チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

「美の競演 -静嘉堂の名宝-」【アートシーン】

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美の競演 -静嘉堂の名宝-

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漆黒に浮かぶ大小様々な斑文。
青写真に光の角度によっては虹色に輝く曜変天目

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この神秘的な茶碗は中国南宋時代の建窯で作られました。
静嘉堂文庫美術館に納まる国宝の茶碗です。

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こちらは同じ時代に建窯で作られたもう一つの茶碗。
油のしずくが水面に映ったような斑紋から油滴天目と呼ばれています。
茶碗の内外に波紋が現れ、曜変天目とは違った魅力を感じます。

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二つの名品を比べることによってそれぞれの美しさがなお際立ちます。

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「美術品同士が互いに競い合うというようなイメージで茶道具、絵画作品。様々なジャンルから、縁のある物同士、近い作風の物同士、それぞれの魅力を発する作品を比べて企画した展覧会でございます」

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三菱創業の岩崎家が集めた美術品の数々。
互いの魅力を高め合う美の競演です。

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漆を使い、和漢の宮廷の奏楽をテーマにした屏風絵。

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左隻は中国・唐の故事、羯鼓催花。
玄宗皇帝が春の初めに曲を作り一斉に花を咲かせた場面。

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右隻の主題は源氏物語の紅葉の段。
光源氏が舞う秋の夕暮れを描きました。

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漆では出せない顔の白い色は一酸化塩を入れた油に顔料を混ぜています。

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豪華な縁飾りには鈴鹿ながいの唐草に螺鈿の梅花模様。
季節が対照的に描かれ絵画と湿原が見事に結び作品です。

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江戸狩野派創始者狩野探幽の屏風絵。

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中国水墨画を基礎に鴎や鴨が丁寧に描かれる一方、波や岩は軽快な描写で対照的に描かれています。

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探幽はまた余白の美しさという独自の表現を確立しました。

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一方こちらは江戸琳派を大成させた酒井抱一

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銀の上に一息に書き上げた波。
墨を弾いてしまう銀白に膠を塗り、勢いよく線を描くことで躍動感のある表現が生まれました。
狩野派琳派それぞれの特色を生かした美の競演です。

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世田谷区の静嘉堂文庫美術館で今月22日まで。

 

会場:静嘉堂文庫美術館

会期:2020年6月27日~9月22日

seikado.or.jp

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日曜美術館「“楽園”を求めて~モネとマティス 知られざる横顔~」

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印象派の巨匠モネと色彩の魔術師マティス

作風が対照的な二人だが、ともに後半生、人工の「楽園」を作り、その中に籠って絵を描き続けた。

時代は近代化による社会の転換期。

人々は相次ぐ戦争やスペイン風邪などの疫病にさいなまれ、「ここではないどこか」にあるものを求め続けた。

二人はなぜ「楽園」にこもったのか?

そこで描く作品に何を託そうとしたのか?

二人の巨匠の人と作品を新たな視点から読み直し、知られざる横顔に迫る

【出演】【ポーラ美術館学芸員】工藤弘二

【司会】小野正嗣,柴田祐規子

  

モネとマティス もうひとつの楽園

モネとマティス もうひとつの楽園

 

 

日曜美術館「“楽園”を求めて~モネとマティス 知られざる横顔~」

放送日

2020年9月6日

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印象派の巨匠。クロード・モネ

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そのおよそ30歳年下。

色彩の魔術師と呼ばれたアンリ・マティス

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作風が対照的な二人の巨匠に共通点を見出そうという展覧会が開かれています。

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それは今まで注目されることのなかった新しい視点だと言います。

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「この二人ってのは自分で環境を作っちゃう。自分の好きな環境を。でそれを眺めてるだけじゃなくてそこで実際に生活をして、それを作品にするという共通点がね」

二人は共に自らの好みを反映した理想の空間を作り上げ、そこで絵を描いたというのです。

 

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モネは農村地帯のジヴェルニーで、川の流れを変える大工事を行って池を造成。

そこに睡蓮などの植物を配しました。

ここは人工的に作り上げたアトリエでした。

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マティスは南仏のアトリエを、異国情緒豊かな調度品で飾り立てます。

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そこでモデルに自ら縫った服を着せ、くつろいだポーズを取らせました。

ここは演劇の舞台さながらのお気に入りの空間でした。

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二人の活躍したのは19世紀後半から20世紀にかけての激動の時代。

産業革命を経て、技術革新が進み、人々の生活や価値観が大きく変わりつつありました。

ヨーロッパを苦しめたのは度重なる戦争。

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さらに疫病・スペイン風邪が流行。

おびただしい数の人が命を落としました。

そんな時代に芸術家たちの共感を呼んだ詩があります。

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生きるとは病院に入っているようなものだ

ここではないどこかへ

困難な時代の中。

理想の空間・いわば楽園の中で創作を続けたモネとマティス

ふたりはそこでどのような芸術を創造しようとしたのか。

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楽園という視点を通して二人の巨匠の知られざる横顔を紐解きます。

日曜美術館です。

今日はフランスの二人の巨匠モネとマティスを取り上げます。

この二人には今までは美術史上では語られてこなかった共通点はあるということ

「ふつうモネというと野外の風景で、光の変化、その上に描かれててあまり人が絵の中にいない。いっぽうマティスは室内の絵というイメージがあるので共通点はあるのかと思いました」

