チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

美の巨人たち ピエール・ボナール「黄昏(クロッケーの試合)」

f:id:tanazashi:20181118091452p:plain

 

『黄昏』はピエール・ボナールが25歳の時に描いた油彩画。夕暮れ時クロッケーの試合を楽しむボナールの家族…ところが家族に立体感や陰影がなく楽しそうではありません。一方光の下では女性たちは楽しげに踊っていて別世界のよう。そこにはボナールの奥底に潜む苦悩が描かれていたのです!浮世絵に強く影響を受け誕生したこの絵の「10の平面」と「黄昏の強烈な陽の光」が織り成す驚くべき画面構成、未だかつて無い絵画の世界とは?

 

美の巨人たち ピエール・ボナール「黄昏(クロッケーの試合)」

放送:2018年11月24日

 

f:id:tanazashi:20181128225206p:plain
19世紀後半のパリ。

モネやルノワールに代表される印象派ゴッホゴーギャンたちポスト印象派が美術館に新たな潮流を生み出した時代。

そこにさらなる流れを作り出したひとりの画家が現れたのです。

生涯にわたり親交のあったマティス曰く

f:id:tanazashi:20181128225305p:plain
「今日も未来も偉大な画家であることを私は保証する」

また才能を認めあったルノワールはその手腕をこう評価したのです。

f:id:tanazashi:20181128225346p:plain
「これ以上ないほどに絶妙」

一体どんな作品を手がけたのでしょうか。

ではその画家の作品に会いに行きましょう。パリの中心部。

f:id:tanazashi:20181128225438p:plain
セーヌ川のほとりにあるオルセー美術館です。

1900年に建てられた駅舎を改修した特徴ある建物。

ここでは印象派の作品を中心とした常設展示が行われていますが、実は数々の巨匠の企画展もここで開かれてきたんです。

f:id:tanazashi:20181128225600p:plain
その中でゴッホに次いで観客を集めたのがこちらの画家。皆さんも名前は聞いたことはあるんじゃないですか。

f:id:tanazashi:20181128225640p:plain
今日の一枚ピエール・ボナール作「黄昏(クロッケーの試合)」。

19世紀末パリに忽然と現れた画家25歳の時の作品。

舞台は夕暮れ時の別荘の庭。

木槌でボールを打ちゲートをくぐらせるスポーツ・クロッケーに興じるボナールの家族を描いたものです。

f:id:tanazashi:20181128225754p:plain
左端の手前黄色の帽子が父。

中央の白いドレスが妹です。

白い服の男性が妹の夫で、右隣の格子柄の女性がいとこ。

f:id:tanazashi:20181128225850p:plain
黄昏というタイトルが示すように、画面の右上には木立の隙間から夕焼けの空が、その下で白い服を着た5人の女性が踊っています。

美しい緑に包まれた庭でのひとときが映し取られた一枚。

しかしこの絵どこか変なのです。

四人の家族あまりに平面的ではありませんか。

f:id:tanazashi:20181128230018p:plain
着ている洋服は綺麗な格子柄の布をそのまま貼り付けたようです。

木々や葉もまるで飾りのようにリアリティがなく、庭だというのに広がりを感じることができません。

さらに不思議なのは家族から伝わってくる言いようもない不安感。

笑顔はなく誰もが視線を合わせず、暗い影に潜んで見えます。

それに対して右上の女性達は明るく生き生きと躍動しているのです。

f:id:tanazashi:20181128230145p:plain
そもそもこの五人一体誰なのか。

f:id:tanazashi:20181128230213p:plain
「この一枚には生きる喜びと憂鬱。正反対の感情が重なり合って表現されているのです」

時代の変革期、世紀の巨匠たちに絶賛された画家・ボナールはなぜこんな違和感のある絵を描いたのか。

f:id:tanazashi:20181128230302p:plain
謎多き一枚をズバリ解き明かします。

f:id:tanazashi:20181128230348p:plain
ボナールは1867年。パリ郊外に生まれました。

父は政府で陸軍省の要職を務めるいわばブルジョワ家庭のご子息。

f:id:tanazashi:20181128230430p:plain
幼い頃から成績優秀でパリの名門大学の法学部に進学。

父と同じ政府の要職につくためのエリート街道を順調に歩んでいました。

ところが青春時代。心を激しく揺さぶるものに出会います。

それが絵を描くこと。

大学と並行して絵の塾にも通い始め、仲間たちと日々新たな芸術について激論を交わすようになったのです。

f:id:tanazashi:20181128230542p:plain
当時印象派が華々しく登場してはいたものの、フランス美術界を主導していたのは宗教画や歴史画を描き、国のアカデミーに認められた巨匠たちでした。

