チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

新美の巨人たち 藤原信実・後京極良経「佐竹本三十六歌仙絵」

「佐竹本三十六歌仙絵巻」の画像検索結果

 

『佐竹本三十六歌仙絵』とは、今から約700年前の鎌倉時代に描かれた、36人の和歌の名人の肖像画

在原業平柿本人麻呂小大君源信明…数々の名だたる歌人が一堂に介し、上下2巻に18人ずつ歌合形式で描かれています。

描いたのは藤原信実、和歌の書は後京極良経の筆とされています。
ところが今からちょうど100年前、とんでもない事件が起きました。

なんとこの壮麗な絵巻が37枚に「切断」され、1枚数億円もの値段で売られてしまったのです。しかも“くじ引き”で…。
そんな一度はバラバラになった絵巻が、今、京都国立博物館で奇跡の再会を果たしています。

今回展示されるのは31点。

この100年ぶりの奇跡の再会に、近藤サトさんが立ち会います。
なぜ絵巻は「切断」されたのか?

なぜくじ引きだったのか?

日本美術の秘宝中の秘宝と謳われた三十六歌仙たちは、その後どう生きたのか…?

日本美術史上最大の事件に迫ります。

美の巨人たち 藤原信実・後京極良経「佐竹本三十六歌仙絵」

放送:2019年11月3日

プロローグ 

f:id:tanazashi:20191110084643p:plain

今からちょうど100年前のこと。

威厳をたたえたこの館で日本美術史上最大の事件が起きたのです。

f:id:tanazashi:20191110084658p:plain

上下二巻に36人の歌仙等が描かれた壮麗な絵巻がありました。

和歌の名人達の雅な姿が繊細な筆致で実に美しく描かれています。

f:id:tanazashi:20191110084735p:plain

その絵巻がバラバラに切断されたのです。

f:id:tanazashi:20191110084747p:plain

そして総額60億とも言われる価格で売られていたのです。

しかもくじ引きで。世に言う佐竹本三十六歌仙絵巻切断。

 

f:id:tanazashi:20191110084759p:plain

100年後の京都国立博物館です。

f:id:tanazashi:20191110084815p:plain

日本美術の源流ともいえる王朝の美がそこにあります。

f:id:tanazashi:20191110084827p:plain

世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし。

「表情がとても気品がありますよね」

f:id:tanazashi:20191110085421p:plain

本日は近藤サトさんが佐竹本三十六歌仙絵奇跡の物語を辿ります。

なぜ絵巻は切断されたのか。

なぜくじ引きだったのか。

f:id:tanazashi:20191110085409p:plain

国宝級とうたわれた名画たちはその後どう生きたのか。

流転のドラマとは。

佐竹本三十六歌仙絵巻

f:id:tanazashi:20191110085359p:plain


佐竹本三十六歌仙絵巻は日本の絵巻物です。

f:id:tanazashi:20191110085344p:plain

36人の和歌の名人たちが上下2巻に

f:id:tanazashi:20191110085821p:plain

18人ずつ歌合形式で描かれていました。

f:id:tanazashi:20191110085734p:plain

700年以上前の鎌倉時代のもの。

f:id:tanazashi:20191110085724p:plain

絵を描いたのは藤原信実

f:id:tanazashi:20191110085711p:plain

和歌の書は後京極義経の筆。

技術も材料も当時の最高峰のものです。

f:id:tanazashi:20191110085658p:plain

「打紙と言うんですけども紙をツルツルにするかの加工がなされてまして、

f:id:tanazashi:20191110085646p:plain

さらにきらめきというその雲母の粒子を塗布する加工がなされていることで光沢感のある表面になっています。こういったの加工をした紙を使った歌仙はこの時代には他には見当たりませんので、かなり特別な目的によって作られたんではないかなと思います」

それほどの秘宝がなぜばらばらにされることになったのか。

f:id:tanazashi:20191110085626p:plain

もともと下賀茂神社の神庫に奉納されていた三十六歌仙絵巻は江戸時代中期に秋田藩佐竹家へと受け継がれました。

f:id:tanazashi:20191110090234p:plain

幕末明治維新という時代を経て家禄を失い経済的苦境に立たされた佐竹家はやむなく家宝の数々を手放すことになります。

f:id:tanazashi:20191110090224p:plain

佐竹本三十六歌仙絵巻についた値段は35万3000円。

現在の価値でいえばおよそ35億円というとてつもない金額です。

f:id:tanazashi:20191110090212p:plain

6人の古美術商は合同入札しその後船成金、山本唯三郎が上下2巻まとめて購入しました。

所が。折しも第1次世界大戦後の不況に見舞われた山本は財産を失い絵巻を手放すことになったのです。

舞台となった場所が残されています。

f:id:tanazashi:20191110090146p:plain

国立博物館はよく来るんですがこんなに深い森があるなんて知らなかったですねいろんなところ良く東屋と言うかお茶室がある」

大正時代の当時、品川御殿山に合ったこの館は有形文化財として現在上野にある東京国立博物館の敷地内に移築保存されています。

f:id:tanazashi:20191110090134p:plain

館の名は応挙館。

「すごい二間続きで。結構大人数で茶会もできたんでしょうけど。これが応挙館の由来の応挙の絵ですか」

 