二人の共通点。実は楽園を作り上げたということなんですが、一体どんな楽園なのか。それぞれの生涯をたどりながら見ていきます。

 

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1840年。パリに生まれたクロード・モネ

印象派と呼ばれるグループの中心的な存在として知られています。

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30代のモネが描いた作品《印象・日の出》。

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印象派という名称はこの絵の題名から生まれました。

作品が発表されたのは権威あるサロンに反発して仲間とともに開催した展覧会。

新しい表現を求めたモネは伝統的な絵画とは異なり、光の効果を強調しています。

モネが生きた19世紀後半。

パリの街は大きな変貌を遂げていました。

パリ大改造と呼ばれる都市計画が実行されたのです。

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治安や衛生面での問題を抱えていた貧民窟など多くの古い家屋が取り壊されました。

狭く入り組んだ路地は都市の近代化を支える広い街路に整備されました。

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パリ万博に合わせて建設されたエッフェル塔は世界初の鉄の高層建築として注目を集めました。

パリから各地へと広がる鉄道網は人や物の流通を活性化し、生活を大きく変えました。

モネは新しい時代の姿を積極的に描いています。

 

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サン=ラザール駅の線路。パリに初めてできた駅舎の光景です。

汽車の吐き出す煙がたなびく様子をキャンバスに映し取りました。

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セーヌ川の中州。グランド・ジャット島はパリの人々に人気の憩いの場でした。

遠景には煙を吐き出す工場が描かれています。

手前の島を散歩するのはブルジョワジーと呼ばれる資本家階級の人々。

当時のパリでは貴族たちに変わり、ブルジョワジーが次代の担い手になっていました。

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モネが40代半ばを過ぎた頃。

作品に大きな変化が訪れます。

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それまで描いてきたパリの街や旅先の風景ではなく、水辺の風景。

とりわけ睡蓮がもっぱら作品の主題になるのです。

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実は有名な睡蓮はほとんどがひとつの場所で描かれたものです。

その場所こそモネが作り上げた理想の空間でした。

理想の空間を求めてモネはパリを離れセーヌ川沿いに点々と住まいを移していきます。

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アルジャントゥイユ。さらにセーヌ川を下ったヴェトゥイユ。

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そして最後にたどり着いたのがパリからおよそ70キロ北西に位置するジヴェルニーでした。

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モネはこの小さな農村に邸宅を購入し制作の場にしました。

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村を流れるセーヌ川の支流にモネは水を描くことへの意欲をかきたてられました。

水面下に揺らぐ水草を描いた小舟。

一時として同じ表情に止まらない水の情景はモネにとって欠かせないテーマとなっていきます。

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ジヴェルニーに移った3年後。

モネは自宅の周りの広大な土地を購入します。

自ら土地を開墾し庭を造成しました。

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完成したジヴェルニーの庭は大きく二つの区画に分かれています。

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季節の花が咲き乱れる花の庭。

画家のパレットのように色とりどりの花が配置されています。

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そしてもう一つが大きな池を中心とした水の庭です。

中でもモネが情熱を注いだのはこの池の造成でした。

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セーヌ川の支流の流れを変える大規模な工事を行い、庭に水を引き込んだのです。

どのような庭を作るのか。

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モネのイメージの源泉となったのは愛する日本の浮世絵でした。

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池には絵と同じ形の太鼓橋をかけ、周囲には柳の木を植え、藤棚を作りました。

モネがこの庭で特にこだわりを見せたのが睡蓮でした。

 

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睡蓮との出会いはエッフェル塔が注目を集めたパリ万国博覧会

会場には東洋風の庭が作られ、様々な種類の睡蓮が展示されていました。

モネは当時のフランスにはない熱帯原産の睡蓮や、品種改良で生まれた新しいものなどに魅せられました。

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庭園を手掛けた水生植物の専門家にいくつもの睡蓮の苗を注文します。

池に植える時にはそれぞれの品種の配置にも吟味を重ねました。

モネは毎朝庭師に命じ、睡蓮が同じ位置から動かないようにしていたといいます。

それは作品のためでした。

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モネは時間や季節を変えて同じ構図を何度も描いています。

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右が日中の光景。

左の作品では上部に紫がまじり夕空の反映であることがわかります。

こうした連作を描くために睡蓮の位置はいつも同じでなければいけなかったのです。

「モネは理想の風景を作って、つまり人工の風景だよね。それだけじゃなくてそこで生活した。生活の中で自分のテーマを見つけて絵を描いていった」

ジヴェルニーの庭はモネが自ら手をかけて作り上げた理想の空間でした。

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とりわけ好んだのは太鼓橋の下に睡蓮が咲き誇る光景です。

人工的に作られた。いわば楽園とも呼べる空間。

モネはその後半生。この楽園の中で睡蓮を描き続けたのです。 

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アンリマティスは1869年北フランスに生まれました。

独自の色彩表現を追い求め、色彩の魔術師として知られています。

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30代で発表した作品はフォーヴィスムと呼ばれる大胆な色彩表現でパリの美術界に衝撃を与えました。

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妻を描いた《帽子の女》は原色で鮮やかに塗り分けられ、独特な立体感を生み出しています。

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マティスもまた40代後半になってパリを離れ、南仏のニースに制作の拠点を移します。

