日曜美術館「うれしくなくちゃ 生まれない 染色家 柚木沙弥郎の模様人生」
型染めの第一人者・柚木沙弥郎。
95歳の今も身近なものの“いのち”をつかみとり、模様に表現する日々に密着。
展覧会が開かれる日本民藝館で、創作の秘密を語ってもらう。
60歳を過ぎてから型染めを軸に版画・絵本・人形・水彩など表現の幅を自由に広げてきた柚木。
世界中から集められた素朴なオブジェに囲まれ、一人で暮らしながら創作の日々を送る。
公園のお気に入りの古木や毎日使うティーポットが面白いといっては、型紙を切り出す柚木。
何より大事なのは、ささやかな日常だというその創作現場に密着する。
そこには、ものづくりを越えた「生きるヒント」が隠されている。
放送日
2017年6月3日
「こういうものが好きなの。噛んだらだめよ」
「乙女チックだっていうの。みんな。僕のことを。なんでもこういうものが好きなの」
染色家・柚木沙弥郎さん95歳。
型紙を使って布に模様をほどこす型染めの制作を70年つづけてきました。
ところせましと行ったり来たり。
ユニークな表情の鳥たち。
賑やかな声が聞こえてきそうです。
ゆらいだ線や、月や星のようにも見える形の巧みな組み合わせ。
いつの時代ともどこの国のものともつかない
摩訶不思議な幾何学模様。
こちらは一転して、動物や植物を象った作品です。
躍動感あふれる模様と鮮やかな色とが
手を取り合っています。
「生命の樹」
今また新たな作品が柚木沙弥郎さんの手によって生み出されようとしています。
柚木さん。模様を生み出す秘訣はなんですか?
「うれしければいいんだよ」
「なんでも面白いなあと思ってたまらなく」
「うれしくなくちゃ生まれない~染色家柚木沙弥郎の模様人生」
まるでおもちゃ箱をひっくり返したようなアトリエ。
部屋のあちこちには、犬や時計。
人間のオブジェが楽しそうに並んでいます。
柚木さんはこの日も朝から型紙作りの準備を始めていました。
手にしているのは、長い棒の先にチョークをくくりつけたお手製の道具。
広げた黒い型紙の上に何やら描き始めました。
かろやかにすいすいと。
頭の中に有るイメージを大胆に書き付けていきます。
こうすることでのびのびとしたイメージが出来上がるのだそうです。
白い線に沿ってハサミを入れていきます。
柚木さんが切り出そうとしているのは自分の体より遥かに大きなもの。
一体何でしょうか。
床一面に切り出した黒い紙が広がります。
現れたのはくねくねとうねる不思議な形。
切り出した紙を足で踏んで床一面に伸ばします。
「これ木のかたちなの」
「枯れた木でね。木が絡んだりなんかしている。光が当たると木の姿が見えてくるでしょ」
「そうすると木の死んでいない生命力のようなものを感じるんですね」
「木のような気持ちになって、木と共鳴し合うっていうか、お互いに話をするような感じでね。木は黙っているけど。俺にはこんな長い木の寿命があったんだよっていう、木が言っているような気がするんです」
この型紙をもとに布を染め上げていきます。
「ならぶ人」
柚木さんの模様はささやかな日常から始まります。
通り過ぎるバスをぼんやり眺めていた時、
人々が同じ方向を向いて座っている姿が面白くなってこの模様がひらめきました。
赤と青が入り組んでいる賑やかな模様。
このアイデアはどこからやってきたかというと、
信号です。
続いてはこちら。
どこかで見たことがあるような。
爪です。
柚木さんの手にかかると身近にあるありとあらゆるものが生き生きとした模様になるのです。
作業が一段落したところでコーヒータイム。
日常に住む面白さを探し出す名人・柚木さん。
手にとったのは伝票。
「裏返してみると黒い墨がついているのよ。あれの形を見ているとオモシロイと思って」
「日常的に見えるかたちっていうのは」
「ぼくらのとてもヒントになるのね」
すべては自分の心持ち。
「うれしければいいんだよ」
「なんでもおもしろいなと思ってたまらなく」
「不機嫌だったり悩みがあったり」