f:id:tanazashi:20191110091532p:plain


壁一面に施されているのは円山応挙の筆による襖絵です。

応挙が眼病治療で世話になった寺にお礼として描いたものと伝えられています。

f:id:tanazashi:20191110091518p:plain

応挙館の主は益田孝。

三井物産創立者であり、財界の頂点に君臨した男です。

また鈍翁の名で知られる当代きっての一流趣味人であり茶人。

美術愛好家でもありました。

鈍翁曰く「今の日本に上下2巻まとめて買い取れる人物はいない」

ならばとやむを得ない荒業に出たのです。

絵巻切断。そしてそれぞれを希望者たちに買い取らせるという構想でした。

f:id:tanazashi:20191110091503p:plain

鈍翁を世話人としてついにその日がやってきたのです。

f:id:tanazashi:20191110091453p:plain

その日応挙館に集まったのは40数名の財閥の当主、財界人、道具商など。

その名を知れば誰もが息を呑むほどのそうそうたる名士たち。

巻頭の住吉大明神を含め37枚に分割された絵にはあらかじめ値が付けられていました。

f:id:tanazashi:20191110091424p:plain

例えば在原業平は1万円。

f:id:tanazashi:20191110091415p:plain

華やかな女性歌仙の絵は人気が高く小大君は2万5千円。

f:id:tanazashi:20191110091403p:plain

逆に僧侶の絵は人気が無く素性法師は7000円。

その総額は現在の価値で言うとおよそ60億円。

分配方法は何とくじ引きです。

祈る者、震える者、沈黙する者。

f:id:tanazashi:20191110091345p:plain

当時の新聞によれば「20日午前10時より御殿山益田男邸なる応挙館において、実物被展の上一番より37番までに分かち馳せ参じたる数寄者ならびに代理者約40名。順次に青竹に手作りしくじ筒を打ち振り、めぐりゆく番号に各自の願運を確かめたり」

それぞれが静かな熱狂と興奮の中に身を置いたのです。

「罪悪感みたいなものもあってこれが自分のものになる高揚感と背徳感とテンションが高かったと思いますよここにいた人たちは全員」

f:id:tanazashi:20191110092329p:plain

願いが叶った者がいて。狙いが外れたものもいて。悲喜こもごものドラマとともに日本美術界の最も長い日が終わりました。

f:id:tanazashi:20191110092318p:plainそして今回37点中展示されるのは31点。

100年の間に行方知れずのもの。未だに公開できないものもあるからです。

しかし切断後これだけの数が集まったのは初めてのことです。

ではなぜそれほど高価なのか。なぜそれほど人を熱狂させるのか。

f:id:tanazashi:20191110092302p:plain

佐竹本の歌仙絵の特徴がよく表れているのがこちらの藤原仲文かもしれません。

有明の月の光を待つほどに我が世のいたく更けにけり」

月の光を待つうちに夜が明けてしまうように自分も随分と年老いてしまったと嘆いた歌です。

f:id:tanazashi:20191110092251p:plain

じっと思い詰めた仲文のため息すら伝わってきそうです。

f:id:tanazashi:20191110092241p:plain

「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」

伊勢物語の主人公にして世紀の美男子の誉れ高い在原業平です。

f:id:tanazashi:20191110092230p:plain

桜を見る会みたいなもので着ててもおかしくないようなちょっとくだけた服なのにも関わらず表情がとても気品がありますよね」

f:id:tanazashi:20191110092220p:plain

f:id:tanazashi:20191110092208p:plain

 

f:id:tanazashi:20191110092706p:plain


りんとした表情があり、

f:id:tanazashi:20191110092655p:plain

うつろな表情があり、

f:id:tanazashi:20191110092645p:plain

堂々としたたたずまい。

f:id:tanazashi:20191110092635p:plain

悄然としたたたずまい。

f:id:tanazashi:20191110092625p:plain

歌人たちのリアルで精密な描き分けが見事です。

f:id:tanazashi:20191110092614p:plain

それだけではありません。

f:id:tanazashi:20191110092602p:plain

「多くの男性歌仙は黒い衣装を着ているんですけれども。

f:id:tanazashi:20191110093335p:plain


衣紋線という服の輪郭を描く線はですね。最初に引いた線を残しながらそれ以外の部分を墨で黒く塗っているということを行っていまして、立体感であったりとか質感であったりとかそういうところが表現できている。

