御舟(ぎょしゅう)は自ら切り開いた画風を惜しみなく捨てる画家でした。
「私が一番恐れることは型ができること」御舟は自分の形ができることを喜ぶのではなく、逆に「一種の行き詰まりを意味することだ」と言いきりました。
破壊と創造。御舟がめざしたのは新しいものを作り出す手応えだったのかもしれません。
27歳の画集が挑んだのが細密描写です。対象を徹底的に見つめありのままの存在感を表そうとします。
石榴のすべすべとした手触りと磁器の固い質感の対比が見事です。
背景にはなにも描かれず、ただ皿の影が映るのみ。いったいどこにこの皿は置かれているのか。不思議な空間を演出し、石榴と皿だけを際立たせています。
4年後御舟はまったく異なる作品を発表します。31歳で描いた「炎舞」。今度は炎と闇です。
三ヶ月間軽井沢の別荘を借り、毎晩たき火をして炎と富んでくる蛾を観察しました。様式化された炎に対して蛾の群れは実に精緻に描かれています。
その向こうに闇が広がります。広がる闇は漆黒ではありません。炎の赤とあいまって妖しい魅力で見る者を引き寄せる傑作です。
「炎舞」を描く2年前、御舟は大きな体験をしていました。
大正12年9月におきた関東大震災です。崩れ落ちる東京の街中で、御舟は一晩中スケッチをして生と死を見つめました。
「炎舞」にこめた思いを読み解くカギは、ここでも「空間」にあると日本画家の宮廻正明さんはいいます。
炎かららせん状に立ち上るように描くと立体的な動きが生まれます。すると闇の中に不思議な空間を感じるようになります。
描かれたらせんに、御舟はもうひとつの思いを込めていたと考えられています。
「炎舞」と同年代に描かれた「樹木」です。ブナの幹にからまる蔦がらせんです。御舟はらせんの持つ大いなる力を感じていたりかもしれません。
御舟は炎のらせんで空間を作り、自然の持つ生命力を際立たせようとしました。さらに闇に青みがかった墨を使い、それが炎と混ざり合って不思議な闇を作り出したと考えられています。「もう一度描けといわれても二度と出せない色だ」と御舟が語ったほどの闇です。

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