ホテルなどの一室を借り上げ、アトリエを構えました。

「この光が毎朝見られるという幸福が信じられなかった」

マティスは全てを透明に照らし出すニースの光に魅せられたのです。

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抜けるような青空と地中海を臨むアトリエ。

大都会パリとは異なる静かな環境で、マティスもモネと同じように理想の空間を作り上げていきます。

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マティスはアトリエを自分好みに飾り立てました。

壁面を覆う布の数々は自ら買い求めたものです。

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特にマティスが好んだのは中東やアフリカなどのエキゾティックなテキスタイルでした。

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マティスはこうしたテキスタイルのコレクションも仕事の図書館と呼び、制作のヒントやひらめきを得ていたと言います。

アトリエは様々なテキスタイルで溢れました。

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マティスがそういったテキスタイルをたくさん用いて何をしようとしてたか言うと、一つはエキゾチックな異国情緒溢れる空間を作り出すそういう演出っていうのもあったんですけれども、

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もう一つ重要なこととしては空間表現そのものに直結するんですけれども、複雑な模様をたくさんレイヤーのようにして重ねて絵画の画面の中に再構成することによって、現実とはまた違うもっと曖昧で重層的でどこまで奥行きがあるのかわからないようなそういうその現実よりもすごく深くて広い空間でものを作り出そうとした考えています」

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アトリエのマティスを記録した映像が残されています。

マティスの理想の空間にはモデルも欠かせませんでした。

衣装にもこだわり、時に自ら縫った服を着せたといいます。

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この写真に登場するのはお気に入りのモデル・ジダ。

時代はモデルにくつろいだポーズをとらせることで安らぎを感じる空間を作り出そうとしました。

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ゆったりとしたポーズでトルコの椅子にもたれるジダ。

エキゾティックな衣装が安らぎの空間に独特の魅力を加えています。

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青いドレスでくつろぐリリア。

彼女は制作の助手でしたがやがてマティスのお気に入りとなりモデルを務めました。

マティスにとってモデルはエネルギーの源という風に自分でもいっているような存在で、モデルもたくさん来てもらっても自分の本当に心動かされるモデルを選んで、描いてもらったりとか、モデルもすごく選んでますし、本当にモデルも含めて自分の理想的な情景というものを作り上げて、それを描いていったという楽園の構成になっている」

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トルコの火鉢などエキゾティックな調度品。

そこでお気に入りのモデルがくつろぐ。

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演劇の舞台さながらの空間。

マティスが作り上げた理想の楽園でした。 

 

 

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今日はスタジオにこの展覧会を担当されたポーラ美術館学芸員の工藤弘二さんにお越しいただいてます。宜しくお願い致します。まずふたりの楽園のディティールをそれぞれに見て行きたいんですがモネから行きましょうか。

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「モネの広い邸宅なんですけれども、敷地内には制作年に合わせてアトリエが増築されています。

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芸術家にとって絵画を制作しやすい楽園という意味合いもあったのかなという風に思います。ジヴェルニーに落ち着いた頃から連作っていうものに集中して描くようになります。連作って何かと言いますと、

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同じような絵でも、その1日の時間が違ったり季節が違ったりするわけです。ですから同じように見えても光の具合で描き分けをしていったりするんですけれども、池の前でも描くんです。それをアトリエの中に持って行って全体の調和っていうのを描いたりもしたんですね」

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それにしてもですよセーヌ川を自宅に引き込むとか。

「違う水を入れると水質汚染が起こるんじゃないかとかっていう形で、実は地元住民の反対も受けてるんですけれども、そこを乗り切ってモネは引き込むことに成功したりとか。興味深いのはモネはずっとセーヌ川沿いをその拠点として描いてきたんですけれども、最終的にプライベートな空間にセーヌ川の水を引き込んでしまった。私有したっていうことなんです。モネはセーヌ川を転々としてきたという歴史を考えますと、睡蓮の池は水の庭ですね。この造成ってのは本当に凄い出来事だったと感じます」

一方マティスは自分のプライベート空間なんだけれども非常にコンパクト。

「描く前に、いかに描くべき空間。自分の生きる環境を生み出していたかと言うことを写真を見ていただくとよく分かる。モデルも霊感を与えるような女性であったり。女性の衣装。足にアクセサリーをつけてますよね。マティスが自分で買い求めていたって話もあります。この写真だけでいったい何枚の装飾的な布が登場するか。装飾の限りを尽くして舞台の演劇。虚構の空間のように自分の描く環境っていうのを演出していたんですね」

好きなものを詰め込んだ場所っていう楽園だったんですね。 

モネとマティス もうひとつの楽園

モネとマティス もうひとつの楽園

 

 

 

 

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二人が楽園を作り上げた背景には何があったのでしょうか。

19世紀後半から20世紀初頭。

近代化とともに産業の構造が大きく転換。

ブルジョワジーと呼ばれる資本家階層が台頭していました。

豊かなブルジョワジーたちは芸術の需要層でもありました。

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ブルジョワジーは経済中心。功利主義的な価値観が社会の中に行き渡って、芸術というのはもうそういった精神的なもの文化的な物っていうのは必ずしもお金に還元できない部分もあり。そこに矛盾も起こってくる」

