チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

美の巨人たち フェルメール「ワイングラス」

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日本で過去最多の作品が東京・上野にやってくると今話題のヨハネス・フェルメール

番組では2週にわたってフェルメールが残した美と謎の物語をお送りします。

一回目は男性がワインを勧め、女性が飲み干した瞬間を描いた『ワイングラス』。

ステンドグラスに描かれた像、椅子に置かれた楽器や楽譜が意味するのは?

同じモチーフで描かれた別の作品と比較して見えてきたものとは?

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美の巨人たち フェルメール「ワイングラス」

放送:2018年9月8日

プロローグ

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小さな部屋です。

左側にある窓から柔らかな光が差し込んでくるとこの部屋が劇的に変わります。

キラリと。さらりと。さりげない日常の一瞬を。思わずドキリとしたり。ニヤリとしたり。

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視線と仕草の劇場。描いたのはヨハネス・フェルメール

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今からおよそ350年前のオランダ、デルフトの街。

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わずか1 キロ四方の世界で生涯を過ごした画家です。

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彼がこの世に残した作品は30数点。

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ほぼ同時代に生きたオランダ絵画もう一人の巨人、レンブラントの夜警と比べてみれば。

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全作品がすっぽりと収まってしまうのです。

現在フェルメールの作品は世界中の美術館が宝物のように収蔵しています。

そのうちの8点が東京上野にある美術館にやってきました。

美の巨人たちは2週にわたってフェルメールの残した美と謎に迫ろうと思います。

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この8点の中に日本初公開の作品が二つあります。

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一つはワシントンナショナルギャラリー所蔵の「赤い帽子の娘」。

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もうひとつの日本初公開作品がベルリン国立美術館所蔵のこちら。

今日の一枚。ヨハネフェルメール作ワイングラス。

男がワインをすすめ女が飲み干したその刹那。

縦67.7 CM 横79.6 CM の油彩画です。

目線を外した女は白い頭巾をかぶり鮮やかな真紅のドレスをまとっています。

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その見事な質感。

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黒い鍔広帽の男はマントのようなものを巻きつけて羽織り、じっと女を見ています。

その意味深な口元の笑み。

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部屋の左側にはステンドグラスの窓。

深い赤と黒市松模様の床は流行のデザイン。

青い背の椅子には楽器が置かれています。

テーブルの端に置かれているのは何でしょうか。

画面の中心には男が手を添えたワインのデカンタ

二人は恋人同士なのか違うのか。そこはかとない恋の駆け引きが漂います。

フェルメールの絵について後世の天才たちの言葉です。

フィンセントファンゴッホは「彼の絵には完璧なパレットがある」。

スペインの鬼才サルバドールダリは「アトリエで仕事をするフェルメールを10分でも観察できるならこの右腕を切り落としてもいい」。

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フェルメールは光の魔術師です。

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画面の左側からいつも柔らかな光が差し込んでいます。

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そしてその部屋で起きた日常の一コマを数々のの小道具をあやつり、

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寓意と暗喩の意図をちりばめて訳ありの一場面として描いてみせたのです。

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では今日の一枚ワイングラスにはどんな訳ありが潜んでいるのでしょうか。果たしてフェルメールはこの絵に何を仕掛けたのか。

牛乳を注ぐ女

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フェルメールの牛乳を注ぐ女は北方の聖母像と称えられた傑作。抑制の効いた静かな佇まいなのになぜこれほど美しいのか。

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その秘密は彼女の右腕の後ろにある壁に穿たれた小さな穴にあります。

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ここを消失点として一点透視図法で引いた線に沿って物を配置することで正確な遠近感を生み出しているのです。

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私たちの視線は自然と消失点に向けられ、流れ落ちる牛乳をへと誘導されていくのです。

家政婦さんの衣装は白い頭巾、黄色い上着、そしてウルトラマリンブルーの布を腰に巻き、そこから赤いスカートが覗いています。

この絵の完璧な構図と見事な色彩は私たちに見る喜びを感じさせます。

何より凄いのは市井の人がモデルだということ。しかも使用人の肖像画であること。

フェルメールは庶民の日常を描くために欠かせないアイテムを持っていました。

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光を受け柔らかな輝きを放つ真珠。手紙もまた何枚も繰り返し描いています。部屋の壁によく見かけるのが地図。

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楽器も度々登場しています。フェルメールはこれらのアイテムを駆使して構図を練り上げ、寓意を込めて描くのです。

まるで覗いてしまったように、仕草の瞬間を切り取り、光溢れる部屋で謎めいた印象を残して。

f:id:tanazashi:20181125234413p:plain今日の一枚「ワイングラス」。

男がワインを勧め女が飲み干したその刹那。どんな小道具が用意されているのかつぶさに見ていきましょう。

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背もたれの青い椅子にはリュートという楽器が置かれています。花柄の鮮やかなテーブルクロスの上にかろうじて乗っているのは楽譜でしょうか。壁には風景画のようなものがかかっています。画面中央には男が持つデルフト焼きの白いデカンタ

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そのきらめきが見事。

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フェルメールは17世紀の映画監督といえます。現実の空間の一部を切り取って絵を表現するのがとても上手なのです」

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「この絵の前に立つとまるで高解像度の写真だと感じるくらい美しい。表面全体がフラットで筆の跡が全く見えないのです」

