チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

「収蔵作品展I 靉嘔」【アートシーン】

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収蔵作品展I 靉嘔

虹のアーティストとして国際的に活躍する現代美術家、靉 嘔の展覧会です。

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初期の代表作《レインボー北斎
北斎春画に輪郭を借り虹色で染め上げた版画です。
靉 嘔は1960年代前半から虹の色彩を駆使した作品を発表。
66年のヴェネチアビエンナーレで世界的な評価を受けます。

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なぜ虹か。
靉 嘔は言います。

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あらゆるものは光を通して認識される。
純粋に視覚的な要素はと考えた時、それは光のスペクトルつまり虹色なのだ。

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以来多様なジャンルの様々なモチーフに虹色を重ねる作品を発表しました。

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160点余りの版画を中心に虹のアーティストの軌跡をたどります。

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東京の三鷹市美術ギャラリーで今月28日まで。

 

 

会場:三鷹市美術ギャラリー

会期:2020年12月5日~2月28日

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「眠り展:アートと生きること ゴヤ、ルーベンスから塩田千春まで」【アートシーン】

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眠り展:アートと生きること ゴヤルーベンスから塩田千春まで

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まどろむ女の子と男の子。
描いたのはバロックを代表する画家ルーベンス
亡くなった兄が残した幼い子供達がモデルだと考えられています。
あどけない寝姿はルーベンスが描く宗教画の天使のイメージにも重なります。

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19世紀フランスで写実主義の運動を率いたクールベ
横たわる女性をありのままに描き理想化された裸婦像の伝統をうち壊しました。
眠りをテーマに古今東西のアーティストの作品を集めたユニークな試みです。

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展覧会を象徴するのはゴヤの《理性の眠りは怪物を生む》
人は眠ると理性から解放される。
不気味なフクロウやコウモリは男の夢か幻か。

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フクロウが持つのは銅版画に使うニードルです。
眠りは想像力を生み、想像力が芸術を生む。
そう暗示しているのでしょうか。

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「芸術家は夢というものを扱って、そういったところから人生あるいは社会というものを読み解こうと言った同期で製作をすることもありますし、また夢の中に新たな芸術の糸口を見つけようと、そういった動きもありましたので、そういう意味においては芸術の中でも眠りというのはとてもを欠くことのできないものだと思います」

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幻想の画家として知られるルドン。
自由奔放な想像力で夢と現実の狭間を漂うような異形の生き物を生み出しました。

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現代の作家たちも様々な視点で眠りを表現しています。
枕には生と死という両極が含まれていると語る小林孝亘

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整えられた真っ白な枕。
それはかつてそこに横たわった誰かを思い起こさせる死の象徴でもあります。

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川口達夫がチェルノブイリ原発事故に触発されて作った作品。

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鉛の板には30種類の種が埋め込まれています。

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床に置かれた管に入っているのは発芽するのに必要な水と空気と土。

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いつかすべてが混じり合い、芽を出す日を待ちわびながら種は眠り続けています。

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台湾のアーティストジャオ・チアエン。
夢に注目した映像作品を制作しました。
カメラが捉えるのは台湾で働く外国人労働者たち。
寝ている間に見た夢について語り始めます。

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語られる夢は異国で暮らす彼らの厳しい現実を鮮やかに浮かび上がらせます。

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千代田区東京国立近代美術館で今月23日まで。

 

会場:東京国立近代美術館

会期:2020年11月25日~2月23日

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新美の巨人たち 銀座レトロのビルを巡る!『奥野ビル』

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美術の窓 2021年 1月号

美術の窓 2021年 1月号

  • 発売日: 2020/12/19
  • メディア: 雑誌
 

美の巨人たち 銀座レトロのビルを巡る!『奥野ビル

放送:2021年2月6日

 

日本を代表する繁華街にして、日々進化し発展し変貌を遂げる銀座。街が劇的に変わったのは昭和に入ってから5~6年の間のこと。関東大震災からの復興が始まりでした。その当時の趣を令和の時代に色濃く残す建物が、今も現役で使われています。
銀座レトロを代表するビルのひとつが、銀座一丁目にある、昭和7年竣工『奥野ビル』。年季の入った手動式のエレベーター、味わい深い廊下、重厚な階段、手すりに滲んだ暮らしのなごり…まるでタイムスリップしたかのような、レトロでモダンな佇まいに圧倒される築89年の『奥野ビル』は、もともと集合住宅でした。かつてここを住居・仕事場としていたのは、日本人女性歌手第一号・佐藤千夜子、詩人・西條八十、小説家・菊池寛、映画監督・溝口健二、女優・田中絹代といったそうそうたる顔ぶれ。当時“銀座アパートメント”と呼ばれたこのビルは時代の先端であり、文化・芸術の発信地となったのです。設計者は川元良一。九段会館、旧丸ビル、そして表参道の青山同潤会アパートなどで知られる伝説の建築家です。『奥野ビル』はいかにして誕生したのか?川元はビルにどんな思いを込めたのか?さらに“伝説の部屋306号室”とは…?
今回は二級建築士でもある女優・田中道子さんと、銀座レトロのビルを巡ります。『奥野ビル』のほか、銀座六丁目にある昭和4年竣工の『交詢ビル』、銀座二丁目にある昭和5年竣工の『ヨネイビル』、昭和11年創業の喫茶店トリコロール本店』、さらに銀座の片隅にある昭和4年に架橋された三叉の橋『三吉橋』など訪ね、かつての姿に思いを馳せながら、今の銀座に残るレトロな美の魅力に迫ります。

 

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新美の巨人たち 石岡瑛子×冨永愛…世界に挑み続けた戦いの記録

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アートディレクター、ビジュアルデザイナーとして、世界を舞台に新しい時代を切り開いた石岡瑛子洗顔石鹸「ホネケーキ」の雑誌広告、資生堂サマーキャンペーンのポスター、「パルコ」の広告ポスター…この3つの代表作に石岡の原点がありました。それは一体?今回は同じく世界で活躍する冨永愛さんが石岡瑛子の原点を巡る旅へ!さらにポスターのモデルを務め、絶大なインパクトを与えた前田美波里さんに当時のお話を伺います。