この時代のもうひとつの特徴は戦争が相次いだこと。

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1870年普仏戦争が勃発します。

モネの画家仲間も次々に従軍。

モネの親しい友人バジールが戦死しました。

第一次世界大戦が開戦。

人々の苦しみに追い討ちをかけたのがスペイン風邪の世界的流行でした。

戦時中の劣悪な医療環境の中でおびただしい数の人が命を落としました。

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マティスの友人だった詩人アポリネールもその一人でした。

社会の価値観の変化。

そして戦争と疫病。

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こうした時代の中で芸術家たちの共感を呼んだのがシャルル・ボードレールの作品です。

詩人であり美術評論家でもあったボードレールは近代化で変貌する時代を生きる苦悩を詩の中に吐露しました。

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詩集「パリの憂鬱」にはこうあります。 

巴里の憂鬱 (新潮文庫)

巴里の憂鬱 (新潮文庫)

 

生きるとは病院に入っているようなものだ

どこへでもいいここではないどこかへ

そして不条理な現実の中にあるはずの真実を探し求めるのです。

「近代化に伴って産業中止の社会が成立し、ブルジョワジー中心の市民社会が勃興し、そして戦争という背景があるということを考えてみると、これはいかにも芸術家にとって生きにくい環境、歴史状況だったなっていう感じがするんですね。その中で芸術家たちが自らの芸術の理想あるいは美の王国。まさに楽園をどうやって維持維持していくのか。どうやって自分の技術を生き延びさせることができるのかというのは大変困難な重要な問題だったと思います」

ボードレールと同じ時代を生きたモネが作り上げた理想の楽園。

ここでどのような芸術を生み出そうとしたのでしょうか。

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その心情を伺わせる作品がパリのオランジュリー美術館にあります。

横6メートルを超える大画面に描かれた睡蓮の連作です。

モネは第一次世界大戦終結の年。

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この連作を国家に寄贈したいと申し出ました。

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モネは睡蓮の連作についてこう語っています。

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「仕事に疲れた神経は静かな水の広がりに従って解き放たれる。この部屋を訪れる人々に花咲く水槽に囲まれて穏やかに瞑想する安らぎの場を提供できるだろう」

 

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「戦争で心身ともに傷ついた人々に安らぎの場を提供する。そういうものを作り出したいっていうことだったと思うんで、あの部屋を訪れると睡蓮が水面の広がりにつつまれるような感じを多くの人が受けると思うんですけども、まさに空間として循環する時間というものが実感できるそういう場所かなという風に思いますね」

描かれているのはジヴェルニーの楽園で毎日繰り返される風景の変化です。

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1日の始まりは朝の情景。

明け方の柔らかな光に色づく水面です。

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日没は夕闇に沈む画面の中で鮮やかな金色と紅が燃え立つようです。

繰り返す時の流れに身を委ね、静かに包み込まれるような空間です。

晩年、モネは白内障を患います。

視力をほとんど失いましたがそれでも睡蓮を描くことはやめませんでした。

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モネが特に好み何度も描いたのは日本風の太鼓橋のある風景でした。

判然としない形。

しかし黄色や緑の力強い色彩は自然の息吹をとらえているようです。

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背景は空なのか水なのか。

その青から浮かび上がる藤の花。

モネの記憶の中の楽園は穏やかな命の光に満ちています。

「晩年の抽象的なものでは決して自然から離れていくという抽象ではなくって、描くって言う身体的な行為の中で自然の息づかいと呼応してると言うのですかね。そういうものさえ感じさせる側面があるように思うんですけど」

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モネはこのジヴェルニーの楽園で86歳の生涯を閉じました。

 

マティスも自ら築いた楽園の中でキャンバスに向かい続けました。

作品について手記にこう記しています。

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「私が夢見るのは心配や気がかりの種のない実業家にとっての精神安定剤。肉体の疲れを癒す良い肘掛け椅子のような芸術である」

この時代。新たに事業を起こす実業家たちが増えてきました。

マティスは自らの作品は忙しく働く彼らの肘掛け椅子でありたいと考えたのです。

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「肘掛け椅子としての絵画という考え方はマティスが生涯ずっと追い求めていった方向性だと思います。19世紀に印象派が歴史画と呼ばれる、貴族とか王侯のために描かれた絵画という、宗教とか国家の理念を表すものでした。それに対しブルジョワの慰安のため、心地よさのようなそれ自体美的価値に他ならないような主題というものをメインに据えました。近代における絵画の役割、社会的な意義をマティスは意識していたと思います」

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ヨーロッパの古楽器リュートを手にくつろぐ女性を描いた一枚。

鮮やかな赤の背景に映える白いドレス。

ドレスの印象的な模様が独特のリズムを生み出しています。

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マティスがこの作品でモデルに着せたというドレスが保存されています。

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作品にも書き込まれた繊細な刺繍からはマティスの模様へのこだわりが伺えます。

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絨毯や壁紙にはオリエント風の模様が描かれ、当時フランスの人々が憧れた異国の地を連想させます。

リュートの音色が響くくつろぎの空間です。

やがてマチスに試練が訪れます。

第二次世界大戦が勃発。

フランスはナチスドイツに占領されることになりました。

 

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その頃マチスは癌にかかります。

手術を受けたものの体力は弱り外出も困難になりました。

しかしマティスの楽園だったアトリエはインスピレーションの源であり続けました。

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マティスは制作への情熱を失わず、絵画に変わって切り紙絵を手がけるようになりました。