f:id:tanazashi:20191110093323p:plain

あるいはその中に細かい文様なども描かれていたりして、手の込んだ表現がなされています」

f:id:tanazashi:20191110093308p:plain

目にも鮮やかな十二単です。

幾重にも重なる色彩の華やかさ。

金や銀が使われていたことも分かっています。

f:id:tanazashi:20191110093253p:plain

その上を細い髪の毛が波打つような美しさで表現されています。

肖像という静かな空間をドキリとする動的な構図にしたてているのです。

図らずもバラバラに分割されたことにより、新たな美の潮流も生まれることになりました。

f:id:tanazashi:20191110093240p:plain

例えばこの絵です。

f:id:tanazashi:20191110093227p:plain

いかがでしょう。実は華麗な変身を遂げていたのです。

一体それは。

f:id:tanazashi:20191110093659p:plain


佐竹本三十六歌仙絵は切断された後様々な旅をすることになります。

近藤サトさんは京都嵐山を訪ねました。ちょっとたじろぐような門構えです。

京懐石で名高い京都吉兆嵐山本店。

f:id:tanazashi:20191110093648p:plain

「こんにちはよろしくお願いいたします」

f:id:tanazashi:20191110093639p:plain

徳岡さんの祖父で吉兆の創業者の湯木貞一は、戦後間もなく売りに出された在原業平をさる道具商から手に入れました。

f:id:tanazashi:20191110093628p:plain

桜の季節になるとこの部屋で客をもてなすおりに度々在原業平を床の間に掛けたそうです。

「お茶の話ばかり」

茶懐石がきっかけで料理の道を志した湯木貞一は、一方で茶の湯にも情熱を注ぎました。

店一店出店できる値段で茶碗一つを買い、周囲を驚かせたこともあったそうです。

在原業平の軸というのも人生にとってすごく必要なもの」

「入手したとき大いに喜び宴会が続いたほどでした。僕の結婚式の時、春だったのでかけていたことがあります」

「ここぞという時にかける絵」手に入れたものだけが知る喜びと幸福。

絵巻切断という日本美術史に残る事件によって、全くあらたなの効果を生んだ作品がこの坂上是則です。

f:id:tanazashi:20191110094208p:plain

「み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさりゆく」

吉野の山に雪が積もり外の寒さが増していく様子を歌ったこの歌。

f:id:tanazashi:20191110094157p:plain

是則の頬や唇もほんのりと赤く染まっています。

f:id:tanazashi:20191110094147p:plain

カメラをスーッと引いていくと実に壮麗な表具に設えられているのです。

f:id:tanazashi:20191110094135p:plain

鹿の住む雪山を描いたこの室町時代大和絵は、あでやかな色彩と流麗な筆さばきで描かれています。

f:id:tanazashi:20191110094123p:plain

その絵をまるで背景にするように、歌と肖像と表具が一体となって見事な季節感を演出しているのです。

f:id:tanazashi:20191110094109p:plain

「見た目の華やかさだけで無く、どういう伝来の裂であるのかとか、所有者の個性であるとか、美意識が非常によく現れたものですので、見て頂くのは非常に面白いかなと思います」

f:id:tanazashi:20191110095244p:plain

紀貫之の表具には本願寺に伝来したとされる能装束の裂が使われています。

f:id:tanazashi:20191110095316p:plain

持ち主がさらなる敬愛の念を募らせた結果一枚の絵が総合芸術へと昇華していったのでしょう。

「時代が織りなす一つの美ですよね」

100年という歳月は計り知れない長さと重さを感じさせます。

私たちが向かったのは瀬戸内海。ここにも流転のドラマがあったのです。

f:id:tanazashi:20191110095227p:plain

しまなみ海道の中程に位置する生口島

f:id:tanazashi:20191110095215p:plain

穏やかな海を望む小高い丘に壮麗な伽藍が見えてきます。

f:id:tanazashi:20191110095201p:plain

日光の陽明門と見まごうばかりの絢爛たる耕三寺。

f:id:tanazashi:20191110095151p:plain

大阪の実業家だった耕三寺耕三が母の菩提を弔うために出家し昭和10年から建立を始めた寺です。

15の登録有形文化財と膨大な美術コレクションを所蔵し寺全体が博物館として公開されています。

f:id:tanazashi:20191110095141p:plain

こちらで所蔵されているのが紀貫之

「桜散る木の下風は寒からで空に知られぬ雪ぞ降りける」

f:id:tanazashi:20191110095130p:plain

この絵はもともと服部七兵衛という古美術商が引当て、その後伴良太郎という人物に渡りました。

f:id:tanazashi:20191110095119p:plain

「もともと京都の伴さんというお医者さんが持っておられたことを聞いてるんですけれども、おそらくそれまでに持っていたものも何点か手放して紀貫之を手に入れたんだとは思ってます」

茶人であり茶道具を収集していた耕三寺耕三が入手したのには他にもこんな理由がありました。

「母の故郷であるこの島にいろんな文化財を持ってきて都会に行かなくてもいろんな貴重なものだったり物が見れる博物館を作るってことも目的のひとつだったので、収蔵品の中でも目玉の一つとして紀貫之を手に入れたかったんだと思います」

