チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

美の巨人たち 高島野十郎「蝋燭」

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1960年、油彩画『蝋燭』の作者・高島野十郎は70歳の時に千葉県増尾へ移住。

世俗から遠く離れ、独り静かに絵を描いていました。

f:id:tanazashi:20180929211110p:plainもともと「蝋燭」は絵の購入者や友人たちに贈ったもの。

生涯にわたり蝋燭を何枚も何枚も描き続けました。

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今回の作品もその中の一枚。

絵画とは思えないほど、ゆらりとした炎が見る者を照らします。

なぜ私たちは炎に魅入ってしまうのか?

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その秘密は光を当てるとキラキラ輝く“ある物質”にあったのです。

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美の巨人たち 高島野十郎「蝋燭」(仮)

放送:2018年9月29日

一本のロウソク

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じっと見つめてください。

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こんな絵になりました。

本日は一本のろうそくを何枚も何枚も描いた画家の物語。

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千葉県柏市の郊外に増尾という土地があります。

かつてはのどかで緑の豊かな農村でした。58年前の1960年のこと。

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一人の男が増尾にやってきました。

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畑の一角を借り、小さな木造の小屋を建て暮らし始めたのです。ちょうど七十歳の時に。まるで庵を結ぶように、世俗から遠く離れ一人静かに絵を描いていたのです。

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「ホームレスみたいな格好してたんですよ。アトリエにいるときは」

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高島野十郎(1890-1975)と言いました。

 

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彼の名が多くの人々に知られるようになったのは亡くなってからしばらく経ってのこと。

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残された作品に驚いたのです。執着と沈黙の神秘と。

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圧倒的な描写の力に。

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「写実的でありながらもその中で野十郎という画家の息遣いと言うか、そういうものがきちっと描かれていく」

そんな弥十郎が生涯描き続けたモチーフが炎です。

驚くべき画家の姿

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その絵が収められているのは福岡県立美術館です。

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ここには日本で唯一高島野十郎作品の常設展示コーナーがあります。

今日の一枚は倉庫でお休み中でしたので特別に出していただきました。

少しの間見てください。目を離せなくなりませんか。

まるで本物のろうそくの炎を見つめるように私たちは絵の中の炎を見つめてしまうのです。

高島野十郎は見る人ですね。対象を見ていくそういう認識の画家だと思ってます」

 

今日の一枚。高島野十郎作「蝋燭(ろうそく)」

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縦22.7 CM 横15.6 CM。 板の上に描かれた油彩画です。

小さな画面の中に火を灯したろうそくが一本。

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その炎が周囲の闇を赤く照らしています。

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白いロウソクはオレンジ色に照らされ、芯から立ち上る炎は青ピンクオレンジ黄色やがて赤へと変わり、光はゆらめきながら上に上にと伸びていきます。

炎が映し出すのは深い静寂。暗い闇の手触り。

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描かれたロウソクのはずなのに絵画という現実を忘れてしまうほどゆらりとした炎は見るものの目を離そうとしないのです。

ロウソクの絵は画家が売るために描いたものではありませんでした。

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「焚付のようにでもしてください」そんな言葉を添えて絵の購入者や友人たちに送ったのです。

なぜ人はその炎に魅入られてしまうのか。

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この絵には誰も気がつかなかったある秘密が隠されていたのです。

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光を当ててみると、あっキラキラしている。それは一体何か。

 

ほとんど無名だった高島野十郎という画家に光を当てた人がいます。

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福岡県立美術館の西本正信さんです。

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きっかけは福岡の企業が所有していた睡蓮の池という作品から受けた衝撃でした。

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「はじめてこの作品を見たときですね、なんて精緻に描かれているんだろうとそれでいながら現実そのままではないぞと、その違和感って言うか。高島野十郎という作家が描いたということはわかったんですよ。どういう画家かわからないということで調べてみてはどうかという風に暖めていたのですが私がちょうどこの作家を追いかけるということで担当になりました」

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西本さんが絵の所有者を調べ資料を丹念に集めていくと驚くべき画家の姿が浮かび上がってきたのです。