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切り紙絵の代表作《ジャズ》

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これはサーカスの一場面。

緑は道化師の衣装です。

馬はまるで音楽に合わせ跳ねているように見えます。

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イカロスはギリシャ神話に登場する人物。

星空に向かって登っているのか。それとも翼を失って落ちているのか。

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見るものが自由に想像し楽しむことのできる仕掛けをマティスは散りばめています。

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このシルクスクリーンはアトリエの壁に貼られていた切り紙絵を元に製作されました。

切り紙絵は元々は壁のシミを隠すためのもの。

アトリエの飾りが作品となり人々を楽しませるものになりました

モチーフは南の島の生き物たち。

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サメのような魚。

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そしてサンゴ。

簡略化された造形は自由で伸びやかな生命力を感じさせます。

マティスはこの時期に苦悩をそのまま表現するというのことがなかった。だからそれは非常に珍しいある意味では特異なことですね。マティスの作品は肘掛椅子のような心地よさを人々に与えるということを目的とするということは貫いたってことでしょうね」

 

マティスは亡くなるまで制作の拠点を南仏に置き続けました。

最晩年。戦火に崩れた礼拝堂の再建を依頼されます。

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聖ドミニコ修道会ロザリオ礼拝堂です。

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建物の設計から内部の装飾のデザインまで全てを自ら手掛けました。

マティスはこの礼拝堂が画訪れる人々を癒し幸せや安らぎをもたらすことを願いました。

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この礼拝堂完成の3年後。

キスは84歳で世を去りました。

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19世紀の後半から20世紀にかけての戦争の世紀。芸術家たちは生きにくい状態であったというお話が出てきます。どうしてなんですか

「環境そのものが大きく変化したってことがありありますよね。社会の中、信仰もそうですけども聖なるものが失われていく。それまでの理念が揺さぶられていく時代っていう中で、画家や芸術家達っていうのは一から価値を創出しなくちゃいけなくてまならない」

人間性が疎外されたと感じる人が多かったと思うんですね」

「ボードレーヌの詩、この世界の外ならどこでもいい。だからこそエキゾティズム。ゴーギャンの楽園は地理的な外だった。自分たちの住んでる世界の外側に行く。異国趣味ってのも発展していく。だけどそうじゃない外もあるはずで、それをどうやって作り出すかっていうこと。だからモネとマティスはそれぞれのこの世界の外側を自分の生活環境中に作作った」

「モネは人工的な庭を作る自分だけの庭を。マティスはニースのアトリエの中で自分だけの空間を作る。ここではないどこか。現実ではないどこかかっていうところにパラレルな気がしますね」

自分の楽園を自分のものだけで閉じ込めておくのではなく、モネの場合だと睡蓮を皆でシェアするような。

 

「鑑賞者のその神経を休ませるような表現になるといいなっていう話もモネはしていたわけなんですね。いろんな季節の睡蓮があることになるじゃないですか。全体の調和っていうのは自然の循環を見せたかったっていうところがモネの胸の最終到達点かなと思うです」

あらゆる時間、時期が絵の中にあるとすればユートピア。全ての時間があるって言うね

超おもしろ時間制が絵の中で作られてるんだなと」

最終的には肘掛け椅子になりたいっていう言葉はありますね。

印象派の時代から市民階級が台頭し、レジャーとしての旅行やレクリエーションとしての行為がどんどん描かれ始めた。象徴的に肘掛け椅子っていう言葉が椅子に座ってゆったりとするような気持ちですね。作品を見てもらいたいっていうことを生涯意識していたんだと思います」

 

「ふたりは自分のために楽園を作ったかもしれないですけど、万人に開かれたね楽園になってる僕たちも自由に入れる」

「そうした彼らが描いていた楽園がですね。没入していくというか今の時代でも見れるって事は本当に幸運な事ですよね」

今日はどうもありがとうございました

 

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

 

書籍

 

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

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  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: 雑誌
 

 

展覧会

 

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新美の巨人たち フェルメール『ヴァージナルの前に座る若い女性』

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まばゆい光の中に人物を描き、寓話的なテーマを内に秘めたフェルメールの作品群。ところが最晩年の作品と思われる『ヴァージナルの前に座る若い女性』は、これまでの作風とは一線を画す一枚。常に差し込んでいた陽の光が消え、窓にはカーテンが。きらめく輝きを抑えた静かな描写に対し、後世の評論家たちの評価は分かれているのですが、この作品にはフェルメールのある思いが込められていたのです。

 

日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
 

美の巨人たち フェルメール『ヴァージナルの前に座る若い女性』

放送:2020年9月5日

 

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小さな部屋の窓から柔らかな光が差し込むとさざ波が立ちます。

誰からの手紙ですか。

何を見ているのでしょう。

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ごめんなさいお邪魔して。何気ない日常をさらりと。チラリとドキドキして。

視線としぐさの劇場。

光のベールに包まれて。

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描いたのはヨハネフェルメール

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今からおよそ400年前オランダの小さな町デルフトに生まれ、43年の生涯をこの地で過ごしました。

究極のステイホーム男かもしれません。

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彼がこの世に残したわずか30数点の中に、最晩年の最も謎めいた一枚があります。

 