 

 

 

美の巨人たち 石岡瑛子×冨永愛…世界に挑み続けた戦いの記録

放送:2021年1月30日

 

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「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」【アートシーン】

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石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか

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金色の印象が鮮烈な金閣寺
三島由紀夫の生涯とその作品を重ねて描いたハリウッド映画のセットです。
展覧会に合わせ再現しました。

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金閣寺が大胆に割るセットは主人公の複雑な心理を暗示させると話題になりました。

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手がけたのはアートディレクター石岡瑛子
世界を舞台に活躍した石岡瑛子の回顧展です。

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「石岡さんは生涯エンターテイメントとか、クライアントワークの中で仕事をされた方で監督であったり俳優であったり、あるいはカメラマンですとか色んな方たち、職人さんとかみんなとコラボレーションしているという、ですので常に見たことがないものを作るっていうのが本人の中の指針だったのかなと思います」

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石岡のキャリアの始まりは企業広告のデザイン。

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奇抜な衣装と短いキャッチコピーで人々に衝撃を与えました。

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西洋は東洋を着こなせるか
それは民族の違いを超えて現れる美しさについて問いかけたものでした。
1980年石岡は突如拠点をニューヨークへ移します。
それまでの業績を一冊の本にまとめ、日米で出版。

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仕事の声がかかるか。一世一代の賭けに出ました。
声を掛けてきたのはジャズ界の巨匠マイルス・ディビス。

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レコード会社移籍第一弾となる重要なアルバムのデザインを石岡に依頼したのです。
石岡は顔に焦点を当てる独創的なアイディアでその魅力を引き出しました。

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やがてハリウッド映画の大作ドラキュラの衣装デザインを担当することになります。

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黒いマントでおなじみのドラキュラの衣装に石岡は赤いローブを提案。
固定観念を覆した斬新な発想の評価され、アカデミー賞で衣装デザイン賞を受賞しました。

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展覧会の最後に展示されているのは、石岡が18歳の時に作った絵本。

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タイトルにあるエコとは石岡瑛子本人です。

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生まれてから美術大学へ入学するまでの自らの半生を絵にした石岡。
最後のページに当時の夢をこう記しています。

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できることなら外国を旅して色々な国の食べ物を食べてみたいです。
とても楽しい体験になるはずだから。私の望みが実現しますように。
神様お願い。

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江東区東京都現代美術館で来月14日までの予定です。

 

 

会場:東京都現代美術館

会期:2020年11月14日~2月14日

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「高野山 千年の襖(ふすま)絵 空海の世界に挑む」

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1200年ほど前に僧侶・空海が開いた高野山金剛峯寺

真言密教の総本山だ。その寺の白ぶすまに、千住博氏が史上初めて筆を入れた。

足掛け6年に及んだニューヨークでの創作風景に密着。

日本での和紙職人や表具師の匠の技にもカメラが迫った。

製作の最終盤、世界は新型コロナウイルスに襲われた。

しかし千住は作品に新たな役目が加わったのだととらえた。

千年先の人々に、時代の記録としてこの絵を残さねばならないという使命だ。

 

放送 2021年1月23日

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1200年の歴史を持つ天空の聖地。

高野山金剛峯寺

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弘法大師空海が開いたこの寺で、次の千年を見据えた大事業が行われることになりました。

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長い歴史の中でなぜか空白のまま残されてきた中心部の襖や床の間。

44面に初めて絵を描くことになったのです。

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その大役に挑むのは日本画家の千住博さん。

襖との格闘は6年に及びました。

「うまくいかない。形が決まらない」

千住さんが追い求めるのは世の中の森羅万象を貫く真理を知ることで人を救うことができると説いた空海の世界。

空海の本当の頭の中にあったのは何だろう。空海の頭の中を覗き込みたい」

制作が最終盤を迎えた2020年。

世界は新型コロナウイルスに襲われました。

先の見えない不安の中で祈りを捧げる人々。

その最中に襖絵は完成し奉納されました。

高野山金剛峯寺というのは解決できない悩みを抱えていたり、助けが必要な人たちを看に行くお寺なんだと。そういう人たちの側に寄り添うことができる」

寺に襖絵を納めたその日。

一般人禁制の部屋に初めて立ち入った千手さん。そこで目にしたのは

「驚きました。ありがとうございます」

高野山千年の襖絵。

創作の全ての記録です。

 

 

 

