チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

美の巨人たち 川瀬巴水「東京二十景」

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歌川広重『名所江戸百景』から70年後に描かれた“昭和の広重”川瀬巴水(かわせはすい)作『東京二十景』。

大判の版画全20枚にわたり大正から昭和初期の東京を描いた連作です。

瑞々しく生き生きと…町とそこに暮らす人々の喜怒哀楽が見えてくる巴水の版画。

美しさの秘密は30を超す多色摺り。

そして浮世絵では使わない驚きの技法が!

未曽有の大災害、関東大震災から蘇ろうとする故郷“涙で滲んだ東京”に込めた巴水の願いとは? 

 

渡邊木版美術画舗

 

 

美の巨人たち 川瀬巴水東京二十景」

放送:2018年9月8日

 

プロローグ

この街は宿命のように姿を変えていきます。

その風景を変えていきます。大都会東京。

その原点とも言える街の記憶が。

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160年前歌川広重は「名所江戸百景」と題して描きましたこの街の活気と賑わいを。

その70年後、変貌する街の宿命を一人の男が見つめ直しました。

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今日の作品「東京20景」大正から昭和にかけての東京が大版の版画で全20枚。

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懐かしくも美しい街の記憶です。

 

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上野の春。

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夏の多摩川

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秋の荒川。

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月島に冬が来ました。

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東京20景は必ずしも名所を描いているわけではありません。

 

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平凡な街の何気ない一瞬です。

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それは風景でもなく光景でもなく。

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情景と呼ぶべきかもしれません。

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そう感情でとらえた街の景色として。

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「失われてしまっている静かな美しい日本の世界を表現していると思います」

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「名所を描いていてもちょっと角度を変えてですね、

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こんな角度では多分皆さん見たことないでしょっていうような態度で描いてるように感じますね」f:id:tanazashi:20181123235253p:plain作者はこの人です。

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「私は川瀬巴水です」川瀬巴水。昭和の広重と呼ばれた男。

巴水が描いた東京20景。水際の風景が多いことが特徴かもしれません。

 

f:id:tanazashi:20181123235429p:plain京橋の青物市場です。

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橋を行き交う人々の向こうに茜色の朝焼けが美しい。

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御茶ノ水に降りしきる雪です。

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灯った灯りのひとつひとつにほっこりとした温もり。

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月明かりが荒川照らす夜。

川岸にポツンと建った家の窓から溢れる光。f:id:tanazashi:20181123235527p:plainここが私の帰る家。優しく月が見つめています。

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瑞々しく。生き生きと。

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街とそこに暮らす人々の喜怒哀楽。

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木版画としての最高の大物がここにあると思いますね」リンボウ先生こと作家の林望さんは巴水を愛してやまない人です。

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「巴水はなんでもない普通の村里の景色。人々の生活とかそういうものを描いていて、その普通の景色の中に風景の美は宿っているって言う、

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非常に新しい考え方だと思うんですよね」なぜ巴水の版画は美しいのか。

理由の一つがこの多色刷り。

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たった一枚の版画になんと30を超す色数。

さらにこの何も彫られていない版木は。

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「ザラ摺りですね。浮世絵ではまず使わない技法の一つなんですけれど」

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ザラ摺りとはなにか。そこに驚きの効果があったのです。何より東京景系はどうして生まれたのか。秘密はこの写生帖に。現代の東京です。この4つの風景に共通しているのは広重と巴水がともに描いているということ。比べてみると意外なことが分かってきたのです。一体それは。

 

版画家・川瀬巴水

f:id:tanazashi:20181123235817p:plain川瀬巴水の東京20景。夏の多摩川です。

立ち上る入道雲。川べりには荷車を曳く馬が風に吹かれてどこか心が安らぎます。夜の大森海岸。漁に出る準備でしょうか。船の側に二人の男。そして見つめる女性がぽつんと。どこか心がざわつきます。巴水が描いたのは風景そのものよりもそこに宿った人々の感情なのかもしれません。

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川瀬巴水は本名を文次郎。明治16年東京新橋に生まれています。意外なようですが最初に学んだのは洋画。

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岡田三郎助の指導のもと油絵と格闘すること2年余り。

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その後、日本画鏑木清方に入門。巴水の名を賜ります。

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彼を版画の道へと向かわせたのは同門の先輩伊東深水でした。

