チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」【アートシーン】

 

f:id:tanazashi:20200726204335p:plain


 

 

センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ

アメリカの写真家、テリワイ・フェンバックが撮影した何気ない自宅の庭。
そこには木々や鳥たちの自然の姿があります。
光が差し込む明暗が心地よく彩る世界。
人間の暮らしに寄り添いながら生きる雀の姿。
その雀は小さな羽を持つ天使のようです。
日頃目にする自然の中にも生命の輝きが存在することを写し出しました。
自然と人間の環境問題を追及するアメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソン
1965年刊行の「センス・オブ・ワンダー」は多くの人々の心をとらえました。
レイチェル・カーソンの自然観はアーティスト達にも大きな影響を与えました。
種や毛を用いた作品を制作するドイツの作家クリスティアーネ・レ-ア。
綿毛がきれいに並べられた作品。
レーアが注目したのは一本一本に見える自然が生み出した繊細な構造。
小さく儚いものであっても等しく大切であることを問いかけています。
ブラジル人画家、ロゼリネ・ルドヴィコはヴァンジ彫刻庭園美術館に滞在して制作しました。
色彩あふれる点や線は花びらや蕾空気の流れを表現。
補足淡い色で描かれたサルスベリは庭園の隅でひっそりと力強く映える自然の美しさを表しています。
春の庭先で感じた生命の気配をキャンバスの上で視覚化しました
写真家、川内倫子。日常の自然を切り取りそこに映る些細な気づきを表現します。
これは自身の子どもを捉えた作品。
子どもが自然と力いっぱい戯れる。
その目に映る新しい風景はきっとこんなきらびやかな世界が広がっているんだろう。
子どもの純粋な感性をとらえました。
美術館の外は雨に濡れる緑。
中は打ちっ放しのコンクリートの壁。
その壁に咲いた一輪のクレマチスの花。
実はこの花、木彫で作られています。
驚くほど薄く繊細な花びらと細い枝葉。
須田義大は自然の造形を見つめ続け25年以上の時間を費やしてきました。
レイチェル・カーソンは自然と関わる時に大切なことは自らが自然の中に入って行って感性で自然と出会うことが大切だということを言っています。自然の尊さであったり美しさそういったものを感じていくということが今の私たちへのメッセージが詰まっているんじゃないかなこれからますますsense_OF_wonderの感性が必要になってくるかなと」
自然と美術の出会いをテーマにした展覧会。静岡県長泉町の幹事長美術館で10月31日まで。

 

会場:ヴァンジ彫刻庭園美術館

会期:2020年3月20日~10月31日

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

日曜美術館「自然児、棟方志功〜師・柳宗悦との交流〜」

f:id:tanazashi:20200725224142p:plain

 

海外で数多くの賞に輝き、“世界のムナカタ”と呼ばれた版画家、棟方志功

昭和10年代、まだ全く無名だった棟方を見出し、大版画家に導いた人物がいる。

民芸の美を提唱した柳宗悦である。

自由な本能に従い、全身でぶつかるように彫る棟方を“自然児”と呼んで、その天才を開花させた柳。

番組では、棟方志功の代表的な版画作品を、柳宗悦の文章とともに紹介しながら、柳と棟方、二人の25年にわたる魂の交流を描く。

【語り】柴田祐規子

 

 

 

日曜美術館「自然児、棟方志功〜師・柳宗悦との交流〜」

放送日

2020年7月26日

f:id:tanazashi:20200726143027p:plain

釈迦の弟子たちと菩薩を描いた棟方志功の傑作です。

ヴェネチアヴィエンナーレでグランプリを世界に棟方の名を轟かせました。

f:id:tanazashi:20200726175255p:plain

棟方を物心両面で支え世界の棟方と言われる版画家に導いた師がいます。

f:id:tanazashi:20200726175243p:plain

民芸運動で名高い思想家・柳宗悦です。

棟方は作品が完成すると真っ先に柳に見せるのが習わしでした。

f:id:tanazashi:20200726175230p:plain

柳は棟方作品を自ら考えたデザインで表象しました。

f:id:tanazashi:20200726175220p:plain

この屏風は絵の色に合わせて茶と青の市松模様になっています。

f:id:tanazashi:20200726175209p:plain

こちらが放射状に伸びる光線のようなデザインです。

f:id:tanazashi:20200726175200p:plain

「ちょうど背中に後光がさしているように、像はキリストですが仏のようにですね」

柳は棟方の魅力をこう書いています。

f:id:tanazashi:20200726175150p:plain

「棟方の身振りや叫び声や流れる汗を見ていると、獣のような趣がある。棟方の作物には自然の叫びがじかに聞こえているのだ。多くの者が失ってしまったものを、いまだに持っているのだ」

棟方と柳。25年間に及んだ二人の魂の交流をたどります。

f:id:tanazashi:20200726143001p:plain

 

f:id:tanazashi:20200726175624p:plain


東京駒場にある日本民芸館。

f:id:tanazashi:20200726175612p:plain

この民芸館を構想し初代の館長に着いたのが柳宗悦です。

柳は無名の職人達が作った日用品の中に美を見出し、民芸という言葉を作りました。

そしてそれを世に広める民芸運動を繰り広げました。

柳が棟方志功に出会ったのは、この日本民藝館を開館する直前。

昭和11年のことでした。

f:id:tanazashi:20200726175602p:plain

二人が出会うきっかけとなった作品「大和し美し」です。

棟方志功日本武尊の生涯を歌った叙事詩に感動。

その詩の文字と絵とが渾然一体となった20図にも及ぶ版画を作り上げました。

版画の美しさは白と黒の対比にあると考えていた棟方の、モノクロームの世界です。

f:id:tanazashi:20200726175552p:plain

この作品をたまたま展覧会場で見かけた柳はたちまち魅了されます。

f:id:tanazashi:20200726175543p:plain

「へんにごちゃごちゃしたものが目に映った。目を近づけると驚いた。その混雑した中から妙な美しさが光り出るではないか。実に前代未聞の柵にぶつかったのだ。辺りを見回すと頭でできたり、指先でできたり、それらの器用な絵の中にただ一つ野生の花が生き生きと咲いているのだ」

 

青森の鍛冶屋の家に生まれ"わだばゴッホになる”と油絵描きを目指して上京した棟方志功

29歳の頃。版画家として生きることを決意。

f:id:tanazashi:20200726143049p:plain

《大和し美し》は3年の歳月をかけて完成した作品でした。

「とても心を打たれましたので、その旨を棟方に話しますと、いいなあと叫んでいきなり私にかじりつきました。涙を浮かべ額からは汗が垂れています。髪がむしゃくしゃし、また胸毛が濃く生えていました。ちょっと原始人とでも言ったら良いでしょうか。今の時代に生まれた人間ではないかのようです」

柳はこの作品を同時250円という高い値段で日本民芸館のために買い入れました。

 

 --

f:id:tanazashi:20200726191310p:plain


棟方志功が初めて日本民芸館を訪れた時のエピソードが残っています。

f:id:tanazashi:20200726191300p:plain

棟方は部屋の正面に置かれていた大きな鉢に目を奪われました。

f:id:tanazashi:20200726191251p:plain

「どんな名人があって、こんな大したものを作ったのか、興奮してガンガン心臓が鳴ってきました。柳先生の返事が跳ね返ってまいりました。「九州の職人の作ったものだよ。君は鍛冶屋の子供だと聞いたが君のお父さんが刃物を作るのと同じだよ。君はお父さんの刃物を見て驚く時が来るだろう」私は両手を握って泣いていました。あの父を、えらい先生が褒めてくださったのだ」

f:id:tanazashi:20200726191241p:plain

「棟方は鍛冶屋の息子だと言う。それは運命にとって良かったのだ。棟方は身体全体で十分仕事にぶつかれるのだ。手の先や頭だけで助ける仕事には元々縁がないのだ。彼が鍛冶屋の息子でなかったら今のように描けはしないであろう」

「目が悪いのでもっともっと近づいて匂いを嗅ぐような状態で見たんじゃないかなって思いますけど」

f:id:tanazashi:20200726191228p:plain

棟方の孫にあたり十八歳まで一緒に暮らした石井頼子さん。

長年、棟方の研究をし、いくつもの本に著してきました。

「まあお父さんに対してはほんとすごい尊敬している思いはあるけれど、でもその一方で職人じゃしょうがないと。芸術家。偉い芸術家にならなければいけないっていう思いがとても強いわけですよね。その二つの相反する想いが棟方の中にはあるわけです。ところが先生がそんなことは関係ないと。名前なんかが立派にならなくても生まれてきたものが美しければそれでいいんだと。ものが立派であればいいんだっていうことを懇々とそれも大きな声ではなくて淡々と語ってくださったと思うんですね。それが最終的にお父さんに結びついたと。それはね嬉しかったんじゃないかと思う。ウルッとしちゃうんですけど。本当にその職人であるお父さんをこんな偉い先生が認めてくださったっていうのは嬉しかったでしょうね」