高野山では千年以上もの間、毎朝絶えることなく受け継がれているお勤めがあります。

この奥にある廟の中で、今も人々のため祈りを続ける空海に朝食を運び届けるのです。

高野山の開祖。弘法大師空海

真言密教の教えを説き、その修行と祈りの場として金剛峯寺を開きました。

宇宙の全ての命の象徴が大日如来

神羅万象には仏の命が宿る。

その真理を体得しこの世で悟りを開き、人のためにつくす。

高野山にはこの空海の教えを求める人々が集います。

長い年月、寺が守ってきたものは人々の信仰だけではありません。

寺のいわば心臓部にあたる大主殿。

そこには数百年前の名だたる絵師たちが書いた色鮮やかな襖絵が並びます。

こうした芸術作品も人々の祈りや尊崇の対象であり続けてきました。

長い歴史の中で火災や天災に遭った時も、僧侶たちが守り抜いてきたのです。

「どうして残り得たかっていますと、信仰の対象であったからです。時代の最高の芸術を千年の後に伝えるということは我々に課せられた任務である」

ところが大主殿の二つの部屋の襖は何故か白いまま残されてきました。

開山1200年の節目にそこに初めて絵を描く。

その大役を任された人は遥か遠くニューヨークにいました。

キャリア40年の日本画家・千住博さんです。

作品はアメリカ各地の美術館にも展示され、画壇で高い評価を得ています。

千住さんがテーマとしてきたのは自然の中の調和と営み。

その世界観が空海の教えに通じると寺から白羽の矢が立ったのです。

例えば滝。

千住さんが行く度となく描いてきたモチーフです。

「水の流れる音が響き渡るようです。抽象的でありながら自然の力がよく表現されています」

2015年。高野山は開山1200年を迎えました。

千住さんは襖絵を描く部屋を訪ねました。

「どういう絵がここに必要だと言う、空海の声を聴く。その聴く耳をちゃんと持っことができた時にこの部屋がスタートすると思ういます」

大主殿にあるこの二つの部屋は

重要な儀式の場でもあり

ます向かって右側が茶の間茶を楽しむだけでなく

送料を志すものが髪を剃り

属性を捨てる決意をする場所。

左は囲炉裏のましゃかが亡くなった日に火をたき

一番をかけて人々が祈りを捧げる部屋です。

二つの部屋のふすまには寺の紋章だけが薄く刻印なぜから白いまま残されて

きました襖と床の間合わせて

44面の空白に千手さんは初めて筆を入れることになったのです。

僕はあの行ってみると心臓部なんですよね多分何人もの形がこの空間挫折してるんだと思うんですよねやっぱそれじゃないと今日に至るまで全くの白星

まあ待ってるって言うのは

ありかけなかったんだったと思うんですね。高野山という重みもありますし

く快斗にもう本当に大きな存在もありますから覚悟してます

スマイルことはそう簡単にはいかないがございますって

朝7時。千住さんは行ってきます

発電所を改造したニューヨークのアトリエが襖絵に取り組む舞台です

高野山から託されたふたつの部屋。

空海の世界にふさわしいモチーフとは何なのか。

千住さんは1年以上をかけて日本各地を旅して回りました。

最初に描く音考えたのは高野山の森高野山

空海自身が寺を開くために選んだ場所だからですしかし

これならばあの襖で見なくたって

高野山の勝手にあるじゃないかと

そんなの書いたってしょうがないじゃないかと

次に海を描こうと考えました

空海は海辺で悟りを得たからです

かなりごめんね

さあスターズを作って左海が入って

猫の洞窟がともこに

風景が広がってることだった

んですがこの模型をもとに

白い紙を並べてお出かけ始めたら

会の方がそれは違うだろうと

それじゃないだろうと言ってきた

空海は悟った後の風景なんて

ひっくり返っても書けないってことに

途中で気づいたですね

だったらば空海がじゅー代の時に

まだ何にもわからないもう

必死になってるいろんな体験をしながら

一つずつさとり始めた

そこなら私もかけるかもしれないそう思った

そして最後にたどり着いたモチーフが

若き空海の前に立ちはだかっただけでした

西暦ななひゃくななじゅーよん年

四国のさぬきの国

今の香川県で生まれた空海

幼い頃から神童の誉れ

高い少年で十八歳で

京都の管理要請の道へ進むも

立身出世に見切りをつけます

学校ではなく

一人山深くをさまよう道を選びました

空海は何を求めて荒ぶる

自然の中に飛び込んだのか

世界というものは

もっと大きな広がりと

宇宙的な真実というものを持ってるはずだ

だからまず

自分の世間の枠を捨てて

この世界そのものの恐ろしさっていうか

深淵さんに見えるために

山の中に入って修行して行こう

空海はこの世を形作る神羅万象を感じ取ろうと

険しい崖を一人登って行きましたが

気の制作が始まります

日本から特注のわしが届きました

長い年月を

持ちこたえる強さに加え

せんじゅーさん薄さを求めました

竹を描くのに

独特の方法を取ることにしたからです

破れる寸前まで髪を揉む

そこに現れた子は

で切り立った岩山を表現するのです

結構や髪が厚すぎて

思い通りの岩肌が現れません

大きく硬い髪を揉むのは体には

大変な負担です

それでも納得がいくまで何枚も紙を試します

アイスの味が甘くてね

紙の厚みマークてん

グランデもビシッとシャープなのでないん日から

崖の厳しさじゃなくてのんきなえんなっちゃう

そう表現したいのは

若き空海が向き合った大自然のは荒々しさ

まっすぐないっ

て言っちゃいけないけど

尽くしてくれって言ってんのに

釣りの千住さんの求めにひゃくごじゅー

年の歴史を誇る精子

縄文頭を悩ませていました

和紙の材料は

朝と皇族妻として

長い年月に耐えられる強さと千住さんの求めるも見やすい

絶妙な薄さ果たして夏を満たす答えはあるのか

あの先生がオッケー出るまでちょっと支度してみます

やはりあの1500年。

もっともっとあのそうですね。最後まで残せるような紙を

あの作っていくようにこちらもあのーがんばってやっていきます

独立記念日の興奮に沸いていたニューヨークの街。

崖と向き合い始めて半年が経っていました。

日本からまた新たなお菓子が届きました。

絵の具をなな今度こそ思い通りの岩肌が現れるか確かめます

石の表情切れないんだけどようやく求める神に出会えました

ジョジョいただきまーす疲れました

次は来てません

空海の声なき声に耳を澄ませながら

かけとの格闘を

続けます街が花屋に賑やかだった

ニューヨークのクリスマス

高野山から託されたもう一つの部屋

囲炉裏の馬に取り掛かります

崖の隣には何を描けばいいのか

告白曲かなんですね

ということは

もう全世界から悩みを抱えた人が

なんかそんな意味の解決の糸口

またその糸口のヒント

そういうことを何かべたい

と思ってくる人たちが

まずだけの部屋から入るわけです

でその崖の襖を開けると

豚と流れてるんでそういう構造なんです

選んだのは

千手さんを代表するモチーフ

滝全ての命を潤す水の流れです。

