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響くアートの愛好家

美の巨人たち  東山魁夷「唐招提寺御影堂第二期障壁画」

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鑑真坐像が祀られた唐招提寺・御影堂の5つの部屋の障壁画を手掛けた日本画の巨匠・東山魁夷

その中の3つの障壁画に注目。

美しい色彩が特徴の東山が67歳で初めて挑んだ水墨画です。

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描いたのは鑑真の故郷「揚州薫風」。

ãæ¡ææ宵ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ渡航に失敗した鑑真が訪れた景勝地「桂林月宵」。

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しかし「黄山暁雲」だけは鑑真が訪れたことのない場所でした。

そこに東山のある狙いが!

単なる水墨画ではない、色が見える従来とは全く違う新たな試みとは?

美の巨人たち 
東山魁夷唐招提寺御影堂第二期障壁画」

放送:2018年11月10日

プロローグ

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古の奈良で仏教文化が花開いた天平の趣を残す唐招提寺

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開祖僧鑑真和上像を祀る御影堂が全国ニュースに取り上げられたのは昭和50年のことでした。

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御影堂障壁画、山雲濤声奉納。

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戦後の日本画家を代表する東山魁夷による障壁画。

 

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日本の山と海を描いたその鮮烈な青。

国民的画家と言われた巨匠の新たな代表作として話題を呼びました。

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御影堂には五つの部屋があります。山雲濤声は 上段の間と神殿の間に描きました。それから5年。この襖の奥。

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鑑真和上が祀られた松の間と両脇の部屋に、今度は中国の風景を描いていたのです。

御影堂の障壁画の条件として、東山はこう言っています。

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象徴としての意味を持つ日本の風景と中国の風景を描かなければ両国を文化の上で結んだ鑑真和上の精神を表すことはできない。また和上の霊を慰める障壁画になりえないと思った。

絵が公開された時、東山を知る誰もが驚愕しました。華やかな色彩の世界から一転、それまで手がけたことのない水墨画の風景だったからです。

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今日の作品。東山魁夷作東招提寺御影堂第二期障壁画。

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三つの部屋にそれぞれ違う風景が描かれています。

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鑑真像がある中央の松の間には揚州薫風。

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初夏の風にそよぐ柳に囲まれた水辺です。

揚子江下流にある痩西湖。

奥には名勝五亭橋。歴史ある水郷の風景がしっとりと描かれています。

 

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梅の間にはは中国南部の景勝地桂林月宵。

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切り立つ山々にかかる霞。淡く輝く月。山の合間を行く船が波を立てずゆったり進みます。清寂の風景です。

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桜の間には黄山暁雲。古来から数々の画家たちを魅了したという中国東部山岳景勝地の夜明け。

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霧に霞む山々。険しくも雲雄大なその姿が幻想的に描かれています。

67歳となった東山にとって初めての水墨画でした。

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それまでの東山の作品といえば美しい色彩で描かれた世界。

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特に東山ブルーと呼ばれた青は画家独特の印象を見るものに与えました。なのになぜモノクロの水墨画を描いたのか。しかもそれは今までのものとは違う誰も試みたことのない水墨画だったのです。

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「一色しか使っていないのに色の感じを見る人に与えるそういう魔術のような表現」じっと見つめてくださいあなたの色を感じませんか。鮮やかな色彩から墨の世界へ。巨匠東山魁夷の新たなる挑戦とは。

 

唐招提寺・鑑真和上坐像

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今日の作品が描かれた舞台へは、近鉄橿原線西ノ京駅から向かいましょう。駅を出て前の道をまっすぐ進むと右手にすぐ薬師寺が見えてきます。

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門の前を左へ曲がると歴史の道。

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天平の雰囲気漂う散歩道です。そのまままっすぐ10分ほど歩くといよいよ唐招提寺南大門に続く通りに。

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唐招提寺は759年伝票の時代に中国からやってきた高僧・鑑真によって開かれました。鑑真。苦難と不屈の精神で知られる人。

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遣唐使として海を渡った二人の留学生が日本に正式な仏教を教えてほしいと鑑真のもとを訪れて日本に向かったのは55歳の時。

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しかし嵐など5度の失敗の果てに盲目となり、6度目にようやく日本にたどり着いたと言います。御影堂はその鑑真の像を安置するためのお堂。

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国宝の鑑真和上坐像は日本最古の肖像彫刻と言われ、その姿を今に伝えています。

作ったのは鑑真とともに唐からやってきた弟子でした。

お供の僧たちにとっても日本への旅は過酷でした。

 

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鑑真の故郷は中国揚州。揚子江の北岸にあります。

東山魁夷が御影堂の鑑真像が鎮座する部屋に描いたのが、その揚州の風景です。

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厨子の中の鑑真の正面に広がる痩西湖は随の時代に揚子江をせき止めた湖。

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名勝、五亭橋が霞んでいます。

そして風に揺らぐ柳。しかしこの風景を描くには一つ問題がありました。

東山は中国に行ったことがなかったのです。

中国へはまだ個人旅行は難しかった時代でした。

鑑真のためにも、そして自らの絵のためにも中国に渡らなければなりませんでした。

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なぜなら東山の作品は常に膨大な写生の上に成り立っていたからです。

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山雲濤声で描いた風景でも、東山は鑑真がわたってきた海のイメージを求め、日本海側を青森から山口へ。

さらに立山北アルプス山と旅を続け膨大な写生をしていました。

写生こそ東山の作品の根幹だったのです。

そこで昭和51年東山はあらゆるつてをたどり日本文化会代表団員として中国に渡るのです。

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最初は北京西安揚州桂林へ。その後2回中国に渡りウイグル自治区黄山にも足を運び多くのスケッチを描きました。