柳を始め日本民藝館に集う人々との出会いによって、棟方は初めて仏教をテーマにした大作に挑みます。

f:id:tanazashi:20200726191216p:plain

合わせて23譜に及ぶ華厳譜でした。

f:id:tanazashi:20200726191206p:plain

華厳経の本尊で万物を照らす仏、毘盧遮那仏を中心に様々な仏や神などが対になるように描かれています。

f:id:tanazashi:20200726191154p:plain

裸婦のような姿をした普賢菩薩に、これまた裸婦のような文殊菩薩

疾風のごとくかける風神。

そして太鼓を連ねる雷神。

「華厳譜を見ると人間がかつて持っていた本能が不思議と棟方で蘇っているのだ。美の根源に触れているのだ」

華厳譜の出来栄えに驚嘆した柳ですが

23譜の中で5譜だけは気に入りませんでした。

「出来不出来があった。私は遠慮なく棟方にこのことを話し、刻み直してはどうかと勧めた。宗像はそれを喜んでくれた。それを私はどんなにか喜んだ」

「こちらが華厳譜です。こちら薬師如来の像になっております」

現在の華厳譜の中にある薬師如来

柳の勧めで刻み直された後のものです。

最初のオリジナルとはどう違っているのでしょうか。

「実はこちらが元になる最初に作った薬師如来像なんですね。ちょうど周りに女性がたくさんいるということで、こちらの左側の大日如来と合わせてみて頂きますとよくお分かりいただけるように、どちらも女性に囲まれたモテ男とモテ男の対になってるわけです。それに対して柳先生が薬師如来の人物があまりにも騒々しくて賑々しいということで、おそらくもっと静かな薬師如来なんだから、もっと静かなものになさいという意味で多分作り替えを命ぜられたんではないかと私は考えます。それに対して棟方こちらの静かな薬師如来を作り上げるわけですね。同じように蓮の上に乗っているんですけれど、こちらの方はその人物のなしにすっきりとまとまった構図になっていて、静かな薬師如来の世界が本当に生まれたと思います。柳とってはこの一対になるっていう事は全く問題じゃなかったと思うんです。一点一点がどうあるべきかっていうことを考えて、美しさの点で柳は作品を求めてるわけですね。棟方自身はやっぱり柳がこれはダメって言ったものは作り変えた方が絶対良くなるって言うのは絶対的な信頼感っていうのがそこにはあるような気がしますね」

 

 

f:id:tanazashi:20200731201906p:plain


全く無名だった棟方は、当時妻と三人の子供を抱え極端な貧乏暮らしでした。

f:id:tanazashi:20200731201854p:plain

柳を始め日本民芸館の中心メンバー達は毎月資金援助をして棟方の生活を支えました。

f:id:tanazashi:20200731201843p:plain

棟方が柳に当てた膨大な書簡。

そこには資金援助へのお礼が繰り返し記されています。

f:id:tanazashi:20200731201830p:plain

「お情けの金子25円。拝受いたしました。かくならぬ私にお助けお言葉も無くありがたさ尊さ。骨身に染み込みます。なお一層心をしめまして勉強いたします」

 

 

資金援助のおかげもあって棟方はさらなる大作に挑みました。

f:id:tanazashi:20200731201821p:plain

実に120枚にものぼる版画をつなぎ合わせ、六曲一双の屏風に仕立てました。

f:id:tanazashi:20200731201808p:plain

当時、棟方の故郷東北地方は頻繁に凶作に見舞われました。

その故郷を仏の力で救いたいという祈りを込めた作品です。

f:id:tanazashi:20200731201756p:plain

「この版画で日本の美の世界に、版画としての美の策を建てようと思いました」

しかしその棟方の思いをよそに、柳は厳しい評価を下します。

「作者の並々ならぬ抱負と精力とを示すものである。版画として最も成功している部分は左右両端の黒衣の人物である」

f:id:tanazashi:20200731202317p:plain

柳が特に気に入ったのは体が真っ黒の人物たちです。

人物を黒く表す手法は、この後棟方版画の代表的技法の一つとなります。

f:id:tanazashi:20200731202306p:plain

柳は黒い人物など気に入ったところだけ別に軸装にして飾りました。

「右は男性。左は女性。民芸館にはこの部分を切り離して一軸を仕立てた。甚だ美しい。宗像は何をしでかすか分からない画家だ。作品にはまだ無駄が出る。その無駄の中にも素晴らしいものが混じっている。だから明日のまた明後日の棟方が楽しみなのだ」

f:id:tanazashi:20200731202255p:plain


「本当に恵まれない東北というところは、仏様が自分の体を真っ二つに割るくらいの思いを込めなければとても救われないということで、あえてその屏風の真ん中に仏様を置いて、仏様が真っ二つに割れる形での表現を作ったわけです。でも柳としてはこの両端の人物像とその一人の人物がとても良いので、別刷りにして3点組の自分なりの東北を作ってほしいというようなことをおっしゃって、それに棟方が対応するわけですね。まあいう人も言う人ですし、またそれに対応する棟方もどちらも凄いなって思います」

棟方は仏教をテーマにした大作を毎年のように発表していきます。

f:id:tanazashi:20200731202245p:plain

今度は観音菩薩が33の姿に変身して人々を救うと解く観音経を題材にその33通りの姿を描きました。

f:id:tanazashi:20200731202234p:plain

柳は表現も手法も想像力も一段と進歩したと、この作品をたたえました。

f:id:tanazashi:20200731202221p:plain

「多くの人のは絵を版画に仕立てる。だが棟方のは版画でなくば生まれない絵なんだ。棟方でどんな絵とも立派に向かい合う版画が生まれた」

これまで白と黒との対比こそが版画だと考えていた棟方がこの作品では色彩を使いました。

f:id:tanazashi:20200731202638p:plain

柳の助言で始めた紙の裏側に色を塗る裏彩色という手法です。

裏側から滲み出る柔らかな色具合。

この作品以降、棟方は裏彩色を多用するようになります。

仏教的なテーマに邁進していた棟方はこの頃ある仏像と出会います。

f:id:tanazashi:20200731202624p:plain

東京国立博物館に展示されていた奈良興福寺の《須菩提像》

f:id:tanazashi:20200731202612p:plain

釈迦十大弟子の一人です。

f:id:tanazashi:20200731202600p:plain

棟方は柳に宛てた手紙にこう書いています。

「先日、博物館国宝シュウボダイを見て参りまして、自分の惨めさを裸にされて正月早々泣きました」

f:id:tanazashi:20200731202549p:plain

実は《須菩提像》を見て棟方が泣いたのは、その時製作していた伝教大師の像の至らなさに気付いたからです。

そんな棟方を柳は励ましました。

「お励ましのお言葉。変えようのない宝です。君自身からもっと自由に迸り出る策をうんと勤め、うんと力を入れて、きっと近いうちにお目におかけしてまたの指示をお願い申し上げます」

昭和14年。棟方は伝教大師像をさらに発展させ、生涯の傑作を作り上げます。

須菩提像など釈迦の10人の弟子に文殊菩薩普賢菩薩を加えた12図。

今度は再び白と黒の世界です。

「下絵も描かずにぶっつけに筆を下ろしました。ちょうど一週間で出来上がりました。早速柳先生に見せると手をたたき、私の肩を叩いて喜んで下さいました。私もぼーっとしてわからないくらいの嬉しさでした」

「迷いなどなく、異常な速さで仕上げてしまいます。下絵などに縛られるにしてはあまりにも自遊人。いきなり板に彫り出します。板が彫られつつ、絵を生み出すです。ですからどんな結果になるか自身でも知ってはいません。その場その場にまかせて、即刻に彫り上げます。これが自然人の版画家棟方志功の特色でちょっと例がありません」

「もういきなりやったら、いきなり12人が出来たっていうような話になってますけれど、実際にはもう何年も前から、先生から十大弟子の資料をお借りして、本を読み、そのそれぞれの話をちゃんと学んで、何百枚もの下絵を書いててそれを体の中に全部染み込ませるまで何度も何度も書いて、体に入ったところで板に向かう。そこまで来てますので忘れないうちに全部やらなきゃいけないって言うか、スピードでものすごいスピードで彫り上げていく。もうあの調子の良い時には2枚も3枚も彫ってみたいなこと言ってますけれど、確かにそれぐらいのスピード感があって彫り上げているんではないかとそうでなければあの線は出ないですよ本当に」

昭和20年。棟方は戦火の東京を離れ、一家をあげて富山県福光町に疎開します。

敗戦が間近に迫った7月。

福光に柳が危険を冒して訪ねてきます。

f:id:tanazashi:20200726192748p:plain

柳を迎える棟方のハガキが残っています

「大いにみんな待って準備中です。盛んに先生をお待ち申し上げます」

f:id:tanazashi:20200726192736p:plain

その柳から宗像に当てたハガキ。

「空襲のため故障続出で昨日は機銃掃射をくらい命が危ないところだった」

再会を果たした二人。

f:id:tanazashi:20200726192726p:plain

棟方の妻チヤはこう記しています。

f:id:tanazashi:20200726192715p:plain

「先生の滞在は二晩でしたが、その間二人はただ語り合い、絵を描き、書を書いては見せ合っていて、一時も離れがたいように見えました」

f:id:tanazashi:20200726192706p:plain

疎開先の福光で戦後すぐに棟方が仕上げた大作です。

全部で24図。

体が黒い人物には赤褐色の顔料、代赭の裏彩色。そして体が白い人物には群青の裏彩色がなされています。

日本民藝館にあるこの作品が手の色に合わせて茶と青の市松模様の表装が施されています。

この表層は柳の発案です。

「それぞれ色に対応してですね。群青には青の紙を使い、代赭には茶の紙を使い、それぞれ表装自体がまさに市松模様になるようにですね。さらに作品の持つ深みを増していることが分かるかと思うし、それが見事に成功してると思いますね。そういう点ではまさにお二人のコラボレーションっていますか、共鳴する世界が完成しているように思います」