地球って何かって言うと重力が水があって適度な温度があるんですよね

これは何かって豊崎なんじゃないかと思ったんです。

あなるほど滝というのは地球のことなんだなと

人間が地球に生まれて地球って一体何なんだろうということを掴もうとしたときの一つのなんかと問いかけにもなるんじゃないかなって

そういう意味で考えても何か空海とも繋がるのかな

滝の下地には黒分譲を選びました。

藍銅鉱という鉱物から作った完了です。

千年経っても色があせることはありません。

千手千滝の画き方は独特です。

まずキャンバスに水をたっぷりと塗ります。

そこに上から絵の具を流し込む絵の具は自然の中の滝と同じように下へと流れ落ちます。

絵の具などを流れる川。

地球の重力の成せる技。

考えた通りに流れるなどということは一回もないですよ。

上から下に水流したと思うように流れないのは当たり前じゃないかと自然だからだと。つまり自分が自然な場に身を置いてるんだ。その手に負えない

自然と対峙してくっていう経験が

それこそがお内裏様の思考

プロセスができるんじゃないかと

創作の大きな山場ろくMの巨大な敵に挑みます

いろりのまの床の間の部分に入ります

そこは今回自身が描いたと伝えられる

掛け軸がある特別な空間ですなんか

つまらない納得ができない

描いた滝を水で消して書き直し

何回やってもうまくいかないね

これさん回消しました

これで次がよん回目ですね

いい子達が出るまでずっとやって

毎回それなりに工夫をするんですけど

うまくいかないですね

向かい見越してください貝殻を砕いて吐くご

ふんを解くこさを変えながら何度も試します

しないということで

他人はごまかせても

自分はごまかせないですよね

もっともわかってないな空気だと思って

神羅万象の声を聞くことができたという

空海京都を捨てた青年空海

大自然の中に

世界の真の姿を探し続けています

行き着いたのは四国の南の果て

室戸荒波に向かって

真言を唱え続けていました

修行を重ねること幾年月

空海はある境地に達しました

その時のことをこう記しています

歯に響くをします

明星来エース神羅万象には

命が宿っていることを感じた

若き空海でもノートに操る慎吾こと

になりに調べて損をしてくる

この前宇宙的な生命とので開いてますか

この宇宙に遍満する仏様が

様々な音を発しておりますね

ですからその後

まず全体見せた石の中に怒ってる

待っとれば色んな様々ですね

家が崩壊する過程のに発送となりますか

水の中で酸素が弾け

ございます貸すね

それは飲みに行くような音が組めて

家の全体の今

家の中で躍動してるんだいう考え

ニューヨークでがけの仕上げに取り掛かった

むき出しだった岩肌に記入を書き入れて行きます

ひたすら険しさを追い求めた崖が

少しずつ表情を変え始めていました

今回に関しては

背が今日をかけて行ってきたんです

どうしようがないんですよ

苦難の象徴として描いてきた崖千住さんは自らの意思を超えて

絵が変化しつつあると感じていました。

滝上も仕上げの段階を迎えていました。

水の飛沫は胡粉を磨いた絵の具をエアスプレーで吹き付け、表面します。

空海の掛け軸がある大事なところまに治る水と水の流れの間に

千住さんは最後までこだわり続けました。

「はい終わりですはい皆さんお疲れ様でした」

千手千朝鮮に一区切りがつきましたが

兄の完成です。

わしの無数の子はないらしいが

けどな立ち現れていますそして地球

の重力に導かれて完成させたたき

この滝を描いている間

千手さんの頭には

ずっとある思いが巡っていました

物理的にこうなっているところの運トーク

要するに来るって言うから

滝が流れていて先の奥ですから

一番奥に撒く会がいるというふうに

なんかすごく思い込ん

だって思い込んでると言うか

そんな気がしたんです

僕自身の空間に対するあの何でしょうかね

正直したとしても

絶対に命かけて書いたんですけどね

これでダメならろく回書いてみると

ニューヨークで書き上げた44枚の絵は麩として

新たな命を吹き込むため日本へと送られます

千手山の絵が持ち込まれたのは裏千家や多くの寺社を手がける京都でも指折りの老舗表の件です

まずは高野山から持ち込まれた襖の表面を話します

出てきたのは数百年の間に行く度となく張り替えられた表面に神ですもんね

ひゃく年前の表面には寺の紋章だけが押されやはり何も絵は書かれていませんでした

まずは下張りです。

何枚もの和紙を重ね、湿気や光音を吸収する丈夫な土台を作ります

下張りの仕上げに使うのは大福帳。

江戸時代に使われていた金銭のやりとりを記録した帳簿です

丈夫な紙が使われ乾燥しきっているためこれ以上伸縮しません

表面の柄を安定した状態で保ってくれます。

いよいよ天寿さんの家を車に貼り付けて行きます

心臓止まりそう

春市がわずかでもずれてしまえば

隣の襖と合わなくなってしまい

今こっちでよん部よん部さん部

全神経を集中させ丁寧に貼り付けます中島

さんはいち年前すい臓に腫瘍が見つかり

手術を受けました

コノクス前の仕事を引き受けたことが

命をつないだと考えています

先生から声かけていただいた時には

一層頑張ってですね

やろうという気持ちと

どうなるやろな

という気持ちが半分半分で

ここまで来たんですけども道

半ばですけども

ここまで来られたことをやっぱりそういうの

お仕事あっての

私がいてるんやなーっていうのは

つくづく感じる次第です

千手山の絵が襖に治りました

せん年先の職人さんがいいなと思ってくれ

春香はこんなことしてるのかって言われるかも

やっぱりその時代が

答えを出してくれると思うんですけど

もせん年先に開けて頂いて

いい仕事がしてるなって言われるために

今頑張ってやってきたつもりではいて

襖絵が高野山に報道をされる予定の2020年

新型コロナウイルスが世界を襲い

人々の日常は一変しました

では疫病退散と世の中

の平穏を祈る護摩祈祷が行われました

世界中が先行きの見えない不安に包まれる中

高野山には祈る人々の姿がありました

千手千クラスニューヨーク

深刻な感染拡大に見舞われました。

千手さんは襖絵がこの非常事態の中で高野山に奉納されることの意味一人考えていました

2月から日本に帰ってないですから。かれこれもそうですね、半年以上ずっとあのアトリエで絵を書いてるんです。

歴史を考えてみますと例えばもう本当に人類史上最悪の一つと言われる疫病の流行った後に起きたのがルネッサンスですし

集まり芸術というのはこういう時のために存在してるのかな

人間がある意味で言うととっても厳しい状況に追いやられた時にですね

なんてでしょうかね芸術を何かというもののその正体っていうかですねその意味が忽然と姿を現すと言うかですね私はそんな感じで日々を過ごしてました

千住さん

ニューヨークから8ヶ月ぶりに帰国しました

いよいよ高野山に襖絵が入る日ですね。

の方が私に会いたがって同じ頃

