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美の巨人たち 不染鉄(ふせんてつ)「山海図絵(伊豆の追憶)」

「山海図絵(伊豆の追憶)」不染鉄(ふせんてつ)

「山海図絵(伊豆の追憶)」不染鉄(ふせんてつ)



 

不染鉄(ふせんてつ)の大作『山海図絵』は、数々の富士の名画と違う摩訶不思議な富士の絵。

宇宙から見たような壮大な視点を持ちながら、よく見ると人々の様々な営みが細かく散りばめられ…マクロとミクロが見事に融合しているのです。

この独特な世界観は一体どこから生まれたのか?

更に俯瞰だったり真正面だったり、1枚の絵に幾つもの視点があるこの作品。

なぜこんな不思議なことを?副題“伊豆の追憶”に隠された意味とは? 

美の巨人たち 不染鉄(ふせんてつ)「山海図絵(伊豆の追憶)」

放送:2019年1月19日

 

プロローグ

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霊峰富士。江戸時代の葛飾北斎歌川広重、そして近代の横山大観など日本画の巨匠たちが描いてきました。流麗さと神秘で数々の名画を生んだ富士。

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しかしそのどれとも違う摩訶不思議な富士の絵があります。

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「強烈な違和感ですね。富士山を描いた絵でああいう世界観でがいた絵ってまず普通はないんですね」。

近づいたり離れたり。ひとたびその絵の前に立てば誰もが釘付けになるのです。

山海図絵(伊豆の追憶)

山海図絵(伊豆の追憶)

今日の一枚。不染鉄作「山海図絵(伊豆の追憶)」縦1メートル86戦地横2メートル10センチの大作です。ではその全体像から。

手前に見えるのは伊豆半島沖の太平洋。

真ん中少し上部にどんと霊峰富士がそびえ、

裾野にはのどかな農村が広がっています。しかしそれだけではありません。富士の背後をご覧ください雪の降り積もる村とさらにその向こう。

なんと能登半島日本海の奥の方まで霞んで見えます。まるで宇宙から見たような壮大な視点です。絵に近づくとさらなる驚きが。

裾野の街に汽車が走ってます。おや乗客で満員のようですね。

窓から身を乗り出す人。おしゃべりをしている人。社内の様子まで伺えます。かやぶきの家々が並ぶ集落は晩秋の風情。

赤く柿の実が熟し、庭先には洗濯物まで描かれています。

港では網の手入れをする漁師の姿も。

太平洋から日本海までの壮大な構図の中に人々の様々な営みが散りばめられている。

マクロとミクロの見事な融合です。さらによく見るともう一つ不思議なことが。

海や村は俯瞰で描かれているのに、

富士山は真正面から描かれているのです。

さらには海の中を覗いたようなところも。一枚の絵なのにいくつもの視点が。なぜ画家はこんな不思議なことをしたのか。そして作品の副題伊豆の追憶の意味とは。

不染鉄

不染鉄

世にも不思議な藤の絵を描いた画家不染鉄は幻の画家と呼ばれた人です。一つ所にとどまらず、転々と住処を変え、放蕩を繰り返す波乱万丈の人生。

しかしその間絵だけは描き続けました。山海図絵は不染34歳の作品。独特な雰囲気を漂わせた富士。この世界観はどこから生まれたのか。よーく見ると幻の画家のユニークな生き方が見え隠れしているんですが分かりますか。

 

幻の画家

不染鉄の人生を探るのにうってつけの絵があります。

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色鮮やかな絵葉書。

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送り主は七十歳を過ぎた晩年の不染鉄です。

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送られたのは倉石美子さん。

お茶の水女子大の学生だった美子さんが不染と出会ったのは生きる意味を見出そうと旅に出た奈良でした。

「奈良へ行って薬師寺に行ったんですね。当時副住職だった高田好胤さんの部屋に入るとそこにお部屋の入り口にのれんがかかってたんです。そののれんを奈良女子大のお友達が指さして富美子さんこの絵を書いた人私知ってるんだけど会いたいって言われたの。は連れてってって言ったの」。