棟方は戦争中にこれからは裸婦を描いていこうと決意したと言います。

この作品でも裸婦が半分ほどにのぼります。

「棟方の絵は美しいとか醜いとかの範疇から一歩出たものという方が良い国に棟方の強みがある。美しくなければいけないというような窮屈なものではない。何かもっと自在なのである。こだわる者のない自由さからあの独創が涌いてくるのである」

さらに棟方は仏教の聖典の主な6つの経を6人の裸婦で表しました。

黒地にわずかな白い線で象られた裸婦。

多くの女性像のを彫り上げた棟方がとりわけ好んだ作品です。

棟方独特の言葉でこう書いています

「日本のに女肌。女の人の体からどうしても抜き差しできないぬめぬめした世界。体と言うか、肉と言うか、肌と言うか、女物という感じをいっぱいに積もったものでした」

「神様であり仏様でありあるよ自然の万物でありあるいはもなんていうかもっと大きな空気感みたいなものでも何か表したこと言う時に表現手段としてはやっぱり女性の姿を描くことが一番彼にとってのやりたいことって言うか、どうしたって出てきてしまうものが女性像になってしまうっていうか。その女性像もボリューム感があり生命感に溢れ、そしてその動き、ざわめきと言うか、この中にこもったものをいかに表現するかっていう。黒い体。黒いボリュームのある体のところに、なるべく少ない彫り線で、この腕であり、胸であり、おへそでありを表現するのにどうしたらいいか。すっと決まる一本の線を描くことの難しさ。それにが本当に版画の難しさだと思いますね」

昭和30年から翌年にかけて、棟方は一躍世間の脚光を浴びます。

戦前に製作した二菩薩釈迦、十大弟子などがサンパウロビエンナーレベネチア

ビエンナーレで相次ぎグランプリを受賞したのです。

棟方の受賞を受けて柳はこう書きました。

「棟方の真価が日本ではまだ本当に理解されてはいない。なぜ西洋人の方がその値打ちを認めやすいのか。今度でも他に5人の作家が出しているのは、多かれ少なかれ西洋風なものばかりで、日本自らが生んだものとはいえぬ。そこへ行くと棟方の近代性にはほとんど西洋の影響がない。それほど独自のものなのである」

茶室にかけるための絵。

12点のシリーズです。

四季の風景。

鳥や魚や花、そして釈迦やキリストなどバラエティに富んでいます。

茶室には相応しくないと思われる真っ白な裸婦を棟方は加えています。

f:id:tanazashi:20200726192235p:plain

黒い山々に囲まれた村里が雨に煙っています。

柳は風景画としてはこれまでの版画史にないほど深い作品だとただいました。

f:id:tanazashi:20200726192227p:plain

そして柳が最も気に入ったのはこのキリストでした。

「今までの棟方の作から何か一枚を選べと言われたら私はこの一図を押したいと思う。衣のひだなども簡単でいて、よく尽くしている

荒い線が細い線であや取られ掘りにも心を込めてある。何と言っても素晴らしいのは顔で、目や眉や頭髪あごひげなど実によく無用化されても申し分がない。

f:id:tanazashi:20200726192209p:plain

特に目の表現。イエスの鋭く聡明な性格を迫るように示している」

f:id:tanazashi:20200726192159p:plain

柳はこのもっとも気に入ったキリスト像にまるで後光が差しているようなデザインの表装施しました。

他にも柳は異なる表装のキリスト像を作っています。

f:id:tanazashi:20200726192147p:plain

こちらはキリスト教の十字架を思わせるデザインです。

「こちらの方が大胆です。この付近の色も。背景のこの顔の色もあって青と黄色の色のコントラスト強い意志。こちらは非常に茶とねずみ色の落ち着いたはいこうになっています。静かな深みといったものが感じるような気がします」

世界の宗像と呼ばれるようになり、棟方は頻繁に海外の旅に出かけるようになりました。

一方柳は晩年病気がちになります。

棟方は忙しい創作の合間を縫って病身の柳に捧げる版画を作りました。

それは柳が自らの心境を書き溜め、心うたと呼んだ短い句へ絵を添えた版画です

その数合わせて72にのぼりました。

今日モアリ オホケナクモアリ

「オホケナクモ、かたじけなくも、もったいなくもとかいう意味である。こうして生きているそのことがもったいないことなのである。この度重病をしたのでなおさらこの真理を味わわせてもらった」

今見ヨ イツ見ルモ

「私はどうしたら美しいものが見えるようになれるかとよく聞かれる。別に秘密はない。初めて今る思いで見ることでウブな心で受け取ることである。これで物は鮮やかに女、眼の鏡に映る。心うたのうたい病中の僕をどんなに喜ばしたかわからない。忙しい最中に、たくさんの図を完成してもらい、本当に恐縮にたえない。作品としても今までのよりさらに深まったように感じる。君の作で今度のほど静かな連作はない」

「心うた。まだ数が足りないと。また続け彫りますからどうぞ仰せ付けください。私も先生と共に話し合っているつもりで続けたいです。110首になっても200首になっても、際限ない作品になればなるほど嬉しいものになるようです」

「それは先生はお加減悪いんだったらば、なんとかこう励ましになるならばって言うのでは、作り始めれば棟方もすごく楽しいでしょうし、納めすると先生が喜んでくださるならばまた次をっていう風になっていくでしょうから、やっぱり師弟愛以外の何者でもないかなという風に私は捉えています。だから本当に出会いの時から最後まで変わらないんですよ。本当に不思議な存在として柳の眼に映り、好ましい人物としても映り、棟方にとっては最初にお父さんを認めてくれて自分を認めてくれた人としての絶対的な信頼感って言うもこれで最後まで続いている。この師弟関係ではないかなって思います」

柳宗悦昭和36年、72歳で亡くなりました。

宗像との初めての出会いから25年が過ぎていました。

棟方は柳の七回忌霊前にこの作品を捧げました。

長年追求し続けてきた黒い体に白い輪郭線で表された裸婦。

座ったり逆さまになったり様々な格好をした7人の裸婦が取り囲む

その中に1人赤子が横たわっています。

柳の再生を願う思いで捧げたのでしょうか。

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

 

書籍

 

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: 雑誌
 

 

展覧会

 

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

新美の巨人たち 安藤緑山『三茄子』×片桐仁

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/t/tanazashi/20200405/20200405152158.jpg



 

いつの時代もどんな国でも、多くの人々の心を癒し励ましてきた芸術。今こそアートのチカラで安らぎと勇気を!…という思いを込め、人々の心を動かしてきた芸術の数々を紹介していくシリーズ「今こそアートのチカラを」。第11弾は、牙彫師・安藤緑山『三茄子』。緑山とは一体何者なのか?今回は片桐仁さんが、謎に包まれた安藤緑山の超絶技巧の凄みに迫ります。
牙彫師とは、象牙を彫り上げる彫刻家。日本の象牙彫刻は江戸時代に始まり、明治時代半ばに隆盛を極めました。神秘性とリアルさを追求した牙彫…中でも大正から昭和にかけて活躍した安藤緑山は、“伝説の牙彫師”と言われています。驚くのは常識を超えたリアルさ。超絶技巧の極みとも言える作品を残しているのですが、どこで生まれたのか?いつまで生きたのか?家族は?弟子は?その実像はほとんどわかっていませんでした。ところが近年、遺族への聞き取りによって、その謎が少しずつ明らかになってきたのです。一体どんな人物なのでしょうか。
緑山が異色なのは、王道に背を向け、象牙を彫り上げた作品に色付けをした点にあります。枝に実った3つの茄子、大小7枚の葉、一輪の花などを表現した『三茄子』の、艶めいた紫色の表面の美しさ、覗いた白い部分のなまめかしさ…この極限まで自然に迫った作品は、驚きの採色によって生まれていたのです。象牙にいかにして色を付けたのか?なぜ色を付けたのか?現代を代表する牙彫師・宍戸濤雲さんに再現して頂き、その凄まじい技と理由をひも解きます。さらに片桐さんは牙彫体験も。

 

日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
 

美の巨人たち 安藤緑山『三茄子』×片桐仁

放送:2020年7月25日

 

さあ食べましょうと皮を剥いたバナナ。パイナップルの牡蠣がとっても美味しそう。

他にもこんなにたくさんの果物や野菜たちが。

でも食べられません。

増減彫り上げた彫刻なんですから。

焦りだって笑ってしまうほどリアルでしょう

超人的だと思いますよね

画像の月曜日かなと思いますね今こそ

アートの力を雨の京都に行ってきたのは片桐仁さんです。

今回ご覧いただく作品はこちらで

今日はこれを料理したいと違うでしょ

美の巨人ですよ

京都まで来てんですから何ですか

今日はミュートにみずみずしいなすなんです

本日は片桐仁さんが超絶技巧の幻聴神秘のナスに迫ります。

昔伝説の化粧師がいました

安藤緑山あのーちょっと伺いたいのですが

今何を掘っているんですかと

名前を安藤緑山さんですよね

りょう君とろくさんではない

そしてわかってきたのです

少しずつ謎ので

調子のことが彼の唯一の写真です

京都東山清水寺へと続く三年坂を上って

いくと清水三年坂美術館があります

明治時代を中心に

幕末から大正にかけての一級の工芸作品を収集

展示する超絶技巧の電動です

小国しましたねこれ全部送迎なんですね

みずみずしいんですよね

奈良片桐さんへばりついちゃった

なんと間近で見せてもらえることに

特別に重いですかテレ

ビっていいですね

今日の作品安藤りょくざん昨日

高さ19.5センチ、幅15.7センチ、奥行11.5センチ。

上下を掘り上げ色つけした化粧です

枝に実った三つのなすび

大小合わせてなな枚の葉と一輪の花

惚れ惚れするのはその質感です。

たままに成長した実が

下手から少しずれ出して

紫色の表面の美しさ

覗いた白い部分の艶かしさ恐ろしいですね

虫食いの穴が空いてますよ

神業のような葉の薄さ

夜中までも刻んだ執念虫食いの跡すら残して

本当にどうすれば

こんなに薄く掘ることができるのでしょう

あきよからないんですけどもまだか

途方に電灯をつけてですね

それからその片面を待つほるね

今度それを裏側して

もう片面を掘るというそのままではですね

言われますので

裏に何かをくっつけて

固定させて掘った

というふうに考えられてます

人間はどこまで自然に迫れるのか

極限に挑んで赤司が安藤

りょくざんのさんナス

その超絶技巧とは

 

