チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

「人のやらないことをやる!~版画家・一原有徳の挑戦~」日曜美術館

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誰も見たことがない版画を作ってみたい。そう願った男がいました。市立小樽美術館。ここに彼の作品の多くが収蔵されています。

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他に類を見ない独自の世界。

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自らの創作を実験と称し、あらゆるものを版画の素材としてきました。

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男の名は一原有徳。版画家としてデビューしたのは50歳。
そこから一原の実験は一気に加速して行きます。

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未知の版画を求めてときには薬剤で版を溶かし、時には熱を使って版を作り、やがてそれまでの版画の概念を超える作品を作り出します。
その独自の作風は世界でも高い評価を得ることとなりました。
自分にしか作れない版画とは。
問い続け作り続けた版画家に迫ります。

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「人のやらないことをやる!~版画家・一原有徳の挑戦~」

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一原が住んでいた北海道小樽市。街の中心部に一原の作品を数多く所蔵する市立小樽美術館があります。

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もともと郵便為替や年金などを扱う郵政省貯金局の建物。

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一原はここの職員でした。貧しい家庭に育った一原は、13歳から働き始めます。一原が美術と出会ったのは41歳のとき。職場の先輩から油絵サークルに誘われたことがきっかけでした。

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先輩が譲ってくれた絵の具で油絵を描く始めた一原。

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やがて一原の絵は非現実的な表現を見せるようになります。
油絵を描こうとしていたある日。転機となる出来事が起こります。

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一原がパレット代わりにしていたのは貯金局で戦前まで印刷用に使われていた石版です。
いつものようにペインティングナイフで絵の具を練っていた一原。

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ふとパレットの上に現れた模様に目が止まります。

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思わず近くにあった紙に擦りとってみます。そこに広がっていた今まで見たこともない世界。ここから一原は版画にのめり込んでいきます。

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一原が出会ったのは世界でも珍しい”モノタイプ”という技法です。

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札幌市の版画家・上田正臣さんに再現してもらいました。
使うのは石版です。

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まず版に薄くインクを塗ります。
次に取り出したのはヘラ。

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石版にヘラを当て、インクをこすり取るとその軌跡が文様となります。
使うヘラによって生まれる模様も変わります。

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小さいヘラだとより細かく躍動的な表現になります。
上田さんは考えて描くより即興でヘラを動かしたほうが伸びやかな表現になるといいます。不思議な文様が現れました。

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石版の上に紙を載せ擦りとります。紙にかける圧力が強すぎても弱すぎても微妙な模様は写し取れません。
一回刷るとインクは殆ど残らないため、同じ作品は二度と生まれません。

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一回きりの勝負。その魅力に一原は惹かれて行きました。
「絵の具を練っていくと、絵の具の感触だったり、ヘラの反発力だったりとかがだんだん馴染んでくる。自分が馴染んでくる。そうすると無意識というか、あまり何かを描こうという糸なく動かしてみたくなる感じがします。そうしたことが面白く感じて一原先生はつくっておられたのかという気がします」

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自分でも意図しない文様を写し取れる面白さ。モノタイプは一原が求めていた技法だったのです。版画家一原有徳を育んだ場所が美術館の地下に残されています。

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この建物が貯金局だった頃、ここには使われなくなったプレス機や石版が置かれていました。ここにこもり、モノタイプの可能性を確かめるかのように一原は実験を重ねます。

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その実験の記録が残されていました。
一原と長く親交があったアートディレクターの北川フラムさんです。

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石のメモ。石版から生まれた文様の記録帳です。
「1957年11月と書いてあって。いろいろな新発見があるわけです。

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これは僕から見れば木の年輪のように見えます。

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これは灰皿かもしれませんが、いろいろ組み合わせると面白いものができる。実験していって、こういうことができたよと、自分の覚えとしてやっていくんだと思います」
試行錯誤の数々。その数はおよそ一万点にも及びます。