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大正6年に発表された深水の近江八景は多色刷りの版画です。巴水はその美しさに大いに刺激を受け、自分にもこれならできると。

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「塩原連作」は巴水版画の原点。

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山間の暮らしが叙情豊かに詩情溢れて描かれました。

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「洋画を学んだことによって色の使い方ですとか、色に対する感覚を磨いたと言われています。日本画からは筆の運び方を、絵の書き方を学んだと言われております。巴水の美しい色合いは洋画とか日本画から学んだことが生かされていると思います」

巴水は昭和の広重と呼ばれました。

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では実際に広重の名所江戸百景と比べてみましょう。

隅田川です。そこに一本の橋がかかっています。新大橋。

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今から160年ほど前、広重はこの橋を・・・通り雨でしょうか豪雨の中、早足で走り抜ける人々。

その臨場感と描写力。お見事。

では巴水は。

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夜の帳が下りた新大橋。近づく車輪の音。

陰影の中に浮かぶのは車夫の姿。

そぼ降る雨が静かに橋を濡らしています。

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広重の視点は高く。巴水の視点は低く。

二人の江戸と東京はさらに3箇所重なるのですが。続きは後ほど。

 

驚異の多色摺り

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巴水の版画はそれまでの浮世絵とは違う新版画と呼ばれました。

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提唱したのは渡辺庄三郎。一度は衰退した浮世絵を蘇らせ、最後の版元と呼ばれた男です。

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「浮世絵は明治末でいったん衰退して消滅したとも言われてるんですけど、結局浮世絵をやろうという絵師がいなかったんですね。そこでもう少し芸術性を持った非常に高レベルの高い作品を作って売っていこうと考えたので、

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油絵や日本画を問わず、自分の考えに賛同してくれる方を見つけて、

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またお互いに議論しながら江戸時代の全盛期に匹敵するような作品をぜひ作りたいと思ってそれを実現した」

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渡辺の理念に賛同した巴水が選んだ手法。それが多彩な色数。

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大和絵日本画のような芸術性の高い版画を目指したのです。

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摺り師。渡辺英次さんは端の版画を刷る難しさについて

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「やっぱり色数が多いということですね。平均すると大体16色ぐらいなんですよ。だけど巴水版画の場合は35~6色」

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巴水の版画が完成するまでの過程を一色ずつ記した順序摺りです。

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深みを出すためまず土台となる地味な色を摺り、

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その上から何度も何度も摺り重ねます。

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並々ならぬ巴水のこだわり。

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この一枚は完成するまで実に34色。

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さらに巴水は芸術性を高めるためにある技を使っていました。

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「ザラ摺りですね。これはもうやっぱり独特のもので、新版画ならではの技法の一つだと思います。ザラ摺りとはどんな技か。渡辺さんに実演していただきました。

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最初に摺るは輪郭が掘られた主版木。

次に摺るのがザラ摺りに使う版木です。

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でも何も彫られていないようですが。

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この版木に薄い絵の具を付け、先ほどのスミ線を摺った紙を重ねます。

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ここで使うのがザラ摺り用のバレン。通常のバレンに比べ目が粗く作られています。

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このバレンで円を描くように摺ると、全面にざらついた色が乗ります。

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この色ムラが完成した時効果を発揮するのです。

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色に奥行きを与え、深みを演出しています。

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東京20景でもこのザラ摺りが。

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屋根の雪に。

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地面の雪にも。

ではなぜ巴水はこの東京20景を描いたのか。

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大田区立郷土博物館は東京20景をはじめ川瀬巴水にまつわる貴重な資料を随時展示しています。入館料はただです。

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巴水の写生帳が残されています。

巴水はどこへ行くにも写生帳を忍ばせ気に入った景色を写し取りました。

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彼が最も愛したのは生涯住み続けた東京の風景。

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散歩中目にした何気ない人々の営みです。

「一度ここぞと思いますと生まれた時から住んでいるところだけに何か自分のものというような不思議な力が出て、思うままに写生の出来るのが常です」

ところが大正12年9月1日愛して止まない東京が。

 

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歌川広重の名所江戸百景はなぜ生まれたのか。それは安政地震によって江戸の町が壊滅したからです。