所有者それぞれに歌仙絵との絆の物語。

あの日絵巻を切断され分割されました。しかしそれにより日本美術にとって重要なものが誕生したのです。それはいったい。

文化財保護法成立

切断された佐竹本三十六歌仙絵。

所有者が点々としたものがあり、変わらず一所にいたものがあり。行方不明になったものもあります。

ただ一つ言えるのは海外へと流れてたものは一点もないということ。

f:id:tanazashi:20191110095633p:plain

そして。昭和25年文化財保護法成立。

二度と国宝級の絵巻切断事件を起こさないために。

美術とはその国の歴史や文化の結晶です。

その心を写したものです。

現在京都国立博物館では佐竹本三十六歌仙絵のうち31点が奇跡の再会を果たしています。

王朝の美があります。

100年という流転のドラマがあります。

今もリアルな歌人たちの息づかいとともに。

佐竹本三十六歌仙絵。

切断された悲運。分割された幸運。

いつの日かその全てが揃うことを願って。

 

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

「新たな高島野十郎展 4つのキセキの物語」【アートシーン】

f:id:tanazashi:20191103233852p:plain

 

新たな高島野十郎
4つのキセキの物語

f:id:tanazashi:20191103233842p:plain

ろうそくの絵で知られる高島野十郎。近年埋もれていた作品が次々と見つかっています。野十郎の新発見の作品などを紹介する展覧会です。

f:id:tanazashi:20191103233814p:plain

去年福岡市内で見つかった作品。関東大震災で被災した横浜の街を描いています。

f:id:tanazashi:20191103233803p:plain

当時30歳の野十郎は廃墟となった街をうねるような筆使いで表現しました。新たな側面を知る一枚です。

f:id:tanazashi:20191103233751p:plain

この展覧会は福岡県立美術館で11月24日まで。

 

会場:福岡県立美術館

会期:2019年10月5日~10月27日、10月29日~11月24日

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

「磯崎新の謎」【アートシーン】

f:id:tanazashi:20191103233358p:plain

 

磯崎新の謎

f:id:tanazashi:20191103233415p:plain

今年3月建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞した磯崎新。60年余りに及ぶ建築家人生その創作の謎に迫る展覧会です。

f:id:tanazashi:20191103233432p:plain

これは個人住宅の完成模型。半円状の屋根となだらかな曲線の階段が特徴的です。

f:id:tanazashi:20191103233444p:plain

磯崎は機能性だけでなく芸術的な要素を追求しました。

f:id:tanazashi:20191103233458p:plain

駆け出しの建築家だった頃に未来の都市のあり方を提案した実験作です。

f:id:tanazashi:20191103233511p:plain

来場者に釘とワイヤーを渡して都市の導線を作ってほしいと頼みました。

f:id:tanazashi:20191103233522p:plain

都市計画には市民の意見を反映させるべきだと考えたからです。

f:id:tanazashi:20191103233346p:plain

この展覧会は大分市美術館で11月24日まで。

 

会場:大分市美術館

会期:2019年9月27日~11月24日

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

「古代への情熱 18世紀イタリア・考古学と芸術の出会い」【アートシーン】

f:id:tanazashi:20191103232834p:plain

 

古代への情熱
18世紀イタリア・考古学と芸術の出会い

f:id:tanazashi:20191103232723p:plain

イタリアローマ。

f:id:tanazashi:20191103232735p:plain

古代ローマ帝国の遺跡コロッセオは人気の観光地です。

f:id:tanazashi:20191103232823p:plain

実はこれらの遺跡が注目されるようになったのは16世紀以降のことでした。ローマの遺跡への関心を高めるきっかけとなった銅版画などを紹介する展覧会です。

f:id:tanazashi:20191103232859p:plain

ローマ帝国の遺跡調査が本格的に始まったのは16世紀の初めのこと。

f:id:tanazashi:20191103232915p:plain

やがて発掘の光景などが版画として出版されるようになりました。

f:id:tanazashi:20191103232707p:plain18世紀。考古学調査に情熱を傾けたピラネージは様々なローマの遺跡を版画に残しています。

f:id:tanazashi:20191103232654p:plain

ここはフォロロマーノ。裁判所や一番あったローマの中心地です。奥に見えるのがコロッセオ。こうした版画は訪れる貴族たちのガイドブックとして人気を博しました。

f:id:tanazashi:20191103232642p:plain

この展覧会は静岡県立美術館で11月17日まで。

 

会場:静岡県立美術館

会期:2019年10月2日~11月17日

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

「生誕135年 竹久夢二展 幻想の美 秘められた謎」【アートシーン】

f:id:tanazashi:20191103231939p:plain

 