大衆前には完成した襖絵が到着していました

最後の一枚がお世話ありがとうございます

言葉もないぐらい

ここは嫌だ癒されますわ構想からろく年後

住まいはどのような姿となって大終電の

ふたつの部屋に収まったのか

言葉がないですね見かけないですよ

吉野ヶ里はこれでおしまい

苦難の象徴として描いたがけ

さらにが良くなっています

私があげたときはこれだよ

これ以上かけないと思って仕上げましたけど

それとも戦うか

気になったとしか思えない自然の力

に委ね水の流れを表現した滝

一枚の襖を挟んで数百年の時が出会いました。

何かあるのどこでもドアに空間を完全にマークする

空海と対話を重ね空海に導かれるかのように完成した襖絵。

じゃあそれでは先生方思いもよらぬ出会いが待っていました。

普段送料以外は立ち入りが許されない近世の前と案内された千手さん。

正面に手を出したのがいらっしゃいます待ち受けていたのは空海

その人非公開の空海像がそこに鎮座していたのです。

「驚きました本当ですね」

驚くことに千住さんが空海

この奥に入ると

最後まで手を入れ続けた滝のその前の奥に私もいらっしゃるに違いないと思ったことが物理的にいらっしゃった

これはねもう本当にはなってあげたら

西さんは良さそうなんだ

そんなことを気づかなかったのか

シンジュサンは部屋に治った襖絵を見て

初めて気づいたことがあるといいます

ここに来て滝を見て

一番驚いたことは何かって言うと

この滝がとても暖かくて慈しみに満ちている

携帯を変えたのか

もっと何か冷たい時が飛んでも

私の書いたの中で一番暖かい先だ

若き空海の苦悩を表現したい

と考えていただけ

この絵もまた襖の中でが

彼の思惑を超えた輝きを放って

いますだけでなく

最近日本酒が全部命と言うこれは想像がつかなかったですね

そのあの頃全てが命だという

あの花の空間に絵があのされて頂いて

改めて私が何をやろうとしていたとも

私が知ったということだね

お代様はこういう作品を私に任せようとされておられたんだなということが今わかった

世界を形作る神羅万象には命があり

そこには必ず幅員が上手を離れ空海の魂の一部となった高野山の襖絵。

これから千年の時を静かに見守り続けます。

 



 

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日曜美術館「雄々しき日本画~横山操、伝統への挑戦~」

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1950年代、風雲児のように現れた画家、横山操(1920~1973)

横山の絵が世間を驚かせたのは、およそ日本画らしからぬ画題だった。

溶鉱炉』は製鉄所の工場が描かれ、『塔』には、事で焼け落ちた谷中の五重塔の黒焦げた骨組みが描かれた。

作品の根底には、20代の10年間を従軍とシベリア抑留で奪われた悲惨な体験が横たわる。

番組では、生誕100年を機に日本画の伝統に挑戦し続けた画家、横山操の絵と人生を描く。

 

【出演】【日本画家】平松礼二,【日本画家】中野嘉之,【美術評論家】横山秀樹,【語り】柴田祐規子

 

 

美術の窓 2021年 1月号

美術の窓 2021年 1月号

  • 発売日: 2020/12/19
  • メディア: 雑誌
 

 

日曜美術館「雄々しき日本画~横山操、伝統への挑戦~」

放送日

2021年1月24日

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画面いっぱいに大噴火を起こす桜島

これまでの日本画のイメージを打ち壊す絵です。

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描いたのは日本画家の横山操です。

日本画とは生きている現実を表現することだと横山は考えました。

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黒焦げになった骨組みを残す五重塔

横山は五重塔炎上のニュースを聞いて現場に駆けつけました。

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「灼け落ちて真っ暗なぬけがらをね、それを作品に仕上げるって事は見たことも聞いたこともなかったですから。静かなる世界を壊してくようなそういうものすごく革新的なものを感じましたね」

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社会的な課題で旋風を巻き起こす一方で、横山は日本画の伝統にも挑戦しました。

一つは富士山です。

赤富士は人気を呼び、横山を流行作家に押し上げました。

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もう一つの伝統への挑戦は水墨画でした。

白と黒とがせめぎ合い、まるで抽象画のような風景です。

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「墨の色は深いんだ。何百色もあるんだということを、先生いつもおっしゃってるけども、悠久の空間っていうのかな。空間の捉え方が斬新だったと思いました。誰も考えなかった」

大画面に大胆な筆遣い。

雄々しき日本画とも言われる横山の絵。

日本画の伝統に挑戦し続けた横山操の作品に迫ります。

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やれないのではない。やらないからだ。

自らを奮い立たせる言葉を画室に貼っていた横山操。

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昭和30年。

この時35歳だった横山は、真正面から日本の現実を描くというかつてない日本画に挑んでいました。

敗戦から10年。

日本は戦後復興を終え、高度経済成長に差し掛かっていました。

それを牽引したのが鉄鋼業です。

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横山はその工場を日本画で描いたのです。

横幅が11メートル近い巨大画面いっぱいに、製鉄所の内部が捉えられています。

太い鉄柱に上をワイヤーが渡り、クレーンが動いています。

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もうもうたる水蒸気が室内に充満し、その間に溶け出した赤い鉄の流れが垣間見えます。

まるで工場の中にいるかのような臨場感です。

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「僕は、僕の画面に今の日本をぶつけようと思っている。そこにはこんな構図にしようとか、こんな絵の具を使おうと考えることよりも、下手でも、まずくとも、自分ではそんな表現しかできないんだ。というところをとことんまで表そうと勤めている」

