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日本のVFXを変えた男 ヒットメーカー 山崎貴の挑戦

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日本のVFXを変えた男 ヒットメーカー 山崎貴の挑戦

番組内容

映像クリエイター集団「白組」を率い、VFX(視覚効果)を駆使して話題作を生んできた山崎貴。最新作では、敗戦から復興する日本の風景や巨大な石油タンカーの航海、90代の主人公の風貌など、困難な課題に挑む。試行錯誤の末に見えてきた「山崎マジック」の秘密とは?デビュー作以来の盟友・吉岡秀隆さんとの対談では「三丁目」の秘話や今だから話せるホンネも!貴重な映像でつづるヒットメーカーの仕事術!語り:薬師丸ひろ子

放送

2016年12月29日(木)

概要

この日都内のスタジオである映画の撮影が行われていました。スタジオには50台以上のスチールカメラ。中央に座るのは岡田准一さんです。映画監督・山崎貴さん(52)
「CGの老人の顔を作って岡田君の顔に貼ろうと思っている。一作品に一個ほどやっていかないと前に進まない」
山崎監督はVFXの第一人者。「ALWAYS三丁目の夕日」では昭和30年代の街並みを叙情豊かに再現し日本アカデミー賞など多くの賞に輝きました。3DCGアニメ「STANDBYMEドラえもん」は日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞しました。最新作「海賊と呼ばれた男」の制作現場に密着取材。山崎さんはハリウッドに比べれば技術も予算もひけを取る日本の現状を変えたいと思っています。
「差があるねといって向こうを羨ましがっていてもしょうがない。なんとか差を違いに変えてゆく闘いをしなければならない」

 

クランクインまで一か月。山崎監督は千葉県の駐車場を訪れました。ロケハンです。
「地面だけを利用させてもらって、アバダンというイランのシーンとか、日承丸が出航する部分とか、甲板もつくりますし、いろんなものをここで作るんですけど、やれるかどうか検証していたところです」
映画に登場する場面は50以上。それをどう映像化するかが課題でした。
撮影が始まりました。まずは日承丸が舞台です。しかしここにつくられたセットは2万トン級の巨大タンカーとしてはずいぶん小さなもの。船長にイラン行きを命じるシーン。船の甲板らしきセットの上で撮影した部分が港に停泊した日承丸に変貌しています。これがVFX(視覚効果)。撮影した映像にCGなどを合成し現実には見ることのできない視覚効果を実現することです。十社だけで撮ろうとすると大規模なセットが必要になるシーンも、広い場所と高度なVFXがあれば、映像化できます。この手法により13もの場面を駐車場で撮影しました。ただしこのやり方は時間との闘い。天候や太陽の向きによって撮影するため、のんびりしていられません。山崎監督もスタッフに交じってセット移動を手伝います。でもなぜスタジオではなくセットを組みのでしょう。
「光ですね太陽の光。やっぱりこの光はなかなか再現できない。風もリアルなものがある。CGを合成するにしても光の質がいいので、あとで非常に助かったなと思うことが多い。たしかにほかの組みではあまり見ないかもしれない」
イランに到着した日承丸を現地の人が出迎える場面。狙い通りの日光が当たる午前11時に撮影。桟橋に落ちた人々の影がそのまま活かされていて、自然にCGと溶け合っています。

 