 

 

飲料や煙草入れなどにつける

根付西区で人気を博し

化粧師という職業が確立されました

隆盛を極め

たのは明治時代カバのこと

多くの化粧下地が生地で

芸術性の高い置物などを作り

外貨獲得の国策として

海外へ輸出されて言ったのです

安藤りょくざんがで超ブームが過ぎた

大正時代に忽然と登場した男です

どこで修行したのか

家族がいたのかで

歯はいたのか何も

わからずただ東京

商工会に属していたことだけは

記録されていました

残されたのは圧倒的な作品達

緻密で繊細拮抗の限りを尽くして

しかも華麗な色彩をまとって

宍戸父さんは現代を代表する化粧し

初めて力さんの作品を目にした時の事を

観察眼もすごいんですよね

その観察したものを

その表現する技術もあるわけですか

どんな道具を使って

どんな風に彫刻したら

あんな風になるのかなと

やればやるほどわからないこと

難しいことできないことっていうのが

こう出てくるわけですよね

それを考えるとも

本当に力山っていう人はもう私にとっ

ても雲の上の存在の人

玉山の代表作の一つに書があります

下長とはどんな手順でできるのか

宍戸さんに来ていただきました

まず機械で不要な部分を落とした後

荒堀様の月のみで形を整えます

この荒堀だけで丸1日かかります

ほりの仕上げは左葉という彫刻刀を

使います掘るというより

かきとるように削ることで

細密で繊細な造形を可能にしているのです

ただしとてつもない時間を要します

続いて磨きの作業

毒素や防臭砂といった自然の研磨剤を使い

丹念に磨きをかけます

磨き分けることで

質感の違いを生み出していくそうです

およそに

じゅー日間かけて素掘りの柿です

見事な肌合いが生まれました

では現代のテクノロジーではどうでしょう

最新のすりーDプリンターで

安藤りょくざんに挑んでみようと試みました

これを作ってもらいたいんですが

生ものですけど大丈夫です

あらゆる角度から

那須の形状をスキャンします造形の

原料は液体の樹脂

これをすりーDプリンターにセットすれば

なすの形が忠実に再現できるといいます

この液体にしたからデータ通りにレーザーをあて

樹脂を何層にも固めていくのです

およそじゅーじかん3DSが完成しました

見事な出来栄えに思えます

艶やかな肌医学のトゲも完璧

でも色は形状はすごいリアルに

こうできるんですけど

まぁ以上はね

リアルにまた近づけてない

というのが現状ですよね

剣士気ままた安藤りょくざんの超絶技巧化粧は

白上がりが王道です

狂気を感じる細やかさも

象牙本来の白を際立たせるため

それなのにあなたはなぜ色を付けたの

ですか王道に背いてまでも目指したものは

一体何でしょう上下に

どうやって色をつけるのか

宍戸さんの朝です

召し出すに象牙の素掘りいちふん煮込みます

医療染み込みやすくするための下処理絵の具は

酸性染料を使います

行く度も塗り重ねることで色が染み込み

内側から発色する深い

色合いが生まれます

へたや枝といった凹凸のある面に

色を乗せていくと

光沢を抑えた落ち着いた色味に

ほりや磨きの段階で仕上げた

質感の違いがここで生きてくるのです

最後に虫食いの後に炭を入れましょう

石田徹さんのかき男性です

おそらくりょくざんの色つけもこのように

行われたと考えられる

象牙彫刻ってのは

とにかく白上がるのがもう本堂で

その中で実物方向

彫刻でやろうって思った時に

これは白じゃなくて

やっぱり移動た方がいいんだっていうよりを

よりよく見せるための着色なんじゃない

かなっていう風に思いますけども

一旦抜けちゃう

子&リュックさんに関する

思わの知らせが入ったのはに年ほど前のこと

思わず息をのむ美術工芸の数

名刺の調節機構等を一堂に集めた

展覧会があったのは2017年9月です

企画した三井記念美術館小林優子さんは

明治工芸の良いものが

ほとんど海外へ出てしまっている

ということで

日本人がその素晴らしさを知らないかった

それもご紹介する動員数はちまん人を数えた

その開催中に一通の手紙が届きました

椅子から飛び上がるくらい嬉しくてですね

開幕した10日後に孫娘さんという方から

手紙があの届きましてて

その中で地下鉄の広告で

自分のあのおじいさんの

きゅうりの作品が載っていたと

それでインターネットで調べてみたら

経歴も全くわからない

謎の化粧師と呼ばれていると

それにご遺族がびっくりされて

いやちゃんとあの子孫がおりますということで

お手紙をいただきました

そして初めて本人の写真が世に

出たのですろくさんではなく

力さんであると

ご遺族からの聞き取り調査が始まり

少しずつ力さんという

男の真実がわかってきたのです

でも気になるのが

なぜ倒れないの片桐さん何か気づいたようです

 

 

伝説の化粧師

安藤りょくざんの履歴です

明治18年下駄の鼻緒問屋を営んでいた父

小沢卯之助母てんの次男として浅草に生まれる

本名は基地父が

さんじゅーよん歳で亡くなるとさん歳だった

りょくざんは安藤家のヨッシーに高等

小学校を卒業すると

化粧市大谷美利に弟子入りし

その後独立制作スタイルは独特で

福沢さんのスケッチとかを一切せずに

実物のものを見ながら

そのままほっていって

しまうようなところがあったと

ご遺族がじゃってまして

ただその複雑なその形をしたものも

接地面がさんとかよん点くらいで支える

というの非常に難しい設計をしています

でおそらく彫刻家ではあるけれども

すごく力学的なあの所用が

もともとあったんではないかな

と思うところがありますよく見ると玉

さんの作品は不思議です

繊細で複雑な造形にもかかわらず

どうやって自立しているのでしょう

さらに梅の実がピタッとタケノコについている

この技術を通しても

改名したい小林さん達は

X線で透視したのです

するとそれぞれにくっきり映った黒い線が

一体何でしょう力山の会

つくしという名品です

いつもの異なる海が寄り添い重なっています

例えば彼はひとつずつ掘り出して

その後で金属の棒とかネジを使って

それぞれの部材を接合して

一つの作品を作る

というような構造であることが

X線でわかりました

片桐さんも気づいたよ付近みたいな食べ

てるところはだとしたら

その痕跡は梅田とは会えますね

これネジの穴を埋めた後だ

言われなければ気づきません

今日の作品では

ナスの実と茎の接点に

ここにもネジが

使われている可能性があるのです

玉山はあらゆる技術を投入して

下長辞めていったのです三ツ池なんか

ではあの今に棚飾りに置いておいて

ありはテーブルの上のかごに

その果物で掘った象牙を置いておいて

お客様が来た時に

それで驚くっていうような

楽しみ方をしていたようですので

ありきたりの象牙

彫刻に飽きた人達にとっては

非常にたまらない作品を作る人だった

んではないかと思いますね

あなたは人を驚かせるのが大好きなんですね

パイナップルは手に入らないとなれば

缶詰を買ってきて

そのラベルの写真を見て掘ったとかすごい

東京西日暮里に行け町体験できる教室があります

昭和40年に結成された日本左刃彫刻会

奈良片桐さん

がいるもう真剣だ

下長の裁量は貴重な象牙の他にも

動物の牙や角など様々

今日は送迎より柔らかい数のを使用しています

指導してくださるのは会長の宮沢さん

親指と人差し指中指でもちまして

左の親指を

この子が店の金の部分に当てます

予定しててこの原理ですね

その時にこのあるV字型に行こう

やると非常による安定しており

僕が本当に開かないんですよ

たきりさんは

一体何を作っているんでしょう

書を作ってますよ

いきなりハードルをあげて大丈夫

ホンキモードだ悪戦苦闘の末できたそれは

下記が下記でも

柿の種懐かしいを開始する

となものこれで見たよろくさんさん

現代ではきっと

あなたを喜ばせるものがいっぱいあるんですよ

はい例えばこれで繊細な削り出しの技が

一筋一筋に魂を宿す

純粋な白は

 