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薄暗い部屋の中。

楽器を弾いている女が手を止めこちらを向いている。

細部は緻密に丁寧に描かれ構図も設定もフェルメール独特の世界。

「少し暗い感じとか落ち着いた光ですね」

ところがこの絵にはそれまでのフェルメール作品とは決定的な違いがあります。

画面の左側。

窓がない。

暗い部屋なのに、それでも彼女の顔が輝いているのは一体何故か。

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本日は女優酒井美紀さんがフェルメールヴァージナルの前に座る若い女性の謎に迫ります。

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ヒントは対となるもう一枚の絵。

果たしてその意味は。

 

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鍵を握るのはこの人物かもしれません。

デルフトが生んだもう一人の天才、微生物学の父と呼ばれた男。

世界はいま新型コロナウイルスパンデミックに見舞われています。

フェルメールの生きた時代もまたヨーロッパはペストの猛威と恐怖にさらされていたのです。

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1665年。イギリスロンドンでのこと。

凄まじいペストの災厄から逃げ出した一人の男が疎開先で目撃したのは。

リンゴが落ちた。

ニュートンによる万有引力の法則発見。

同じころデルフトでフェルメールが描いたのは。

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振り向いた少女の一瞬。

永遠のまなざし。

ペストがあり戦争も多発した激動の17世紀ヨーロッパは一方で急速な技術革新。

科学の時代でもあったのです。

 

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デルフトはオランダの真珠と称えられた美しい街です。

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マルクト広場を中心として500メートル四方がフェルメールにとって生活のすべてでした。

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生家は広場の裏手にあった父親の経営する宿屋兼酒場の空飛ぶ狐亭。

子供の頃の家は広場に面していました。

20歳の時に資産家の娘カタリーナと結婚し、妻の実家で絵の制作に励みました。

11人の子供を授かり、この街を出ることなく。

フェルメールの作品が日本に来ています。

上野の国立西洋美術館で開催中のロンドンナショナルギャラリー点。

61作品全てが日本初公開。

イタリアルネサンス絵画からフランス近代絵画の名品まで一堂に会した展覧会です。

お目当てのフェルメールはオランダ絵画のコーナーに。

「これですね。ブルーが綺麗ですね」

今日の一枚。ヨハネス・フェルメール作《ヴァージナルの前に座る若い女性》

縦51.5センチ、横45.5センチの油彩画です。

ヴァージナルという鍵盤楽器の前に座っている若い女がこちらを見ています。

突然の訪問者に驚いたのか嬉しかったのか、その手を止めて。

黄色いスカートの鮮やかさ。

青い衣装の柔らかさ。

その顔立ちの純情。

ヴァージナルとはバージンを語源とする純愛の象徴とも言われています。

「こっち見てます。誰も見ているんですかね」

片隅に立てかけられたビオラ・ダ・ガンバ。

カーテンがかけられた部屋の壁には大きな絵がかかっています。

「この作品は1670年頃フェルメール40歳ぐらいの頃に描かれた作品ではないかと思われています。フェルメールは43歳でも比較的早くこの世を去ってしまいます。おそらく一番最後に完成された作品ではないかと思われています」

この作品です入れるには

フェルメールならではの

緻密な技巧が散りばめられています。

そんな中女の顔だけがうっすらと照らし出されているのです。

「落ち着いた光ですね。結構フェルメールは明るい光の一緒なんですけどね。

部屋にもかかわらず女の顔が輝いているのかということ。

ではフェルメールの暮らした街へバーチャルでご案内しましょう。

デルフトの朝です。

ちょっと忙しそうなご婦人についていくと。

 

 

酒井さん私が誰だか分からないの。でもこれを注ぐときっとわかりますよ。

質素な部屋に女が一人。

ミルクを注いでいます。

ただそれだけの情景にフェルメールは驚異の技巧を発揮しました。

ミルクの入った壺の縁に。

カゴの取っ手に。

パンに至るまで。

ポワンティエと呼ばれる点描法です。

絵の具が生み出す質感はまるで本物と見紛うばかり。

光を帯びた頭巾を見ると筆の跡が残っています。

ウェット・イン・ウェットという技法です。

塗られた絵の具が乾かないうちに、さらに別の絵の具を重ねることで細かい凹凸が生まれ、光が複雑な反射になるのです。

室内の何気ない情景を描きながら、フェルメールは光と戯れていたのかもしれません。

デルフトの町に面白い場所があるの。ついてきて。もうすぐよ。デルフト駅からだと歩いて10分くらい。フェルメールセンターよ。ここには誰の全作品の原寸大レプリカが展示してあるのよ。でも是非見てもらいたいのはこっちだよ。

