昭和58年に今の姿へと生まれ変わりました。
外観はシンプルですが、中はラリック作の女神のレリーフ、ミロの抽象画のような扉など生粋のアール・デコ装飾。
しかし設計と内装を担当したアール・デコの重鎮アンリ・ラパンは一度も来日せずトラブル続き…それらを対処したのが日本の匠たちでした。
西洋と日本の匠の技が融合した世界的にも珍しいアール・デコの館がなぜ日本に建てられたのか?
美の巨人たち 宮内省内匠寮「東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)」
放送:2018年12月22日
プロローグ
クリスマス一色のニューヨークマンハッタン。
空を突き刺すような摩天楼の中にちょっと変わった形のビルが。
先端を飾るギザギザ模様や幾何学的な形状。1930年代頃アメリカで一世を風靡した、当時最先端の装飾スタイルです。それはこう呼ばれました。
20世紀初頭パリでは植物をモチーフとした曲線的な装飾様式アール・ヌーヴォーの時代が終わりを迎えようとしていました。
入れ替わるように登場したのがアール・デコ。
直線を多用した幾何学模様の装飾はアメリカで花開き、世界的大ブームを巻き起こします。
時を同じくして日本にもアール・デコの傑作と呼ばれる建物が誕生しました。
東京都港区。都会の真ん中で深い緑が生い茂るオアシスのような場所にあります。
今日の作品、宮内省内匠寮作、東京都庭園美術館。旧朝香宮家の邸宅として建てられ、昭和58年美術館に生まれ変わりました。
外観は潔いほどシンプル。クライスラービルのような独創的なフォルムとは程遠いように見えます。
ところが中に入ると一変するのです。
玄関で迎えてくれるのはずらりと並んだ4体の艶やかな女神のレリーフ。
女神の背後にはギザギザ模様が幾重にも。
実はこの模様にこそアール・デコの誕生の秘密が隠されているのですがその話は後ほど。
さて普段は右手の受付を通り中に入りますが、今日は特別に昔使われていた入り口から。
実はこのガラスレリーフ玄関扉なのです。
扉を開けると大広間。
かつて一階は接客スペースとして使われていました。
何やら不思議なものが。このオブジェなんだと思います。
ミロの抽象画のような扉まで。これらは全て生粋のアール・デコ装飾なのです。
「歴史の正統的な流れをあざ笑うところがあるんですよね」
正統派を嘲笑う異端の芸術アール・デコとはいったい。
なぜ世界的にも珍しいアール・デコの館が日本に作られたのか。
朝香宮邸の建設そこにはアール・デコに魅せられた人々の溢れる情熱と数奇な運命が。
アール・デコとの出会い
東京赤坂。旧東宮御所。現在の迎賓館です。
あまりの華美な作りに明治天皇が贅沢すぎるともらしたため誰も住むことがなかったと言います。
その建設を担ったのが宮内省内匠寮。皇室ゆかりの建築物を手掛けるエリート集団です。
全体設計を任されたのは権藤要吉。
フランスのアール・デコ芸術の重鎮アンリ・ラパンにも設計とデザインを依頼しました。
大正12年軍事視察のためフランスに留学していた朝香宮鳩彦はパリ郊外で交通事故に遭遇重傷を負いました。
夫妻は療養のためパリに長期滞在を余儀なくされました。それがアール・デコとの運命の出会いのきっかけとなりました。
会場を訪れた朝香宮夫妻は新たな装飾芸術に目を奪われてしまったのです。主要なパビリオンでデザインや内装を手がけた人物こそアンリラパンでした。関東大震災で住まいを失っていた夫妻は新しい家の設計をラパンに依頼。そのラパンがルネ・ラリックなどアール・デコの最前線に立つ芸術家たちを集め朝香宮邸は生まれたのです。
彼がデザインした装飾品の一つが次の間にある不思議なオブジェ香水塔。部屋に香りを漂わせるために置かれたものですがその先端は何とも不思議な形。
建築史家の米山勇さんはこの形にアール・デコの本質が隠されていると指摘します。
「てっぺんの部分にたくさんの渦巻きはついてますよね。一つの同じ形を何度も繰り返すということ自体がアール・デコの特徴の最たるもの。芸術いっていうのは一つ一つ違うそういうところに価値があると考えられていたわけですが、アール・デコはそれを覆したわけです」。
ラリックによるガラスのシャンデリアも同じ形が繰り返されたデザイン。
こちらはガラスを削って加工することで、美しい質感を表現したエッチングガラス。
抽象画のような模様ですが。「すごく複雑な全体に見えるわけですよね一個一個一個違うっていう。ところがよく見るとこれとこれ同じなんですよねあの裏表反転させただけですよね」。
たった一つの図柄を組合わせて複雑な模様に見せる視覚のマジック。
一つ一つ手仕事で作り上げる伝統的な手法とは全く逆の、同じものを量産して組み合わせる手法は20世紀の工業化が生み出したものでした。
工業化が生み出した斬新な芸術