安藤りょくざんは御徒町にあった自宅を関東大震災で失うと雑司が谷に移り

昭和14年頃から板橋向原に居を構えました

長男を早くに亡くし跡継ぎにと期待した次男は

高校教師になりました

作業場は庭に面したろく畳の部屋

弟子も取らず跡継ぎもなく

その超絶技巧を誰に伝えるでもなく

出生ここで慶長一筋に打ち込んだのです

失礼しまーすお願いがあるのですが

パセリを掘って頂きたいのですが

もうでは夏は喉もホット分かりました

ではロマネスコはどうですか

イタリア原産の珍しい野菜ですありがとうございます

自然の神秘を

探るように凝視する眼差しの力

熟練の手仕事が生み出した造形と色彩の軌跡

ふくよかでみずみずしい安藤りょくざん

那須食べられないでもあげてみたい

 

 

 

***************

 

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

ART in LIFE, LIFE and BEAUTY

f:id:tanazashi:20200702164812p:plain

ART in LIFE, LIFE and BEAUTY

絵や彫刻だけではなく、日常使う道具や調度に美を認め、生活の中で味わい愉しむ。これがわが国の美意識の特徴のひとつです。当館では、1961年の開館以来、企画展や収蔵品展を通じて、このような美術作品を広く紹介してきました。本展では、改めてこの基本理念に立ち返り、酒宴で用いられた調度、「ハレ」(=非日常)の場にふさわしい着物や装飾品、豪華な化粧道具などから、異国趣味の意匠を施した品々まで、生活を彩ってきた華やかな優品を厳選してご覧いただきます。

 

 

ART in LIFE, LIFE and BEAUTY

会期

2020年07月22日水~09月13日日 

開催

サントリー美術館

 

 

関連情報

 

書籍

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: 雑誌
 

 

展覧会

 

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

日曜美術館「蔵出し!西洋絵画傑作15選(3)」

 

f:id:tanazashi:20200713201104p:plain

 

人間が生み出した名画中の名画「蔵出し!西洋絵画傑作15選」。

第3回は近代絵画に革命を起こしたマネの「草上の昼食」から、ルノワールゴッホムンク、そしてピカソまで。

楽しくなければ絵画じゃない!ルノワール×池波正太郎

没入!ゴッホ×棟方志功×忌野清志郎。不安!ムンク×五木寛之

絵でしか描けないものがある!

ピカソ×岡本太郎×北野武×大林宣彦。真実に迫る絵画とは何か?名画に贈る言葉

【司会】小野正嗣,柴田祐規子

 

 

 

日曜美術館「蔵出し!西洋絵画傑作15選(3)」

放送日

2020年7月19日

日曜美術館です。

シリーズでお伝えしてきました蔵出し傑作選。いよいよ3回目となりました。

 

マネから始まりましてピカソまで19世紀の後半から20世紀の傑作を作り上げていきます。

まず最初はマネのこの作品からです。

f:id:tanazashi:20200722211604p:plain

フランスパリ。

セーヌ川のほとりにあるオルセー美術館に傑作選11作目があります。

f:id:tanazashi:20200722211617p:plain

なぜか裸の女が正装した男の隣に。

男の虚ろな視線とは対照的に彼女はじっとこちらを見つめています。

f:id:tanazashi:20200722211629p:plain

その視線中毒性あり。

クロード・マネ草上の昼食。

19世紀半ばに描かれ、画壇や世間から大顰蹙を買った作品です。

その理由はリアルで不謹慎なヌードだから。

男たちの間に足を投げ出す挑発的なポーズ。

f:id:tanazashi:20200722211643p:plain

画面下にはご丁寧に無造作に脱ぎ捨てた服まで描かれています。

 

 

f:id:tanazashi:20200722211655p:plain

当時賞賛された絵画です。

古代ギリシャの時代から、ヌードは神話の世界でしか描いてはいけないものでした。

海の上で滑らかな肌を見せるヴィーナス。

これが良いヌード。

f:id:tanazashi:20200722211704p:plain

しかしマネはそんな古代からの常識を覆そうとしたのです。

ヌードを神話から解放し、絵画に革命を起こす。

近代における新しい絵画の始まり。

現実の女性のありのままの姿が赤裸々に描かれています。

何故か彼女を見ずにはいられない。

10年前の日曜美術館

この人も彼女の視線の虜。

f:id:tanazashi:20200726174410p:plain

「小学校の時には図書室行って美術の本を見ていた。草上の昼食。アレを見てすぐ閉じて、行けない者を見た。他の美術のヌードとかありますけども、明らかに何かが違う。何か違うかよくわかんないんで次の日もういっかい見た。罪悪感みたいな。また閉じて。それで何か語りかけてるんですよ。今思うとこの女の人は、自分が裸であることをあまりにもそのことは当然すぎて、裸であること自体を知らないんじゃないかな。だから目を逸らすと裸だからそらしたのねっていうことで、なんか余計ややこしくなるから目が離せない」

8年前の番組ではこの人も作品と向き合いました。

f:id:tanazashi:20200726174400p:plain

写真家のホンマタカシさん。

やはり最初に気になったのは彼女の視線。

「人間の目ってすごく強いんですよね。だからカメラ目線なのか。あのどっか見てんのかっていうのはすごく気になる。絵でいうと三層ぐらいになってんのかな。こここことここと、奥をバラバラに描いてる感じがしますね。今の写真でいうと合成してるような感じ」

では見ていきましょう。

まず手前。向かって左。脱ぎ捨てた衣装と散らばる食べ物。

荒いタッチで描かれた一枚の静物画のよう。

一方、画面中央は正装の男と裸の女という、ありえないシチュエーション。

そして森の奥ではベールをまとう女性が水浴び。

こっちはまるで神話のよう。

えも言われぬアンバランスな世界。

しかしそれこそがマネの巧妙な仕掛けでした。

f:id:tanazashi:20200726174348p:plain

「例えば綺麗な絵だなと見逃されないで、あれまてよ。あれおかしくないのとか。このコンポジション(構図)あまりにも変でしょみたいな。何で女の人だけ裸なの見たいな。やっぱ見れば見るほどそういう違和感が気になってくるっていうところ。だから見る持続力が長いって言うか、強い感じはすごくしますね。ほんとこの1枚目で推理小説とか書けそう」

 

次もオルセー美術館の作品。

f:id:tanazashi:20200726174306p:plain

傑作選12作目はマネの隣の部屋にありました。

f:id:tanazashi:20200722211538p:plain

ピエール・オーギュスト・ルノワール

ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》

楽しくなければ絵画じゃない。

着飾ったパリジャン。パリジェンヌが踊ったりおしゃべりしたり。

そのざわめきまでが聞こえてきそう。

みんなの衣装にはやわらかな木漏れ日が注いでいます。

躍動感あふれるタッチは人物の動きまで感じさせてくれます。

満面の笑み。

見ているこちらまで顔がほころびます。

画面の隅では金髪の少女がお母さんとおしゃべり。

何かをねだっているのでしょうか。

揺らめく木漏れ日に包まれた休日の幸せなひととき。

ルノワールはいつもこう言っていました。

「絵画は楽しいものでなければならない」

39年前の日曜美術館ではこの人が語っていました。

f:id:tanazashi:20200726174255p:plain

今日は鬼平犯科帳などでおなじみの作家の池波正太郎さんです。正太郎さんは若い頃からこのルノアールはお好きだったんですか。

「若い頃は別のゴッホとかドラクロアとかね。年取ってから好きになったのはね。やっぱり生まれたからにはつまんなく日にちを送るのはほんとつまんないと思うんですよ。死ぬときはあっという間。あなた達はねまだ若いからそう思わないけれど。そのことやはり若いうちから考えていればね。毎日毎日がつまんなく過ごすのはつまらない。いざ年取ってからね。私なんか一年の内つまんないと思う火は三日くらいしかない。仕事の苦しみは別だけど、1日でもねなんか楽しみを見つけて。ルノワールもそうじゃないかな。絵さえ書いていればいい。見方によってはね喜劇にもなるし悲劇にもなる。泣くことも笑うことになってしまう」

 

 

南フランスの小さな町。

カニュー=シュル=メール。

ルノワールが晩年を過ごした場所です。

f:id:tanazashi:20200725225334p:plain

ルノワールは重度のリウマチを患い、車椅子の生活を送っていました。

その頃のルノワールの姿です。

f:id:tanazashi:20200725225410p:plain

リウマチで変形した指に、包帯で筆をくくりつけて描いています。

でもそんな時も、好きな女性の美しさを追い求めていました。

ルノワールはこんなことを言ってるんですけど。私にとってタブロー(絵画)とは愛らしく楽しく美しいものでなければならない。人生にはうんざりするものがあまりに多いから」

ルノワールは本当にいろんなものに喜びを感じる描き方で絵を描いたんだと思いますね。うんざりするのは世間のいろんな出来事にうんざりしてんじゃないか。絵を描いている時に、自分の技術が付いていかないことに倦んだりするんでしょうね。本当の芸術に対してね、近頃その理屈を言い過ぎる。説明が多すぎると。本当の芸術品というものは二つあるというんですよ。一つは言葉では言い尽くせないものが本当の芸術。もう一つはですね、他人がやったもんじゃない。他人と違う自分だけのものを生み出すこと。これが芸術品だと。この二つだと。くだくだ理屈を言うことを藝術に対して、見てこれでいいじゃん」

 

 

 

 

