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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

谷川晃一「絵は歌うように生まれてくる」

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ゴーギャンタヒチを描いたように、シャガールがロシアの寒村ヴィテヴスクの物語を描いたように。あるいは生涯カタロニアの詩を描き続けたミロのように。私は伊豆高原を私の作品のふるさとにしようと決めたのである」

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「雑木林がすごく気に入っている。そこに行けば目に見えない精霊という言い方をしているんだけど。精霊のような気配を感じて、それを描きたいと思っている」

「この海辺の森の町でわたしは野鳥や昆虫、小動物、草や土、雨や巨木の精霊が語る「森の物語」に耳を傾けながら制作してきた。晴れた日は無論のこと雨の日も風の日も。森の町の片隅のアトリエで絵は歌のように生まれてくる」

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天城の山々に抱かれ、遠くに伊豆大島を望む静岡県伊東市伊豆高原。別荘地としても知られています。海あり、山ありの変化に富んだ自然。別荘地の近くにも小さな漁港や田んぼがあり、谷川さんの散歩コースになっています。

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木々に囲まれて立つ谷川さんの住まい兼アトリエ。
小さなスケッチ帳上で手が滑るように動いています。何かを見て写生しているわけではないのに手が自在に動き線がどんどん生まれてきます。これが谷川さんのデッサンです。

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「本画を描くためのヒントみたいなもの。自分の中から出てくる植物のイメージを描いているわけです。一枚の本画を描くために10枚も20枚もこんなことをします」
「写生すると目に見えているものにこだわってしまうのです。この土地が気に入っているのは雑木林に行くと目に見えない精霊のような気配を感じて、それを描きたいと思っているのです。植物が茂れば茂るほど精霊のような力が働いているのだろうと。それが絵を描いている内に自分の中に、植物を茂らせる力みたいなものが宿ればいいなと思っています」


目には見えないけれど感じられる何か。それが作品の上にどのように見えてくるのでしょうか。

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谷川さんのパートナー。雌猫のなおちゃん。宮迫千鶴さんが亡くなって以来8年間一人暮らしが続いています。


1938年生まれの谷川さんは東京、横浜で二度の空襲を経験し、仲間の子どもたちがバタバタと死んでゆくのを目にしました。終戦の年7歳だった谷川少年にとって、焼け跡と進駐軍はその後の人生の原点となります。それを宿命のように身についていたゼロ地点的感性と名付けました。

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中学2年生の時すでに画家になることを決意していました。

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「私は少年の頃から、絵は教わるものでも、教えるものでもなく、一人自分の鉱脈を掘り当てて進んでいくものだと思ってきた。そしてどのような境遇にあっても自分の納得する絵を描き続けていくことを心に決めていた」

 
1960年代は激動の時代でした。安保反対のデモ。政治は混迷を極めます。芸術の世界も又激しく揺れ動いていました。1963年。戦後の前衛美術の中心「読売アンデパンダン展」に出品し、がかとしての第一歩を歩み出します。

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出品作「鏡の像A」レントゲンで見た人体。出来損ないの人体をイメージして描いたと言います。当時赤瀬川源平さんたち杯レッドセンターの過激な芸術運動にも参加。谷川さんは前衛を志向していました。1970年代に入りその作風は大きく変わります。

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代表作「立川ベースキャンプ」アメリカの様々なオブジェが記号化されています。中央にはミッキーマウス。アメリカナイズされた日本の文化を谷川さんは「R-POP」と名付け、戦後日本美術の断面を記録したのです。


「戦後にこだわったのです。敗戦後です。横浜で空襲に遭い焼け跡を体験しています。その後日本はアメリカ化します。アメリカのポップカルチャーが70年代に入ってくると、私たちは何の疑いもなく受け入れました。そのことを自分の感性で残しておかなければならないと思いました」

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谷川さんの作業は次の段階に入ります。
キャンバスを使わず、紙パネルに描くのが谷川さんの流儀です。前回の制作で即興的に描かれたデッサンをもとにこの紙パネルに慕えを描いて行いきます。

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自由な線を描く谷川さんですが時折定規や丸いお皿なども使います。
「線が単調になってくるので直線を混ぜるのです。ジャングル野中に直線を入れた方が錯綜する感じがいいと思っています。コンパスは紙に穴が開くので使わないけど、丸いもの・・お皿をあてて描くこともあります」

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画面いっぱいに描かれた不思議な形。どんな色が現れるのでしょうか。