食料増産のために漁業の振興に躍起となっていた日本。

沿岸から沖合い。さらに遠洋へとを漁場を求めて行きました。

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茶色い漁船の網がいくつも吊るされ、横幅9メートルの画面全体を覆っています。

黒いロープが斜めに走り、網越しに漁港の建物がシルエットで浮かんでいます。

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人の姿は見当たりませんが、入り組んだ巨大な網を通して、漁師たちの働く姿が浮かんでくるようです。

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昭和31年。桜島に写生旅行に出かけた横山は噴火を目撃しました。

その3ヶ月後に仕上げられた横幅4.5メートルの絵。

黒い山肌。

こぶのようにゴツゴツと突き出た岩山。

その中央から火山灰が激しく吹き上がっています。

噴火を目の当たりにした時の戦慄を、叩きつけているかのような荒々しい筆さばきです。

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日本美術に影響を受けた画家・モネに触発され、新たな日本画を制作し続けている平松礼二さん。

高校生の時、横山操の絵を見て激しい衝撃を受けて以来、今日まで横山を生涯の師と仰いできました。

「この延々桜島には本当にね、自分もう言葉にならないくらいな衝撃を受けましたね。とにかく地底から沸き起こるようなエネルギーですとか高温ですとか、雷鳴ですとか、いろんなものが一度に画面からウワーっと僕らの方に降りかかってくるような感じがありましたね。そうだまさに革新ってこういう絵画のこと言うんだって、当時は思いでした。やっぱり戦後間もなくでしたから。本当に自分達も立ち上がってくんだって言う。若い者がいるそしてこういう革新的な仕事していきたいなっていうね、それこそ体の底からですね描かなきゃっていう使命感みたいなものが大きかったんじゃないでしょうかね」

 

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バケツや鍋などが雑然と置かれた画室。

巨大な画面で日本の現実の姿を捉えるという破天荒な日本画はどのようにして生まれたのでしょうか。

その原点には横山の戦争体験がありました。

新潟県に生まれた横山は14歳の時、画家を目指して上京します。

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それは昭和9年

既に戦争の足音が近づいていました。

ポスター描きの手伝いなどをしながら画学校に通い、絵の勉強に打ち込みます。

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しかし展覧会に絵が入選するようになった頃、召集令状が舞い込みます。

寄せ描きの書かれた日の丸と共に出征する横山。

この時、ちょうど二十歳でした。

兵士となった横山が赴いたのは中国戦線でした。

それ以後。敗戦まで5年間に渡り、中国大陸を転戦します。

従軍中の様子が伺える資料が残っています。

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長年横山の研究を続けてきた横山秀樹さんです。

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「中国に従軍していた時に故郷に送ったら軍事郵便の6通のハガキです。操が十分していた時も絵を描いていたということが分かる資料になります」

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「今日はスケッチをしました。戦場の絶対の中にも、ふんわりと美しい優しいものがあります」

「操の支えだったんじゃないんでしょうかね。絵を描くっていうことが、やっぱりその戦争に行ってそこん中戦ってそれ生きていくっていう中でも、やはり一つの自分の生きてることの証というような、そういうものが操の中にあったんかもしれませんですね」

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横山の戦争は敗戦になっても終わりませんでした。

シベリアに抑留されたのです。

連れて行かれたのは現在のカザフスタン共和国にある捕虜収容所。

そこで四年半もの間、石炭の採掘という重労働を強いられました。

昭和25年。

日本に帰ってきた時、横山は三十歳になっていました。

戦争と抑留によって青春を翻弄された横山。

この頃、絵にかける熱い思いをこう記しました。

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「虐げられし生活に満たされし喜びを求めて、すべては燃ゆる熱情と闘魂が芸術へ進ませ生活を斗わす。熱情と憤激。これが俺の人生だ」

熱情と憤激を持って横山が描いたのは日本の現実の姿でした。

かつて東京の谷中霊園には五重塔があり、東京名所の一つとなっていました。

昭和32年

この五重塔は放火によって全焼します。

横山はニュースを聞いて、まだ余燼が燻る現場に駆けつけて、その姿をスケッチしたと言います。

黒焦げになって無残な姿をさらす五重塔

豪放な筆使いで描かれた黒々としてたくましい塔の骨組みは、圧倒的な存在感をもって迫ってきます。

「骨があるじゃないか。この骨が元なんだけって、色を制限して焼けた黒い炭のようなものだけでぐいぐいぐいぐいと骨格を描いていく。そこまで迫った作品はそれまで見たことなかったものですから。この作品が生まれる前にシベリアで抑留されて、過酷な経験をされているわけですよね。それで生きるか死ぬかって限界ギリギリですね。シベリアで死ぬというと骨と皮とかになってということですから、やっぱりどう着飾っていても、どう装っていても自分たちの一番やっぱり根っこのところは生きるか死ぬかなんだよっていうねなんか生死感みたいなところが現れて、骨と皮しか残らない事がでも本当はここにあるんだってところがね」

独創的な水墨画の作品で知られる日本画家の中野嘉之さん。

学生時代大学の教壇に立っていた横山操からじかに絵を教わりました。

中野さんが衝撃を受けた作品の一つが塔でした。

「臭いまで感じますね。後は熱気とね。焼け焦げた後の虚しい臭いというのかな。そういうものが特に僕はね、線の表現。墨の表現の中の後ろにあるブルーとか赤とか下地にちょっと残っているね、黒を塗る前の、こう計算された余韻を感じさせるための下塗り方。それがやっぱりその音と匂いを感じさせる要因でもあると。それがやっぱり横山操の腕の妙技だと思いますね。それはものを見た瞬間瞬間の、スケッチした時と同じような動きを心の中でしてる。普通に見て描こうっていうその行動がね、多分なかなかしないと思うんだよね。だから常に何かこう自分の欲求ってのがあって、そのチャンスってのを流さないですぐ行動するんですかね。いつもいつも頭の中には絵を描く。ものをつかむ。感じるって言うことをいつも心の中に宿ってたんだろうなと思いますね」