続いては誰もが知っているこの作品です。

f:id:tanazashi:20200726174224p:plain

その花は西洋では愛の象徴とされてきました。

だからこそ描きました。

狂おしいほどの情熱をもって。

f:id:tanazashi:20200726174234p:plain

傑作選13作目。フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》

f:id:tanazashi:20200726174209p:plain

南フランス、アルル。

34歳の時、ゴッホは芸術家たちの理想郷を求めこの地にやってきました。

心奪われたのは、全ては鮮やかに照らす南仏の太陽。

その光を一身に受けて輝いていたのがひまわりでした。

激しいまでに鮮やかな黄色。

盛り上がる絵の具からは目にした輝きを必死で描こうとするゴッホの情熱が飛び出してくるかのよう。

では蔵出しです。

版画家・棟方志功とミュージシャン・忌野清志郎が語っていました。

 

50年前の番組です。

f:id:tanazashi:20200726174846p:plain

わだばゴッホになる。

棟方志功が芸術を目指した原点はゴッホでした。

「一番心打たれたのはゴッホでしたね。自分で大事に大事にした原色版ね。それをくれましたよ。それには例の有名なひまわりがね描いてありましたね。そして素材もありました。ゴッホが持っている何かが僕にもあったような気がしますね。で、飛び上がって、わだばゴッホになる。僕のことをワってんですよ。咳するようにゴッホゴッホいって、油絵描きはゴッホだと思っててね。私は油絵描きってのはゴッホになるって言ってきましたよね」

ゴッホに憧れ、画家を目指すもうまくいかず版画家の道へ。

しかしゴッホへの思いは晩年まで消えることはありませんでした。

亡くなる3年前に描いた油絵。

棟方の心に咲き続けたひまわりです。

そしてこの方もゴッホに夢中でした。

16年前の番組です。

f:id:tanazashi:20200725225315p:plain

「永遠のロックスターみたいなアイドルですよね。これは高校出て3、3カ月して描いたい絵と思うんですけどね。ゴッホっぽいですよね。他のこと何も考えなくなっちゃうような感じの」

「ピアノの譜面乗せるところに、ゴッホの画集を開いて・・・真面目に絵に立ち向かってる感じですかね。絵に没頭している。絵を超えちゃっているような観じ。見る人に勇気を与える。ジミ・ヘンドリックスですよね」

 

 

 

 

続いてこの方も大変に人気がある画家です。

f:id:tanazashi:20200725225259p:plain

厳しくも美しい自然に囲まれた北欧ノルウェーの首都オスロ

f:id:tanazashi:20200725225249p:plain

ここに誰もが知っているあの一枚の絵があります。

f:id:tanazashi:20200725225240p:plain

傑作選14作目。19世紀末エドヴァルド・ムンク《叫び》

不安を絵にしたら。

赤も青もうねっています。

そのうねりの中、耳を塞ぐ人物。

身体をくねらせ顔をゆがめています。

ムンクの言葉。

「雲が赤くなった。血のように。私は自然を貫く叫びのようなものを感じた」

ムンクが聞いた叫びとは。

 

 

f:id:tanazashi:20200725225229p:plain

作者ムンクの自画像です。

幼少期に母が、青春時代には姉が、彼を置いてこの世を去りました。

悲しみと死の恐怖に苛まれたムンク

自身も精神を病んでいたと言います。

f:id:tanazashi:20200725225218p:plain

そんなムンクは何度も叫びを描きました。

15年以上にわたり画材や手法を変えて執拗なまでに。

f:id:tanazashi:20200725225210p:plain

中でも最も有名なのが初期のこちらの作品。

発表当時は世間には全く理解されませんでした。

f:id:tanazashi:20200725230915p:plain

それどころかこんな落書きまでされたのです。

その言葉をどう受け止めたのか。

ムンクはあえて落書きを作品の一部として残しています。

 

 

7年前の日曜美術館ではムンクの心情を精神科医斎藤環さんが分析しました。

f:id:tanazashi:20200726174825p:plain

「絵を見ていても足場がおぼつかない感じや、どこに重心を置いていいか分からないバランスの危うい感じの構図になってると思うんですけれども」

「もし狂気の只中にいたらこういう風にできなくなってしまう。非常に巧みな絵です。巧みさというのはもちろん、それまで培ってきた技法もあるでしょうし、それから画家としての才能もあるでしょうし、そういったものを十分に発揮させるためにはきちんとした理性は保たれてなくてできない。ちょうど精神のバランスがギリギリのとこだったかもしれませんけれども、保たれていた時期の作品と言えるのかもしれませんね」

彼がこんな言葉を残してまして「不安と病がなければ私は舵を失った船のようなものだ」と。

「自分の病を表現の中で活用していこうという、そういう気持ちがあったと思うんですよね。だからまさにこの言葉はその通り。自分の病の指針として表現していこうという強靭な決意を示していると思いますね」

f:id:tanazashi:20200725230854p:plain

作家の五木寛之さんは叫びが誕生した背景について語っていました。

「ヨーロッパはキリスト教を中心とする宗教と科学っていうものがバランスを保って発達してきて、宗教って土台があってその上に科学が乗っかって発展してくるわけですね。ところが近代に入って異様なほどの科学の一方的な発達ってのがあって、1800年代の終わり頃っていうのは全部の世界中の人たちが心の底でそういうバランスの崩れた心なき病んだ時代に自分たちは生きているというふうにいたと思うんですね。画家の勝手な芸術家的な幻想を描いたのではなくて、まさに時代そのもののあり方をこの1枚の絵が象徴している」

「絵描きさんの場合にたとえばムンク復活とかブームがありますでしょう。時々波のように盛り上がるってのが。ムンクは基調低音のようにずっと低い音で響き続けて流れ続けているそういうものだと思いますね。これから先もずっとムンクはそういう関心を抱きつつ。我々が心に不安を抱き続けてる限りはね」

 

 

f:id:tanazashi:20200725230841p:plain


スペイン・バスク地方の小さな田舎町。

西洋絵画傑作選。最後の作品はここから生まれました。

1937年。この町を襲ったナチスによる無差別爆撃。

罪のない人々が大勢殺されました。

知らせを受け、筆を握った人がいます。

f:id:tanazashi:20200725230824p:plain

パブロ・ピカソ

f:id:tanazashi:20200726173600p:plain

傑作選15作目《ゲルニカ

両手を上げ、叫ぶ女がいます。

逃げ出す女。

惨劇がまるで子供の落書きのように描かれています。

ゲルニカへの想いを3人の方が語っていました。

40年前の日曜美術館

f:id:tanazashi:20200726174809p:plain

ピカソへの情熱を熱く語る岡本太郎です。

ピカソ感動してるから、それを乗り越えなければ行けない。感動してますなるほどなんてやっちゃ芸術じゃなくなる」

そして本物のゲルニカと同じ大きさのレプリカを前に話し始めました。

「本当にこの絵を見てあっと思ったですね。閉まっててね大したコンポジションなんですよ。殺されている。悲しんでいる。叫んでいる。馬までが絶望している。その上に電気が点滅している家の中みたいに。実に滑稽ないろんなコンポジションだけど、びゃーっとまとまっている。まるで全然、それはちょっとしたおかしいと思うけど。古典的な感じがするんだけどこのコンポジションは。しかもぴゃっと固まっている。それでディテールを見てるとまるで何とも言えない超モダンな要素がある。これは本当にねぶきみなもんですよ。だから心地よくないですよ。だから素晴らしい。いかにも上手い絵じゃなくて、なんだこれはだから感動的であり。それからこれは少しも綺麗じゃない。しかし綺麗じゃないからこそ美しいんですよ。綺麗というものは方にはめたものが時代に合って綺麗なんだと」

綺麗と美しいはどうちがうのですか

「まるで違います。綺麗というのは時代に合わせたパターンの、その時代のあれに合わせたもんですけど、日本語でを目指していいことは醜悪美。綺麗と言うことと美しいと言うことを混同しているのが一般の常識だから、それを否定している」

ピカソの山を富士山としたら岡本さんは乗り越えるために今何合目辺りまでいらしてますか?

「僕は乗り越えているつもりでいるけど」

失礼しました。ありがとうございました。

f:id:tanazashi:20200726173546p:plain

3年前の日曜美術館では北野武さんがゲルニカと向き合いました。

f:id:tanazashi:20200726173537p:plain

ゲルニカ。ヤバすごいね。宗教的な絵だよね。単なる抗議する絵ではなくて、善悪の問題と苦しみとか楽しみと悲しみとか、人間社会愚かさとか生き物のはかなさとかみんな入れたような達観したような絵になってる」

f:id:tanazashi:20200726173520p:plain

「生き物そのものの本質的な姿っていう。生きてることに対する生き物の儚さと愚かさとが皆描いてある」

f:id:tanazashi:20200726173509p:plain

そして最後に今年4月に亡くなった映画監督の大林宣彦さん。

2年前の番組で学生たちに語りかけました。

「僕は僕の映画を最後に伝えますが、シネマゲルニカと呼んでるんです。ピカソさんですね。発表された頃はこんなもの絵じゃねーぞ。ピカソって何者だというのが世の評価だったんですよ。しかしそれはピカソのフィロソフィーであってね、もしこれをリアルな絵で写真のように再現したらどうでしょう。衝撃的ではありますがもう見たくない。忘れたい。なかったことにしたいということですぐ風化してます。ましてや外国の日本人にとっては遠い国のゲルニカのが焼けちゃったなんて関係もないですよ。そこでピカソはあいう子どものような絵を描いたんです。ピカソの絵ってね、横顔に目が二つあるみたいでしょ。だから今でも小さな子どもですら前に立つと飽きず見てますよ。このおばあちゃんなぜこんなゆがんだ顔してんの。戦争ってものがあったの。そのためにおばあちゃんの息子が殺されたの。そんなものない方がいいやという素直な戦争やだというメッセージが今でも世界中の子どもたちに伝わるんです。だから僕もそれに学んでね、たとえ大人の人たちからそんなものは映画ではないと言われても、横顔に目が二つある映画なんですよ。その方が嘘だけど。まことを伝えてるんですよと。まあ横顔に目が二つあるような映画は儲かったり、ベスト10になったりはしませんよ。しかしそのことを本当に自分の誇りとしてね。生きてきた。後世の人たちにはその思いが伝わって未来をつくる力になる」

