どんなものを描いても作ってもそれがそれなりに生きていなければならぬと言うことは、それを作る人間が本当に生きていると言うことだ。
その人間そのものを生かし得る表現方法であるならば、抽象であろうと結構である。
「春夏秋冬(はるなつあきふゆ)」香月泰男著(新潮社)より
「シベリア・シリーズ」で知られる香月康夫の自伝「私のシベリア」は1970年文藝春秋社から刊行されました。 その後筑摩叢書からも出版されましたが、今はなかなか手に入らない本になりました。
この本を書いたのはジャーナリストの立花隆さんです。1996年まだ駆け出しだった立花さんはゴーストライターとして香月泰男を訪ねその伝記を書きました。シベリア抑留体験をテーマにしたその痛恨の絵と、過酷なシベリア体験の様子は、取材者である立花隆さんの心を大きく揺さぶりました。香月泰男の人生はその後も立花さんの心に住み着きます。
文京区小石川にある立花さんの事務所。通称ネコビル。地上三階地下一階の建物の中に仕事でお邪魔したことがあります。中はおびただしい本の山が整然と並んでいたことが記憶に残っています。このビルの黒は、香月泰男の黒です。立花さんはその後香月泰男が抑留生活を送ったシベリアまで旅をして一冊の本を書きました。
鎮魂、そして救済。「シベリア・シリーズ」で知られる戦後最大の画家・香月泰男。著者10年の構想を経て、ついに完成した香月研究の決定版。
実はルーペで覗いて、やっとわかる程、小さく描かれた幾万ものシベリアで無念の死を遂げた人々の顔で構成されていることがわかった瞬間、立花さんは、思わずこみ上げる感情をこらえきれず涙を浮かべ、咳込んで慟哭を押し殺した。