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当時学生たちの良き相談相手だった不染は訪ねてきた美子さんと意気投合。

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そして東京へ戻った美子さんへ奈良の不染から絵ハガキが届くようになります。

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光円寺

東京小石川の光円寺。

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不銑鉄は明治24年この寺の住職の子として生まれました。

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当時一般には僧侶の妻帯は認められず、親子であることは伏せられていたと言います。

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子供には過酷な境遇。

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家族にも学校にも反発し、ついにはやんちゃが過ぎて中学を放校されてしまいます。そこで得意だったえで身を立てようと考えます。

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19歳の時、日本画の画塾へ入るとめきめきと腕を上げ、23歳の時横山大観下村観山らによって再興された日本美術院の研究生となり日本の新しい芸術を学びます。

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暮色有情

その頃の作品。「暮色有情」水墨の幻想的な夜の情景です。

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朦朧体

当時日本美術院の画家たちが生み出した朦朧体で夜空の広がりや大気を描き出しています。真摯に絵に向き合った不染でしたが。

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奈良県立美術館指導学芸員 松川綾子さん

不染鉄研究の第一任者奈良県立美術館の松川さんによると。

「入ってすぐに挫折といいますか両親が既にいなくなって、周りにはとても優秀な方がたくさんいて、徐々にちょっと道を踏み外していった」。

孤独の中花街に通い、知り合った女性と結婚。しかし画家として生きる自信を喪失し絶望の中に。不染は東京から逃げ出します。

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向かったのが伊豆大島大正4年、24歳の時でした。伊豆大島の北部に位置する岡田村で3年間暮らすことに。

当時当時ののことを母親から聞いたという時得孝良さん。

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「不染さんの住んでいた家はここです。この屋敷が禰宜どんの家。ここに建っていた」。

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禰宜どんとは岡田村の八幡神社の建物。不染はその家を借り住んでいたそうです。

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「素潜りで魚を取っていた」。

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村人に交じり、祭りにも参加した八幡神社。高台にあるこの場所から海を眺めていたといいます。

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そして港の近く。よく不染が立っていた場所。

「ここから毎日、目の前に、冬になると富士山がどーんとそびえている」。

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岡田港から正面に現れる富士山。

今日の一枚の富士は、ここから見た風景の追憶です。絵の中には神社。そして海。

これは素潜りした時に見た魚でしょうか。

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山海図絵にはまさに不染の伊豆思い出が描かれていました。

それだけではありません不染はこう言っています。

「いただきの白い富士山を見ているうちに色々な連想が連想を産んで果てしない」。

富士山は不染に伊豆追憶からさらなる連想をもたらしたのです。

見えるはずのない富士の向こう。雪が降り積もる村。そして日本海へと。壮大な富士を中心に小さな魚の姿まで。心の中にある風景を一つの画面にまとめ上げた不染。そのアイデアは一体どこから得たのでしょうか。

伊豆大島暮らしも3年になった頃のことです。もう一度改めて日本画を基礎から学びなおそうと京都へ向かったのです。そこにヒントがありました。

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27歳で京都市立絵画専門学校に入学。

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この時親しくなったのが美人画の巨匠上村松園の一人息子上村松篁。

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花鳥画の大家となった画家です。松篁は当時不染が学校の図書館でひたすら一遍上人絵伝を模写していたと語っています。

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「人々の暮らしとか日本の四季折々の風景が美しく描かれていることが知られている。技法だけではなく、山海図絵にみられるような美しい表現は一遍上人絵伝の影響を受けていると思います」。

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一遍上人絵伝


鎌倉時代時宗の開祖一遍上人がその教えを伝えるために全国を旅した記録です。

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不染はなぜこの絵巻を模写したのか。絵巻には季節の風景の中に村の様子や旅人の姿など詳細に描かれています。

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同じように山海図絵でも夕食の支度でしょうか、家からたなびく煙や馬を引いて畑を耕す農民の姿など、様々な人の営みが温もりを感じる描写で描かれています。