そこから復興する想いを精魂込めて描いたのです。

では巴水の描いた東京20景は。

大正12年9月1日関東大震災

巴水も地震による火災で命とも言うべき写生帳を全て失ったのです。

これまでの画業を一切灰燼に帰してしまった。

それでも人は生きなければなりません。

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巴水は力強く立ち直ろうとする人の姿を。街の姿を。写生して回りました。

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大正14年。震災後の描き溜めた写生をもとに東京に20景の制作を開始するのです。

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明石町の写生です。

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本画はこうなりました。

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大きな被害を受けた川辺の町に人の暮らしが戻ってきました。でも写生と本画は明らかに違っています。

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浅草の写生です本画になると。

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震災の被害を免れた浅草観音です。変わらぬ姿は人々を元気づけたことでしょう。

今はただ冬の晴れ間の静寂の中に。

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写生から本画へは描き足したものがあります。

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巴水は東京の復興と自らの画像の再生を重ね合わせたのかもしれません。

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写生から描き足したものこそ、巴水が描きたかった街の姿。人の営み。

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目を閉じると蘇る涙で滲んだ東京です。

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巴水と広重が描いた復興は、ずいぶんと違います。

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1300年の歴史を刻む神田明神

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広重は澄み切った朝の冷気の中に佇む神官と巫女。

地震の後も変わらぬ神社の風格です。

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巴水は。社殿は消失してありません。

けれど高台から見えるのは街の灯り。

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復興の光です。

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洗足池は日蓮上人が足を洗ったという伝説からその名が付けられました。

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広重は池全体を見渡すように描きました。賑わう茶店。人々の心に行楽を楽しむ余裕が戻ってきたのでしょう。

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巴水の池は静寂の中に。

冬がくれば雪が降り積もる当たり前の風景がここにあります。

賑やかな復興を描いた広重。静かなる復興を描いた巴水。

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昭和5年巴水は現在の大田区南馬込に家を建て移り住みます。

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そしてこの家で東京20景随一と誉れ高い傑作が誕生するのです。

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自宅から歩いて20分ほど。かって3本の松が街を見守るようにそびえていました。

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松は昭和初期に失われてしまいましたが、巴水はその姿を生き生きと残してくれたのです。

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群青の空、たなびく薄雲の間に満月。

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煌々と冴え渡るその光で三本の松を静かに照らしています。

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何よりホッとするのは小さな民家の灯り。

馬込の月は大評判を取り2000枚を摺り上げたと言われています。

この20景のなかでリンボー先生のお気に入りは一体どこですか。 

 

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増上寺は昔も今も屈指の観光スポットです。

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広重は手前に五重塔を置き、奥に江戸の町が広がるパノラマで。

視点はあくまでも高く人々は遠く小さく。

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一方巴水の増上寺はしんしんと降る雪の白と建物の赤の鮮やかなコントラスト。

傘をさして歩く女性の顔が見たいですね。

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街を誇るように風景を描いた広重。

街に息づく人の姿を描いた巴水。それぞれの色と東京。

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作家の林望さんはその絵の魅力をこう語ります

「巴水の絵は例えば雨が降ってる。あるいは夕暮れ夜だとか、暗い明かりの中で人々がじっと市井の暮らしをしてるそういう景色を描いたんですね。薄暗い景色の中の詩情っていますかね、懐かしいノスタルジックなものを感じますね」

リンボウ先生が東京20景の中で最もお気に入りなのは。

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「池上市乃倉です」 現在の大田区中央一帯の旧地名です。日が暮れ農作業を終えた農民が帰ろうとしています。夕日が照らし出す松のシルエットの神々しさ。

巴水の生前の姿を収めた貴重な映像が残されています。

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「私は版画家の川瀬巴水です。私は長い伝統の持つ東京が好きです」

実にシンプルな言葉。でも万感の思いが籠もっています。

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東京20景。最後に描いた風景は皇居の平川門。

震災から7年。でこの連作の完結により巴水のの復興は終わりを告げたのでしょう。

東京センチメンタル。市井に生きる人々の姿をその風景の中に。
川瀬巴水作東京20景。この街の春夏秋冬。日々の喜怒哀楽涙で滲んだ東京です。 

 

 

 

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川瀬巴水と合わせて鑑賞したい東京を描いた絵師がいます。井上安治。夭折の画家です。

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書籍など

美の巨人たち

 

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