これなんだろ。

カメラオブスクラはレンズのついた箱です。

レンズを通して風景が手前のすりガラスに写り、レンズをずらすとピントが移動します。

ただし鏡の反射を利用しているのでその画像は左右が反対になります。

「本当だ反転してるんだ」

当時最先端だったこの道具を使い、フェルメールも遠近感や光の見え方を研究したといわれています。

もう一度見てみましょう。

窓からの光の行方を追って行くとまずは女の顔です。

次に黄色い服。

豊かな肉体。

ツボを持つ手。

そそがれるミルク。

そしてパン。

フェルメールの絵の心地よさの秘密は見てもらいたい所にあらかじめピントを合わせているのです。

真珠の耳飾りの少女

あなたの目のピントは少女の目に引き寄せられているはずです。

視線の先に光の宴。

酒井さんが組み立てているのはカメラ・オブ・スクラの模型。

模型とはいえ原理はまったく同じです。

さてどんな風に見えているのか。

「ピントが綺麗で背景がボケる。優しい色になってる」

今度は酒井さんが被写体に。

左右が逆になるので反転するとなるほど歯を磨いて寝てますね

自分なのが恥ずかしいけどあれは中への世界になってますよね

ハート柔らかい光となんか

フェルメールの世界に入っていってる感じですよね」

では今日の一枚にはどんな光の秘密があるのでしょうか。

女が一人部屋の中で二人の女が部屋の中で

男と女がほとんどがこんな分類になるのですが

その中に2枚だけ一人の男を描いたものがあります。

地理学者と天文学者

この人物のモデルではないかと言われる男こそ顕微鏡を作った男、アントニファン・レーウェンフック。

デルフトが生んだもう一人のあの時代

あの街で彼より

フェルメールに影響を与えた人物はいないかもしれません。

レンズを通して見えないものを見ようとした

男と光を自在に操る

落とした男は

そしてこれは一体何

 

朝の光の中で輝ききらめくデルフトの情景フランスの小説家

マルセルプルーストは「失われた時を求めて」の中で世界でこれほど美しい絵はないとつづっています。

この街で二人の天才は同じ時を過ごしたのです。

1632年10月フェルメールが生まれた同じ年

同じ月にレーヴェンフックも生まれました。

16歳の時に学校を辞め、それ以降正式な教育を受けていません。

アムステルダムで働いていた彼は20歳を過ぎてデルフトに戻り織物商

として独立しました。

二十歳で結婚したフェルメール

画家としてスタートすると

レーヴェンフックも結婚したのです

フェルメールが独特の画風を作り上げて行く最中

レーヴェンフックは布地を扱う仕事の傍ら

ガラス玉を作って磨き

綺麗な休憩のレンズを作成しています

さらに高性能の顕微鏡

を製造し生物の観察を始めて行くのです

二人に交流があったかどうか

確かな記録はありません

ただ共通するのは

見えないものを追い求めていたということ

そしてフェルメールは2枚の科学者を描いたのです

あの時代化学への深い敬意と限りない共感を込めて。

その後に描いたのが今日の一枚です。

構図やモチーフはそれまでのフェルメール作品とほぼ同じです。

決定的に違うのはカーテンをひいて窓を隠してしまったこと。

熱はこの作品はですね、ロンドンナショナルギャラリーに行くと

ほとんど同じ大きさのまりこのヴァージナルをしている

女性の絵とに枚並べて

かかってますね。

そちらの絵は典型的なその明るい光に包まれたフェルメールの室内

タダヴァージナルの前に立つ女は眩い光で満たされ優雅な雰囲気を醸し出しています。

モデルはドイツ人物ではなさそうですが

どちらもほとんど同じ衣装を身につけています

フェルメールは白い壁を背景にすることで国産の額縁とヴァージナルの蓋の黒い輪郭を浮かび上がらせ光の鮮やかさを際立たせているのです。

画面の明るさは一目瞭然

右向きで立っている女チャリ向きに座っている女立っている女の顔は

陰り座っている女はほんのり明るい

つまり一方は典型的な明るい背景に花キューピット音がかかっていたりして

やっぱりその灰をシンボライズる音楽で

こちらの柄はちょっと異様な雰囲気に

変わってくるかもしれないのが

お前の壁にかかっている会なんですね

だか女性と男性だとちょっと買ったそうですね

あの女性は竜頭を引いてるんですね秋刀竜

とひいていて右側におばあさんで

これは全く同じことねが実在するんです

けれどもフェルメールのひと

世代前の武勇伝というオランダ人が書いた取り持ち

女つまり売春なので

あの頭の中の音楽は

間違いなく素の音楽っていうのが

その男女の魔女の家と人が

ですねを表してる

ようにも見える

まず先に建っている女を描いたフェルメールはその後座っている女を描いたのです。

ことごとく対照的に問題は今日の一枚の暗さです。

離れてみるとどうでしょう。

まるで女性だけが発光体のように見えませんか。

ブラインドが下ろされていていい場面を照らしてる額が

なんだかわからないけれども

何か人工の光源によって確かに全体のあのボワットですね、

やわら照らされているのは過去の作品の一つの特徴ですね。

僅かな光が女性のうなじと左袖に長く青いサテン地の上着の火種

何よりその表情は内面から発行しているかのような輝きに満ちています。

フェルメールはこの絵そそがれる光ではなく生まれてくる光を描いたのかもしれません

ひょっとすると

フェルメールはその晩年に立ったまま

よんじゅーふんで死んでますから

自分がこれまで作ってきたからをあえて口やね

新しい世界をまた作っていこうとするその一歩だったかもしれない

光の魔術師ではなく光の科学者とフェルメール

この絵を描いたに年後のこと

1674年連フックは

ついに世界で初めて微生物を発見したのです。

まだ細菌やウイルスの概念すら無い時代にその翌年フェルメールはあっけなく

この世を去りました。

43年という短すぎる将来として

二人の天才の関係に驚きの事実が

 

 