たしかにこの絵は美しいのですが、それだけではありません。

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ステンドグラスに描かれているのは手綱をとる女性の像。

これは節制の寓意です。つまりきちんとした生活ということ。

椅子に置かれたリュートや楽譜など音楽に関係するアイテムは恋愛を暗示していると言われています。

ワインを勧める男がいて、飲み干した女がいる。つまりフェルメールがこの絵でそっと忍ばせた暗喩は、誘惑と自制ということかもしれません。

この後二人はどうなるのか気になります。

ところが同じモチーフの絵があるんです。

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ドイツのアントン美術館が所蔵しています。この二枚の違いはなにか。

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なぜフェルメールは同じモチーフの絵を描いたのか。秘密はこの床に。実はちょっと変なんです。
今日の一枚。ワイングラス。この絵を描いた後なぜフェルメールは同じモチーフのこちらの絵を描いたのでしょう。今日の一枚と同じ赤と黒市松模様のタイルが敷かれた部屋です。

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ワインを勧める男を避けるようにして、女はこちらを向いて微笑んでいます。背後にはもう一人。

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頬杖をつく男が。誘う男に誘われる女。そして断られた男という意味でしょうか。三人の間には微妙な空気が漂っています。

「二つの作品を並べて比較すれば関連していることがわかります。しつらえ、小道、光の反射、色使いなどがとても似ています。しかしストーリーが全く違います」

なぜ2枚描いたのか。

「音楽の変奏のようなものです。ワイングラスの評判が良かったので、少し変化を加えてもう一枚を描いたのです。でもこちらはあまり人気が出なかったようです。背後の男性を追加したことでストーリーが複雑になりすぎ、焦点がぼけてしまったからかもしれません」

ワインをめぐる恋の駆け引きという主題は同じでも、実はこの2枚には目立たないところに決定的な違いがあります。

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それはこの床です。「二人の紳士と女」の絵の床は図法的にに完璧に描かれていますが、ワイングラスに描かれた床をよく見るとどうでしょう。

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なんとなく歪んでいませんか。

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床が画面右奥から手前へと落ち込んでいるように見えるのです。

実はこの床にこそフェルメールの天才的な意図が込められているのかもしれません。なぜ床が歪んでいるのか。

その理由を探るため私たちは「アオキット」に着目しました。

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名画を立体にして遊ぶ造形作家・青木誠一さんの青木キットとなら、何か発見があるかもしれないと。

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アオキットを作るには絵に描かれたものすべてのサイズを正確に計測しなければなりません。

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青木さんはこのワイングラスを図面に起こす際、奇妙な点に気が付いたそうです。

「作るにあたって作品から寸法割り出したりするんですけれど。その時に垂線が傾いている。気になって他のフェルメールの作品当たってみたら外側に傾いている作品が多かったんです」

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垂線を引いてみましょう。

すると壁の線がわずかに傾いています。

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他の多くののフェルメール作品にも同じような傾きが確認できました。

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どういうことなのか。

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「カメラ・オブスクラからの情報っていうのをかなりこの作品につぎ込んだんじゃないかなと」

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カメラ・オブスクラとはカメラの原型と言われる装置。

レンズに暗箱がついていてガラスの板に画像が結ばれる構造になっています。

当時の画家はこのガラスに薄い紙などを置いてなぞり、見たままの遠近感を掴んで絵を描きました。

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ただしカメラ・オブスクラの画像は左右が反転していたり垂直の線が傾いたりして実際に使うとなると厄介なことも多いのです。

このワイングラスの床の歪みはカメラ・オブスクラと関係があると青木さんは考えました。

「普通に図法にのっとって描けばこんなに歪んだ床を描くはずないと思うんですよね」では描かれているものの輪郭に沿って線を引いてみましょう。

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すると消失点が壁にかかった絵の左下辺りにあることがわかります。

その消失点を通る水平線の上に床のタイルに沿って引いた線は収束するはずなのですが、そうなっていません。

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左側の方が高くなっています。

きっとカメラ・オブスクラの水平がずれた状態で床を描いたからだと考えられます。

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模型で検証してみるとレンズが正対していると床はこう見えます。

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カメラを右に傾けた床はこう見えます。

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これを水平が正しくなるよう回転させると。いかがでしょう。確かに絵と同じように右奥から手前に床が落ち込んでいるように歪んでいますね。

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「図法に忠実な作品だと思っていました。いざ自分で立体化してみると透視図法からの情報とカメラ・オブスクラからの情報の使うさじ加減というのを試していた作品なんじゃないのかなと思うんですけれど」

たとえ床が歪んでいようとも、フェルメールはそのまま描きました。それこそが天才なのです。なぜならこの絵は男と女の恋模様であり、その先を暗示しているからです。つまり2人の抱いた不安と恍惚には、ゆがんだ床がふさわしいのだと。これがフェルメールマジック。実は牛乳を捧ぐ女にも意外な意図があります。あるものが書き加えられているのですが分かりますか。

こんな小さな部屋でいくつもの仕草を描きました。いくつもの感情を描きました。市井の人々のささやかな日常を。謎めいた肖像画のように。今日の一枚ワイングラスが描いたものは男と女の恋のさざなみ。二人のその先が気になります。
牛乳を注ぐ女です。黙々と日々の仕事をこなす家政婦の姿にフェルメールは何を託したのか。何を描き加えたのか。

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赤外線でこの絵を調べると家政婦の背後の壁の右下には洗濯かごが描かれていました。

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ところが完成した絵では行火に変わっているのです。

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それがフェルメールの思いやり。足元が冷えないようにと行火を置いたのかもしれません。
17世紀、オランダデルフトの街の片隅で小さなさざ波が立ちました。男と女の恋の駆け引き。ヨハネス・フェルメール作ワイングラス。視線の先に光の宴。黄金の日日に乾杯。

 

 

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