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響くアートの愛好家

日曜美術館「至宝が伝える 天平の息吹~第70回 正倉院展~」

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日曜美術館「至宝が伝える 天平の息吹~第70回 正倉院展~」

奈良の正倉院に納められた宝物の数々を年に一度だけ公開する「正倉院展」。大陸からもたらされた品やけんらん豪華な宝物を見たいと、20万人も訪れる展覧会の魅力に迫る。

秋の奈良の風物詩と言われ、70回の節目を迎える正倉院展。今年、出陳されるのは56件。聖武天皇ゆかりの「平螺鈿八角鏡」や「沈香画箱」など、象牙トルコ石、水晶といった貴重な素材を惜しげもなく使った宝物は、1300年前の技術の高さを今に伝える。宝物とともにもたらされ、今も残る風習や、最新の成分分析で判明した制作の秘密、明治の職人たちによる宝物修復の技も紹介。奈良時代の宝物を巡る人々の息吹を伝える。

【ゲスト】奈良国立博物館館長…松本伸之,おかざき真里,【司会】小野正嗣,高橋美鈴

放送日

2017年11月4日

 

取材先など

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奈良の秋を彩る展覧会がことしもはじまりました。70回目を迎える正倉院展です。

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美しい細工が施された舶来の鏡。

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当時の工芸技術が惜しげも無く注ぎ込まれた木箱。

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今年も1300年前の華やかな宝物が一堂に会しています。

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時代を超えて受け継がれたかけがえのない56件。

その魅力と広られた物語を紐解きます。

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70回目となる正倉院展です。

年に一度の正倉院に納められている宝物が17日間だけ特別公開されるということです。

今年注目の宝物からご覧いただきましょう。

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10月3日。今年も正倉院の扉が開かれる日がやってきました。

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天皇の勅許を得た勅使が蔵の封印解く開封の儀です。

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年に一度奈良国立博物館に宝物が運ばれ、1300年前の貴重な品々に出会うことができます。

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今回最も注目を集めるものの一つ。

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「平螺鈿八角鏡」。聖武天皇が愛用していたという鏡です。

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直径32センチ。

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今見えているのは鏡の裏側。緻密な装飾が施されています。

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赤い花は薄く切った琥珀です。花の中に見える線は、実は下地に描かれた金が透けているもの。伏彩色と呼ばれる高度な技法です。

 

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周囲の草花や鳥は螺鈿細工。貝殻を加工して作られています。これほどまでに細く加工するのには高い技術が必要です。

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貝と貝の僅かな隙間は青色緑色のトルコ石で埋め尽くされています。装飾技術の高さを今に示す優れた宝物です。

もう一つ注目を集めている作品もやはり螺鈿細工。直径50センチ。ボリューム感のある箱は唐からもたらされました。

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「玳瑁螺鈿八角箱(たいまいらでんはっかくのはこ)」

玳瑁とは現在のべっ甲にも使われる亀の甲羅のこと。

八角形の箱一面に玳瑁が張られ貝で作られた螺鈿細工が施されています。

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花の中央には赤い琥珀

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周りを水鳥と植物が囲みます。

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箱の側面全体には左右対称に描かれた花と鳥が配されています。

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奈良、東大寺の境内にある正倉院

収められている宝物は9000件あまりにのぼります。

その始まりは8世紀。

 

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聖武天皇が愛用していた品々が納められました。

聖武天皇は積極的に大陸との交流を図りました。

優れた技術や文化を持っていた大国・唐に施設を度々派遣しました。

唐の都は多様な国の人々が集う国際都市でした。

今回展示されている中にもその国際性を示す品があります。

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「鳥獣花背円鏡」。

唐からもたらされた鏡で、溶かした金属を型に流し込んで作られています。

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中央にいるのは獅子のような動物。

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その周りにはそれぞれポーズの異なる動物が配され豊かな表情を見せています。

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さらにその外側には翼を広げた鳥や小さな実をつけた葡萄。

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唐の西、西ペルシャに起源を持つデザイン「海獣葡萄文」です。

一方、唐からは物だけでなく風習や年中行事も伝わりました。

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京都の職人が今でも作っているのは絹でできた花を飾るくす玉と呼ばれるものです。

くす玉は端午の節句に飾られる邪気払いのお守り。

端午の節句を祝う風習は奈良時代に唐から伝わったものです。

邪気払いに使われていたのは今もくす玉に付いている色とりどりの糸。

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唐では5月5日に腕に「百索褸」と呼ばれる五色の糸を結びつけ、病などを避ける呪いが行われていたのです。

