チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

近代数寄者の交遊録

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東京・白金台の畠山記念館で近代を代表する数寄者たちの展覧会が開かれています。

[秋季展]新収蔵記念 近代数寄者の交遊録―益田鈍翁・横井夜雨・畠山即翁|畠山記念館

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美術館の庭園には沙那庵と呼ばれる茶室があります。

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昭和12年。ここである茶会が開かれました。

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亭主は美術館の創設者の畠山即翁。

招かれたのは近代の日本経済界を牽引した実業家であり、
有数の日本美術コレクター、茶人であった益田鈍翁(孝・1848~1938)と実業家の茶友・横井夜雨(半三郎・1883~1945)です。

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茶会の主役は京都の毘沙門堂由来のこの茶碗。

重要文化財「柿の蔕茶碗 銘 毘沙門堂」(朝鮮時代)

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口周りの反りが心地よい”わびの極地”とも言われる逸品です。

お湯を入れるとほんのり赤く染まり、抹茶の緑が生えたと言われます。

この茶碗は鈍翁が購入を諦めたもの。それを知った即翁はこの茶碗でもてなすことを決めました。

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茶会に招かれた後、鈍翁が書いた書。

くやしというもおもしろの夜やの文字。

茶碗が手に入らず悔しかったけれどこうして再会することになった。なんともおもしろいめぐりあわせじゃないかという具合。

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即翁は茶碗の他にも心づくしの道具を揃えました。

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万歳という銘のついた江戸時代の茶杓

鈍翁と夜雨を招くめでたさを書いたものでしょう。

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棗(なつめ)は鈍翁がお抱えの職人に作らせ即翁に贈ったもの。

即翁はそのナツメに明治天皇の衣装で作った貴重な 仕覆(しふく)を組み合わせました。

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「自分たちの目で見ていいと思ったものを積極的に茶の湯の道具としてとりあげる。そういうことでたくさんの素晴らしい美術工芸品が数寄者たちのもとに集まって蒐集も盛んになったということが言えると思います」

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鈍翁は懐石に使う道具も熱心に集めました。

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特に気に入っていた志野焼の酒器。

ふっくら丸い胴に四角い口。ほのかに赤みがさした肌が味わい深い作品です。

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豆腐を席に運ぶために用いた漆塗りの茶箱。

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蓋には鈍翁の手で歌が書かれています。

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世の中は豆で四角でやわらかで、豆腐のように収まる人よ

鈍翁の遊び心が感じられます。

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こちらは則翁が愛用した茶碗。

江戸時代の茶人・小堀遠州がかつて所有していたとされます。

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大きく歪んでいますが、お茶を飲む手にしっかりと馴染みました。

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彼らの旧蔵品や好み物、自作の書画や茶道具に加えて、
遺された膨大な手紙類をひもときながら、近代数寄者のすがたを探ります。
折りしも、今年は益田鈍翁の80年忌にあたります。
ゆかりの品を厳選してご紹介いたします。