「頭がそっちの方にいっているときは」
「そういうことを感じないんだよ」
「だけど仮に天気が良くてさ、パーッとした日が日曜日だったりしてご覧なさい」
「誰でも、なんでも愉快じゃない。そういう状態であれば、特に旅行だったらね、なんでも新鮮に見えるでしょ。旅行しなくても日常のものがそういうふうに見えたら楽しいじゃない」
ずいぶんと楽しげな男の子。
四歳の柚木さんです。
1922年。柚木さんは東京の田端に生まれました。
育ったのは祖父も父も画家という芸術一家。
後に柚木さん自身も大学で美術史を学び、芸術に関わる道を歩み始めます。
しかし、戦争で学問も中断。
終戦後、岡山の倉敷で新たな暮らしを始めます。
就職先は大原美術館。
そこで柚木さんを染色に導く出会いがありました。
「このカレンダーが大原美術館の絵葉書売り場に12枚飾られているのを最初に見たときにショックを受けました。これは文字でもない絵でもない。今考えると模様ってものに初めて開眼した記念すべき出会いだったんですね」
それはきめ細かな型染めによって作られたカレンダーでした。
後に人間国宝となる染色家・芹沢銈介の作品です。
終戦直後、食糧すら手に入りにくい時代に一枚一枚型を彫り、和紙を染めて作られていました。
「特にこの9月が僕はとても好き。トンボが飛んでね。トウモロコシ」
「イキイキしているでしょ。活力がみなぎって、わくわくする気分があるんですね」
「実用的なものでありながら美しい」
「これからやるぞっていう決心に火を付けけた火元ですよね」
のちに芹沢本人と対面し、弟子入りを志願した柚木さん。
柚木さんは芹沢のすすめに従い、江戸時代から続く染物屋に住み込み修行を始めます。
そして二年目。
「紅型風型染布」柚木さんはじめての作品です。
沖縄の伝統的な染め物の紅型の模様を自分流にアレンジしたもの。
このデビュー作が一人の人物の目に止まります。
思想家・柳宗悦。
民衆が日々使う品々に日を見出し、民芸と名付けました。
その柳が創設した日本民芸館に柚木さんのデビュー作は収められたのです。
以来、柚木さんが事あるごとに足を運んできた日本民芸館。
そんなゆかりの場所で今、柚木さんの展覧会が開かれています。
現存作家が展覧会をするのは棟方志功以来43年ぶりです。
この日やってきたのは染職人の中込理晴さん。
長年、柚木さんの型染めの製作を支えてきました。
16歳で柚木さんの助手になり、60年以上。
柚木さんがつくった型紙をもとに布に染めていく。
その作業の大事なパートナーです。
「この通りやればいい」
「こんなにでかいとは思わなかった」
型紙を工房に持ち帰り、まず取り掛かるのは
染めない部分に染料が入らないようにするため、糊を置く作業。
思いがけない大きさの作品に戸惑いながらも、なんとか作業終了。
柚木さんからいつも型紙と一緒に渡されるノートがあります。
「ほんと歴史です」
ノートには作品ごとに色のニュアンスや染料の調合など柚木さんの指示やイメージなどが事細かく書き込まれています。
まさに柚木さんと中込さんの型染め交換日記。
そのやり取りの中で多くの作品が生み出されてきました。
今回染める色は黒。
60年来の阿吽の呼吸で、柚木さんのイメージを形にしていきます。
どんなものが姿を表すのか。
16年前に妻を亡くして以来、家族やヘルパーのサポートを受けながら一人暮らしを続けてきた柚木さん。
95歳になった今、家事一つとっても容易ではありません。
それでも時間をかけ、作れるものは自分で作り、食事を楽しもうと心がけています。
「頂いた彫刻ですが、晴れた日に光が入るとすごくきれい。希望が湧いてきます。これがここのシンボルになっている」
柚木さんには創作活動とともに長年続けてきたことがあります。
それは大学で教鞭をとり、後進を育てること。
柚木さんの教え子で、60年来の親交がある岩立広子さん。
柚木さんの作品を日々眺めながら暮らしています。
「単純ながらでありながら、一つ一つが歪んで違う。そこが面白みやおかしみがあります」
