読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「至宝が伝える 天平の技術」大幡残欠(おおばんざんけつ)

日曜美術館

f:id:tanazashi:20161106175021j:plain

 

東大寺大仏殿。参道に吊るされた長さ7メートルほどの布が大きく風になびきます。743年に大仏建立の詔が出されたことを祝う「大仏さま祭り」です。

掲げられた布の旗は幡(ばん)と呼ばれます。仏への祈りを込めた華やかな飾りです。正倉院にも幡が残されています。

f:id:tanazashi:20161106175022j:plain

「大幡残欠(おおばんざんけつ)」は、全長およそ9メートル60センチの巨大な宝物です。日本で作られた綾(アヤ)という特別な絹織物です。華やかな装飾は唐で流行していた様式にならいました。丈夫には色鮮やかな組紐がつけられ、全体を支えていました。

f:id:tanazashi:20161106175023j:plain

幡の下にある「大幡の脚」。これも高価な綾で仕立てられています。大幡の全長は13メートルを超えます。さらに多くの鈴も取り付けられ華麗な音を鳴らしました。なぜこれほどまで豪華な大幡が作られたのでしょうか。

大幡はおよそ1260年前聖武天皇の一周忌法要に使われました。756年に崩御した聖武天皇を送るため東大寺にとどまらず全国で掲げられました。聖武天皇の娘孝謙天皇が大幡と49の小さな幡を国分寺国分尼寺に配ったのです。

f:id:tanazashi:20161106175024j:plain

大幡の豪華さを雄弁に物語るのが脚の先についた飾りです。中央には鹿、その周りを草木を模した文様の「唐花紋」が覆っています。この複雑な絵柄は錦で作られました。

f:id:tanazashi:20161106175025j:plain

 

京都の織物会社では昭和のはじめこの飾りを復元しました。飾りは一枚の錦を切り抜いて作られていました。惜しみなく高価な錦を使っていることに驚かされたといいます。

錦の織り方にも唐からもたらされた技術が取り入れられました。「抜絵(ぬきえ)」という技法です。

f:id:tanazashi:20161106175027j:plain

布をよく見ると一つのラインの上に褐色や緑、白といった様々な色が現れています。この秘密は織り方にあります。抜絵では6種類の色糸を機に通し絵柄に使う色だけを表に出すよう、計算して織っています。

f:id:tanazashi:20161106175028j:plain

色の多い複雑な文様も織れる画期的な手法でした。抜絵はその後日本の織物の基盤となりました。時代を追うごとにその技法は洗練されて行きます。より多くの色を入れながら糸の太さを変えたりして様々な文様が作られるようになりました。奈良時代に入ってきた技術は私たちの時代まで受け継がれているのです。

 

blog.kenfru.xyz