「一人の天才より、チームの力」
「自分の求める場所は、自分でつくるしかない」
デジタルクリエーター・猪子寿之さんの言葉です。クリエーターという職業は自分の周辺も含めて眺めると、表面的には華やかな、それでいてふわふわとした存在がかなり多い仕事です。移ろいゆくものを商売道具にしているのかもしれませんが、手応えのある形を残す人として予てから気になっていた人物の一人です。猪子さんの素顔に密着したのが、
プロフェッショナル「革新は、チームで生み出す~デジタルクリエーター・猪子寿之」
猪子寿之(いのこ としゆき)さんは1977年徳島市生まれ。アーティスト集団チームラボ代表です。チームラボの作品はテレビドラマのタイトルや公共の空間などで見かける機会が増えています。
商業空間や教育施設などでみかける動くCG映像を投影した子ども向けの視覚デザインや、
池の中を歩いているような感覚を覚える作品が登場したり、
美術館やアートイベント で体感する機会も増えたマルチメディアアートまで、一つの枠にとどまらず、五感を総動員して鑑賞する現代の「美術+エンターティンメント」作品が猪子さんが代表を勤める企業です。
人を驚かせてなんぼというのがこの世界であることから、猪子さんの人となりを知る機会はあまり多くありません。
四国・徳島に生まれた猪子。小さいときから、ちょっと変わったことを考えていた。「この世界は、どうなっているんだろう?」学校で授業を聞いていても、「ほんとは違うかも?」と、自由に想像を膨らませる猪子に、先生は厳しかった。模範的ではない解答は否定され、考える先にあったかもしれない“真理”を求めることは許されなかった。
「(みんなは)なんで考えないんだろうって思ってた。まあいいやと思って黙ってたよね」。
クリエイターと呼ばれる人々は、私生活をあまり明らかにしたがりません。そんな中、人生のスタートラインで、ラインから外されかけた猪子さんの思いは共感するところがあります。漢字も読めないしスケジュール管理もできない。日本語も時々ままならない。そんな中、猪子さんはアメリカで若者たちが自分の価値を表現し始めたインターネット黎明期の動きを知ります。
ずっと学校に窮屈さを感じていた猪子は、大学に入る頃、TVで衝撃を受ける。NHK「新電子立国」で放映されたアメリカの若者たち。インターネットという新しい世界を作ることで、世界を自分たちの価値観の方へと寄せようとしていた。しかし東京大学に入学しても、そんな場所はどこにもない。そうして卒業する頃、猪子は気づいた。自分が求める場所は、自分で作るしかないということに。今の会社を立ち上げたのは、卒業間際の23歳のときだ。
猪子さんは、プログラマや、ロボットエンジニア、数学者、建築家、Webデザイナー、グラフィックデザイナー、CGアニメーター、編集者など、情報化社会のさまざまなものづくりのスペシャリストを集めて起業します。
「一人の天才より、チームの力」
猪子さんは時間にだらしありません。会議には寝坊して遅刻し、一度スイッチが入るとあとのスケジュールはお構いなしに議論に熱中するさまをカメラはとらえます。
会社の打ち合わせ室では専門も経歴も違う者同士で、最新情報を交換し、そこから生まれた発想を徹底的にぶつけ合う。中でも、時に実現不可能なほど突拍子もない意見を出すのが、猪子だ。もともとエンジニア。プログラムも書いていたが、得意ではなかったという。その部分は得意な人に任せ、自分は得意の「発想」に力を注ぐと決めている。
「23ぐらいになってくるとさ、天才じゃないことに気づくじゃん。世の中には天才や、超賢いヤツがいっぱいいるんだなと思って。それでも、いいものは作りたいから、自分1人では無理かもしれないけど、何か自分の知らないことを知っている人たちと一緒にチャレンジしていければ、個人では到底作れないようなものが作れるんじゃないかなと思った」。
30以上のプロジェクトを並行して掛け持ちしながら、突然新たなコンセプトを提示するかと思えば、難題にぶち当たっていたプログラマーに根本的な打開策を授ける。その裏には、物事の本質だけを徹底して研ぎ澄ます、独自の思考法がある。
漫画・ワンピースの主人公に似ている。そう感じるほどものづくりに取り組む猪子さんとそのつながりの関係は対等に見えます。チームラボという会社の中身までは時間の都合で紹介し切れていませんが、猪子さんと共同作業をする人々の素顔は「美術手帳」(2011年6月号)に記されています。
重要なのは、部署単位ではなく案件に応じて部署をまたいだチームがつくられ、流動的な再編を繰り返すことだ。したがって組織はツリー型ではなく、フラットで、いわばリキッド型に構成されている。このようなシームレスな組織構造から、チームラボの様々なウェブサービスや映像作品などが生まれているのだ。
こうした構造は、日本社会ではなく世界に親和性があるような気がします。日本的な社会では組織の調和が優先されがちで、チームを横断するという考え方がなじみません。足の引っ張り合いや組織間の調整にエネルギーをさかなければならず、ものをつくるという目的はすり替えられてしまいがちです。
日本オリジナルのアートムーブメント
今年3月、シンガポールにあるアートサイエンスミュージアムの新展示に取りかかった猪子。テーマは、さまざまな動物が棲む「命の森」。ワニ、トカゲ、カエル・・・などの動物が“食物連鎖”の関係でつながり、「生態系」を表現するという挑戦的な仕事。
しかし、食物連鎖の頂点に立つワニが他の動物を食べつくしてしまったり、調整は試行錯誤の連続。それでもチームは粘り続ける。
「実際の森には生態系があるけど、森は広大すぎて、時間軸も長すぎるから、生態系を感じる瞬間もないよね。20年ぐらい森の中にいたら、“生態系の神秘”を感じられると思うんだけど、3時間ぐらい森に行っても、なにも感じられないでしょ」。
現実の森に行っても、教科書や図鑑をひらいても、感じられないことがある。猪子は、デジタルアートだからこそできる、生態系の表現がきっとあると考えていた。
作品を作品としてだけで完結させない。その中に一本強固な筋を通すことにより作品は消耗品から普遍的なものへと進化を遂げることができる。そして、作品を載せる土台=プラットフォームというものは、時代とともに変化する。新しい土台になにを飾るのかが、未来を生きる人々の期待になるのだと感じることが出来ました。
ディレクター:寺越陽子、坂部康二
制作統括:久保健一、大坪悦郎
制作著作:NHKエデュケーショナル