デルフトの公文書管にフェルメールの財産目録が残されて画家の死後

フェルメールの遺産管財人となったのはレーヴェンフックその人だったのです

二人の天才の交流の私だったのか友情の賜物だったのか今となっては定かでは

まだ酒井さんは気になっているようでそこの活気にちゃんとめでとうって

反射はあるんですよ。

部屋に艶やかな質感を感じるメールが残した最後のトリック新しい光。

17世紀のヨーロッパはテストの猛威にさらされました。

そんな時代に万有引力の法則は発見されたのです。

後世の人々はニュートンの創造的休暇と呼びました。

同じ時代にデルフトの天才もまたヨハネフェルメール

若い女性創造的休暇の中で

私だけの光の彼方へ

 

 

 

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「おいしい浮世絵展 ~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~」【アートシーン】

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おいしい浮世絵展 ~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~

食べることを謳歌していた江戸の人々。
浮世絵から豊かな食文化を味わいます。

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歌川国芳が描いた江戸の女性。
前のめりになって作っているのは白玉。
冷たい井戸水に浸した白玉は江戸の夏に欠かせないおやつでした。

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「女性として見ては、お待ちかねの白玉だっていう、そういう気持ちがあって、これだけ嬉しそうな顔してる。そういう江戸の事情を紐解いて絵をもう一度見ていただくと、

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彼女が食べてにっこり笑ってくれる。絵が映画のように動いて見える。それってすごく楽しい。絵の新しい絵の新しい見方じゃないかなと思って、お客様に体験していただきたいなと」

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こちらは日本橋の賑わい。
たくさんの荷物を積んだ船が向かう先は魚河岸。

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一日千両もの大金が動いた江戸の食の原点です
並ぶのはタコやタイなど近海で獲れた新鮮な魚介類。

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旬の魚が行商によって届けられました。

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初夏は初鰹。
皿を手に我先にとおかみさんたちが集まってきます。

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江戸時代は手をかけた料理を庶民も気軽に楽しめるようになりました。
男がさばいているのは鰻です。

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醤油とみりんのタレで焼く蒲焼は江戸時代に考案されたもの。
甘じょっぱいた味は江戸っ子たちを虜にしました。

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大人も子供も大好きだったのは握り寿司。
ねだる子供。

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この時代寿司の大きさは今の2倍以上あったといわれています。
旅が身近になるとご当地料理も描かれました。

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静岡県の山中にあった鞠子宿。

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旅人がかき込んでいるのは自然薯で作るとろろ汁。
冬にかけての名物でした。

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同じく静岡見付宿。

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名物は上等な白いそば粉で打つ引き抜きそば。

旅の浮世絵は、時にグルメガイドの役割も果たしました。

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東京六本木の森アーツセンターギャラリーで9月13日まで。

 

会場:森アーツセンターギャラリー

会期:2020年7月15日~9月13日

macg.roppongihills.com

 

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「長谷川路可 よみがえる若き日の姿」【アートシーン】

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長谷川路可 よみがえる若き日の姿

旧国立競技場のモザイク画で知られる画家、長谷川路可。
若き日に焦点を当てた展覧会です。

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長谷川は1921年
絵画の修行のためフランスへ渡ります。

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ブルターニュの農村を描いた一枚。
パリのサロンでも入選を重ね、評価を得ました。

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さらにフレスコ画モザイク画の技法も学びます。
帰国後はその技を生かし、壁画の先駆者として活躍しました。

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今回の展覧会のために修復した作品も公開されています。

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神奈川県の藤沢市アートスペースで9月27日まで。

 

 

会場:藤沢市アートスペース

会期:2020年7月11日~9月27日

www.city.fujisawa.kanagawa.jp

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「聖地をたずねて ー西国三十三所の信仰と至宝ー」【アートシーン】

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聖地をたずねて ー西国三十三所の信仰と至宝ー

日本最古の巡礼路西国三十三所
その至宝が一堂に会します。

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巡礼路のおこりは1300年前。
奈良の長谷寺を開いた徳道上人が閻魔大王のお告げを受け、人々を救うために定めたとされます。

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滋賀県石山寺に伝わる縁起絵巻。

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境内にある池のほとりで僧侶がお経を読んでいたところ、

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仏法を守護する竜王たちが現れたという場面です。

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京都頂法寺六角堂の秘仏
初めて寺の外で公開されます。

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わずか23センチの像には繊細な細工が施されています。

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滋賀県長命寺に伝わる参詣曼荼羅
寺の僧たちはこの絵を見せながらお布施を募ったり参詣を進めたりしたと言われます。

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東山区京都国立博物館で9月13日まで。

 

会場:京都国立博物館

会期:2020年7月23日~9月13日

saikoku2020.jp

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「アルフォンス・ミュシャ 創作の軌跡」【アートシーン】

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アルフォンス・ミュシャ 創作の軌跡

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夢見るような表情の女性。
草花の曲線で優美に装飾されています。
アールヌーヴォーの巨匠アルフォンス・ミュシャ
創作の軌跡をたどる展覧会です。

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チェコ出身のミュシャは19世紀末のパリで女優、サラベルナールの舞台ポスターを手がけ注目されます。

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エレガントな花やドレスにポップな星を組み合わせたミュシャ独特の表現です。

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50歳を過ぎて祖国チェコに帰り創作を続けます。
少女は独立間もない祖国の象徴。

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強い眼差しが印象的です。

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大阪府の堺アルフォンスミュシャ館で11月8日まで。

 

会場:堺 アルフォンス・ミュシャ

会期:2020年7月11日~11月8日

mucha.sakai-bunshin.com

 

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