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日曜美術館「茶の湯で国を治めた男~大名茶人 松平不昧~」

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日曜美術館茶の湯で国を治めた男~大名茶人 松平不昧~」

日本的美意識の結晶、茶の湯。江戸時代後期、そんな茶の湯の名品を集め、記録にも残した松江藩主の松平不昧*1茶の湯地場産業も育成し、名君といわれた不昧の実像に迫る。

幼い頃から茶の湯に親しんだ不昧。その大成者・千利休を尊敬し、茶の湯が国を治める助けになると説いた。地場産業として茶の湯に欠かせない窯元を育成し、自ら命名した和菓子を作らせるなど茶の湯の町・松江のイメージを高めた。また、自分の所有以外にも名品を調査してイラストまで添えた文書作りは、後の文化財保護の考えを先取りしたものだと言われている。地元松江で今も慕われる名君・不昧の茶の湯での街づくりをひもとく。

【ゲスト】デザイン活動家/京都造形芸術大学教授…ナガオカケンメイ,MIHO MUSEUM館長…熊倉功夫,【司会】小野正嗣,高橋美鈴

放送日

2018年5月27日

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

 

展覧会

没後200年 大名茶人松平不昧と天下の名物~「雲州蔵帳」の世界

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雲州蔵帳に載った茶道具約30点を展示。必見なのは豊臣秀吉も所有していた「唐物肩衝茶入銘 油屋」(重要文化財)。高さ8・4センチと小ぶりだが、形は優美な曲線を描き、「柿金気色」という濃い茶色の上に黒い釉薬が垂れている。

不昧が格付けした最上位の「宝物」は数少ないが、その中でも筆頭とされた。

参勤交代の際には何重にも重ねた箱などに収めて大切に運び、不昧でさえ使うことは生涯なかった。

不昧は「天下の名物にして一人一家一国の宝にあらずと知るべし」という信念で集めていた。畠山記念館の水田至摩子学芸課長は「集めた品々を自分だけのものにするのではなく、文化財として保護する視点があった。近代的な考えの先駆けだった」と話す。

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本年は、出雲松江7代藩主で江戸時代を代表する大名茶人松平不昧(1751~1818)が亡くなって200年にあたります。この節目の年に、質・量ともに群を抜く当館の「雲州蔵帳」記載茶道具を一堂に展示し、茶人、コレクター、そして文化財保護の先駆者でもあった不昧の美意識を探る展覧会を開催します。この機会に、国宝2件、重要文化財4件を含む天下の名物と、不昧の評価が近代への道を開いた様子をご覧ください。

[春季展]|畠山記念館

会場:畠山記念館

会期:2018年4月7日(土)~6月17日(日)

 

 

没後200年特別展「大名茶人・松平不昧」展~お殿様の審美眼

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国宝「大井戸茶碗喜左衛門井戸」は、雲州蔵帳の格付け2位の「大名物」に分類された名品。16世紀ごろに朝鮮半島で作られたもので、渋い枇杷色に風情がある。「所持したものは腫れ物を病む」という言い伝えがあり、不昧が患った際に妻が手放すように勧めたが、不昧は聞き入れなかったという逸話がある。

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不昧が自らの美意識を反映させた茶道具などを蒔絵師や塗師らに作らせた「お好み道具」の一つが「瓢箪蒔絵弁当箱」。

3段の引き出しが付いた弁当箱の側面にはひょうたんを縦半分にした形が開けられ、取っ手金具もひょうたんをモチーフにしている。外見は黒い漆で覆われているが、ふたの裏面にはひょうたんの実や花を色鮮やかに描いた蒔絵や陶板が取り付けられており、目を奪われる。

 不昧は、お好み道具に使う漆や木地に当時の最高レベルのものを使い、デザインも具体的に描いて作り手に指示していたという。小林祐子主任学芸員は「みやびな豪華さを感じさせるものや、切れ味がするどい造形感覚のものがある。格調高く、上品でおしゃれ」。

www.mitsui-museum.jp

今年は大名茶人として名高い松江藩主松平不昧(1751-1818)が没して200年になります。不昧は広い人脈のもとに優れた書画や名物道具、美しい調度品など、名品を数多く蒐集しましたが、その中には今日、国宝や重要文化財に指定されているものも多く見られます。本展では不昧が愛蔵した名品の数々、さらに不昧像が窺われる自筆の書画や好んで作らせた器なども紹介いたします。 

会場:三井記念美術館

会期:2018年4月21日~6月17日

*1:島根・松江藩7代藩主の松平不昧(ふまい)(1751~1818)は、広い人脈で茶道具を集め、名品を文献にまとめました。
不昧は数え17歳で藩主になり、逼迫していた財政を産業振興などで立て直すかたわら、抹茶を点(た)てて客をもてなす「茶の湯」を好みました。禅の修行をした経験から、「茶禅一味」の境地を目指しました。集めた茶道具は800点を超えていたといわれ、それらを「宝物」や「名物」など7段階に格付けしてまとめた「雲州蔵帳(うんしゅうくらちょう)」には、いまの国宝や重要文化財に指定されたものも少なくありません