ピカソゲルニカ岡本太郎さん、北野武さんそして大林宣彦さんがそれぞれに語ってくださいます。

「それぞれにね語り口がね独特で。岡本さんが美しいと綺麗は違うんだっておっしゃっていた。理解したのは綺麗っていうのはそれを感じが良くて楽しくて見て見てて何も脅威を感じなくていい気持ちになるって言うな感じのものがきっと綺麗で、美しいというものは、なんか禍々しいものあるいは何か恐ろしいものを秘めてる。フランスの19世紀の詩人のボードレールっていう人が、「美というものは常に奇妙だ」って言う有名な言葉があるんですけども、美しい物っていうのは常に奇妙なものとか得体の知れない物を秘めている。心地はよくないだからこそ素晴らしい」

大林さんは映画監督でフィルムで撮るにもかかわらず顔の中にね目が二つあるような絵だからこそゲルニカの街で起こったことをいろんな人に伝えることができるって言う

「芸術の持つ本質的な役割について大林監督は語られていたんだと思うんですね。つまり現実をありのまま描く。例えば死体が転がってるとかすると人は直視できませんよね。芸術というのは悲惨な現実に触れるための迂回路になってると思うんですよね。フィクションであるから。虚構であるから真実に到達できる。ゲルニカの巨大な絵はね、真実と我々の間にある壁みたいなもんだと。その壁があることからその背後にあるものをよりよく戦争の悲惨さとかね分かると。おそらくシネマゲルニカと大林さんがおっしゃってたのは、大林さんの映画がゲルニカの絵のようにそれは虚構かもしれない。奇妙なその目がある人が出てくるような、それがあることによってその背後にある戦争の悲惨さって言うか、真実に我々を到達させてくれるさんだとおっしゃってないかなって思いました」

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

 

書籍

 

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: 雑誌
 

 

展覧会

 

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

新美の巨人たち 謎多きバンクシーの新作『ゲームチェンジャー』

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/t/tanazashi/20200405/20200405152158.jpg



 

 

シリーズ「今こそアートのチカラを」。第10弾は、コロナ禍に発表されたバンクシーの新作『ゲームチェンジャー』。 

バンクシーが『ゲームチェンジャー』を発表したのは、コロナ禍の5月6日。キャンバスにデッサンのようなタッチで描かれた一枚です。ジーンズのオーバーオールを着た無邪気な男の子が描かれ、その手にはナースの人形が。マントをつけ、まるでヒーローのように描かれています。

「ゲームチェンジャー」とは「世界の流れを変える人」を指す言葉。バンクシーは医療従事者を「ゲームチェンジャー」となるヒーローに例えて描いたそう。それは作品が飾られているイギリス・サウサンプトン総合病院という場所からも読み解けます。この病院は、イギリスで最も早く、コロナウィルスの治療薬の臨床試験が行われた場所だったのです。

ところが少年のそばにあるバスケットに目を向けると、足が折れたアメコミヒーローの人形が、まるで捨てられたかのように描かれているのです…これは一体?そこには、最前線で戦う医療従事者を讃えただけではない、ある狙いがありました。

 

日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
 

美の巨人たち 謎多きバンクシーの新作『ゲームチェンジャー』

放送:2020年7月18日

 

今夜ご紹介するのは21世紀のピカソと言われるほど存在感を放つストリートアーティスト、バンクシー

神出鬼没。

世界中の壁に落書きのようなグラフィティと呼ばれる作品を残してきました。

いったい彼は何者なのか。

まことしやかに囁かれていることがあります。

本名はロビン・カニンガム。

イギリス生まれの46歳。男性。

ところがそれすらも定かではありません。

何もかもが謎。

なのに強烈なメッセージを放つ作品のことは誰もが知っているはずです。

覚えていませんか。この一枚。

2年前のオークションで高額で落札された直後額縁に仕掛けたシュレッターで自らの作品を裁断しました。

アートビジネスを愚弄するかのように。

人種差別への抗議運動を支援するこの作品も世界のニュースになりました。

黒人らしき絵。ろうそくの炎が国旗を燃やして国の行く末を暗示しています。

これはEU離脱に向かっていたイギリスを風刺する作品。

EUとの玄関口ドーバーの港町に描かれました。

何よりも強い怒り。

そして絶妙なユーモアと哀愁。

社会に媚を売らないバンクシーの表現が今人々を惹きつけてやみません。

今年5月6日イギリス。

バンクシーの新作が突如発表されました。

ロンドンから車で二時間。

サウサンプトン総合病院。

バンクシー自らこの病院に寄贈し、今は廊下に飾られています。

タイトルは《ゲームチェンジャー》

珍しく額装されたキャンバスにデッサンのようなタッチで描かれています。

まず目を引くのはジーンズのオーバーオールを着た男の子。

手に掲げた人形はナースの姿をしています。

はためくマント。

空飛ぶヒーローみたい。

ゲームチェンジャーとは世界流れを変える人を指す言葉。

ではそのメッセージをじっくりと紐解いていきましょう。

作品があるサウサンプトン総合病院は都市封鎖が続いていたイギリスで新型コロナと戦う最前線でした。

ウイルスの治療薬の臨床試験もこの病院で真っ先に行われたそうです。

ここはまさに見えない敵と戦うヒーローたちがいるところ。

バンクシーが我々のために描いてくれたと思うと、心が温まるよ」

医療従事者讃えるメッセージなのでしょうか。

ところが一つ一つ見ていくと浮かび上がってくるのです。

バンクシーの真意が。

そして未来への警鐘が。

「今こそアートの力を」

謎のアーティストがアフターコロナの世界を予言します。

バンクシーの企みを紐解くのは中川翔子さん。

「この絵を見ることでものすごく勇気をもらえるんじゃないかなと思うと。本当にバンクシーは今回またすごいことをしたんだなって」

中川さんも新型コロナと戦う医療従事者に感謝の思いを伝えていました。

 

作画から声の出演まで全て自分で手掛けた漫画アニメ作品をyoutubeで公開したんです。

そんな中川さん。絵のある部分が気になりました。

「ゴミ箱っぽいものに無雑作に捨てられてる」

少年の傍に描かれたバスケット。

そこには捨てられているようにも見える人形たちが。

アメコミのヒーローでしょうか。

よく見ると足が折れている。

「意味深な感じがしますね」

一気に不穏な空気が漂って来ませんか。

答えを求めて言ってみましょう。バンクシーの生まれ故郷へ。

 

 

 