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画家・谷川さんは文筆家の顔も持っています。執筆を通じて戦後日本美術のあり方を鋭い切り口で論じてきました。著作には同時代を生きたアーチストたちの肖像がいきいきと描写されています。

「何かを言われて動揺していると思われる。僕は外部の批評に惑わされないというのか、そうするために、自分でも言葉を持って、何か言われてもそれが検証できるだけの、自分の中での自問自答みたいなものをね、はっきりできるようにしようと。それにはどんどん書くことだと思ったのです」

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谷川晃一さんと宮迫千鶴さんとの出会いは1970年谷川さんがタウン誌の編集長時代のことです。


「編集者が足りないので募集したら現れたのが宮迫だった。仕事をともにするうちに、実に波長があう、面白い相手だと言うことに気がついた」

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その後1988年東京からここ伊豆高原に移り住みました。二人の新しいアート誕生の時代。作品は大きく変わります。とりわけ、宮迫さんの作品はどんどん明るくなり、輝きを増して行きました。


人生のパートナーとして支え合い、仕事の同士として互いに影響し合いながら、幸せな日々が過ぎていきました。

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宮迫さんの絵からは、自ら畑を耕し、野菜や草花を育ててきた宮迫さんの喜びの声が聞こえてきます。植物の命へのオマージュを感じさせる強いグリーン。

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ピンクに染められた画面。花の大好きだった宮迫さんの無垢な感性が伝わってきます。

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宮迫さんは今、大好きだった海が見える墓地で眠っています。ローズ色の墓石には可憐な白い花。宮迫さんのイラストです。

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彩色の段階に入ります。使っているのはアクリル絵の具。細い三本の絵筆を自在に操りながら緑の線が引かれてゆきます。

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色を置いているうちに絵が強くなってくる気がする。

ニュアンスの異なる緑が配置され、色彩のハーモニーが現れ始めました。

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谷川さんの最新作「雑木林シリーズ」

濃密な樹木の生命力が画面を覆い尽くしています。日々雑木林を歩き回り、樹木に見せられた谷川さん。都会の生活で眠っていた谷川さんの体の細胞が入れ替わって、まるで樹木に変身してしまったかのようにも感じられます。

f:id:tanazashi:20161207151137p:plain現代美術の著名な画家・加納光於さん。1960年代に出会い、以来親交を結んできました。

「緑ですね。緑は日本では平穏な植物的なあり方を考えますが、ヨーロッパの緑は穏やかではなく、もっと不気味な厄害を引き寄せるような色として成り立って、何人かの画家の絵に感じることがあります。彼は伊豆に住んでいるのですが、伊豆の情景を引き出そうとしたのではなく、雑木林の造形をもう一つ転換させて、異化させて、彼の色に対するあり方を何か考えたのではないかと思ったりします」

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谷川さんの新しいエッセイ集が10月出版されました。タイトルは「雑めく心」

雑めくというのは私が考えた造語です。雑というのは、雑誌とか雑草とか、主役以外の言葉でしょ。自分は本通りを踏み外すというか、興味を横に向けてしまうところがある。これは自分のクセだと思ったのですが、それをクセと言わずに雑めくと行ったとき、自分で自分を肯定してしまう気分になって、これはいい言葉だなと自分で思ったのです。

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伊豆高原での谷川さんの活動は多彩を極めます。アートプロデュースの仕事です。近頃ブームの地方芸術祭。そのさきがけとなったアートフェスティバルは谷川夫妻が始めた企画です。プロアマ問わずみんなが楽しむアートフェスティバルです。

寂しいと言えば寂しいですよ。でも寂しがってばっかりいてもなにも始まらない。それと僕は楽天家で、自分が死んでもどこかでまたいつか会えるのではと、死ねばすぐ会えるのではなく、輪廻転生みたいにいつか会えるかもしれないと楽天的に思っているのかもしれない。

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林の中を歩き、木々や草花と対話する。何かが谷川さんの中に宿り作品が生まれます。

植物は実に平和ですよね。植物が繁茂している風景を見ているといろんな植物が共存しているでしょ。これは静かな感じで気持ちがいいですね。静かでありながら野鳥とか昆虫をいっぱい抱えて生かしてあげてますよね。たくさんの命を抱えながらたたずんでいる。

一時、「絵は終わった」とか「死んだ」といっている古い人たちがいた。しかし自分は終わる気がしなかった。変わらないものは絵を描くことです。美術家ではなく絵描きですね。 

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今日もアトリエで絵は歌のように生まれています。

 

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