生誕135年 竹久夢二
幻想の美 秘められた謎

f:id:tanazashi:20191103231929p:plain

桜の下に佇む舞妓姿の女性。独特の美人画で知られる竹久夢二アメリカで描いた油彩画です。今日本で初公開しています。竹久夢二の画業をたどる展覧会です。

f:id:tanazashi:20191103231914p:plain

26歳の時に初めて出版した画集。

f:id:tanazashi:20191103231904p:plain

叙情的な詩と挿絵が人気を集めました。

f:id:tanazashi:20191103231851p:plain

巻頭の言葉にはこの集を別れたる目の人に送るとあります。画集は離婚したばかりの岸たまきに捧げられました。

f:id:tanazashi:20191103231841p:plain

印象的な目をしたたまきはいわゆる夢二式美人のモデルになったとされています。

f:id:tanazashi:20191103231829p:plain

1931年に発表した代表作の一つ立田姫立田姫とは豊作を司る秋の女神です。

f:id:tanazashi:20191103231817p:plain

この作品を発表した2か月後。夢二はアメリカへと渡りました。

f:id:tanazashi:20191103231804p:plain

アメリカ西海岸で描いた作品です。

f:id:tanazashi:20191103231752p:plain

おととしこの絵の蛍光 X 線分析が行われ絵の具の意外な成分が明らかになりました。

f:id:tanazashi:20191103231737p:plain

亜鉛を含んだ透明感のあるジンクホワイトと鉛を含んだ陶器のような質感のシルバーホワイト。2種類の白が使われていたのです。

f:id:tanazashi:20191103231726p:plain

夢二が外国人女性の白い肌を描くため工夫を凝らしていたことが伺えます。夢二はこう記しています。

f:id:tanazashi:20191103231710p:plain

「モデル女よ。その色が俺の絵の具箱にはないのだ。光の中でお前はま裸だ。日本男児の慎ましさを俺は恥じる」

f:id:tanazashi:20191103231642p:plain

この展覧会は岡山市夢二郷土美術館で12月8日までその後ご覧の会場を巡回します。

 

会場:夢二郷土美術館

会期:2019年8月27日~12月8日

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」【アートシーン】

f:id:tanazashi:20191101234310p:plain

 

バスキア展 メイド・イン・ジャパン

f:id:tanazashi:20191101234231p:plain

勢いのある筆づかい。

f:id:tanazashi:20191101234207p:plain

鮮やかな色彩。

f:id:tanazashi:20191101234257p:plain

1980年代ニューヨークのアートシーンに彗星のように現れたジャン=ミシェル・バスキアの作品です。今130点に及ぶ作品を集めた展覧会が開かれています。

f:id:tanazashi:20191101234329p:plain

1960年ニューヨークブルックリンに生まれたバスキアは幼い頃から美術や音楽に触れて育ちました。21歳の時初めて開いた個展が成功。一躍美術界の寵児となります。27歳の時ヘロインの過剰摂取で亡くなりましたが4000点以上の作品を残しました。

f:id:tanazashi:20191101234347p:plain

当初、街角の壁などに絵を書いていたバスキア。その初期の作品です。

f:id:tanazashi:20191101234400p:plain

道端で拾ったドアはバスキアにとって格好のキャンバスです。

f:id:tanazashi:20191101234416p:plain

宿泊した友人の部屋にある家具にも絵を書いてしまい追い出されたというエピソードも残っています。

f:id:tanazashi:20191101234436p:plain

敬愛するジャズミュージシャン達を描いた作品。

f:id:tanazashi:20191101234449p:plain

とりわけチャーリー。パーカーの即興的な演奏を好んだと言います。この絵には個展を開くために来日した時の体験も反映されています。

f:id:tanazashi:20191101234508p:plain

折り紙を見たバスキアは文字の形にも関心を示し、見たままに書き込みました。

f:id:tanazashi:20191101234525p:plain

バスキアの父はハイチ系の移民でした。かつてのアメリカには石鹸で洗えば黒い肌も白くなるという宣伝文句がありました。

f:id:tanazashi:20191101234539p:plain

これは石鹸が最初から黒かったらという皮肉でしょうか。

f:id:tanazashi:20191101234554p:plain

バスキアの自画像です。彼はインタビューの中でこう語っています。「僕の絵の中にいる黒人たちは喜んでいて理解されていると思います。僕の描く絵はそんな感じのものです」

f:id:tanazashi:20191101234151p:plain

この展覧会は東京六本木の森アーツセンターギャラリーで11月17日まで。

 

会場:森アーツセンターギャラリー

会期:2019年9月21日~11月17日

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

日曜美術館「わしがやらねばたれがやる~彫刻家・平櫛田中~」

f:id:tanazashi:20191022154717p:plain

 

