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響くアートの愛好家

日曜美術館「生きて流れよ~第65回日本伝統工芸展~」

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日曜美術館「生きて流れよ~第65回日本伝統工芸展~」

「生きて流れよ」川の流れのように伝統を受け継ぎながらも一瞬もとどまることなく、新しいものを築けという日本伝統工芸展。今年も始まる展覧会の全16の受賞作を紹介。

第65回日本伝統工芸展。昭和29年に失われてきた伝統工芸の技術を守り育てることを目的に始まった。陶芸、漆芸、金工、木竹工、染織、人形、諸工芸(ガラス、七宝など)の7部門から選ばれる。今年の受賞作は、展覧会の趣旨どおり、伝統をベースにしつつも何か新しいものを目指した作品が多い。まさに最高峰の技の限りを尽くす、“美の競演”。司会の小野正嗣高橋美鈴がその創作の現場を訪ね、珠玉の作品誕生の秘密に迫る。

【司会】小野正嗣,高橋美鈴

放送日

2017年9月22日

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伝統工芸最大の美術展「日本伝統工芸展」が始まりました。

f:id:tanazashi:20180923190035p:plainその65年の歴史を貫く哲学は、「伝統とは永遠に変わらの本質を持ちながら生きて流れるもの」

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伝統の優れた技を受け継ぎ同時に今の息吹を感じる作品とは何か。

今年も1500を超える応募の中から16の作品が生えある賞に輝きました。

受賞作に込められた作家達の卓越した技と思いとは。

「無機質から生き物に変わる瞬間を見た」珠玉の作品の秘密に迫ります。 

 

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今年の最高賞を受賞した前田宏智。伝統の技に裏打ちされたこれまでにない斬新な表現が高く評価されました。

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スタイリッシュで現代的な印象の銀の器に無数の線が流れるように走っています。柔らかく揺らめく模様。それは従来の方法では決して表現できないものでした。一体どのように作られたのでしょうか。

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前田さんを訪ねてきたのは上野公園。学園祭期間中の東京藝術大学の学生で賑わっていました。ここに前田さんもいるというのですが。「前田さんこんにちは」前田さんは東京芸術大学で教鞭を執る先生。

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工芸家で彫金を教えています。

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「祭りの時に自分で作ったこういうものを一般の人に分けましょうということ」

「前田先生はどんな先生ですか」

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前田さんの作品が生まれるのは大学の研究室の中。

「すごい道具の数」

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並ぶのは金槌など数千に及ぶ道具。中には自分で作ったものもあります。

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今回の受賞作の制作過程を前田さんに見せていただきました。

「かきまわします」まずは銀を溶かし固めるところから。

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前田さんはこうして素材一つ一つに向き合い、その特性を肌で感じる時間を大事にしています。

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「例えば純銀は山の手のお嬢さんとか、昔の彫金師はそういう事になぞらえて、銀というのはちょっと素直で上品っぽいような色つや。難攻不落みたいな硬い合金もありますが、出来上がってみるとすごく魅力的だったりとか、金属それぞれの良さ。難しさ。難しさも楽しさに繋がりますから」

先ほどの銀の塊を何度も叩き円盤状にしたものをさらにたたて薄く伸ばしていきます。

「無造作に叩いているようだけどかなり意識して均一になるようにと言うところを注意しています」

固くて扱いにくいイメージがある金属。しかし手をかけるほどそれに応えるように形を変える金属に前田さんはずっと引かれてきました。

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33歳の時、若くして日本伝統工芸展で入賞。凛とした端正なな情景が高く評価されましたこの時はまず器の形を完成させた後に線を掘り込み精緻な模様をつけました。金属に装飾する時の一般的な方法です。

しかし今回の受賞作では従来とは全く逆のやり方に挑みました。

 

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器の形を作る前にまず模様をつける。常識破りの挑戦です。

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「少し彫って行きます」まだ平らな銀の板に模様となる線を彫っていきます。

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微妙に幅の異なるいくつもの鏨を使い、数百本の線をを丹念に彫り進めます。

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そうして彫った線の一本一本に四分一(しぶいち)と呼ばれる銀と銅の合金を入れ込みます。

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直線が並ぶ美しい幾何学模様が完成しました。いよいよここから、叩いて器の形を作っていきます。整然と並んでいた直線が少しずつ変化していきます。

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「本当にわずかの変化ですよね。確かに言われてみると真直線ではなくて少し」

「今みたいな繰り返しで形を作っていくので、その時の動きが模様に移り変わって」

手の動きに応えるように形を変えていく模様。あたかも金属と対話しているような気持ちになると思います。

「自分の作った作品は図面通りに作るとはいいませんが、ちょっとカッチリした部分のことを自分のハードルにしていましたけど、そうじゃなくて最初から模様を育てるような、最初から最後までの行為が作品になる。自分のやっていることを見せたいという欲求が強かったのかもしれません」