高島野十郎という画家

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若き日の自画像です。本名は高嶋彌壽(やじゅ)といいました。

弥十郎という名は野で果てることを願い、後に自分でつけた名前です。

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福岡県の久留米市は野十郎の故郷。

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明治23年に酒造業を営む大地主の家に6男2女の五男として生まれています。

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詩人だった長兄の宇朗は同郷の画家青木繁の親友でした。

野十郎はそんな兄達との交流の中で画家を目指したと言われています。

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学業も優秀だった彼は東京帝国大学農学部水産学科に入学し首席で卒業するのです。

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学生時代の観察図が残されています。

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魚の感覚器官を研究していた野十郎の精緻な写実。

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学者として将来を嘱望されていた野十郎でしたが、選んだのは画家の道でした。

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師匠にもつかず。どこにも属さず。世俗からも離れ、絵画というものを純粋に探求していたのです。

野十郎は東京を中心に放浪者のように転居を重ねながら暮らしていました。

時折開く個展で生活の糧を得る以外世間と交わる事を嫌い、画壇との交流も絶ち、修行僧のように絵を描き続けたのです。

こんな言葉を残して。

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「世の画壇と全く無縁になることが小生の研究と精進です」

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野十郎が描いたものがそのままの姿を留めています。

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新宿御苑の中に。彼の描いたユリノキがいまも。

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大地にどっしりと根を張る三本の大樹の生命感。れんげ草は長野を旅した時に生まれました。

晴天の空。残雪のやん脈。春の息吹を謳歌する大地。目の前にあるものが全て等しく描かれているという驚異のまなざし。

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画家の願いは花ひとつを砂一粒を人間と動物に見ること。神と見ること。

弥十郎の作風は写実です。

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徹底的に見尽くすように。聖地な筆使いで時には何年もかけて一枚の絵を描きました。

 

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昭和35年。転機が訪れました。南青山にアトリエを借りて暮らしていた野十郎は東京オリンピック開催に伴う道路拡張工事のために立ち退きを迫られたのです。

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交流のあったロシア文学者の川崎徹さんは高島野十郎の評伝を記した方です。その時の忘れられない記憶が。

「野十郎さんがいきなりやってきて。石畳を壊し始めたから。私はね座り込んで言ったんだ。壊すなら俺を殺してからやれって。その時私は野十郎さんは紳士なんだけど気骨のある人だということは初めて知った」

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野十郎が転居先に選んだのは千葉の柏駅から東武野田線で二駅め、増尾というのどかな農村でした。

この地で代々農家を営んできた伊藤さんは高島野十郎に土地を紹介した人です。

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「畑を作りたいけど土地貸してくれと。できたら電灯もない寂しい所がいい。ということでアトリエ作ったんだけども」

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野十郎は間口3間、奥行2件ほどのアトリエを兼ねた小屋を建てました。

友人への手紙にはこう綴っています。

「今度の新居には少し地面がありますので野菜を作っています。葉っぱはあまって仕方がありません」

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ガスも水道も電気もなく水は井戸水を汲み上げ七輪で火を起こして煮炊きをし、布の中に藁を入れたベッドで寝起きする生活でした。

当初周囲の人々はこの男が何者なのか分かりませんでした。

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「ホームレスみたいな格好したんですよ。皆なめてかかるねだけど、家に挨拶に来た時にヨーロッパスタイルの山高帽子みたいなかぶって、マントを着てこれから東京行くんだっつってねよったんですよ。その時にあの人ちょっと変わってんぞ普通のものじゃないぞ俺たちが言ってた」

高島野十郎は自分のことを話したり、経歴を証すような人ではありません。

夜になると一人絵を描いていたのです。

その傍らにロウソク。

 

2015年福岡県立美術館での調査をしていた時のことです。

不思議なものが目に飛び込んできたのです。

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「 ledライトを当てて作品の表面を観察していたところ、表面が少しキラキラ光るような印象覚えたのが始まりでございました。その後顕微鏡を使った調査をしたところ、光る物質が発見されました」