物語を分かりやすく人々に伝える絵巻から、不染はその技とこころを学び数々の物語を一枚の画面に収めたのです。何よりもわかりやすく。

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そして見るものが思わず引き込まれるように。しかしそれでもまだ気になることがあります。f:id:tanazashi:20190120230752p:plain

山海図絵は海も村も俯瞰の視点で描かれ、その視点で見ると富士山もこのように見えるはず。

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ところが今日の一枚では富士は真正面。真横からの視点で描かれているのです。なぜなのでしょうか実はこれこそ不染が、今日の一枚に施した見る者を釘付けにするための仕掛け。

不思議な構図の理由

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「伊豆の漁村では12月になるとイカが釣れます。農家は大根や柿を干しますが、ここはイカを干します」。

伊豆大島で富士を眺めた不染。その富士から思いを巡らし描いたのが山海図絵です。しかしその富士は俯瞰の構図の中に真正面を向いている不思議な構図。

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その奇妙さに注目したのが東京ステーションギャラリーの館長・富田さん。「視点のユニークさだと思うんです。マクロの世界とミクロの世界が融合されてることは事実なんですけども、それと同時にですねあの絵の中にはいろんな視点が入ってるんです」。

いくつもの視点とはいったい。

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よく見てください富士山は正面からの視点で描かれ、

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富士のふもとの村は正面よりやや上の視点。

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太平洋側伊豆半島はもっと高い俯瞰の視点。

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海の中を見渡す視点はまるで潜って見ているかのようです。

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「これは美術史の中では多視点の導入。世界を把握するための有効な手段で、不染はそのことを知っていてあの絵の中にいろんな視点を組み合わせて一つの世界を築き上げてる」。

絵画の多くは一つの視点で描かれます。しかし山海図絵はいくつもの視点で描かれました。

真正面の富士は大島から見た姿です。それを中心に据え、周りに不染の連想が連想を選んだ壮大で緻密な情景をあらゆる視点から描き込んで入ったのです。

絵を見ている人達は思わず右や左へ。そして覗き込んだりいつのまにか画家の仕掛けた視点に誘導されるように動き回っています。

多くの視点で語られる多くの物語。

だからこそ山海図絵の前で一度足を止めたら離れられなくなるのです。

昨年実は不染鉄が描いたもう一枚の大作が発見されました。その絵は山海図絵の世界をさらに広げるというのですが。

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海村 不洗鉄

不染鉄作「海村」。今日の一枚の2年前に描かれました。

伊豆大島岡田村を俯瞰で眺めた風景。画面の下半分に石垣に囲まf:id:tanazashi:20190120231453p:plainれた茅葺き屋根の家が並び、上半分には海が描かれた不思議な構図です。

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大正12年日本美術展覧会で主席をえた作品。

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これに手応えを得た不染は今日の一枚を描くのです。

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二つの絵を上下に並べると、画家が暮らし愛した岡田村が同じ海太平洋で繋がり伊豆の海辺に、富士山にそして日本海へと続きます。不染鉄のダイナミックな世界観がより鮮明に見えてくるのです。画家の伊豆の追憶はこの2枚で完成しているのかもしれません。
美子さんのもとに同じ日に二枚の絵ハガキが届きました。奈良の雪景色と伊豆の風景。その絵葉書からこんな思いが。

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「ラジオに全国雪とあります。で同じ日に、この暖かい伊豆の浜辺を思い出す。だから見えるものから見えないものを想像する。山海図絵を見て思ったのは先生が神羅万象を描いている。そんな感じを持てた」。

現在山海図絵は静岡県立美術館のめがねと旅する美術展で展示中。

4月からは所蔵先の滋賀県大津市にある木下美術館で見ることができます。

太平洋から日本海。壮大な風景です。そこに人、魚、植物が生きている。誰もが絵が語るその物語に時を忘れ、見入ってしまうのです。

画家は言います。「有名になれずこんな絵を描くようになっちゃった。だけどいいよね」。

不染鉄作山海図絵。幻の画家が残した美しいき追憶。

 

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