西洋化の波が押し寄せる中、日本伝統の木彫の新たな形を模索した平櫛田中

6代目尾上菊五郎と作り上げた代表作「鏡獅子」の制作秘話を通してその生き様(ざま)に迫る。

歌舞伎の6代目尾上菊五郎の姿をとどめた近代彫刻の最高峰「鏡獅子」。

実に22年の歳月をかけて作られた全長2mの彩色が施された木彫の像は、圧倒的な存在感を誇る。

作者は岡山県井原市出身の平櫛田中(ひらくし・でんちゅう/明治5年-昭和54年)。

ロダンなど西洋彫刻が流入し新たな衝撃が広がる時代のなかで、日本伝統の木彫の新たな可能性を模索した平櫛田中

107年の天寿を全うした、その生きざまに迫る。

【出演】尾上右近,大分大学教育学部教授…田中修二,【司会】小野正嗣,柴田祐規子

f:id:tanazashi:20191019235920p:plain

平櫛田中「鏡獅子」

日曜美術館「わしがやらねばたれがやる~彫刻家・平櫛田中~」

放送日

2019年10月27日

プロローグ

f:id:tanazashi:20191027231017p:plain

日本の伝統芸能を今に伝える国立劇場

f:id:tanazashi:20191027231033p:plain

ロビーで50年以上に渡り観客を迎え続ける彫刻があります。

《鏡獅子》

大正から昭和に活躍した6代目尾上菊五郎が自らの18番春興鏡獅子を舞う姿です。

f:id:tanazashi:20191027231050p:plain

静の中に動を感じさせるたたずまい。

f:id:tanazashi:20191027231112p:plain

絢爛たる衣装。近代彫刻の最高峰のひとつです。

f:id:tanazashi:20191027231124p:plain

彫刻家平櫛田中。明治に生まれ107年の生涯を木彫に捧げました。

f:id:tanazashi:20191027231141p:plain

近代的な西洋彫刻に押され、伝統的な木彫が衰退する中、その可能性を信じ続けました。

f:id:tanazashi:20191027230942p:plain

「 近代性が僕の彫刻には乏しいらしいんです。仕事がどうも彫刻というか人形に近いらしいです。持って生まれてというか、どんなにしてもできないからやむを得ませんから最近は諦めてます」

 

f:id:tanazashi:20191027230928p:plain

高さ2メートルを超える鏡獅子は22年の歳月をかけた大作。

f:id:tanazashi:20191027230917p:plain

国民的スターとともに日本の伝統を未来へ繋ごうと挑みました。

f:id:tanazashi:20191027230841p:plain

「この体型があこがれています。筋肉のバランスがとてもいい。

f:id:tanazashi:20191027230901p:plain

田中さんのスピリッツ心構えは僕らと通じる部分もあるし」

f:id:tanazashi:20191027230829p:plain

「執念深いから。負けちゃうよ」己の信じる道を歩み続けた彫刻家・平櫛田中の生涯を辿ります。

f:id:tanazashi:20191027230813p:plain

 

井原市田中美術館

f:id:tanazashi:20191103174957p:plain

岡山県井原市にある田中美術館に来ています。

彫刻家の平櫛田中107歳でお亡くなりになったということなんですが今没後40年の記念の展覧会が開かれています。

f:id:tanazashi:20191103174936p:plain



国立劇場にある大きな鏡獅子の試作品として作られた作品。

f:id:tanazashi:20191103174923p:plain

試作品だけあって小さく可愛らしい。平櫛田中。十代の頃は大阪で丁稚奉公していましたが、20代に入ってから彫刻家を志したことなんですね。今日は20代の頃の彫刻家を目指し始めた頃の田中から見ていきます。

青年時代の田中

f:id:tanazashi:20191103174912p:plain

田中が上京を果たしたのは明治三十年。町が日清戦争後の好景気に沸く頃でした。

f:id:tanazashi:20191103174857p:plain

入門したのは仏師として知られる高村光雲の一門。

廃仏毀釈によって仏像制作が激減するなか、新たな時代の木彫を模索していました。

f:id:tanazashi:20191103174843p:plain

一人遠くを見つめているのが若き日の田中。

周囲が酒やタバコにふける中、脇目も振らず修行に励んでいたといいます。

f:id:tanazashi:20191103174827p:plain

田中たちが取り組んだのは西洋由来の技法。

いきなり木を彫らず、まずは作り直しが容易な粘土で原型を作る新たな試みでした。

f:id:tanazashi:20191103174817p:plain

この技法で作られたのは君が代を歌う少年。

f:id:tanazashi:20191103174805p:plain

写実的な姿には西洋彫刻の強い影響が見て取れます。

f:id:tanazashi:20191103174754p:plain

 

f:id:tanazashi:20191103174705p:plain

田中たちは題材に時代を意識したものを選びました。この作品のテーマは当時社会的に大きな関心を集めていた日英同盟

f:id:tanazashi:20191103175910p:plain

日本人とイギリス人の少女が仲良く手を繋いでいます。この時期田中は生涯を決定づけるある人物と出会います。

f:id:tanazashi:20191103175922p:plain

岡倉天心。日本の伝統が時代遅れとみなされる時代にあって、逆にその優れた価値を見出したことで知られます。田中は天心に合うなり今後の木彫のあり方について尋ねました。その様子を後年ラジオで語っています。

f:id:tanazashi:20191103175936p:plain

「彫刻はほとんど需要がありませんでした。その実用を言って、先生に何とか売れる気はないでしょうかと訴えたんです。ところが先生は、皆さんは売れる物をお作りになるから売れない。売れない物を作れば必ず売れます。きっと売れますというお言葉でした」

f:id:tanazashi:20191103175851p:plain

皆さんは売れる物をお作りになるから売れない。

田中はかねてからやってみたいと考えていた題材に取り組みます。

f:id:tanazashi:20191103175836p:plain

ある僧侶が修行僧の胸にいきなり矢を突きつけ、力量を試したという中国の逸話です。けれどもこれを見た天心の言葉は厳しいものでした。

f:id:tanazashi:20191103175817p:plain

「いったいなんで弓だの矢だのつけたんですって。あんな物はいらんですよ。こんなことじゃ死んだ豚も射貫くことはできませんよとえらい悪辣な批評を受けた」天心はいったい何を伝えたかったのか。

