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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

名樹散椿

京都市北区にある地蔵院は別名「椿寺」の愛称で親しまれています。樹齢120年といわれる椿は白や薄桃色に咲き分ける五色の花を持つことから「五色八重散椿」と呼ばれています。椿といえば花ごと落ちる印象を思い浮かべますが、地蔵院の椿は一枚一枚散るのが特徴で3月中旬頃になると見頃を迎えます。

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この椿を題材にして、速水御舟が描いたのが「名樹散椿*1」です。五色の花を抱えた椿の巨木が画面の対角線を舞うように横切って行きます。制作年は1929年(昭和4年)二曲一双の作品です。

速水御舟(1894~1935)は東京・浅草生まれ。1908年に松本楓湖に入門し、古典を学びました。少年時代に学んだ蒔絵の技法が御舟に着想を与えたのかもしれません。

「名樹散椿」の完成度は、精緻に描かれた椿の画だけではありません。椿の背景にある金地にもう一つの秘密が隠されています。金箔のような縦横の線が無く、同じ調子の金地が妖しい輝きを放ちながらびっしりと広がっています。f:id:tanazashi:20161103174139j:plain

一般的に背景を金色にする時は金箔を用います。しかし、この作品の金地は「撒きつぶし」という技法で描かれています。日本画で雲や霞に撒く金砂子*2を竹筒に入れ濾して振りまく手法です。金箔の10倍近くの金が必要で、それまで誰もやったことのないこの技法を使った速水御舟の凄さを感じます。

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この作品は明治大正期の実業家・大倉喜七郎*3の注文を受けて作られました。この頃の御舟は琳派を強く意識していたといわれます。山種美術館館長の山崎妙子氏はこの作品を「横へと広がる枝は俵屋宗達、モチーフや構図は鈴木其一の影響が考えられる。古典が基礎にしっかりあるからこそ、形式化した伝統を恐れずに壊し、新たな表現を切り開いた」と語っています。

40年の生涯で次々と新たな作風に挑み変化し続けた御舟にとって、日本画の顔料で抽象画的な質感を出すことに挑んだ時期に重なります。しっとりと奥深い空間を感じさせられる御舟の作風を代表するような作品です。

 

blog.kenfru.xyz

 

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もっと知りたい速水御舟―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

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巨匠の日本画〈10〉速水御舟

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私の速水御舟―中学生からの日本画鑑賞法

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*1:重要文化財

*2:金箔(きんぱく)を粉にしたもの。絵画・蒔絵(まきえ)・ふすま地などに用いる。金粉。金砂

*3:大倉財閥の二代目