※吉田博(前編)はこちら
吉田裕は西洋画の表現をどのように木版画に生かしたのでしょうか。
訪ねたのは吉田家の別荘です。熱海にあるこの別荘には版画のもとになる版木が残されています。
博の孫、吉田司さんに倉庫を特別に開けてもらいました。
極めて手間がかかる作業のため、博が亡くなった後、滅多に摺られません。
今回、残された版木を使って博の技の解明に挑みます。
再現するのは「朝日」です。奥行きを感じさせる木立の向こうにそびえ立つ富士。
画面右から光があたり、左側に微妙な陰影が付けられています。
作業を行うのは東京・世田谷区若林にある版画工房です。
司さんが木版画の制作を行っています。一つの作品を完成するまでに何種類かの版木を用います。
最初は”主版”とよばれる輪郭線だけの版です。
「緊張します」版画を摺る摺師は40年近くの経歴を持つ沼辺伸吉さんです。
「擦ってみないとわからないこともあるので。じかに描いて出る色と違って、木版を通した二次的な色になるので、非常に、どうなるかな・・・」
博が使った絵の具は十色。浮世絵のものだけでなく、明治以降新たに開発された水彩絵の具など厳選していました。
色は博の遺した指示書をもとに作られます。
いきなり取り出したのは赤。
一般的に輪郭線は黒一色ですが、この作品では赤紫、藍、黒。
調合した絵の具を直接”主版”の上に塗り、刷毛で伸ばします。絵の具の色を変えて更に塗ります。色を塗り終わると慎重に紙を載せ、右下から馬連で擦って行きます。
果たしてどう摺り上がるのでしょうか。
驚いたことに輪郭線だけでもいくつかの工夫がありました。
画面手前は太い線であるのに対し、画面奥の富士は遠近感を際だたせるため細い線でした。
さらに富士の稜線は朝日の当たる側を赤紫色、当たらない側を藍色で刷られていました。
次に”色版”と呼ばれる版木で少しずつ色を載せて行きます。
画面手前の景色が色づきました。しかしまだ平面的。
ここからが博の版画の真骨頂。
”ねずみ版”と呼ばれる版木の登場です。
「ねずみ版というのは影や陰影をつけるために作る版で、墨を水で薄めてねずみ色にして、それに少し藍を入れたりして影の表情を作るわけです」
「博の場合には、ねずみ版をいろいろ工夫して立体感や遠近感を表現しています」吉田司
下がねずみ版を加える前、上が加えた後です。木立の中に奥行きが生まれ、ぐっと遠近感が出ました。
さらに驚きの手法が。それは、同じところに二色を重ねるというもの。
「光がさしてきた空の色はこの色で決まると思いますね」
浮世絵の場合空は一色をぼかして摺るのが一般的です。
しかし博は違います。
まず、オレンジ色をぼかして摺ります。
そのあと少し狭い幅で緑のぼかしを重ねていました。
「大きなぼかしを重ねることによって朝の大気の表現をしているわけです。空気の奥行きだとか、湿りとか立体感とか遠近感とか、洋画の画報を浮世絵の伝統のぼかしを使って表現している」
再び”ねずみ版”。富士山に薄い影と濃い影。2つの影を加えました。
”ねずみ版”そしてぼかしの重ね。博は西洋画でつかんだ奥行きや立体感を半の摺りを徹底的に重ねる手法で生み出していました。
今回もう一つ摺りを試みた作品があります。
博自身が版木を彫った一枚です。
水の流れだけが画面を埋め尽くす究極の版画「渓流」。
流れ落ちる水の一瞬。勢い。そして水煙まで表現しています。
繊細でダイナミックな渦の動きを出すために博は彫りを工夫するところからはじめました。
曲がりくねりながら太さで強弱を表現することに挑んだのです。
この線だけで一週間かかりました。
硬い山桜の版木に苦戦したといいます。
「あまり大きくて硬いので、一生懸命彫ったために体を壊した。特に歯を痛めてしまったという話が伝わっていまして、特に奥歯を噛み締めながら彫ったようなところが、渦の部分を見ると感じられます」吉田司
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