f:id:tanazashi:20191103175801p:plain

「作りすぎてしまうのではなくて、あえて表現市内部分を作品の中に残し、見る側がそこで想像力を働かせていく。想像力を働かせた世界と実際に作り出された世界との共闘によってひとつの芸術世界を作り出していくという、

f:id:tanazashi:20191103175751p:plain

これは岡倉天心が日本美術の特質として、繰り返し指摘している"不完全の美"という表現に通じるスタイルで、以後の田中芸術の貴重という物がこのとき形作られました」

 

f:id:tanazashi:20191103175706p:plain

以後田中はこの不完全の美を追い求めていきます。ミルクすら買えないほど貧しくても、売るための作品は作りませんでした。

f:id:tanazashi:20191103175651p:plain

それから5年。天心がこの世を去る直前に作ったのが《尋牛》 行方の分からなくなった牛を訪ね歩く老人を通して、悟りに至る過程を描きました。

f:id:tanazashi:20191103175626p:plain

この作品を見た天心は大変気に入り、喜んだと言います。

「歩き続ける男の人以外は何も表現されていない。おそらく田中は生涯彫刻を極めることはできなくても、決して歩むことを辞めない。己の覚悟というものを込めたんだろうと思います。自分で表現を生み出していくその思い。その姿勢を天心から学んだものだと思います」

理想求めて歩みを止めることのない孤高の人。それは田中のその後を暗示するものとなっていきます。

 

模索

一向に挽回の気配のない木彫について田中が語った言葉が残されています。

f:id:tanazashi:20191103202121p:plain

「塑像家の方から従来の木彫家の作品を見ると、自然や人体の研究が少しもないから単に達者になる技巧が醜く現れているに過ぎない。木彫会にも必然的に革新の時期が到達したのである」

f:id:tanazashi:20191103202101p:plain

田中が狙いを定めたのはロダニズム。近代彫刻の父。フランスのオーケスト・ロダンが確立した当時最先端の手法でした。目に見えるものを忠実に移すのではなく心に感じたことを様々なデフォルメを通して表そうとします。

f:id:tanazashi:20191103202013p:plain

早速、田中は仲間の彫刻家たちと裸のモデルを使って筋肉や骨格など肉体の研究を始めます。

しかし西洋の手法にのめり込む田中を冷ややかに見る人達もいました。

f:id:tanazashi:20191103202000p:plain

「周囲では平櫛は気が違ったのではないかと心配したらしい。こちらは大真面目でこんなに一生懸命になることは生涯にもあるかどうかというくらい気を入れていた。3年間は質草もなくなるような生活だった」

田中が口癖のように語っていた言葉があります。

f:id:tanazashi:20191103201945p:plain

今やらねばいつできる。わしがやらねばたれがやる。

f:id:tanazashi:20191103201853p:plain

研究を始めて2年目に作った作品。

《遠き思い》

筋肉を様々な形で強調しながら新たな表現を生み出すそうともがき、削り出した肉体です。

f:id:tanazashi:20191103201845p:plain

自宅近くの寺の壁に毎日のように寄りかかっていた男性をモデルとした作品。

無駄な肉のない細身の体となめらかな肌。

f:id:tanazashi:20191103201834p:plain

田中はその姿に思索にふける哲学者を見出しました。

f:id:tanazashi:20191103201825p:plain

そしてロダニズム研究を始めて6年後に作り上げたのが《転生》です。

f:id:tanazashi:20191103201811p:plain

鬼が口から吐き出しているのは人。生ぬるいものは気持ちが悪くさすがの鬼も食わない。

幼少期に聞いた地元の話をもとに作られました。

浮き出る筋肉や血管が醸し出す容赦ない厳しさ。

中途半端を嫌う田中自身の思いが乗り移ったかのようです。

時に49歳。

木彫の将来を憂い、一人研究を重ねたどり着いた執念の結晶でした。

スタジオ

近くで見ると迫力ありますよね。田中の作品の中でも非常に高く評価されていました。厳しい評価もなされていました。手堅いけれど何を表現したいかわからない。 首をかしげさんになるとかと疑念を抱かせたするところにがある。一緒に人体の研究を完成するまでやっていますからそういうのがしっかりと表現されている。日本の伝統の中を生きてる田中が静養の技法も受け入れている。自分が目指すものであれば本当に色々取り入れてそういうことも認めてそれをしっかりと学んでいく姿勢が感じられる。

50代に傑作をつくり上げた田中ですが、60代の後半から鏡獅子の制作に取り掛かります。

スタジオ

 

鏡獅子

f:id:tanazashi:20191103202829p:plain

「こちら会場でございます」「こんな感じなんですねはいもうすごいすごい」歌舞伎役者の尾上右近さん。鏡獅子のモデルとなった6代目尾上菊五郎の曾孫にあたります。歌舞伎の家に生まれた右近さん。役者を目指すようになったのは幼いころ、六代目が演じる鏡獅子の映像を見たのがきっかけだといいます。

