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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「謎のヌード クラーナハの誘惑」ヌードに隠された秘密

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15世紀から16世紀にかけてイタリアでは数々の画家の手によりヴィーナスが描かれました。グラマラスな肉体。つややかな肌の色。おおらかで神々しいヴィーナス。しかし、これと全く異なるヴィーナスがアルプスを越えた北の地で生まれます。

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それが、ルカス・クラーナハのヴィーナス。ほぼ同じ時期に描かれたのにもかかわらず、ずいぶん印象が異なります。なぜでしょうか。

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画家の塩谷亮さんはヨーロッパに留学し、西洋の古典技法を学びました。

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女性像を得意としています。塩谷さんはクラーナハのヌードに不思議な違和感を感じると言います。

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塩谷さんはモデルに実際に絵と同じポーズを撮って貰いました。

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「こちらの上腕だけ短くなっている。短くしないと手元が顔の方に近づかないからです。実際にこの角度にしようとすると手が前の方に行ってしまう」
絵と比較すると、右手が顔から離れています。

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「なで肩に描かれている。大人の体型だとするともうすこし肩幅がないとバランスが悪い。すこし少女体型になっている」
さらに違和感のある部分が見つかります。
「中心線を辿るとおへその位置がずいぶん前に出ている。またすごくタテに引き延ばされていて足が長い」
お腹の中心にあるはずのおへそが前に突き出ています。そして足は長く、腿も太め。

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「成熟した女性ではない感じ。それに対して下半身は成熟している。ちぐはぐ感がある」
実際の人体とは異なり、デフォルメして描かれた肉体。これが違和感の秘密でした。
しかし、それだけではありません。ビーナスが手に持つヴエール。
「透明にすることにより逆に体を意識させている気がします」
体を隠すはずのヴェールが逆に見るものを引きつける効果を果たしているのです。

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ローマ神話に登場する「正義の寓意」やはりこの絵にもクラーナハの企みが込められています。

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両手に持つ剣と天秤が見るものの視線を誘うのです。

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デッサンのポーズはプロのモデルでも5分と持ちません。
クラーナハはモデルを前に描いていないという感じです」

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クラーナハはあえて写実的に描こうとしなかった。塩谷さんはそう考えます。
「写実的に描いてみると、女性であっても骨張ったところや直線的なところがあって、少しカクカクとするものなんですが、クラーナハの絵ではそれが取り払われてなめらかな曲線になっていたりだとか、方から腕に向かう線も、自分の美意識ですっと引いた線。だから写実に基づいてと言うより自分の中の造形感覚によって、一つのリズムによって描いている。それはたぶんクラーナハが求める女性像がこういうものだったのです。女性とはもっとなめらかで優雅なフォルムを描いていると、クラーナハは自分の思い通りに描いた気がします」

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もう一つ塩谷さんが注目したのは肌の描き方です。塩谷さんはクラーナハのヴィーナスは同時期のイタリアの絵画と対照的な手法で描かれているといいます。

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まず、イタリアで用いられた一般的な手法です。

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最初に下地の白を消してしまうように全体に暗い色を塗ります。

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そして絵の具を厚めに重ね肌を描いていたのです。

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一方、クラーナハの描き方。下地の白の輝きを消さないよう、全体を淡い色で塗ります。続いて絵の具をごく薄く塗っていきます。その上にうっすらと白を。

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「この頃のイタリアでは白い絵の具が固塗りになってきて、その盛り上げる力を利用して光とか形を描いていったところがあるので、絵の具の物質感そのものが人間の筋肉とか骨格とかを表すような強い立体感があるわけです」
クラーナハは平面的で二次元的な表現の仕方だと思います。油絵の具を透明に何層も重ねるやり方です。白いところほど絵の具が薄く、下地が持っている明るさ事態を利用しながら薄塗りを繰り返して肌の明るさや質感の表現をしていった。絵の具自体を透明に扱っているので"透けるような肌"という状態が画面に現れている」
「女好きですよね。絶対。そうでないとこうした表現にならない。白いしっとりとした肌。何ともいえない妖艶な感じ。自分が描きたくて描いているんだという気持ちが伝わってきます」
なめらかな体のライン。抜けるような肌の輝き。独自の美意識を貫くことでクラーナハは唯一無二の怪しいヴィーナスを生み出したのです。