しかし、柚木さんには親しみやすい作品とはうらはらに、意外な一面があったといいます
「神経質で顔色見ましたね。機嫌が悪いのかなんかのときは青筋が走るというか、溶け込めるところはなかったですね」
今は・・・
「どんどんどんどん自由になって。驚くべきことです」
実は還暦をすぎるまで窮屈な気分で過ごしていたという柚木さん。
もともと真面目。
何事もきちんとこなさなくてはと思いつめることがよくありました。
時間に追われる製作の日々に疑問を持ち、思い悩んだ柚木さんは旅に出ます。
訪れた美術館で出会った素朴なおもちゃに柚木さんは心を奪われます。
「仕事が行き詰まったときでした。おもちゃを見たときに、つくった人たちは経済的に貧しいかもしれないけれど、非常に明るくって生活を楽しんでいるという印象を受けたのです。飛び上がるくらい喜んで、」
「今までの窮屈な考えから抜け出したような気がしたのね。それは、洗濯をしたシャツを着替えるみたいな、これでいいんだ。何してもいいんだという気がした」
「そういうことが自分のこれからの生き方に大きく影響したんだと思いますよ。だからいつもそばに置いて並べておけば、時々・・」
「元気かい?って向こうから言ってくるんです」
「こっちからもどうだっていうと、そんなに忙しく焦ることはないよって言っているような気がするの」
その頃から柚木さんは型染め以外にも表現の場を広げていきます。
紙粘土でつくった指人形。
衣装は自分の作品の布や古着を材料にしました。
版画の製作にも夢中になります。
摺りの職人とともに様々な技法を試し、400点近くも作り上げました。
最近のお気に入りは色とりどりの紙を使った切り絵の製作。
「のりとの格闘です。子どもの貼り絵と同じ」
「いい紙があるものですから、それを並べるとお互いの配色でもって、どんなものを作ろうかと思うわけ」
「なるべく普段使わないような配色でやってみるんですよ」
「並べてみると意外に面白い色がありますよね。先入観がないような形でおもしろいものができるといいと思っています」
「やっていておもしろいからやめられない」
おしゃれをして出かける柚木さん。
いったいどちらへ。
数年前から交流のある、世界的な彫刻家安田侃さんと久しぶりの再会です。
安田さんの彫刻と柚木さんの布のコラボレーション。
異なる表現手段を持つ人や作品との出会いは、
柚木さんにとって、新たな自分を見つけるきっかけです。
「僕は彫刻なんで大地につかないということはありえない。大地に付かないで揺れていられるという存在は憧れている。それを彫刻のそばに置いてみたかった」
「安田侃さんの作品は大地に生えているんです。動かない。重さとボリュームと存在感。それに対して頼りないもの。風があれば飛んでいってしまう。はかないものです。そういうものがあるということはお互いに邪魔しないで共鳴し合うことは素晴らしいことだと思います」
「模様というのは形だと思うのです。形というものはなんだろう。形というものは人間も形ですね。それが崩れていって消えてしまう。そういう宿命が有る。だけどそういう形は見たときに、そこにただ形が見えるだけでなくて、そのものが持っている物語。いままでずっと祖先から伝わってきた形(時間とか歴史も含め・・・)それを感じるか感じないか。それが模様です。本質。そのものの本質。それを発信している。命ですね。結局。生き様とかいいます。そういうものを感じたものを発信する。相互作用です。一方通行ではなく。言葉でいうと難しいけど自然に行われることだと思います」
いよいよ新作が出来上がる日。
柚木さんは中込さんの工房を訪れました。
「うまく染まった?」「うまく染まってますよ」
「おもしろくなきゃできないよ」
なんでもおもしろがり、 嬉しい気持ちをいだきながら。
柚木さんの模様人生は続きます。
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