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そして東山は鑑真像が安置された松の間に故郷・揚州の風景で包み込むように障壁画を描いたのです。

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肝心の目の前には湖が広がり、両脇の湖岸には柳が風にそよいでいます。そして背後には大胆に近景で描かれた柳。その枝越しに湖が垣間見えます。つまり揚州薫風は鑑真が故郷揚州の湖に浮かぶ小島の岸辺に座り、その風景を眺めているように配置されているのです。

しかしなぜその風景を水墨で描いたのでしょうか。

そのきっかけもまた中国への旅にありました。

 

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「第1回の中国旅行で最大の圧巻は桂林からの漓江風景であった。私の作品の中に水墨画の世界をごく自然な形で受け入れる絶好の機会となった。なぜなら桂林を訪れることによって中国水墨画の風景。しかもその精髄が現実に生きて完全に立ち現れるのを見たと感じたからである」

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自らの目で見た中国桂林の風景が画家に水墨の筆を取らせたのです。

東山の水墨画を研究している鶴見さんは

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「中国に行って初めてあんな景色が本当にあるんだっていう驚きが聞こえたっていうことあると思うんですね。

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中国に行ってあの景色を墨でスケッチして、それによって墨の手応えを得たっていうこともあったと思うんです」

桂林で中国の自然を目の当たりにした画家はこの旅で最も多くスケッチを描いています。そして確信したのです。

水墨画こそ中国の風景にはふさわしいと。

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桂林もまた鑑真の足跡が残された場所でした。

桂林で水墨画に目覚めた東山魁夷。それは従来の水墨画とは全く違う手法でした。

「色彩でこれまで絵を書いてきた画家でしかできないような墨を色として使っている」

墨を色として使うとはどういうことなのか。

 

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今日の作品。梅の間の桂林月宵。 静寂の風景です。

しかし東山は鑑真の見た桂林の風景をこう言っています。

「まるで大地から巨大なタケノコが群がり生えたような姿を目の当たりにし、神が密かに地上の一隅に残しておいた空想の世界を見た」

そして描き出すのです。

しかしそれは今までになかった新しい水墨画でした。

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そもそも水墨画はあまり重ねることはせず、一筆で描きます。

そこで出たにじみや刷毛を使ったぼかしで陰影や遠近感を出すのです。

ところが東山はこのにじみを嫌いました。

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日本画家の近藤さんに東山の技法を再現していただきました。

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「東山先生の表現を礬砂を引いた雲肌麻紙を使って描かれた」

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礬砂とは膠を水に溶かしミョウバンを加えたもの。これを下地に引きます。

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「にじみ止めのようなものです」

従来の水墨画にとってにじみは大切な要素。

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しかし東山はにじみをなくすための礬砂を引いた。

一体なぜなのでしょうか。

 

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「にじみはどちらかと言うと偶然をどうやって拾い上げていくか。そういうものを避けられた」

では偶然を嫌った東山は奥行きや陰影をどのように作り出したのでしょうか。

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まずごくごく薄いす墨から徐々に濃い墨を重ね山の形を浮き上がらせていきます。

「墨も一種類しか使ってないと思うので、その中でどれぐらい重ねているのか計り知れないなーって言う」

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筆を重ねることで生まれるグラデーションで遠近感や立体感を作り出していたのです。この技法で東山は従来の水墨画にはない効果を生み出したと言います。

「透明感を画面から引き出す描き方は東山先生独特のものなんではないかと」

これはまさに、東山がそれまで描いてきた彩色画の技法でした。

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同系色の濃淡で神羅万象を表す。

だからこそ東山の水墨画はまるで彩色画のような深い味わいがあるのです。

どうですあなたも水墨の中に色彩を感じませんか。

これが東山の狙いだったのです。

しかし一つ不思議なことがあります。松の間には鑑真の故郷揚州の風景。

梅の間には渡航に失敗した鑑真が訪れた桂林の風景。

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ところが桜の間の黃山。実はここには鑑真の足跡はないのです。

東山はなぜ、鑑真に縁のないこの風景を障壁画に加えたのか。

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そこには唐招提寺の障壁画を完璧に完成させるための画家のこだわりがありました。

なぜ東山魁夷は御影堂の障壁画に鑑真人に縁のない黃山を描いたのか。

 

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黃山とは中国安徽省にある72の峰の総称。

奇松・怪石・雲海。黄山を見ずして山を見たというなかれと言われ、古くから多くの画家がこの風景を描いてきました。

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黃山は中国の水墨画に欠かせない題材の一つだったのです。

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東山は言っています。

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「黃山は年来の憧れの山であった。私にとって唐招提寺御影堂障壁画の第2期の制作の主題である中国風景の中にどうしても欠くことのできないものだからである」

絶え間ない雲の去来と山々のががたる岩山の稜線。

東山はこの中国を代表する風景に挑みました。

険しい山々とその合間を流れる霧のスピード。

それを支配しているのは夜明け前の静寂。

東山は高山の風景を実にダイナミックに描き、そして清々しい朝の大気とともに鑑真に捧げたのです。

今日の作品は現在、東京六本木の国立新美術館で見ることができます。

唐招提寺御影堂を再現した展示で東山魁夷の世界をご堪能ください。

静寂の間にそよぐ薫風と柳の葉音。

1200年の時を超え異国の名僧に捧げた画家の思い。

目を閉じた鑑真和尚の前に描かれた故国の風景。さざ波。月の光。そして風。東山魁夷作、東招提寺御影堂。

第二期障壁画。新たなる水墨画の誕生。

 

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