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チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

アートシーン・絵巻マニア列伝 2017.04.30

平安時代から江戸時代まで、絵巻物を愛好家の視点から展示するユニークな展覧会です。

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言葉と絵の芸術「絵巻」。その虜となった絵巻マニアが愛した作品です。

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平安時代後期の後白河院は、時事ネタや人々の暮らしに目を向けた作品を作らせました。

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病草紙(やまいのそうし)は、平安時代末期から鎌倉時代初期頃に描かれた絵巻物。絵、詞書ともに作者は未詳。当初は巻子本だったが、現在は場面ごとに切り離されている。簡単な説話風詞書に一図の絵を添え構成された、当時の種々の奇病や治療法など風俗を集めたものである。1巻の巻物であった16段と、これとは別に伝来した断簡5段の計21段分が残り、現在は各段ごとに分断され、国宝9段など各地に分蔵。この他、別系統の模本も伝わる。

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深夜にひとり、寝付けない女が寂しげな表情を見せる「病草紙断簡 不眠の女」。これを見ると、不眠症や肥満、口臭や歯槽膿漏(のうろう)などが当時既に「病」として認識されていたことが分かります。

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鎌倉時代の花園院は、取り巻きの絵師たちを使い、絵巻ブームを起こしました。

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中でも傑出した作品が国宝「玄奘三蔵絵」です。

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中国の僧・玄奘三蔵がインドを旅し中国に戻るという物語です。

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人物の表情や衣装を緻密に描き分け、後世の絵巻に大きな影響を与えました。

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今は柄化ケース越しにしか見られない絵巻。絵巻は文学と美術が融合したメディアでした。言葉と絵で物語が展開するところは今でいうならアニメーションです。ガラス越しに目で追うしかない現在の鑑賞方法とはまるで違う方法で当時の人達は楽しんでいました。

 

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手で持ち、肩幅ほど広げて読み進めます。

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読み進めたら、読んだ部分をくるくる巻いて畳み込みます。

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こうすれば場所も取らず、散らかる心配もありません。

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絵巻というのは常に作品に触れていた絵画だったので親密な関係です。巻くとコンパクトなので人との貸し借りがし易い。あるいは地方に運ぶことも簡単だったので絵巻を介して人のネットワークができたのです。

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いまふうにいうと、アニメオタクのコレクションを開陳するようなものと考えると、身近なものに見えてきます。

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室町時代のマニア後崇光院の日記からも貸し借りの様子がわかります。

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伴大納言絵巻をはじめ、各地から取り寄せた絵巻を息子の後花園天皇に又貸ししたと記されています。セレブたちの愛好ふせりを見ると、人間は時代や地位にかかわらずいつの世も変わらないなあと思えてきます。

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気に入った絵巻は返却する前に写しを作らせました。

 

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サントリー美術館の秘宝ならぬ“屁宝”が、「放屁合戦絵巻」です。

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木の実や冷粥を食べて腹にガスをためた法師や尼らが放屁競争をするという、もはや小学生男子レベルの下ネタだ。

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男性器の大小や、屁の威力を競う「勝絵」と呼ばれるジャンルがあり、そのうち後者のみをまとめたものだといいます。

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よほど面白かったのか、文字の部分は後崇光院自らが書き起こしています。

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室町幕府12代将軍足利義晴も絵巻マニア。

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京都を終われ滋賀県の桑実寺に幕府をおいた際にこの絵を書かせました。

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この絵の魅力は寺の実景に基づいた風景美容社。まるで空中から撮影したかのような臨場感があります。

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ときは創建当初の飛鳥時代元明天皇が、寺の本尊薬師如来が立っていたと伝えられる寺の前でその足跡を拝んでいます。

 

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