イギリス南西部の港町ブリストル

古くから貿易で栄えました。

バンクシーはこの街で1974年頃に生まれたと言われています。

アーティストとして活動を始めた頃のバンクシーの作品が残っていました

店の壁ににじゅー代で描いたという可愛いクマ

シールドを建てた警官隊に火炎瓶を投げつけようとしています

権力への反抗でもなぜシロクマなのでしょう

こちらは性病のクリニックがあった建物のカフェ

浮気現場に踏み込んだ夫妻の不倫相手は間一髪で窓の外

ほら三者三様の物語が想像できませんか

町にとってこれはただの落書きではないそうです

バンクシーの作品は町の特徴だし深い意味が込められていて

社会に影響を与えていると思うよって言われるけど

意味のあるだった私たちにその場を作ってくれるからね

西洋絵画の名作のパロディ少女の耳飾りが

なぜかでものに設置された

刑法気になっています

バンクシーは作品について一切の説明を拒んできました。

彼の活動は主に深夜

まず厚紙を描きたい形に切り抜いて複雑な型紙を作ります

そして建物の壁に貼り付けてスプレーで型抜きして描いていくので

細かい調整はフリーハンドで無断で描けば器物損壊罪にも問われます

それはアートか考えか

物議を醸す表現が生まれたのは1980年代のニューヨークでした

ストリートの表現から影響を受けて創作活動するアーティストの大山エンリコイサムさんによると

言って70年代ぐらいまでは

白人の男の人がやってるって言うな感じです

良かったでしょうでも

80年代に入ると

それが一回高限界になって

その中でチャートを作ったり

後評価したりするしたいっていうのも

白人の男性だけじゃなくて、例えば黒人が出てきたりとか

トランスジェンダーの人出てきたりとか

そういう答えが出てきたストリートが生んだスターが

ミズベリング同性愛を公言して

生命力をテーマに掲げます。

ジャンミシェルバスキア

人種差別が作品の根源的な題材でした。

スプレー缶を持って表現する子供が増えたって

言われるようにの爆発だったと

犯罪だからダメとか

勝手に勝手に入れれば

ダメとかっていうことよりもエネルギーに

魅せられて発見されたブリストルを飛び出し

力強いメッセージを作品に込めて行きます

その名を世界に知らしめたのは2005年キリストの団地とされるパレスチナベツレヘムでのこと。

イスラエルとの戦闘が絶えないこの街にバンクシーは突如現れました。

イスラエルが建てた分離壁に描いたのは風船を持った少女が壁を越えようとする姿

厚い壁に開けた穴の向こうに楽園。

バンクシーにとって場所も作品の一部です

パレスチナ自治区では監視という国武器を花束に見立てました

世界各地に現れては強烈なメッセージを透過する

いつしかバンクシーはアートテロリストと寿命

をとるようになるので

そのバンクシーに実際にあったことがある

日本人が今

本物のbanksyにお会いしたんですか

かなり前ですけどインタビューをしました

ライターで翻訳家の鈴木とお子さん

独自に本人への直接インタビューを敢行し

生の言葉をいち早く日本に持ち込みました。

以来banksy関連の書籍の翻訳に数多く携わるなどその考えや行動を最もよく理解する人です。

お会いした時に思ったことは想像以上に行かれる人ってイメージだったんですね

社会に対してのマフ正義だとか

理不尽な状況に関しての憤りをすごく強い気持ちを持っていて当時

あの番口が言っていた言葉って

今でも覚えているのは見る革命なんだっていう風に言ってました

メール革命見るだけで気持ちが変わって行けば

ある日社会をひっくり返す力になるんじゃない

かっていうことは

今でも愚直に信じてるんじゃないかなと思いますでは早速

ゲームチェンジャーの読み解き会医療従事者へのリスペクト

その裏に想像を超える

メッセージが込められていました

ヒントはナースの人形

モデルになった女性がいるそうです

フローレンスナイチンゲール

19世紀。イギリスで看護師として活躍。

医療の世界を大きく変えました。

さんぜんえんセンター

分けに外ハネでくりっとなっててそうですね

ナイチンゲール

犠牲なき献身こそが真の奉仕である

という言葉を残していて

看護っていう仕事をプロの仕事として認めて

お給料をきちんと払わないと

ボランティアでは長く

福祉の仕事は続けられないっていうことを

訴えていた人で

もあるんですね

命をかける仕事ですし

そんな並大抵のことで

できないことをもっと報われてほしい

っていうのはあるんですかねたい

そしてもう一つ人形をよく見ると

昔を見て頂きたいんですけど

ちょっと黒くないですかあ言われてみれば

確かに少年と比べると肌の違いが

よくわかります

これは何を投影してるかというと

おそらくイギリスのエスニック

マイノリティと呼ばれている

移民や有色人種の人たちを

投影してるんじゃないかなと思ったんです

イギリスでは

移民や非白人のスタッフが

医療現場で数多く働いています

機器の管理や清掃警備などの

裏方をこなす割合も多く

外部との接触は蹴られません

この絵は高い感染リスクにもかかわらず

低賃金で働かざるを得ない

現場の今を抉っているというのです

これのコロナのパンデミックによって

社会の歪みが明らかになったっていうことを

示してるんだと思いますヒーローは空

を飛べないというのでしょうか

そして中川さんが気になった

あのゴミ箱っぽいものに夢創作に捨てられてる

バスケットに夢創作に放り込まれたヒーロー達

更に容赦なく現実を暴きます

読み解くヒントはバンクシー最大の問題作

 

 

2015年

banksyが発表したような作品があります

ディズマランド夢の国をイメージした

お城の前で美しいプリンセスが幻だと言わんばかりに歪んでいます

さらに魔法の馬車が事故で転倒しています。

幸せな結末を迎えるはずだったのに蝶よ花よと褒めそやしても

飽きてしまえば捨てられる

今は医療従事者をたたえてもそのうち忘れてしまうこの絵にも

そんな強烈な皮肉が込められていると言います

banksyの表現に詳しい批評家の小倉利丸さんは

今の社会のあり方

ご我慢がならないそう

我慢がならない部分を

彼なりの非常に

そのウィットに富むやり方で表現をしている

それが見る者たちを刺激してあり

そこで議論が起きて

私たちの希望するような

社会に向かっていくための一つのその

起爆剤になっていく

大げさな言い方だけどまとわれてる今日の作品

ゲームチェンジャーには

バンクシーのそんな問いかけがもう一つ

ナースの人形で無邪気に遊ぶ男の子

そこに次なるよ

見ときのヒントかバンクシー

本人を知る鈴木さんは

この少年にもモデルがいるといいます

イリスの首相

ボリスジョンソンなんですが

イギリスのボリスジョンソン首相巧みな弁舌で

国民の熱い支持を受けて

EU離脱を実現しました

しかしその後の支持率の低下の一方

そんな時新型コロナに感染して

死をも覚悟することになります

手厚い看護を受けて無事に生還すると

それまで予算を削っ

てきた医療の重要性を説き始めます

そして唯一おそらく

最前線で戦ってる人たちに

対しての感謝の気持ち

ってのはもちろん

本物なんだとは思うんですけど

今後実際に父さんをあてがっていくのかとか

注意が必要だよ

もし医療実施者の方達に感謝を伝えるだけで

ヒーロー扱い

するのであれば

彼らのことを使い捨てをしてしまうことになる

今夢中になってるけど

そのうちまた飽きて

というか当たり前になってしまうんじゃないかって

いう事とかその通りだと思いますが

ジョンソン首相だけではありません

banksyは私たちに突きつけています

喉元過ぎて

も熱さを忘れるな

サウサンプトン総合病院に作品を寄贈する際

バンクシーは何時の手紙を添えていました

作品に込めた壮大な人とは

 

 

 

ゲームチェンジャーとは

世界を大きく変えようとする人指す言葉

この作品にバンクシー

一通の手紙を添えていました

そこにはあなた達の尽力に感謝します

モノクロの作品ではありますが

少しでも現場が明るくなることを

祈っています

この会を通じて

何かもう少し自分たちにできることをやっていこう

一人一人がゲームチェンジャーになる時代だよ

っていうことを取れかけてるなと思うんです

ですの問いかけっていうのは

何口自身にもむ自分のできることって

なんだろうって考えた時に

この絵を起動

して競売にかける

ゲームチェンジャーは病院に展示された後

オークションに出品されます

バンクシー

その売り上げを

イギリスの医療事業に全額

寄付することを含めて

自分の作品と考えました

バンクシーは言います

自分の作品で

みんなの心がちょっとずつ変わっていけば

嬉しいと思って

いる俺もやりたいことは

それ以上でもそれ以下でもない

人が同じ困難に立ち向かっている中で

どの国でも大変な思いをしてる方々がいる

その中で私たち一人一人は

どういう行動ができるのかなっていうこと

やっぱり意識のどこかに

そういう気持ちが芽生えてるって

事を大切にし

ていきたいかな

芸術の持つ力とは何なのか

匿名のアーティストが到達した

一つの答えがここにありまどこまでもまっすぐ

なによりも純粋に世界を変えるのはあなた。

 

***************

 

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

「土方久功生誕120周年記念展 記・詩・塑・劇・彫・画・民・文・絵・人」【アートシーン】

f:id:tanazashi:20200715210209p:plain

 

 

土方久功生誕120周年記念展 記・詩・塑・劇・彫・画・民・文・絵・人

f:id:tanazashi:20200715210247p:plain

東京大田区

f:id:tanazashi:20200715210302p:plain
住宅街の一角に町工場のような建物があります。

f:id:tanazashi:20200715210327p:plain
実はこちら。廃業した工場を再利用したギャラリーです。

若い女の子だけど、角度によってはおばさんのよう」

f:id:tanazashi:20200715210527p:plain

f:id:tanazashi:20200715210534p:plain
ギャラリーのオーナー水口恵子さんと、夫の活也さん。

f:id:tanazashi:20200715210603p:plain

見ているのは愛してやまない土方久功の作品。

f:id:tanazashi:20200715210627p:plain
二人が土方の作品と出会ったのは17年前。パラオ旅行がきっかけでした。

「リゾートホテルに止まったんですが、そこで客室とかロビーとか、色んな所に土方作品があったんです。当時土方の名前は全然知らなかったので、この絵いいねーとかって」

彫刻家であり民族学者。
土方久功の全貌を紹介する展覧会です。

土方は東京美術学校出身。

f:id:tanazashi:20200715210655p:plain
これは卒業の年に作ったブロンズです。

目を閉じ自分の内なる声にじっと耳を傾けているかのよう。

主流だったアカデミックな彫刻とは趣を異にする表現です。

f:id:tanazashi:20200715210713p:plain
土方は1929年。29歳の時日本の委任統治領だったパラオに渡ります。

南方の人々の生活や美術に強い関心があったのです。

日本人のいない小さな島に渡り島民と共に暮らしながら民俗調査。

その傍ら作品に取り組んだのです。

f:id:tanazashi:20200715210408p:plain

島民をモデルにした木彫りのレリーフ

熱帯の赤い木を手斧で彫り上げています。

土方の作品に荒削りで力強い表現が加わりました。

やがて太平洋戦争が始まると土方は日本に戻ります。

以後創作から遠ざかりましたが終戦から4年後に再開しました。

f:id:tanazashi:20200715210455p:plain

刻み付けたのは記憶の中の島の人々でした。

f:id:tanazashi:20200715210507p:plain

地面に座り頬杖をつく島の男。

f:id:tanazashi:20200715210152p:plain

頭に羽飾りをつけてちょっと気取った少年。

島民たちの姿は当時のまま土方の中に生き続けてきたのです。

f:id:tanazashi:20200715210136p:plain

東京大田区のギャラリー南製作所で

7月25日まで

 

 

会場:ギャラリー南製作所

会期:2020年6月21日~7月25日

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。