頃の自分であったり。

10代のご自身が見たかったというものを作っているのか・・

そうだな。いや、これも本当にそうなのかわかんないですけど。

言葉にすると嘘になっちゃうから。

でも今回の「君の名は。」に関して言うと、明日会うかもしれない人についての話でもあるんですよ。夢の中で出会う男女の話なんですけど

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現実でも明日誰か知らない人に会うかもしれないですよね。あるいは何年後かにもっと大事な人に出会うかもしれないじゃないですか。

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そういう人が未来にいるっていうことを強く信じてもいいのかなと、特に過去の自分であったりとか、思春期あたりをうろうろしている人たちとか、今がピークかもしれないけど、その先大人になってから、大人になる手前でもいいんだけど、まだ会っていない人の中にすごい大事な人がいるかもしれないということを言いたいし、僕の場合はいたから。 

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新海のデビュー作「ほしのこえ」。心が通じているのに届かないもどかしさ、新海作品に通底する心の通い合いは一作目から描かれている。  

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この作品を作るまで、ゲーム会社でCGデザイナーをしていた新海。自分の悩みから解き放たれる転機となったという。 

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とにかく作りたいという衝動だけだったのですよね。でも同時にいろんなことがうまくいっていない時期だったんです。 いろんな人間関係だとか、たとえばつきあった人のこともそうだし。友人関係、会社との関係・・

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でもとても恥ずかしいんですけど、「ほしのこえ」って最後「僕はここにいるよ」という言葉で終わるんですよね。もしかしたら単純にそういう気持ちだったのかもしれないです。ここでずっと、今思えばたった5年ではありますが、ひたすら深夜まで仕事をやってきて、できることがあって。 でもなんだか誰にも見られていないような気持ちもあったし、誰にも届いていないような気持ち もあったし、何かいるんだここに。その上で何か言えることがあるし、届けられるものがあるんだという衝動だけがあって作り始めた。

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いっぱいいっぱいになったものが自然にあふれるような流れでそこにいったのですね。

その気持ちの方が強いですね。会社を辞めて「ほしのこえ」を作ったんですけど 、そのとき持って行ったのは短編専門の映画館ですよね。いわゆる単館です。下北沢に「トリウッド」http://tollywood.jp/というちっちゃな映画館があって、初日って言うのがやっぱりあるわけです。自主制作でも最初の劇場の日というのが、「舞台挨拶やってよ」と言われて、「ああ、プロみたい」と思いながら、下北沢に行ったら行列が出来ているんですよね、この行列は何かなと思いながら、自分とは無関係だと思いながら行ったら、それが自分の映画を見に来てくれている人たちの列だったのです。 

f:id:tanazashi:20161022113656j:plain感動的じゃないですか。

50人くらいのハコなんですけれど。上映22分が終わったらすごい拍手が起きた。それが生まれて初めての経験で、それが本当に大きな経験だったんです。たぶん拍手の残響みたいなものが今でも映画作りをやっているモチベーションのひとつになっている気がするんですけど。 なんか「認めてくれた」

やっとここに立てたみたいな。

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プラスじゃないんですよね。マイナスだったものがゼロになったっていう。やっと水面から出て息が出来たっていう感じ。

ずっと息を止めていて、湖の底みたいな気分で毎日作っていて顔が出たという感じがしますね。

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絵は得意だったのですか?

背景とかは好きだったのです。 人間にあまり興味が・・・風景画ですよね。雲の形と雲の色でした。雲の絵を水彩絵の具で描いてました。雲って漠然と描くと本当に漠然とした雲になるんです。雲って気象現象の総体じゃないですか。上空はどれくらい強い風が吹いているのか?寒いのか?とか、そういうことが何となく体感があるといい雲になる気がします。

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何見せられている気分になる?