 

昭和37年。

北海道の十勝岳が噴火しました。

たまたま絵の制作のため北海道に渡っていた横山は現地に駆けつけました。

目に焼き付けた噴火の様子を、横山は横幅6メートルを超える大画面に描きだしました。

「どす黒いキノコ雲が空一面突き上げられる。大自然の空間に怒りの山、十勝が彫り切り刻んだ見事な噴煙像だ。鳴動する大地。稲妻が不気味に光っている。何の怒りをぶちまけるか十勝」

「確か十勝は噴火しましたからね。現象面だけじゃなくて現象の上に自分は中の方から吹き上げる煙はね、自分のを取り巻くやっぱり人間社会に対する怒りであったり、反論であったり反骨であったりしたようにも見ましたね。やっぱり根源の中に自分が本当に苦しい体験をして帰ってきた中には、のうのうとその恵まれたところで絵をを描いてきた人いるじゃないか。あんちくしょうですよね。ついやっぱり絵が吉川先生の場合は叫びになってしまう。唸りになってしまう怒りになってしまう」

従来の日本画のイメージを打ち破り、画壇の風雲児のようになった横山。

40歳を超えると新たな課題に挑みます。

昭和36年

横山はアメリカに取材旅行に出かけました。

その様子を撮影した8ミリフィルムが残っています。

横山は東海岸から西海岸まで40日かけて旅しました。

とりわけ気に入ったのが荒涼とした岩肌が続くグランドキャニオンでした。

「人間が一度も荒らしたことのない地球のシワが。太古のままでここにある。創世記の原始を思わす巨大さであり、しかも自然の作りました、無限の構成美だ。自然の姿が自然のままに残された美しさ。僕はアメリカへ来て、見た」

 

大自然と対極にある現代文明が作り出した風景も横山は描きました。

ニューヨークの高層ビルです。

一見抽象画のように見えますが、両側に立つの高層ビルです。

ビルとビルとのわずかな隙間から真っ青な空が覗いています。

平松礼二さんは30年近く前、ニューヨークに行き、横山操と同じ場所に立ち、同じ風景を描きました。

「気負って僕だってやってみせるって言う気持ちで、追体験でニューヨーク行ったんですけど、出来上がってみた作品の洒落っ気が全然僕じゃない。横山先生はどこかキラッと効かせる洒落っ気。ようするにデザイン力あるわけですよ。ウォール街の頭の方にフット教会の赤い屋根がね、すっと赤い線を入れること。ふっと効かせるとこ。画面中で作ると言う。これはその時にこれだけ紺碧な青だったかどうかわかりませんが、ひょっとしたら心の中の色じゃないかなと思います。この画面で群青。群青と赤を対的に使いたいと。でも無機質な街はね、でもみんな生きてるよってことで暖かみを出せるような作為があったようにも思えますね」

 

 

四十歳を過ぎた横山は他にも新たな画題を手掛けます。

富士山です。

古来描かれてきた課題に挑む気持ちを横山はこう語っています。

「今まで誰も描いたことのないようなすごい富士を描こうと思う」

赤みを帯びた富士山。

その山容を切り裂くように稲妻の光が走ります。

あるいは太く。あるいは鋭く。

縦横無尽に走る金色の光。

雷鳴が激しく轟いています。

このあと横山は様々に変容する富士を描きつづけ、一躍流行作家に躍り出ます。

中でも横山が好み、世間の人気も高かったのが赤富士でした。

 

 

「私は富士が神秘のベールに包まれている時より、人間の現実的なドラマを思わせる一瞬が好きだ。私はふとこんな風景に亡くなったおふくろのあかぎれの手を思い出すのである。山腹から山頂へ赤く染めて輝く富嶽自身のドラマには、人間生活の営みに似た一瞬がある」

赤く染まった富士山から母親を思い出した横山。

ふるさと新潟の思い出は夕景と結びついています。

横山の生い立ちは暗い影を帯びています。

実は生後すぐに養子に出されたのです。

少年のとき横山が目に焼き付けた光景が故郷の弥彦山に沈む夕焼けでした。

戦争中の手紙の中でもその光景を懐かしく偲んでいます。

「小学校5年か6年頃だったろうか。私は何とも言えない寂しさから弥彦の山の端に太陽が赤く輝き、やがては小さな灯火がつくまで次々と思い出されて懐かしく」

後に、その印象を故郷というタイトルで絵にしています。

蛇行する川の白い流れ。

野原の向こうは真っ赤な夕焼けです。

「越後では秋から冬にかけてどんより鉛色の空が低く垂れ下がる日が続くので、時たま空一面朱色に彩られた夕焼けの印象は一段と鮮明に童心に刻み込まれた。子どもの目に映った夕焼けはいつも無条件に美しかった。年をとるにつれ、その後はだんだん複雑になった。ある時は雄渾に。ある時は悲壮に。またある時は哀愁をおびて、夕焼けはその時々で千変万化した」

「操が本当にふるさとっていうことで描くときには、寂寥感とか寂しさとかそういうの全体の画面に漂ってくるというのが出てくるですね。実の母もいない。お父さんもいないわけですよ。養子先だけがあるんだけど、そこので最初育ててくれたお母さんもいないです。心の中で支えになってるのは故郷だったと思いますね。故郷の風景。その中に自分の居場所っていうものを見出したって言うなところがあるかもしれない」

横山はふるさとの風景を白と黒の世界として数多く描いていきます。

横幅5メートル近い大画面。

目を凝らすと山間に雪が降りしきる様子だとわかってきます。

こちらは横幅6メートルの画面一杯に新潟平野独特の雪景色が広がります。

稲をかけるための歯さぎとして使われる木々が繊細な筆さばきで描き込まれています。

「寂寥感じゃないのかな。大自然の中にある風景ですけども、微塵もやっぱりその明るさが見えない。葉が落ちてしまえば裸になってくる、歯さぎが人間臭い感じに見えるんですよ。だから真っ白のとこに黒い木肌が、人間の骨が刺さってるようなそういうね寂しさがありますから」

