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響くアートの愛好家

アートシーン・横山操展 ~アトリエより~

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横山操展 ~アトリエより~

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日本画家・横山操。戦後の日本画壇でその力強い画風と斬新な表現で注目を集めました。

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しかし53歳の若さで脳卒中でこの世を去りました。去年、横山のアトリエで本格的な調査が行われました。

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使いかけの墨。

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そして未完の作品。残されたものから格闘する画家の姿が垣間見えてきます。

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赤富士の絵で知られた横山。そのうちの1枚が描きかけのまま残されていました。

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これまでの作品では、山の輪郭の黒は先に塗られたものだと言われてきました。

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今回の調査で山全体が黒く塗られた別の作品が出てきたことでそれが実証されました。さらに興味深い作品が見つかっています。

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金地と銀地で描かれた、紅梅と白梅の屏風。紅梅図の一部が欠けています。

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屏風を発表した後に部分的に正面の絵が切り取られたためです。

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見つかった部分を合わせて今回展示しています。切り取ったのは横山自身だと考えられています。

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「自分を鼓舞すると言うか、次のステップに行くために彼の中では何かそういった自分をこうする部分があったんじゃないでしょうかね。全くの独学ですから。彼は基本的には。一度日本の伝統をもう一度振り返ってみようというところがこの60年代でこういった形で現れたんじゃないかと思った」

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鉄工所で鉄が作られる場面を描いたスケッチブックも発見されています。横山は戦後の経済成長の現場を見つめていたのです。晩年脳卒中で右半身不随になった横山。

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この作品は訓練した左手で書いた故郷の風景です。まもなく帰らぬ人となりました。東京の三鷹市美術ギャラリーで来月14日まで。

 

【開催中の企画展】横山操展 ~アトリエより~ | 公益財団法人 三鷹市スポーツと文化財団

1920(大正9)年、新潟県西蒲原郡吉田町(現・燕市)に生まれた横山操は、高等小学校卒業後14歳で上京し、文京区にあった図案社などで働きながら画家としての道を少しずつ歩きはじめます。しかし20歳で召集、中国各地を転戦してのちはシベリアに抑留され、復員は1950(昭和25)年、ほぼ10年後でした。その後は川端龍子の青龍社を中心に、自らの生きる「今」を力強い大画面の日本画で描くと同時に、故郷の山並みや夕景を独自の叙情性で表現してきました。

復員の翌年結婚し、1952(昭和27)年には長女を授かり、品川区大井庚塚町(現・大井七丁目)、世田谷区松原町(現・松原)と移り住みながら、1959(昭和34)年三鷹市大沢に自宅とアトリエを建てます。その際に過去の作品の大半を焼却したのは、どのような理由からか覚悟からか、それに応えるように以後ますます目を見張る活躍をすることになりました。

1966(昭和41)年には多摩美術大学日本画科教授に就任し、後進の指導にも情熱を注ぐようになります。が、1971(昭和46)年4月、脳卒中で倒れ右半身不随となり、利き腕の右手が使えなくなってしまいます。しかし制作に向かう姿勢は止むことなく、リハビリに徹し、11月には絵筆を左手に持ち替えて再び歩みはじめます。そして、≪むさし乃≫など静謐な画面を何点か描くと、1973(昭和48)年3月、再び脳卒中に倒れ、4月1日、帰らぬ人となりました。


三鷹市美術ギャラリーでは、1993(平成5)年10月の開館記念展で横山操を取り上げました。≪網≫≪川≫、そして≪十勝岳≫といった数メートルにおよぶ大画面の代表作を展示し、没後20年を記念するものでした。今回、開館25周年を記念し再び横山操を取り上げますのは、一昨年操夫人の基子氏がお亡くなりになり、アトリエの調査に入らせていただいたのがきっかけになりました。今まで未陳であった作品など、開館記念展とはまた異なる操の横顔を見せられるのではないかと企画した次第です。一見小品が主体ながら、そこにもまぎれもない横山操の姿があります。

 

 

会場:三鷹市美術ギャラリー

会期:2018年8月4日~10月14日