昔のラブレター読み上げられている気分になります。

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インセンスというか、思い出すときにやってくる気候が「寒さ」であるという事を聞いてアッと思いました。監督の創作の何かやっぱりあると思いますね。身体性として感覚ですものね。

小学生の時ずっとスピードスケートをやってたんです。

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だから冬は日の出前に湖が凍るので湖に行ってひたすら、ものすごい寒いんですけど・・。朝日が上がってくるのを毎日見るんですよ、山の向こうから上がってくると、凍った湖に朝日が当たるから、光のプールみたいなのが広がっていくんです。自分の体が朝日の中に入ると体感で何度か上がるんです。寒いけど暖かくて何か溶けるような感覚があってとか。 

f:id:tanazashi:20161022133551j:plain新海監督にしかできない表現だと高く評価されたわけですね。

ことばというかモノローグを乗せるじゃないですか。あれは選択の余地がないくらいぴったりした方法なんですか?

僕は好きなんですけど、言葉とかリズムとか音が好きなんです。音楽も好き。モノローグってダイアログに比べて少し音楽に近いような気がするんですよね。詩のようなものであって、音から組み立てていくとどうしてもモノローグが欲しくなってしまうし、でも怒られたりするんですよ「アニメーションなんだからモノローグなんかいらないじゃないか、絵で表現すればいいじゃないか」と。

ありますかそういう指摘。

ええ大変たくさん頂くんです。でも何か欲しい。一本の映画が、長い時間軸の一曲みたいな、一曲を聞いたあとみたいな気持ちになって欲しい。

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「僕たちは似ていた」ではなくって「僕たちは精神的に似ていた」とおっしゃる。 スルーする人はスルーすると思うし、別に珍しい言い回しではないんですが、「僕たちは似ていた」というだけでは済まされない人なんだなと思った。「精神的に似ているんだ」ということをおっしゃりたい。すごく出ていると思う。

バイブ(困難を乗り越える)なのかもしれないですね。モノローグで一生懸命彼らを俯瞰して見て自分たちの共通点みたいなものをただ「似ていた」ではなくて「何が似ていたのか」というところまで引っ張り出してきて、それによって 

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状況を客観視して、巨大な悪意を持った人生というものに立ち向かったり乗り越えたりしようみたいな気持ちが、モノローグを使うところに現れているかもしれない。

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「僕たちは精神的に似ていた」という言葉遣いが、私はかの、監督の創作を結構貫いている気がして、 たとえば絵とか声とかが肉体だとしたら、言葉、モノローグとかが精神に相当するんじゃないかと思った。だから作品の中にただ過ぎ去っていく、アニメーションにもうひとつプラスする、精神に相当するものが監督の場合は言葉 で語らせるというか、ものろーぐという位置が相当するのではないかということも感じながら、すごく印象的な台詞だったんです。大事なのは精神というか、境遇が似ているというものではなく、「精神が似ている」って凄い言葉ではないか。インしよう的な言葉で監督を表している台詞だなと思いました。

 取材:西條暢高

ディレクター:手塚裕子

プロデューサー:須藤景子

制作協力:NEXTEP

制作:NHKエデュケーショナル

 

3.資料など

 

 

あこがれ

あこがれ

 

 

きみは赤ちゃん

きみは赤ちゃん

 

 

 

秒速5センチメートル

秒速5センチメートル

 

 

 

ほしのこえ

ほしのこえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:2002年、個人で制作した短編作品「ほしのこえ」でデビュー。同作品は、新世紀東京国際アニメフェア21「公募部門優秀賞」をはじめ多数の賞を受賞。2004年公開の初の長編映画『雲のむこう、約束の場所』では、その年の名だたる大作をおさえ、第59回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」を受賞。2007年公開の『秒速5センチメートル』で、アジアパシフィック映画祭「最優秀アニメ賞」、イタリアのフューチャーフィルム映画祭で「ランチア・プラチナグランプリ」を受賞。2011年に全国公開された『星を追う子ども』では、これまでとは違う新たな作品世界を展開、第八回中国国際動漫節「金猴賞」優秀賞受賞。2012年、内閣官房国家戦略室より「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」として感謝状を受賞。2013年に公開された『言の葉の庭』では、自身最大のヒットを記録。ドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭にて長編アニメーション部門のグランプリを受賞した。同年、信毎選賞受賞。次世代の監督として、国内外で高い評価と支持を受けている。