「曽祖父が演じているという認識もないまま鏡獅子になりたいという目覚めがあった。努力をして目指していけばなれるかもしれないというのが見えてきて舞台が面白くなっていった」

六代目の雄姿を伝える鏡獅子。しかし、この大作が完成するまでには22年という長い歳月が必要でした。

f:id:tanazashi:20191103202806p:plain

きっかけは昭和11年田中が六代目の鏡獅子を見たときでした。

f:id:tanazashi:20191103202748p:plain

六代目はバレエなど西洋的な表現を研究し、伝統に新たな風を吹き込んでいました。その姿に田中は一目惚れ。思わぬ行動に出ます。

f:id:tanazashi:20191103202737p:plain

国民的スターの六代目に作品のモデルになって欲しいと頼み込んだのです。伝統を未来へつなぐための作品を作る。六代目は田中の思いを受け入れました。

f:id:tanazashi:20191103202726p:plain

田中は六代目に作品のために裸になって欲しいとさえ頼みます。その思いに応え六代目は何度もアトリエに通いました。

f:id:tanazashi:20191103202716p:plain

「六代目は非常に熱心な人で、何べん裸でやってもらってモデルしたのかわかりません」

f:id:tanazashi:20191103202705p:plain

激しく獅子が舞う中の一瞬の静寂。

f:id:tanazashi:20191103202648p:plain

緊張感あふれる肉体を田中は磨き上げた独自のまなざしで捉えました。

f:id:tanazashi:20191103202638p:plain

「六代目の雰囲気を汲みつつ、彫刻としての誇張がいいですね。腹筋からおなかのあたり。上半身の雰囲気は彫刻としての雰囲気がうまくでている。背中の雰囲気が好きで」

一年後、裸の像をもとに作られた試作にはなんと鮮やかな色彩が施されていました。それまでの常識では考えられないやり方でした。なぜ型破りの彩色を行ったのか。田中が木調に色をつけ始めたのは鏡獅子を手掛ける5年前。将軍家に仕えた金工師、後藤徳乗。生きて目の前に座っているかのような存在感です。しかし発表するやまるで泥人形だと酷評されます。それでも田中は自らの考えを曲げませんでした。「近代彫刻とか、明治からずっとやってきていますけどね、近代性が僕の彫刻には乏しいらしいんですよ。仕事がどうも彫刻というか、人形に近いらしいです。でも仕方がない。もって生まれてるのか、どんなにしてもできないんだから、最近はあきらめています」色彩を施すことで木彫としての可能性を探ろうとしたのです。「鏡獅子のような作品ですと臨場感といいますか、劇場の華やいだ雰囲気。人々の完成。におい。そういった目に見えないものを再現する上で彩色が効果を生んでいる。タブーに挑戦しようという思いから行ったのではないと思う。自分が求めている表現がそこにあった」しかし、目指すものの大きさに気負いすぎたのか、木を彫り進めることすらできず、戦争が激しさを増す中で、制作は途絶えてしまいます。再開されたのは終戦から8年もたってから。ともに完成を目指した六代目はこの世を去っていました。巨大な木に向き合い始めて一年。ここでも田中は突然手を止めてしまいます。一体何を求めていたのか。この頃自らの著書でめざす彫刻の理想を語っています。「肖像彫刻としては鑑真像。これが一番だ。優れた対策をやり得る腕を持った連中が師匠思いの一念で一生懸命やったんだから、それは当然のことだ。作家の立場として自分の現在の気持ちを言うと、私は鑑真像いきたい。ああいう制作に取り組みたい」再び巨大な木と向き合った田中。伝統を未来へ繋ぐと誓い合った、六代目を思いながらの制作でした。3年後鏡獅子は田中87歳の時に発表されました。その姿は近代的な彫刻が居並ぶ中で異彩を放っていました。
「最後で完成した時に私達兄弟とか祖父もまぜて記念写真撮ったりしたんだけどね。ご覧ください。こんなこと初めてで、よっぽど鏡獅子の大作が自分にとっていかに大切に思ってたかってこともよくわかる。祖父自身が満足げにしてるんですから、私たちも嬉しかった」 田中の集大成鏡獅子。六代目と繰り返し裸で向き合い形作った緊張感が溢れる姿。西洋にも学んだ独自の視点が捉えた肉体は、六代目の生き写しとさえ言われます。批判を浴びながらも貫いた鮮やかな色彩。鏡獅子には木調の可能性を信じ自らを磨き続けた田中の人生が凝縮されています。「田中さんのスピリッツ、芸術家としての心構えみたいなものはぼくらに通じる部分もあるしそれ芸術家としての志としてすごく高いところにある方なんだなっていうことと、素晴らしい伝統と革新の姿勢を見せてくださってる背中を見せてくださった先輩がいるって言うことも必然だし、それは本当に温故知新じゃないですけどこれまで先人達が作り上げてきたものをきちんと受け止めつつ、今の時代だからこそできることに自分なりに取り掛かっていくっていうのが正しい姿勢なんじゃないかなって思いはありますよね」 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

展覧会

 

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。