日曜美術館「熱烈!傑作ダンギ 等伯(とうはく)」
東京国立博物館には展示すると必ず人だかりができる400年以上前の傑作があります。国宝・松林図屏風。あるのは松林と雪山だけ。描いたのは長谷川等伯。
水墨画の極致「松林図屏風(びょうぶ)」から色彩あふれる「楓図(かえでず)」まで生んだ長谷川等伯。戦国時代、一代で頂点まで登りつめたその意外な魅力とは?
近年、水墨画が新たに見つかり、改めて注目が集まった等伯。多彩な作品を残した希代の絵師は何者か?3人のゲストが愛する傑作から探るシリーズ。コシノヒロコさんは、時代が求めるものにとても敏感なデザイナーと読み解く。等伯の小説で直木賞を受賞した安部龍太郎さんにとっては、一代で道を究めるとはどういうことかを教えてくれる芸術家。漫画家おかざき真里さんは、等伯作品は少女マンガだというが…。驚きの話が次々と!?
【ゲスト】服飾研究家…コシノヒロコ,小説家…安部龍太郎,漫画家…おかざき真里,【司会】井浦新,伊東敏恵
放送日
2017年2月5日
作品など
楓図
安部「一つ一つの筆遣いに、生きている等伯が重なるような色彩感覚の豊かさを感じました。等伯と狩野派を比べると、狩野派は職人集団の絵です。家の藝として絵を代々伝えていかなくちゃならないという使命を持った人たちです。等伯は一代限りであそこまでなりましたから、今日的な芸術家に近いのです。自分独自のものを打ち出さないととても伝統藝には太刀打ちできないというところで日々勝負をしていた。だから等伯の絵は新しい」
コシノ「レイアウトの大胆さが好き。見た瞬間大胆さに惹かれて足を止めるのですが、じっくり見てるとものすごく細かい。葉っぱも花も一色だけではなく何色か重ねながらぼかしながら凝っている」
おかざき「細かく描かれているが、見ていると胸がキュッとなるような寂しい感じが漂うのです。でもそれが少し心地よい。少女漫画は共感性が大切で読者を掴むのです。狩野派を少年漫画のような元気良さとすると等伯は少女漫画と感じます。障壁画って背景です。狩野永徳の絵は戦国武将が前に立つと似合うような荒々しさであるのに対し、等伯は見る側が真ん中に行ける。寂しい気持ちを抱えた人間がそのままその部屋の真ん中にいていいよと言ってくれるような作品のような気がして、等伯の優しさが好きです」
コシノ「彼は野心家。マーケッターだと思います。時代の流れに合った自分の考え方を積極的に表現していくところは、ファッションデザイナーに近い。そういった表現の仕方が彼の中にいっぱいあって、だから面白い。出てくる絵が皆違うところはピカソです」
仏涅槃図
コシノ「弟子たちの描き方が細かいですよね。陰影をつけて、しかも表情が面白い。真ん中にお釈迦様がないほうがずっとかっこいい・・そんな風に見えたりする。等伯はもう一段上を行きたいのです。これだけで終わりたくないという気持ちがすごくあって、ここがスタートかなと思います」
安部「真ん中のお釈迦様だけはしかたがないから従来の方法でおとなしく描いたのでしょう。そこは変えられないが周りの人は描きたいものが描ける。感性でしょう。武士の家から染物屋に養子に出された等伯はショックだったのでしょう。プライドがあるところに、お前は武士はダメだから絵師で生きろといわれたら、目の前が真っ暗になるくらいのショックだったと思います。それなら絵で食べてやろうという人生のモチベーションとなったのではないでしょうか」
松竹図屏風・猿猴図屏風
コシノ「筆の運びが柔らかいのです。特に猿を描くときの筆の運びは相当細かく、柔らかい。デザイン画を描くっていうのはふつうペンで細かく描くのですが、私は人間が着たときの洋服の動き・・薄いだとか、透けただとか、素材の質感。それは筆を使わないと表現できないです。等伯のやり方を見ていると、頭の中でイメージしたものがそのまま手といっしょになって動いている。少し薄墨で勢いよく木の枝をシャーッと描いてます。スピーディな動きの中に猿がある。その猿の動きも古木と同じような動きなんですよね。その延長のように、自由に動き回っている猿の楽しさみたいなものが本当に良く出ています」
安部「三匹の猿は家族の象徴ではないかと思います」
故郷をあとにするも、なかなか芽が出ない等伯。支えてくれた妻が亡くなったのは41歳の時。その前には養父母も亡くしています。妻亡き後、男手一つで育てた息子・久蔵が絵の才能を発揮、立派な跡取りとして成長した矢先。久蔵も亡くなります。等伯55歳。絵師としての成功とは裏腹に、等伯は常に家族の死と隣り合わせの人生でした。
安部「おそらく失われた家族の肖像という意識が、三匹の猿を描くとき常にあったと思います。だから鎮魂の絵でもある」
コシノ「様々な経験を通じて痛手があった中で出てくる。芸術というものはそういうものだと思うのです」
「山水図襖」は妻を亡くしてからちょうど10年後の作品です。くっきりとした松の向こうに少しかすれた寺。奥にそびえる険しい山との高低差が印象的です。作品があったのは京都屈指の大寺院でした。まだ天下人に認められていなかった等伯は由緒ある寺に、絵を描きたいと頼み込むも断られます。そこで住職の留守中に勝手に上がり込み、一気に描いてしまったのです。見事なできばえに、寺も絵をそのままにすることを許したと言われています。
安部「襖の模様が降る雪に見えたのでしょう。右手の舟の先に身をかがめた親子三人が歩いています。降る雪を傘で防いでいる。おそらく、親子三人で歩いた雪景色を思い出したんだろうなあと思います」(家族を描いているんですね)
おかざき「私は今もこの絵のことはわからない。下絵だって言う説もありますが、この絵を見て何かを悟れって言うレベルに私はない。ある意味悟りの境地。あれだけ細かく絵を描き、人の嘆きを描いてきた人があえて描かない。描かないのはどういう決心なのかと思いました。仏教の最終目的は全てを捨てていくことで、それをめざした絵だと思います」
安部 「この世とあの世をつなぐ絵なのだろうと思います。曼荼羅のように。遠くに描いてある雪山がおそらく涅槃の世界なのだろう。松は人ではないかと思います。その涅槃に向かう生者の行進だと思います。涅槃に向かってこの世での役割を追えた人が静かに歩いて行く。それを空気感で包んでいくという構図だろうとみているんですけどね」
コシノ「目で追ったときすごいパワーを感じる。優しさとパワーが交互に入っていて見る人によっては心の安定を感じることがあるかもしれないが、私はすごい厳しいものを感じました、近くで見ると心がざわつきます。私はこれを見て等伯の人生が見えてくる。絵描きとしての人生が見えてくる気がします」
放送記録
書籍
安部龍太郎 著
おかざき真里 著

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展覧会
長谷川等伯展 〜等伯と一門の精鋭たち〜 « 石川県七尾美術館