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響くアートの愛好家

日曜美術館「漆 ジャパン」螺鈿・乾漆・蒔絵

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6世紀から8世紀の飛鳥・奈良時代。遣隋使、遣唐使などを通じて中国から様々な文化が伝わりました。その中に漆工芸の技法も数多く含まれていました。

 

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その一つが螺鈿です。東大寺正倉院の宝物にも用いられています。

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螺鈿とは貝殻の真珠層を切り抜き貼りつける技法。奈良時代以降日本でも盛んに用いられました。

もう一つ、奈良時代の日本で大きく花開いた中国伝来の技法があります。

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興福寺の阿修羅像にも用いられた乾漆という技法です。

 

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 その乾漆の技を現代に伝える人がいます。

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東京で看板彫刻を手がける細野勝さんです。阿修羅像のレプリカなどを作り続けて40年。今ではほとんど用いられなくなった乾漆の技法を構成に伝えようとしています。

 

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「技法そのものが曲がりなりにも伝わればというのが正直な気持ちですね」と細野さんは言います。

乾漆による仏像づくりを見せてもらいました。

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まず粘土でつくった型の上に布を漆で貼り付けていきます。その上に漆に浸した布を何枚も貼り付け細かな形を整えます。

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木を削るのに比べより繊細な形を作り出すことができます。

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やがて漆が乾くと背中を切り開き、中の粘土をすべて掻き出します。

 

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漆は乾燥すると固まるため、中の型を抜いても形が崩れることがありません。

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乾漆技法で作られた仏像の最高傑作の一つが興福寺の阿修羅像です。三つの顔それぞれに異なる表情。繊細な表現は漆を使ったからこそ可能になったものです。

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平安時代に特に発展したウルシの技法があります。蒔絵です。

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国宝・片輪車蒔絵螺鈿手箱。牛車の車輪が乾いて割れないよう水に浸した平安時代の日本独特の光景が描かれています。蒔絵は漆で描いた文様の上に金粉や銀粉などを巻く技法。これも中国伝来とされていますが、もっぱら日本で発展しました。蒔絵の器は日本の特産品として中国や朝鮮半島にも輸出され高く評価されました。

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15世紀から16世紀に生きた中国の文学者はこう記しています。漆を用いた技法はみな中国から生まれたものだが、今世にあるのは日本から伝わったものばかりである。真似ようとしても彼らのようにうまく作ることは決してできない。

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やがて、16世紀から17世紀の安土桃山時代。漆文化は大きな節目を迎えます。日本とヨーロッパが初めてであった時代。日本の漆器は遠くヨーロッパに輸出され、JAPANと呼ばれるようになるのです。

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17世紀頃の漆器は当時JAPANとよばれていたのですね。

「磁器のことをチャイナと呼びますが、それの対になる言葉だと思います」

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日本製の漆器を見て、漆器ならば日本ということで「ジャパン」と呼ばれるようになったようです」

 

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「こちらは特注品として作られたもので、輸出漆器としては並外れて技術的にすばらしい最高級品の一つです」

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「細かい文様が書かれています。これは蒔絵の技法で言うと付描と呼ばれる蒔絵筆で模様を描いて金粉を撒いています。線も確認できないくらい細かい唐草文様だとか、ねっとりとした漆で描かなくてはならない中で描かれています。人物も描かれています」

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「着物の柄まで細かく、柄の違いまで描き分けています」

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「これでもかみれでもかというパターンを繰り返していますが、寸分の狂いもないたいへんな技だと思います」

「漆というものはヨーロッパにはない塗料だったわけです。漆はウルシの木が生える地域でしか採れませんので、ヨーロッパには全く未知の塗料だったのです」

f:id:tanazashi:20170805204212p:plain「黒い艶。それもテカテカするものではなく、内面から湧き上がってくる優美な輝きですね。漆というものがまず珍しかったというものがあると思います。それと蒔絵の漆器というものは金を使いますので黒に金という大変ゴージャスな、ヨーロッパの宮殿にはふさわしい素材だったと思います」

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ヨーロッパの人たちのあこがれは、それまでになかったものも生み出しました。

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この作品。ものを収める櫃とそれを置く台からなるのですが、日本から輸出されたのは上の櫃の部分だけでした。

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下の台はヨーロッパで作られたもの。ヨーロッパにはウルシがないため、ラック貝殻虫というものを利用した模造ウルシで光沢を出しています。文様も似ていますが、日本のものが螺鈿つまり貝殻で表すのに対し、下の台は金属の箔を用いています。

ヨーロッパで愛された日本の漆器。近年その製造工程について意外な事実がわかってきました。

 

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