果たして光の正体とは。

そこに私の野十郎という方の魂が込められていたのです。それは何か。

 

光の正体

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高島野十郎の太陽。

光の塊を示すかのように絵の具を盛り上げそこから放射状の細い線が広がっています。

静かな筆致で描かれているはずなのに、眩しさを感じてしまうのです。

ではこれは何か。様々な色が点描のように微細に描かれています。

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抽象画のような不可解な絵ですがこれもまた光と闇をモチーフにした作品なのです。

「これも写実の作品です。目を瞑ったところはどうだろうということで目を閉じた時に目に映る光景を書いたのは無題という作品だと言われています」

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太陽を見る強烈な光の世界。目を瞑ればまぶたの裏側に映るその残像。

まるで網膜の細胞ひとつひとつが感知した光と闇の痕跡を弥十郎は描いたのです。

そして月。

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陽の光の名残が景色を赤く染め上げる夕暮れ。

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ふっと姿を表す柔らかな月の光。

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夜の空は濃い藍色と深い緑色が溶け合うように塗られています。

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「月は闇を覗くために開けた穴です」

増尾は画家にとってのユートピア

夜と月と闇と一人。高島野十郎が親しい人達に送っていたのがロウソクの絵です。

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生涯にわたって何枚も描き続けました。

確認されているものだけでおよそ40枚。

なぜ描き続けたのか。

 

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「彼にとっては普通の絵を描くというのとは違う特別な意味を持った作品が「蝋燭」。受け取った人はですね。お仏壇のところにですね灯明の代わりとして使われたりしてる家を多く見かけました」

今日の一枚は高島野十郎が最も初期に描いたロウソクです。

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この絵の調査で見つかったのが不思議な光る物質でした。その正体とは・・・。

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何か光るものを発見した学芸員の高山ユリさんが顕微鏡を使って観察してみると。

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「画面に確かにあの光る結晶状の物質があのある。しかも全体にあるわけではなくてろうそくの陽炎の部分などには主に多く見られるということがわかりました」

ロウソクの炎そのものではなく炎の周囲に結晶が塗られていたのです。

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「結晶の形とか屈折率などから考えるに日本画の画材でよく用いられる方解末とか水晶とかそういったものを使っていたのではないかという可能性が考えられます」

なぜ野十郎は謎めいた細工を施したのでしょうか。

「この蝋燭という作品がとても小さくて所蔵者の方々が近い距離で眺めてはっとするような効果をひょっとしたら意図していたのかもしれないなと考えております」

画家は小さな画面に光の結晶を塗り込めていたのです。

輝きをそっと忍ばせるように。

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弥十郎の言葉です。「俺の絵のろうそくはみんな生きとるんだよ」はたしてその意味とは。

今日の一枚。

高島野十郎の蝋燭。

それは大切な人に感謝を込めて送っていた絵でした。

望月雅子さんは今日の一枚の持ち主だった方です。

弥十郎とは家族ぐるみの付き合いをしていたそうです。

「あれば私が頂戴したんじゃなくって多分祖母が頂いてるのをずっと大事に持っておりました」

「その絵を書くときは夜中に起きて黒い布をかぶってロウソクの絵を書くんだっておっしゃったのを記憶しております。何か心にしみるような問いかけるような、問いかけるような絵だと思います」

もう一人が川崎徹さんです。

「私はもらった途端に、これは人間の一つのシンボルだなと思ったんです。あの小さがく物の中に生命が萌えていてやがて無となる。それが渾然一体となってる。珍しいなあと思いましたね。はっきりおっしゃったのは、このロウソクし自分にとっては絵馬みたいなもんだよと。人の心の中に自分のローソクを灯した」

小さな画面の中にロウソクが一本。その一本が見るものを照らしています。

深い清寂と暗い闇の手触り。高島野十郎は人々の心に光を灯したのです。

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「俺の絵の蝋燭はみんな生きとるんだよ」

燃えていくロウソクのようにこの世界を見つめた人です。

その眼差しに宿った光の純情。

高島野十郎作「蝋燭」炎ゆらり光一人。

髙島野十郎(1890-1975)

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