若きボナールたちは保守的な芸術に反発。

退廃的なデカダンス文学に傾倒し、世の価値観を否定する前衛的な演劇の舞台美術も描けるように。

そしてついにボナールは22歳にしてエリートの道を捨て、画家として歩み始めたのです。

f:id:tanazashi:20181128230845p:plain
パリの街中に張り出され、話題となったのがこのポスター。

シャンパンを宣伝するために描かれたものですが、実があるものに強く影響されていると言います。

それはヨーロッパを驚かせた日本の芸術でした。

f:id:tanazashi:20181128230937p:plain
当時フランスでは浮世絵がブーム。ボナールも大きな影響を受けていました。

f:id:tanazashi:20181128231009p:plain


溢れ出るシャンパンの泡は葛飾北斎の水の表現に似ていますよね。

f:id:tanazashi:20181128231058p:plain
極端に太い人物の輪郭線も浮世絵の特徴です。

f:id:tanazashi:20181128231133p:plain
実は今日の一枚にも数々の浮世絵の手法が取り入れられているというんですが。

f:id:tanazashi:20181128231210p:plain
映画スターウォーズやデヴィッドボウイなどの作品で知られる現代の浮世絵師、石川真澄さん。

f:id:tanazashi:20181128231239p:plain
黄昏のどこに浮世絵の手法があるのか見てもらいました。

「頭に浮かぶのは、北斎漫画とかそういうのおそらく見たんじゃないかな。見返り美人とはそういうことですかね。浮世絵の後ろ向きの美人なんかこういう表現も確かにあるんで。線の影響を受けてるんだろうなと感じるのは歌麿かなという気はしますね。ボナールもこう極端なカーブを描くことによって浮世絵の絵のラインに近づいてる表現になってるとは思いますけどね」

f:id:tanazashi:20181128231355p:plain

浮世絵のラインとは妹の自然なほど上がった肩と袖の大きな膨らみ。

これは女性らしさを強調する独特の表現だと言います。

f:id:tanazashi:20181128231506p:plain
さらに絵に平面的な印象を加えている箇所が、父親といとこの格子柄の洋服です。

体の動きが生み出す模様のねじれをあえて描かず、立体感を消そうとしているのが分かります。

そして木々の葉にも注目。現実の風景を描き込んだ雰囲気はまるでなく、多くの浮世絵に見られるように装飾的に描いているのです。

ではそもそもボナールはなぜ浮世絵にひかれたのか。

f:id:tanazashi:20181128231608p:plain
それは画家になるために入学した国立美術学校でのことでした。

f:id:tanazashi:20181128231641p:plain
「国立美術学校で日本の浮世絵展があったんです。ボナールは浮世絵の実物を初めて見てとても衝撃を受けたのです」

当時主流だった古典的絵画を否定し全く違う芸術を模索していたボナール。

f:id:tanazashi:20181128231809p:plain
そこに海を越えてやってきた浮世絵の衝撃が。

色鮮やかで構図も自由自在。

モチーフは人、動物、自然、庶民の風俗まで分け隔てなく描く。

歴史や宗教の絵が重んじられた西洋絵画の権威主義とは無縁の芸術。

ボナールは強く心を動かされたのです。

ただし今日の一枚には単なる浮世絵の手法にとどまらない斬新な表現が秘められていました。

f:id:tanazashi:20181128232010p:plain
木々の間から覗くような不思議な構図の黄昏。

どうしてこんなことにしたんでしょうか。

その理由を金沢21世紀美術館学芸員の横山由季子さんはこう説明します

f:id:tanazashi:20181128232053p:plain
「ボナールは若い頃に舞台美術の装飾を多く手がけていたんです。舞台の「かきわり」に見られるようにこの作品は10層で構成されています」