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実験を重ねること2年。自分の版画はどう受け止められるのか。
1958年。一原は作品を東京の展覧会に出品。その評価を世に問いました。
作品を見て衝撃を受けた人がいます。

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当時神奈川近代美術館の館長を務めていた土方定一です。

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石版画でありながらまったく異質な鉄屑や鉄管や機械の映像に転化してしまった。この一原さんの軌跡の画面に僕は驚いてしまう。孤独な歌のような世界の独自さは、僕をいつも喜ばせてくれる。

土方は即座に海外での巡回展に推薦。ローマ、ウィーン、メキシコ。一原は棟方志功らとともに日本を代表する版画家として紹介されたのです。このとき50歳。

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やがて作風にも変化が訪れます。これまでの硬い印象から柔らかなものへ。
曲線の表現が高く評価された作品「RONA」

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表面の摩擦が石より少ない金属の板を使い、ヘラをより滑らかに動かせるようになりました。さらにヘラの先端を丸く削ったことで、生き物のような文様が生まれました。

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こちらは幾重にも直線が重なる作品。
それぞれの線に現れたグラデーションが一体感を生み、それが折り重なることで画面に深い奥行きが生まれています。
自由な創作を続ける一原。しかし同じ技法を使う限りやがて限界がやってきます。

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石版モノタイプの技法を見つけたスタートの作品であるが、思いみるに、このフォルムのタイムトンネル風の中にいまだに右往左往しているような気がしてならない。

 

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「おそらく、やり続けているうちに道具が体と一体化して、脳の中でもそれが一つのものとして再現されて、時間が立つのを忘れる。道具が体と一体化するところが大事なところで、そこまでいくと楽しくてやめられなくなってしまうのではないですか」
「チクセント・ミハイ(アメリカの心理学者 1934~)が言ったフロー状態です。心理学の。時間の経過を忘れてしまう。やっている事自体が喜びになる。この版画が美術界でどう評価されようが関係ない。今が一番楽しいという状態になったとき作品のクオリティも良くなるということなのではないですか」


注:「フロー」とは,アメリカの心理学者M.チクセントミハイによって提唱された概念です。チクセントミハイは,行動や活動それ自体を楽しむことにエネルギーを費やしている人々を数多くインタビューして研究を重ね,それらの人々にはある特別な状態が共通していることを発見しました。それは,「集中が焦点を結び,散漫さは消失し,時の経過と自我の感覚を失う。行動をコントロールできているという感覚を得,世界に全面的に一体化していると感じる」状態で,彼らがこの状態を「よどみなく自然に流れる水」にたとえて描写することにちなみ「フロー(Flow)」と名付けました。
 この状態は,行為に注意が強く集中しているので,その行為以外のことを考えたり,あれこれ悩んだり,雑念を持ったりすることはなく,また,自分がうまくできるか,自分がどう見られているかなどの自意識を持つ余地を与えず,時間は瞬く間に過ぎるように感じられます。そして,このような体験を享受したいがために,困難や危険を伴うとしても,利害を計算することなく,自らその行動を求めていきます。http://www.kantokushi.or.jp/lsp/no668/668_02.html


「偶然の出会いをセレンディピティといいますが、脳科学セレンディピティを活かすためには2つ条件がいると言われていて、まず気づくことなんです。そういうものがあるということを気づく。気づいたらそれを受け入れる。この2つが難しいのでみな偶然の幸運を活かせない。一原さんの場合は気づけたのです。それを自分の美術の表現として受け入れることができた。そこが一つの重要な転機だったのではないですか」

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市立小樽美術館の一角には、一原が”実験工場”と呼んでいたアトリエを再現した場所があります。壁にはチェーンなどの工具。一原にとってはこれも版画の材料になります。

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様々なモノの形を写し取った版画のコラージュ作品。丸いのこぎり。

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パッキンとスルメイカ。さらにトカゲの皮まで。石や金属の板にインクを塗り、文様を描く。そんな版画の原点にさえ一原は疑問をいだきました。版画の版とはいったい何なのか。版というものをもっと自由に考えることで、一原は新たな地平を目指したのです。