 

 

横山は本格的に水墨画に打ち込みます。

フィルムに残る横山の姿。

この中で水墨画への思いをこう語ります。

「僕自身が生きてきた証みたいなものがあったりして僕だってことですよね。色だとか形だとか。線だとか光だとか影だとかってのはとらわれないでね。もっと俺自身のその心の本質をね、スパッとその白と黒の表現の中に置きたいという気がしますね」

横山はこれまで何世紀にもわたり描き続けられてきた水墨画の代表的画題、瀟湘八景に挑みます。

中国の洞庭湖付近の風景を八つの情景として描く瀟湘八景。

山や湖など、人間を取り巻く大自然の姿を詩情豊かに描き出しています。

水墨画ならではの静謐な絵です。

洞庭湖の上空に輝く満月。

湖面も空もひとつになって白々とした空間が広がっています。

様々な三角形の形をした網が並んでいます。

自然と共に生きる水辺の人々の暮らしが垣間見えます。

一方で霧や雨や風など、千変万化する自然の姿を荒々しいタッチで捉えた絵もあります。

激しい勢いで雨が降り注いでいます。

よく見ると下の方には家々が並び、かすかに水面も見えます。

荒涼とした風景が広がっています。

手前には引っ掻いたような荒々しいタッチで描かれた草が生い茂っています。

雲なのか霧なのか。

白と黒とがせめぎ合うように漂っています。

墨のにじみによって表現する「たらしこみ」という技法で幻想的な雰囲気が醸し出されています。

わずかにのぞく家並みがなければまるで抽象画のようです。

長年にわたり水墨の作品を数多く表してきた中野嘉之さんです。

瀟湘八景。三枝青嵐の中で横山が対応しているたらしこみの技法を見せてもらいました。

「そんなボトボト濡らすではなくて、少しかすかに。」

たらしこみをするところにまず水を塗ります。

紙にはあらかじめ礬水が引いてあるため水はすぐには染み込みません。

そして濡れている間に薄い墨を乗せ、滲ませます。

今度は濃い墨。

「上からたらして」

墨を伸ばしながら自然なにじみを活かしていきます。

横山はこうした「たらしこみ」を重ね、墨の奥深い微妙な色合いを出しているのです。

「筆の動かし方ひとつで水が動いて墨が動いてくれて、どういう空間を作るかってのは頭の中で計算した通りにこう行くわけではなくて、だけど頭の中では先生の完成像ってのがちゃんと作られていて、なおかつプラスアルファになるものを、どんどんどんのこの絵を描きながら見つけ出してるのってあるんですね。この空間はもう本当にどこにもないですよね。無限の空間だろうね。白い部分のこの空間が、この黒い墨とのコントラストをしてなおかつこの空間が凝縮されてすっと向こうに、永遠に向こうに行く空間をこの画面で作ってるわけですね」

この平砂落雁では、手前の草むらのところに横山独自の大胆な技法が使われています。

薄い墨と濃い墨で草むらの背景を描きます。

「ちょっと荒いので」

そこに洗い筆でタッチをつけます。

「これペインティングナイフを使っていまして、あまり日本画家こういうペインティングナイフを使ったりすることはないんだけども」

油絵で使うペインティングナイフです。

「こういうふうに先生は・・あんまりこうきつくやるんではなくて、強烈にやるとほじくってしまうので、上側だけを」

さらに墨を重ね、濃い線で草を描きます。

ペインティングナイフで引っ掻いた白い線と合わせ、草むらを表現しているのです。

「多分先生が葉っぱを、草原を描くときに、墨で描いただけではその奥行きが多分でないと思ったんですね。どうしてもこの紙の地肌で葉っぱの動きを出したかったんだと思うのです。不思議なふ距離感は出ますよね。だから厚みも出てきますよね。間に白が入ればこの空間の向こうにまたこういう空間があるって言うのが分かると思いますね。それを出したかったんだと思います。常に革新的でありたいって思われたと思いますね。そうね塔を描いたりとか、延々桜島描いた。あのぐらいの神経と全くよみがえるぐらいの神経でこの絵と対決をしたという風に思います。だからこの絵はすごく好きなんですけど、蘇らせる。物を描くときのその根底から動かすような力がこの中にみなぎっていると僕は思って」

中野さん自身も横山の作品に刺激を受け、30年以上前に瀟湘八景を描きました。

そして十数年前からは本格的に水墨画に取り組んでいます。

「だんだんだん僕は今墨のことに慣れてきて、墨の発色のこととか分かると悪戦苦闘だったんだなってのがわかりますね。墨を手がけてる人は先生が七転八倒してることがわかる。だけどそれをしないとこれが出ない。出なかったと思います。先生の生き様そのものでしょきっと」

 

**

 

昭和46年。50代に入った横山を病魔が襲います。

脳卒中で倒れ、右半身不随になったのです。

長く困難なリハビリを経た後、横山は絵筆を左手に持ち替えて、再び絵を描き始めました。

この年、横山はこんな文章を残しています。

「他人に対抗し、自分自身にも反抗し、あらゆる材料をひっさげた孤独な旅人。そんな心が絵を描かせる。私は今過去の作品を振り返る時、作品の一つ一つが絵の具代のなかった時代。酒を飲みすぎた時代。徹夜を繰り返した時代を想起させる。これらの不毛から脱出する帰り道はない。なぜなら現実は地獄に落ちているも同然だと悟ることから始めなければならぬから」

横山が左手で描いた絵です。

どんより曇った空。

ほっそりとした黒い木々が連なる林に残雪の白い道がくねりながら奥に消えています。

この絵を描いていた昭和48年。

横山は再び脳卒中に襲われ亡くなりました。

53歳でした。

死の床でこう語ったと伝えられています。

「悔しいは。地獄でも大作を描くぞ。日本画の将来はどうなる。あとは頼む」

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

 

書籍

 

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

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  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: 雑誌
 

 

展覧会

 

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