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今回の正倉院展には聖武天皇端午の節句に糸を巻いたという百索褸の軸が展示されています。

広葉樹をろくろで削り作られた30センチほどの軸。

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軸の端に彩色の施されているのは糸を巻いた時に華やかに見せるためでしょうか。

大陸から当時最先端の技術や文化を取り入れていた日本。

その証が正倉院宝物なのです。

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八世紀には唐の影響を受け、日本でも華麗な工芸文化が花開きました。

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仏への捧げものを乗せる台は天板に4箇所のくりこみ設けられ花の形に作られています。直径50センチの大型の台です。

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足は植物の葉をかたどって作られ、細やかな模様が描かれています。

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縁には蝶や花。今は藍色のように見えていますが元々は銀色の絵の具で描かれていました。

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こちらは「玳瑁如意」(たいまいのにょい)。

僧侶が法会の時に手に持つ物です。

亀の甲羅である玳瑁を3枚ついで作られたと考えられていますが上手に注がれているためそのつなぎ目を見分けることはできません。

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先端は玳瑁に熱を加えて曲げられています。貴重な材料を惜しげもなく使い、多彩な宝物が作られたのです。

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沈香画箱」(じんこうもくがのはこ)仏への捧げものを入れたとされる箱です。これも日本で作られたと考えられています。

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箱全体に金の絵の具で山や海の風景などが描かれています。

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目を引くのは蓋や側面に設けられたカラフルな小窓。

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小さな窓のひとつひとつに野山で遊ぶ鹿や鳥の愛らしい姿が描かれています。

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絵の上には水晶が貼られています。注目したいのは小窓の縁取り。

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宝物の名前にもなった技法。木画です。

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紫檀、黄楊、象牙、染めた鹿の角がミリ単位で組み合わせれています。木画はこうして作られています。

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まず色や素材の異なる板を貼り合わせ、薄く切って木片を作ります。

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こうした木片を寄木細工のように組み合わせ、模様を形作っているのです。

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箱の下には獅子と植物が透かし彫りされた象牙

その上下をバリエーション豊かな木画が飾っています。

細部にまでこだわった正倉院屈指の宝物。

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日本の匠たちも貴重な材を使い技を尽くしたのです。

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実物の製品で見ることができるのは8世紀前後だけなんですね。今のところ平安時代以降パッタリ作られなかった。大変手間のかかる技法、それから象牙紫檀などの材は入手しにくいものでありますから、遣唐使が9世紀に終わってしまったら大陸からも海外からも貴重な際も入りにくくなるなと思った一面ではあったんだろうと思います。8世紀奈良時代が木画の最盛期だろうと思います。

 

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「平螺鈿八角鏡」は数奇な運命をたどった鏡です。

実は鎌倉時代に一度盗み出され割られてしまいました。

長らく破損していたものが明治になって修理されたのです。

修理の後は鏡をよく観察すると見えてきます。

それは螺鈿の線彫りです。

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線彫りが黒くくっきりと見えるものが奈良時代のもの。

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対して明治時代に修理された螺鈿の線は白いまま残されています。

正倉院宝物にはこのように破損してしまったものが少なからずありました。

明治時代。本格的な修理が始まりました。

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明治25年御物整理係という機関が設置されます。

腕の立つ職人たちが日本中から集められ、宝物の研究や修理が始まったのです。

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携わった職人の一人が木内半古。東京で木工芸家として活躍していました。

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御物整理係として螺鈿や木画などの修理を手がけた心境が残されています。

「調べれば調べるほどその意匠と申し、技術と申し新しい意味を発見いたしましてますます奥深い」

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この「犀角如意」も明治時代に修理されたものです。

表と裏それぞれの模様が見えるよう、鏡を使って展示されています。

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先端部は湾曲した犀の角にすかしぼりの象牙などが細工されています。

こちらは奈良時代そのままのもの。

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一方反対側は同じような形をしていますが、明治時代に修理されたものです。

柄には花や鳥。

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染めた象牙を削って紋様を作る「撥鏤(ばちる)」という技法によって描かれました。絵の左端。

緑色の部分は当初隣の赤や青い部分には修理が加えられています。

明治時代に花や鳥が再び描かれました。

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当初の色を想定し鮮やかな色で作られています。

明治の職人たちが力を結集した事で宝物は元の華やかさを取り戻したのです。

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大きく修理されたのが「玳瑁螺鈿八角箱(たいまいらでんはっかくのはこ)」今の姿からは想像できませんが明治まで表面の玳瑁や貝が半分以上剥落し失われていました。

