打たれ強さが求められるのがデザインの現場です。
パソコン画面を彩るフォントは誰がつくっているのか気になっていました。プロフェッショナル・仕事の流儀「異端の文字、街にあふれる」は書体デザイナー・藤田重信さんの仕事に密着したドキュメンタリーです。
ワープロで書くと味気ない情報も、書体を変えるだけで印象が変わることは誰もが感じたことがあると思います。番組冒頭で、実際の古い樹木と「樹」の書体、花畑の実景と「華」を合成して見せながら、書体の世界へ私たちを誘います。
書体とは文字の持つ意味の上に、印象という衣を着せるようなものだと感じました。
マックに搭載されたフォントをはじめ120種類近くの書体をデザインしたのが藤田重信さんです。
デザイナーと聞くと、華やかな印象を感じますが、番組が密着したデザインの現場はひたすら画面と格闘する孤独な作業だということがわかります。入社8年目の若手デザイナーとの対比を見るとデザインの世界の業の深さがわかります。デザイナーが主観的に正解と感じたデザインもそれが一般受けするとは限らないのです。
地元で生まれた藤田さんは、デザインを志してこの仕事に入ったわけではなさそうです。ひと昔前、印刷の世界では写植*1が主流でした。写植会社に入社した藤田さんは書体デザインより自分のファッションに興味を持つ青年だったようです。
ところが、写植はワープロの登場と入れ替わるように廃れ、書体作りという仕事が生まれます。当時人気を集めた書体=フォントが「石井明朝オールドスタイル」でした。このフォントとの出会いが藤田産の人生を変えたのです。
「時代を超え時代を感じる書体。古きよきものを継承しつつ今の時代にも新鮮な書体。きちんとした書体をつくれば100年使える。そういう気持ちで書体を生み出したい」
そんな気持ちがファッション青年の目標になりました。
番組では、現在制作中の新しい書体づくりの様子を追います。きっかけは福沢諭吉がのこしたといわれる「ふ」の文字。この一文字を出発点に新しい明朝体をつくるのです。
パソコンの画面にベジェ曲線*2を描いたり消したりしてデザインをする場面はデザインを手がける人なら必見です。下書きなしに曲線を引く藤田さんが「早書きの藤田」と称される部分がよくわかります。
番組では、デザインした書体案を遠慮会釈なく酷評する鳥海修(ヒラギノフォントの生みの親)、祖父江慎(装丁家)の姿も描かれます。藤田さんは酷評にもめげずに次の作業に移ります。このシーンはプロの世界に寄り添った番組スタッフの成果です。
「批判にさらされてこそ本当の力が生まれる。たたかれてこそ成長する」
短時間の思いつきやひらめきで商品は生まれない。時代の試練に耐えられる商品づくりの裏側にあるプロの世界を垣間見ることができました。
両者の会話の内容を字幕で紹介していましたが、その字幕がそれぞれ異なったフォントで表現されているところに制作者の遊び心とリスペクトの気持ちを感じました。
二〇〇七年度のビジュアルデザイン学科における祖父江慎、藤田重信、加島卓、鈴木広光の四氏による「特別講義」をまとめたもの。

文字のデザイン・書体のフシギ (神戸芸術工科大学レクチャーブックス…2)
- 作者: 祖父江慎,藤田重信,加島卓,鈴木広光
- 出版社/メーカー: 左右社
- 発売日: 2008/05/19
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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番組案内
去年9月、世界の2大PCメーカーのひとつが標準装備するフォントを新たに追加、グラフィックデザインに携わる者たちを中心に大きな話題となった。中でもデザインの可能性に幅が広がる、と注目を集めたのが、硬筆の味わいをもつ「クレー」、特徴的な丸みを持つ「筑紫A丸ゴシック」と「筑紫B丸ゴシック」だ。これらの書体を、ひらがな・カタカナ・漢字などおよそ3万字を5年の歳月をかけ、一から生み出したのが、この道30年のフォントデザイナー・藤田重信だ。
藤田がつくるフォントの特徴は、文字そのものが「緊張感」「おいしそう」「重厚感」といったイメージを“つぶやく書体”と評される。その製作スタイルは、型破り。たとえば明朝体であれば、多くの書体デザイナーが筆を用いてデザインするところを、藤田は全ての作業をPCの中で完結させる。「ハネ」や「止め」「カーブ」なども文字ごとに基準値が細かく設定されているが、藤田はその基準値をギリギリまで攻め、限られた範囲の中で文字を躍動させていく。
時に、“文字が暴れている”“邪道だ”という表現されることもあるが、藤田は「客が良い書体だ、と言ってくれればやり方は問題じゃない」と自らのスタイルを貫き通し、を込めていく。業界の異端・藤田の流儀に迫る。