模様を育てる。素材との対話と創造への飽くなき探究心がたどり着いた新しい境地です。

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31歳のしんたにひとみは昆虫の姿に魅せられ、新たな造形を産みました。カミキリムシの体を模した形の箱です。丸みのある黒い漆に彫り込まれた螺鈿細工。卓越した技巧が虫のまだら模様を美しい花に変身させました。ふたを開けると現れるのは2匹のカミキリムシ。作家の若い感性が新しい伝統工芸の可能性を開きました。

 

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樹齢数百年を超える柿の古木のうちごく稀に黒い模様が現れるという黒柿。渡辺明夫はその黒柿特有の模様を雄大な空に見立てました。錫の線で囲まれたひし形は一つ一つはめ込んだもの。木の模様の少ない部分を選び繊細な花文様を施しました。素材と装飾の美を融合させた匠の技です。

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今年は染色部門で久しぶりに東北の作家が受賞しました菅原貴之です。雨の上がった森に差し込む光と緑のきらめき。広がりと奥行きを感じさせる世界です。写実と抽象が一体となった独特の表現。友禅染の新境地を表すものとして評価されました。
受賞作の着物は作者の菅原さんが20年前に出会った地元のブナの森の光景から生まれました。
「生命力ですよね。息をしているという感じがするのです。いちか書きたいなと思っていました」
菅原さんが暮らす岩手県一関市。ここで菅原さんが祖父の代から営むという呉服店を訪ねました。ガラスの向こうに見えてきたのは華やかなどこか西洋的な着物。奥の方に飾られているのもなんだか普通の着物とは違う印象です。
「注文に応じてつくらせてもらったのですが」
着物の柄としては珍しいポビーの花が咲き乱れています。客の現る注文に応じて一から着物を誂えるのが菅原さんの仕事です。「地方で自分はやっているというのもあるのですごく気軽に入っていただけるんですねあのされてますように鍛えられてます」作家・菅原さんの創作の場はお客さんのやってくる売り場のすぐ裏。
新しい着物の図案作りや友禅の色差し全てここで行っています。幼い頃から絵を描くのが大好きだった菅原さん。高校卒業後日本画家を目指して美大に進みます。しかし父親が病に倒れ呉服店を継ぐことに。ならばエは着物に描こうと東京で友禅を学び28歳のとき故郷に戻りました。以来胸に刻まれた森の光景をどうすれば着物に移せるのか模索し続けてきた菅原さん。その答えを今年ようやく見つけることができたのです。菅原さんが細心の注意を払ったのは光によって刻一刻と輝きを変える森の世界を表す色使いです。同じ緑でも数十種類。微妙に濃淡の異なる色を作り使い分けました。
「見るとそんなに色使ってるように見えないんですよね。そのぐらいその分からないように色数を使うようにしてます」さらに微妙な陰影を与えるため、伝統的な糊たたきという技法を使いました。生地の上に染料に染まらない性質を持つ糊をたたいてのせていきます。友禅では背景に使われることが多い技法ですが、今回は絵柄そのものに使いました。糊の上に畳ふたたび色を塗っていきます。この地道な作業を三度繰り返します。そして生地を蒸して色を定着させ糊を洗い流すと、美しいまだら模様が現れます。「色の段階というのは一弾二段三段みたいに簡単にそれで決まってしまうとすごく物足りない。そこにさらに途中も感じてもらいたい。そして色が増えるという表現の中では、ピタッとしたところもありつつざわわっとなっている部分もほしい」そして完成した雨上がりの光を受けつつ輝く森の世界。複雑な緑の階調が奥行きのある空間を生み、見るものを包み込みます。菅原さんにはこの作品作りを支え大切なパートナーがいます。妻のまゆみさんです。友禅の修行中に菅原さんと出会って結婚したまゆみさん。今は菅原さんの絵の輪郭を糊でなぞる大事な工程を担当しています。「怒られたりするよくあります。怒らせることもよくありますけど」
夫婦二人の仕事場。理想の着物を置い続けています。

 

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平恵子が織り上げたのは切子。カットグラスの輝きです。予め白と青に染めた糸で寸分の狂いなく模様を配しました。 匠の技が光る作品です。

 

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着物の数ある応募作の中でも特に高い評価を受けたのが京都の小倉淳史の作品「緑影の跡」です。早朝の朝日が竹林差し込んだ時が現れた幾重もの光と影。やわらかな風合いの絞り染めで流れる線を表しました。絞りはもともと生地を絞って染めない部分を作ることで模様を表す技法。この作品の繊細な線は従来とは全く異なるやり方で染め出されたものです。「絞りは使うけれども従来からある絞りの技法だけでは足らない。そして従来からの技法も使いながらそこに新しい技法を加える工夫して加えることによって新しい表現が始まった」新たな創作を可能にしたのは、京都で古くから着物を作る小倉さんの家ならではの独特の技。特別に見せていただきました。まず染めたい線の両側を糸で縫い、その糸を引いて絞っていきます。糸を引く力を変えることで染めた後の色の濃さが変わります。通常は絞った部分は色には染まりません。しかし小倉さんは水に浸したその生地をあえて筆で染めていくのです。友禅染としぼりが融合した全く新しいやり方。どこにもない柔らかな線の表現を求めて親子二代で研究を続け完成させました。そして染だされた淡い薄墨色のしぼりの線。糸を絞った後は美しい無数の襞となりました。「新しいものを表現したい。例えば誰でも知っている景色でありながら、誰も表現したことのないやり方表現というものができるようにしていきたいといつも考えていくんですね」新たな絞りの技が生んだ世界。光と影が揺れています。