そもそも玳瑁と螺鈿の細工はどのように作られていたのか。

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長崎市のべっ甲職人川口浩二さん。

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正倉院へ調査に入った経験もあるこの道60年のベテランです。

川口さんに玳瑁螺鈿の技を見せてもらいました。

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まず文様の一部である鳥の形に貝を加工します。ところが・・

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「割れた」

厚さ1ミリ程度の貝から細かな図柄を削り出していくのは熟練の職人にとっても難しい作業です。

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今度はべっ甲を描いと同じ形に切り出していきます。

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ぴたりとはまりました。

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しかし修理はさらに難しい作業になるといいます。

古い箇所と新しい箇所の色合いや模様を合わせなければならないからです。

「同じようなべっ甲をもってこなくてはならない。模様を見ながら。最初作るときは一枚の13枚の甲羅から模様をだいたいあわせていく。ところが修理の場合は別のべっ甲から。修理のほうがほうが難しい」

ところが明治の修理はある議論を巻き起こしました。それは側面の左右対称の花。

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中に一箇所だけ図柄が左右非対称になっている部分があります。修理の時間違えてしまったのではないかという意見が出たのです。しかし、昭和になってから明治の修理の正しさが証明されました。

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正倉院で剥落したタイマイや貝のかけらが多数見つかったのです。

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その中になんと非対称のかけらがありました。

箱に合わせてみると側面の模様と一致しました。

宝物を作る職人とそれを守る職人。時代を超えた努力の上に今日の宝物の美しさはあるのです。

 

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今回の正倉院展では新しい調査の結果を踏まえた展示も見ることができます。

20センチほどのはさみ。「白銅の剪子」(はくどうのせんし)です。

波打つような形の取っ手に、外側が少し丸まったような歯。

先端には半円形に立ち上がった金具が付いています。

この不思議な形のハサミはどのように使われたのでしょうか。

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実はこのハサミは今でもお寺の法要などで使われています。ろうそくは長時間つけていると芯が炭化して燃え残ってしまいます。金具があることで安全に芯を切り落とすことができるのです。

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しかし今から30年前の正倉院展に同じ「白銅の剪子」が展示された時の映像を見ると、先端の金具がありません。この金具がなかったため、それまで草木を剪定する花鋏だと考えられていました。

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ところが韓国の遺跡から出土した鋏と柄の部分の形や全体の大きさなどが極めて似ていることが判明。

そのハサミには先端部分に金具が。

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そのため正倉院の「白銅の剪子」にも同じような金具が付いていたのではないかと考えられました。

その後正倉院の膨大な資料の中から半円形の金具が見つかりました。はさみの接着跡にピタリとはまり、芯切りばさみと判明したのです。

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最新の調査で新しい素材が見つかったのが光明皇后が履いていたともいわれている(ぬいのせんがい)です。

(ぬい)は刺繍。(せん)は紐。(がい)はわらじを表します。

刺繍飾りのついたひも付きの靴という意味です。

室内でスリッパのように履いていたと考えられています。

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現在(ぬいのせんがい)は正倉院に4足収められています。

3年前これ等に関するある調査が行われました。それは靴を形作る芯の素材について。

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絹地の内側にはよく見ると麻布が仕込まれています。

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造形作家のひろいのぶこさんです。東アジアを巡り手織りの布を長年にわたって研究してきました。

麻は奈良時代にはすでに幅広い用途に使われていたと言います。

正倉院にね、見ていただいてもわかるように例えばいろんなものの中の芯に使われてることが多いんです」

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正倉院で行われた麻の調査の様子です。

麻の種類を特定することで宝物が作られた場所や当時の朝の使われ方が詳しくわかると期待されました。

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これまで正倉院宝物に使われていた麻は主に大麻と苧麻の二種類でした。

どちらも当時日本で栽培されていたものです。

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調査に参加した京都造形芸術大学の岡田文男教授です。

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岡田さんは(ぬいのせんがい)から採取した麻の繊維を光学顕微鏡で詳細に調べました。

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「繊維の断面ですが、大きさが違います」

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見つかったのは。これまで正倉院の宝物からは見つかっていないものでした。

この黄麻。

栽培されていたのは唐の南の熱帯地域と考えられています。

日本では栽培されていない紅麻が見つかったことで(ぬいのせんがい)は唐からもたらされたと裏付けられたのです。

 

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