「歴史の正統的な流れを嘲笑うところがあるんですよね。同じものが本当に同じ質でいくつもできるということ。なんて素晴らしい時代なんだって。そういう意識が芽生えた時代です。当時の人達からすればむしろ斬新な最新の芸術。それがアール・デコの反復の美だったっていう風に言っていいと思いますね」。
しかしなぜ朝香宮夫妻はこれほどアール・デコにこだわったのでしょうか。
「明治以降欧米に追いつけ追い越せっていう中で、いかにその世界の最先端に行っているか。欧米にもほぼ見劣りしないんだよっていうところを・当時の宮家が示す必要もあったんですね」。
朝香宮邸は海外の要人が集まる社交の場でもありました。だからこそ世界最先端のアール・デコをふんだんに取り入れる必要があったのです。
ところがラパンたちは建設中一度も日本に来ることはありませんでした。装飾品はほとんどフランスで作られ、船便で運ばれたのです。
大食堂のレリーフも完成品が送られてきましたが、輸送中に破損してしまいました。
一からやり直すしかないかない。
朝香宮邸の工事録には、材料や工程、注意事項に加え、こんな言葉が。
「技術優秀なる職工を選びて施工すべし」
アール・デコの館を支えたのは日本の職人たちの技。
この大食堂の天井も左官職人の仕事でした。「7~8人いて半年ぐらいかかるあの天井だけで」。
この天井だけでなぜそんなに。さらに普段非公開の3階の部屋。ここにも驚きの匠の技が。
匠の技とは
東京都庭園美術館。2階建ての建物に見えますが実は普段は非公開の部屋が一つ、三階にあります。
ウィンターガーデン。温室です。
チェッカー模様の壁は大理石。でも床は大理石ではないんです。
細かい石を敷き詰め表面を磨き上げて壁の大理石そっくりの模様に仕上げてあります。
植物を置く温室は床の水はけを良くする必要があったからです。
内匠寮に選ばれた左官職人の仕事でした。
匠の技は大食堂の漆喰天井にも。
平成23年からの美術館改修工事の調査に携わった左官職人の湯田さんにその技法について伺いました。
「これは漆喰を引くコテです。ノミを使ったりしてこの形状を作って」。
このコテをスライドすることで漆喰の形が作られます。
大食堂の天井はコテによって四つの段がつけられています。
驚異的なのは固定を引く距離。天井は一方が半円形のためぐるりと一気にコテを引かなければならないのです。その長さおよそ25メートル。
「昔の人は、引いているときは息をついではダメというんです。よくあんな広い面をコテで仕上げた」。
さらに注目なのがこちらの壁。石灰系の素材で凹凸模様がつけられています。湯田さんが再現してみたのですが。
「こっちがノッペリ見えるんです。パターンの山の高さがちょっと足りない。材料を柔らかくこねても立体感が出ないし、硬くこねてもスピード感が出ないと思うんですね。材料のこね具合と作り方で素晴らしい立体感が出ている」
当時の職人による熟練の技が、独特な存在感を放つ壁を作り上げました。そして同一模様の反復が目を楽しませる壁にも。4段に仕上げられた天井の美しさにも、アール・デコの繰り返しの美学が息づいているのです。
庭園美術館で今、ひそかな人気を誇るのが部屋ごとに趣向が変わる「ラジエーターカバー」。
「インスタグラムに写真が上がるんですが、人気があるのは各部屋の照明器具とラジエーターカバー」
中でも女性らしいのが信子妃殿下とお嬢さんの部屋のものですが、デザインしたのは意外な人物でした。
意外なデザイナー
庭園美術館の二階は家族が暮らした住居スペースでした。そのプライベート空間で見逃せないのがお嬢さんの部屋。
実はこの部屋だけ竣工当時の壁紙と寄木細工の床を見ることができるんです。
2階の各部屋の壁紙は信子妃殿下が選んだもの。
この部屋の主次女の清子さんの言葉です。
「明治天皇の娘ではなく現代に生まれていたら母はきっと建築家か装飾デザイナーになっていたかもしれません。夢中で作業していた姿が目に浮かびます」。
お気づきでしょうか妃殿下と姫宮の部屋のラジエーターカバー。
デザインしたのは信子妃殿下だったのです。パリ滞在中に水彩画を習うなど妃殿下は芸術に造詣が深い方でした。さらに、「工事をしてる時にもう結構頻繁に現場に足を運んでいたらしいんですね」。
庭園美術館を訪ねると感じるのです。洗練された空気感。凛とした気高さ。フランスの芸術家や職人の技だけでなく妃殿下の息づかいが残っているからなのかもしれません。
戦後屋敷の新たな主になったのは吉田茂でした。その後迎賓館として使われ、昭和58年美術館に生まれ変わります。
装飾過多。悪趣味と批判され戦後の再評価を静かに待つのです。
宮内省内匠、パリの芸術家、そして朝香宮夫妻が情熱を注いで創り上げた東京都庭園美術館。都会の森に静かに佇むアールデコの美。
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