もうひとつ山崎監督の映像づくりに欠かせないものがあります。これは巨大タンカーをつくる造船所のミニチュアです。
「これをカメラワークして撮影して、そこにCGの船やら人を合成しようとしている」
撮影するのは進水式の場面。スタジオには100分の一スケールの造船所が出来上がっていました。枕木やさびたレールの汚れなど細かな部分まで再現されています。完成画面では船や背景のCG処理が施されます。すべてをCGでさいげんすることも可能ですが、山崎監督はミニチュア撮影にこだわりを持っていました。
「CGで作るとどうしても相当手を加えないとナチュラルな雑然感が出てこないんですけど、ミニチュアだと割と早い段階で雑然感が出るというか、それを使ってあの当時の造船所の生々しい雰囲気が出せるのではないかなと思った」
山崎監督が言う「ナチュラルな雑然感」。実はここにも光が関係していました。
ミニチュア撮影担当の細山正幸さんはこう語ります。
「建物が二つあるじゃないですか。実際に自然界にある本物のセットだとしたら、太陽の光が当たったら反射してこちらの建物に当たります。それがまた反射する。それが無限にある。それをCGで計算させるのはすごく大変なんで、実際に物があるということがとても大事なんです。一からCGで作るよりもリアルなセットに近いものができるというのが山崎の考え方であって、白組の考え方・特色ですよね」
実在しているものに光を当てると無数の販社が起きます。私たちの目に入っているのは反射を含む景色。リアルな景色を再現するためにミニチュアが有効なのです。この手法で作られたのが「ALWAYS三丁目の夕日」。観客を驚かせたのは昭和30年代の街並みを映し出したカットです。撮影した映像はこういうものでした。通りに面した商店は撮影のあと足されたものでした。山崎監督はまず24分の一スケールのミニチュアをつくり、撮影現場で光の当たり方を確認。スタジオで同じ環境の照明を作って様々な角度から撮影し3Dデータとして扱えるようにしたのです。実写映像とミニチュアとCGを一つの画面で融合させる。これは日本映画ではだれもやったことのない試みでした。
「3DCGを使ったVFXを一見ではわからないように画面でかなり随所に使われた作品です。今までのCGはアクション表現や怪獣ロボットなどわかりやすく使うものが大半。逆にVFXにはこういう使い方もできるということを体現した作品」沼倉有人(CG雑誌編集長)

 

山崎監督が映像表現を志したきっかけはある映画との出会いでした。「未知との遭遇」に、当時中学生だった山崎さんは衝撃を受けました。
「本物みたいに見えたことがおおきかった。そこに行ったらUFOが見えるだろうと思いながら見てましたし、」
その後、VFX制作会社白組に入社。ミニチュア制作から始めましたが当初は失意の日々が続きました。
「やりたいような内容がめったに来ない環境でした。特に日本では宇宙人が出てきたり、ロボットが出てきたりという仕事は、主にCMの仕事だったと思いますがあの頃は、めったにないわけですよ」
危機感を感じた山崎さんはCGを制作する技術を積極的に身に着けます。転機となったのはある監督との出会いでした。
マルサの女」などで知られる伊丹十三さん。伊丹監督からVFXを使った企画の相談を受けました。1993年の作品「大病人」で山崎さんは映画の企画段階から参加し、VFXでどういう表現ができるか積極的に提案しました。山崎さんは当時28歳。
「こっちの山肌を持ってこようと思ったら、このようにエリアを切ってこちらにコピーしてくる」主人公が断崖絶壁から落ちるシーンを山崎さんが作ることになりました。
「日活撮影所でだいたい伊丹さんは作業していたんで、CG作業場で出来上がると自転車で持っていくんです。日活撮影所まで自転車で10分ほどの距離でした。ここを変えたいと聞くとまた自転車で戻ってきて直してすぐ持っていく。デジタルだからすぐ直せるのです。そうするともう直ったのかとすごい喜んでくれて面白がって一日何度も往復したりしてました」
山崎さんは伊丹監督から学んだことが今も生きているといいます。
「自分が目指す映像に対するこだわりみたいなものは、この絵じゃなけりゃダメなんだというときの伊丹さんの食いつきというか、許せないという感じはすごかったので、窓に積もっている雪の縁みたいなものを延々と伊丹さんが直しているみたいな感じとか、木の影のかかり方とか、伊丹さんの中にある美的表現、理想の影のかかり方があるわけです。伊丹さん本人が出てきてやってて、みんないつもじっと状況を見ている。伊丹さんのこだわりのレベルというのはすごく参考になっている。自分の中の一つの基準値にはなってますね」

 

 

作品