f:id:tanazashi:20181128232143p:plain

この絵は見ている人にボナールの家族四人を覗いているような不思議な感覚を抱かせます。

そんな独特の構図は10層の平面を組み合わせたものだと言いますが、一体どういうことなんでしょう。

ではその10層の組み合わせを見て行きましょう。

f:id:tanazashi:20181128232355p:plain
まず一つ目は手前にある灌木。

二つ目は画面上の黄緑色の葉。

三つ目はいとこ。そして四つめが妹と犬と父親。

その父親の後ろにいる妹の夫が五つめの層。

f:id:tanazashi:20181128232509p:plain
六つ目は家族の背後にある暗い茂み。

画面右側から突き出た茂みが七つ目。

その茂みの奥の草原と踊り子たちが八つ目。

f:id:tanazashi:20181128232600p:plain
九つ目は踊り子の背後にある茂み。

そして最後に黄昏の空。

f:id:tanazashi:20181128232312p:plain
こうしてボナールは10の平面を次々と重ね一枚の絵にしていたのです。

舞台に書き割りを置くように描きあげた作品。

だからこそ見るものはステージ前の観客がその世界を覗くような独特の遠近感に引き込まれる感覚を抱くのです。

さらに舞台の手法を取り入れたもうひとつの仕掛けが。

「一番手前の草にある木の茂みの部分にも所々あのオレンジ色が使われていて、黄昏の光というのがこの10層で構成されている画面全体を一つにまとめています。

f:id:tanazashi:20181128232736p:plain
こういった光の使い方というのはあの舞台の照明がステージ全体を照らす様と比較できるかもしれません」

右奥の木立の隙間から差し込む夕日が、踊る女性たちを、生い茂る葉を、いとこの頭を、そして手前の灌木の輪郭までを照らしています。

f:id:tanazashi:20181128232924p:plain
黄昏の光がまさに舞台の照明のように全ての平面に降り注ぎ、ひとつにつなぎ合わせているのです。

15の平面と光が作り上げる不思議な世界。

それはまさにボナールが目指したいまだかつてない表現でした。

ボナールが黄昏を手がけた8年後、同じく家族を描いた不可思議な作品があります。

f:id:tanazashi:20181128233109p:plain
楽しいはずの午後のひととき。

ところが誰もがほぼ視線を合わせることなく沈んだ表情。

全く幸せな感じがしません。

実はボナールの描いた家族には画家の心の中に渦巻く正反対の感情が秘められていたんです。

黄昏(クロッケーの試合)絵の主役であるボナールの家族からは楽しげな空気がまったく伝わってきません。

ブルジョワで自分を何不自由なく育ててくれた家族をどうしてこんな風に描いたんでしょうか。

f:id:tanazashi:20181128233238p:plain
「ボナールという人物は賢威とか虚栄というものに冷ややかな視線を持っていたと思います」

そもそものボナールの芸術はブルジョワを否定することから始まりました。

ボナールの家族はまさにブルジョワを象徴する存在。

だからこそ世の権威に背を向けた画家として冷たくシニカルに描いてしまうのは当然なのかもしれません。

f:id:tanazashi:20181128233320p:plain
しかしその反面、四人の暗い表情は自分とは別世界で生きることになった家族への寂しさの表れのようにも見えるのです。

そしてさらなる思いがこの絵には込められていると言います。

f:id:tanazashi:20181128233416p:plain
「ボナールは家族をメランコリーな雰囲気に描いています。一方で踊る女性たちは楽しそう。実はこの誤認は実在していません。

f:id:tanazashi:20181128233447p:plain
彼女らは喜びの象徴として描かれていて、踊りと白い服は聖なる祝福を意味しているのです。この一枚には生きる喜びと憂鬱。全く正反対の感情が重なり合って表現されています」

喜びを象徴する女性たちは家族とは別世界に描かれつつも黄昏の日の光によって一つに繋がれています。

f:id:tanazashi:20181128233630p:plain
大切な家族は幸せに満ちた存在であってほしい。それもまたボナールの偽らざる思いだったのです。

f:id:tanazashi:20181128233737p:plain


黄昏を手がけた翌年。ボナールは運命の女性マルトとと出会います。

f:id:tanazashi:20181128233814p:plain
人付き合いが苦手で病弱だったマルトを思い、それ以降ボナールはほぼ社会とかかわらず、生涯ひたすらマルトを描き続けるのです。

二人だけで過ごした日々はモールの家族への複雑な思いを柔らかくほぐしてくれたのかもしれません。

ボナールの家族への思いを感じたいなら是非東京六本木の国立新美術館へ。

あなたも絵の前で謎解きを。

日本の美に共鳴した若き天才は秘めた心の内をいくつもの層に込めました。

重なり合っているのは権威や家族への葛藤。

心の奥底で求め続けた安らぎ。

ピエール・ボナール作黄昏(クロッケーの試合)。

離れた想いをつなぐ暖かな光。


 

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。