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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

アートシーン・シャセリオー展 4月2日

日曜美術館 アートシーン

アートシーン4月2日

f:id:tanazashi:20170402233126p:plain19世紀前半のパリ。芸術家たちはサロンを舞台に 新しい自由な表現を追い求めていました。社交界で一番の美女。微笑む口元。憂いを帯びた眼差し。謎めいた表情は見るものを虜にします。 

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知られざる画家・テオドール・シャセリオーの魅力に迫ります。

 

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「シャセリオー展」国立西洋美術館

期間:2017年2月28日~2017年5月28日

シャセリオー展―19世紀フランス・ロマン主義の異才|開催中の展覧会|国立西洋美術館

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1819年9月、テオドール・シャセリオーは、カリブ海イスパニョーラ島のエル・リモン (現ドミニカ共和国) でフランス人の父とクレオールの地主の娘である母のもとに生まれる。フランスに帰国後、11才でアングルの弟子となり、16才でサロンに初出品。以後、アングルの優美な線描の芸術を受け継ぎつつも、ロマン主義芸術への傾倒から、独自の道を探求。1856年10月、37才で死去。

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入念なデッサンで歴史画などを描く「新古典主義」はフランス革命以降主流となりました。アングルの指示を元に描いた習作。

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シャセリオーは独自に手の形や青空を描き加え、秀作以上の魅力を生み出しています。アングルをして「この子はやがて絵画界のナポレオンになる」といわしめるほど有望視されていました。

 

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しかし2年後、新古典主義とは全く違う絵を描きアングルと決別します。革命により抑圧された市民の間で個人の感性を大切にするロマン主義の時代が訪れていました。

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女神の水浴を覗いた狩人が鹿に変身させられてしまう神話の場面。主人公の顔はあえて見せず、狩人は視線の先に小さく描かれています。

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一方脇役にすぎないニンフの眼差しが、狩人に起こる残酷な運命を予感させます。この従来の様式にとらわれない大胆な表現がロマン主義の醍醐味です。

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女性の感情を木の枝に託した作品。

 

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悲しみと共鳴するかのように枝が複雑に曲がりくねっています。

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ひときわ目につく作品は、かつてシャセリオーが描いた作品を再現したものです。

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東洋と西洋が交易を通して触れ合う場面。ただようエキゾチズムには彼のルーツが深く関係しています。

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シャセリオーはカリブの島でフランス人の父とクレオール*1の母の間に生まれました。

 

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画家は自らの出自を追い求めるかのように異国に旅をしています。

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単なる異国趣味ではない。個々の人間への強い関心が現れています。

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37歳でなくなるその年に描いた宗教画。異なる民族が礼拝に訪れる場面にはエキゾチズムと神秘的な表現が共存しています。シャセリオーは変わりゆく時代の中で自らの表現を追い求めました。f:id:tanazashi:20170402233139p:plain

 

 

TBS「シャセリオー展」|TBSテレビ

ドラクロワとシャセリオーの版画 (双書 美術の泉)

ドラクロワとシャセリオーの版画 (双書 美術の泉)

 

 

*1:西インド諸島中南米などで生まれ育ったヨーロッパ人。特にスペイン人、フランス人をいう