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道具も版画に使われていなかったものを試しました。こちらは電気ドリルやヤスリで金属の板を傷つけて作った作品。誰も見たことがない版画を作る。そのために技法も道具もほかの版画家が使ったことがないものを探し求めたのです。

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さらに一原は作品のイメージを一切持たずに創作に臨みました。他の作家の模倣になってしまうのを嫌ったからです。

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山根基世アナ「今から作品を作ろうとするとき、どういうイメージでつくろうというのは・・・」
一原有徳「殆ど無いです。ただやっているだけの話。(その時どういう作品にするかという計算は)ないです。どんな風景になろうが手の動くままで。あまりイメージを持たないことにしているのです。(それはどうしてなんですか)

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イメージを持ったら必ず先人の後を追うことがあるだろうと。あまりものを知らないから、ものを知らないものがやったら必ず先人の良い物の記憶が出てくる」 

イメージなしに版画を作ることは可能なのか。やがて一原は過激なまでに版画の概念を変えていきます。

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一原が新たに挑んだのが金属の板を腐食させる方法です。

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手を使いヘラで文様を描く方法ではどうしてもイメージが入ってしまいます。その過程を薬品にやらせることでより自らの理想に近づけると考えたのです。
当時の様子です。

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金属の板に腐食液をかけて溶かします。

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さらにバーナーの熱を当てて化学反応を促します。
作家の意図から版画を解き放つ。一原の実験。

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「RIW59」画面に拡がる斑点は苛性ソーダの粒を当てて腐食させたものです。金属が溶ける様子をそのまま写し取った文様は画壇でも高い評価を受けます。
しかし、一原は満足できませんでした。
腐食液の種類や濃度に作家の意図が入るからです。

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そこで目をつけたのが錆。
役目を終え自然に朽ちていく金属に刻まれたものを版画にしようというのです。
これなら作家の意図やイメージが作品に反映されることはないはずです。
はたしてどのような版画になるのか。
版画家・池田良二さんです。一原の錆を使った版画に関心を持ち、自分でも自然の錆を版として使っています。そこには意外な表現が眠っているといいます。
「普通の人にはなんの価値もないものです。コンマ何ミリのデコボコが、すられたことで大自然の一部のようにみえるでしょ。新しい表現を見つけようというか。何すに出会いたかったのであろう。自然の中に長い間委ねられたものを自分の手によって刷ることで新しい表現になる。出会いとなる。そういうものに期待したのではないか」

こちらは工事現場から拾ってきた鉄板を吸ったと言われる作品です。

北海道で屋根として使われることが多いトタン板を吸った作品。

廃屋の外壁を刷った作品。建築資材が貼られていた跡が文様として現れています。

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版画とは何か。自由に発想し実験を続ける一原はついにインクとも決別します。使ったのはネジや釘などの金属。
こうした金属を焼印のように用い版画にしたのです。
実際に一原が使った道具で再現してみます。
金属を真っ赤になるまで加熱。この熱エネルギーをそのまま紙に写し取るのです。

あたかも羽のように見える熱の痕跡。元の形からは想像もつかない作品が生まれます。

ほとばしり出るエネルギー。目に見えないものが紙に刻印される驚き。一原はこれを「熱版」と予備、一連の作品を世に問うていきます。
技術は技術で大事だけれどそれに囚われちゃいけない。技術とその人の中身がスパークして初めていい作品が生まれます。
新しい版画との出会いを追い続けた一原がたどり着いた「熱版」。
次々と押される熱の刻印に一原の興奮が伝わってきます。
熱版は当時の画壇に驚きを持って迎えられます。
作品には一原自身のエネルギーが刻まれていると評価されました。
未知の版画を探し続ける情熱。
そのわけを問われると、「私も版画も未完成だから」と言いました。
一原は201年に100歳でその生涯を閉じます。
誰も見たことがない版画を作りたい。そんな夢を最後まで追い続けました。