伝統の中にも新しい息吹を生み出そうとする作家たち。その中から独創的な形がいくつも誕生しています。

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膨らみかけた蕾のイメージから生み出された三角形の鉢。川口清三は数百年かけて育ったという欅の木を柔らかで複雑な形に削りだしました。木を知り尽くした匠による造形です。

 

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京都鴨川の川の流れを伝統的な蝋型の技法で形作ったのは高橋阿子。引き伸ばしで巻いた蜜蝋を形にして作り上げました。川の流れが生きています。

 

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風が吹き抜け恵みの雨が降る情景を表現した花籠。二足の竹ひごを重ねた繊細な合わ櫛目は作者久富夢庵が編み出したものです。竹の世界に新たな形が生まれました。

 

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水の流れを思わせる白磁の鉢。白い空間に小枝真人が描いたのは一匹の金魚です。悠々と泳ぐ姿。濃紺の艶が水の奥行きを感じさせます。大胆に残した余白が想像を掻き立てます。

 

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見たことのない陶芸作品と高い評価を受けたのは森田由利子。黒を基調とした土肌にリズミカルに続く幾何学模様。よく見るとその模様は細い線を土肌に彫って描かれたもの。線の重なりが不思議な質感を生んでいます。繊細で同時にエネルギッシュ。一体どんな作家が作ったのでしょうか。
訪ねたのは奈良県橿原市ののどかな田園地帯です。
森田さんは制作のすべてを自宅の一角にある工房で行います。まず素焼きした器に土の成分でできた下地をつけます。白と黒2色の下地です。「黒化粧ですさっきは白化粧でこれは黒化粧」白に黒の下地を重ねることで後で表面を削った時下の色が現れ模様を描けるようになります。森田さんは美大出身。かつては油絵を書いていました。元々好きだった陶芸を本格的に始めたのは20年前のことです。そして初めての公募展でいきなり入選。以来西洋の版画やエッチングの技法をヒントに独自の世界を開拓してきました。モチーフはどこからか自分の中に湧いてくる幾何学模様。モノトーンの器の土肌に無数の線を掘るように描き様々な形を表現してきました。下準備を終えるといよいよ器に線を掘っていきます。まずモチーフとなる形に切った紙を土肌に当て輪郭を取ります。そして線で土を書き落とすと黒い地肌の下の白い下地が現れます。この掻き落としの技法を使い、線を書いていきます。無数の線を重ねることで様々な陰影を出す。それは西洋美術のデッサンの作業にも似ていると森田さんはいます。模様を器にどう配置し道陰影を変化させるのか。事前に下絵を作りイメージを持っておきます。そして線を掘り進めながらアドリブでイメージを広げていきます。「形は同じ形をしているんですが、これはいい形だなとか、なんか動きがあるのとかとの空間が感じられるとかそういう感じがみんなが生き生きしてるといいんですけども」自然の中に存在する無限の形。森田さんがその一つ一つを地肌に刻んで行こうとしています。「やっぱり風景見ててもいい形だなと思うのいっぱいあるんですけどどんな形がいいのかって私は発見したいんです。いきなりやっぱりいい形って現れてくれないんじゃないかなと。ただやっていくのみですね」森田さんが発見しようとしているもの。それは自然の生命そのものなのかもしれません。

 

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今回の最高齢の受賞者は83歳の藤田美智子。秋の紅葉に思いを馳せる幼子の姿です。かつては帝の御子を写したとされる御所人形。無垢な愛らしさと共ににじみ出る高い気品が人形作り一筋に生きてきた作家の到達点です。

 

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沖縄伝統の花織に魅せられ独学で技術を習得した楠光代。証言したのは繊細なクリスタルの輝きです。糸を浮かせて居る伝統の技に新たな風を吹き込みました。

名古屋の池田貴普による七宝花瓶。波打つ模様が躍動感を醸し出しています。色彩は白から青への淡いグラデーション。爽やかな逸品に仕上げました。

陶器のようにも見える器。仏具職人の山崎誠一の金工作品です。二色の金属を時間差で型に流し込む技法。色が混ざり合い一期一会の神秘的な模様が生まれました。

漆の伝統の家に生まれた金城一国斎も伝統から一歩を踏み出しみずみずしい作品を生みました。若い麦が力強く伸びる姿です。金色や銀色に揺れる麦の穂と虹色に煌めく麦の葉。伝統の技に現代的な感性が融合しています。

 

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