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日曜美術館「漆 ジャパン」京都の遺跡では漆器の意外な製法が明らかに

ヨーロッパで愛された日本の漆器。近年その製造方法について意外な事実がわかってきました。

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日本が漆器を盛んに輸出していた17世紀。ヨーロッパ諸国との窓口となった長崎の平戸。

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平戸オランダ商館の輸入の記録です。ここに漆について大きな謎とされてきた記述があります。

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日本にタイやカンボジアなど東南アジアから漆を輸入したという記録が残されているのです。東南アジアでも漆器が作られ、漆の樹液も採取されています。

f:id:tanazashi:20170730154816p:plainしかし、木の種類が異なるため樹液の色も質も大違い。日本の気候風土ではなかなか固まらず使い物にならないと多くの人は考えてきました。また、漆を意味するlackは、塗料とも訳せるため、これは漆の輸入記録ではないという人もいました。

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2004年。その謎を解き明かす発見が京都でありました。

f:id:tanazashi:20170730154828p:plain中学校の改修工事中、17世紀の遺跡が発見されます。この廊下の地下に大きな壺が埋まっていました。

京都市御池中学構内から出土した17世紀の四耳壺(しじこ)。付着した漆と思われる樹液を分析したところ、タイ・ミャンマー(同チチオール)とわかった。「当時は建築部材や輸出用の南蛮漆器のために大量の漆が必要だった。その原材料として輸入されたのかも」と明治大学バイオ資源化学研究所の宮腰哲雄教授教授は語る。

asahi.com(朝日新聞社):漆文化に多様性 他分野との共同研究で成果 - 文化トピックス - 文化 

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高さ60センチあまり。外側にも内側にも大量に漆が付着しています。

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この壺のそばからは刷毛やヘラといった漆職人の道具も見つかり、壺の漆を使って漆器を作っていることがわかりました。

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調査を担当した北野信彦さんは、付着した漆にある疑問をいだきました。

「日本の漆に比べて黒くて艶があるということが一つ違うかなということがありました」違和感を抱いた北野さんは漆のサンプルの鑑定を化学分析の専門家宮腰哲雄さんに依頼しました。

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宮越さんは日本を含むアジア各国の漆を採取。壺の漆と比較します。各地に漆を熱分解してガス状にします。そのガスの分子の質量を測定した所、壺の漆がある産地の漆とほぼ一致したのです。

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「これはまったく日本とベトナムとは違うパターンです。これはタイ、ミャンマー独特の樹脂特有のパターンです。分析したらタイ産であるということがわかりました」

オランダ商館の記録は事実でした。タイの漆が実際に輸入されていたのです。使いものにならないと言われてきた東南アジアの漆も、当時の日本の職人は使いこなしていました。

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でもいったいなぜ、わざわざタイ産の漆を使ったのか。

研究者が注目したのはオランダ商館の記録にあった漆の値段です。

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日本産の漆が60キロあたり1.43テールで取引されているのに対し、

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タイ産の漆は43.5テール。およそ30倍もの値段で取引されています。

「明らかに桁が違うくらい東南アジアの漆のほうが高価だということがわかってきた。むしろ製品でいいものに使う可能性があることがわかってきました」北野信彦教授

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あの17世紀の工房跡から発見された漆器のかけらには赤と黒があります。分析の結果黒の方にタイ産の漆が多く用いられていたことがわかりました。

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「最初から黒っぽい色に固化した、固まった膜ができるのですねそれと艶が結構良い。黒いので上に金やらでんが来ると非常に映えることも事実だと思うので、使い勝手も悪くなかったと思います」

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当寺ーロッパを魅了していた日本の漆器の色には黒が多く見られます。世界に名高いジャパンのブランドはアジア諸国とのつながりの中に気づかれたのかもしれません。

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17世紀輸出が制限された時代にも漆器は盛んに製造されました。イスラム圏に特徴的な形。当寺イスラム教のくにだったインドから持ち込まれた革製の盾に日本で蒔絵を施して輸出されたと考えられます。

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オランダからの特注品。中央にあるのはアムステルダムの名家の紋章です。

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オランダ商館長が長崎から江戸まで旅をした時の風景を日本の職人たちが丹念に描いています。江戸時代外国との交流の中で多様な表現が生まていった漆工芸。同じ頃国内向けの漆器は技術を洗練させていきました。

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全体に金粉をびっしりと撒く蒔絵の技法で作られた駆使。笹の葉には螺鈿が使われています。

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江戸時代、印籠や櫛など人々が使うちょっとした贅沢品にも漆が使われるようになります。

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明治時代の輸出用品です。芝山細工と言われて明治時代に流行した技術です。明治6年ウイーンで万国博覧会が開催され人気を博したと言われています。

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貝殻の螺鈿象牙象嵌されています。螺鈿も通常のものと違って厚く、浮き彫りに、レリーフ状にしたものを貼り付けています。f:id:tanazashi:20170730155004p:plain

貝殻の上にも蒔絵で細かい図柄を描いたりしています。離れてみても派手ですが、近くによって見ると細緻な技が使われていて、当時の技術の結晶が込められていることがわかります。

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「漆はアジア特有の文化です。アジアに共通の文化でもあります。16世紀から西洋とのつながりが出てきますと今度は西洋人を窓口にして広がっていく。相互の、世界との関わりの中で日本の漆文化は展開してきたというのを改めて感じます。

グローバルに広がっていくと、むしろ自分たちの個性の美意識だとか、自分たちの得意な技法だとかを出したくなる。グローバリゼーションとアイデンティティの問題を考えるモデルケースとしても漆は面白いと思い始めています」

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