チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「シリーズ北斎 めくるめく読本挿絵の世界」

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滝沢馬琴著「椿説弓張月」巻の三挿絵



 

北斎が仕事盛りに熱心に取り組んだのが伝奇ロマン「読本」の挿絵。

馬琴(文章)と北斎(挿絵)の黄金コンビは大ヒット作を生み出す。大迫力の北斎の挿絵世界を紹介。

北斎が、仕事盛りの40代から50代にかけて熱心に取り組んだのが、伝奇ロマン「読本」の挿絵だった。

「読本」のゴールデンコンビは馬琴(文章)と北斎(挿絵)。

大ヒット作『椿説弓張月』をはじめ13の作品を世に出した。

番組では、北斎を世界的絵師に飛躍させる原動力となったともいわれる読本挿絵のダイナミックでおどろおどろしい世界を、北斎と馬琴という二人の天才の確執の物語を織り込みながら紹介する。

【ゲスト】国立歴史民俗博物館教授…大久保純一,【出演】美術史家…辻惟雄,専修大学教授…板坂則子,【司会】小野正嗣,高橋美鈴

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滝沢馬琴著「新累解脱物語」挿絵

日曜美術館「シリーズ北斎 めくるめく読本挿絵の世界」

放送日

2019年2月17日

プロローグ

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凄まじい轟音を響かせ、あらゆるものが飛び散る中から怪人が登場。

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こちらは巨大な蜘蛛の妖怪。果たして武将はこれを打ち負かすことができるのでしょうか。

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巨大な顔の幽霊がおどろおどろしく立ち現れ、道行く人が慌てふためいています。

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そして凄まじい勢いで真っ逆さまに落ちていく。その先には地獄が待ち構えています。

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「架空の世界のファンタスティックな世界のリアリティ。見たこともないすごさ」。

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葛飾北斎が働き盛りの40代から50代にかけて最も打ち子だのは読本挿絵の世界です。

 

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江戸後期にブームとなった伝奇ロマン「読本」。その挿絵の第一人者となった北斎のヒット作が曲亭馬琴と組んだ椿説弓張月です。

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波乱万丈の物語を馬琴が作る。北斎は想像力を駆使して挿絵を描き出しました。

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「一緒に切磋琢磨していける相手として馬琴はやっぱり北斎を望んだ。北斎もそれに答えた。北斎としては相手としては負けないという気持ちが出てきたと思います」。

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ぼう大な読み本挿絵を描いたことが晩年の傑作に連なったと思います。

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この大波は富岳三十六景のあの波を思わせます。

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そしてこのどくろのような幽霊。

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この幽霊にそっくりです。シリーズ北斎。2回目の今日は北斎の知られざる挿絵の世界をたっぷりご紹介します。

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北斎の挿絵

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40代。浮世絵師とって売れ始めていた北斎が50代まで10年間にわたって最も打ち込んだのが読本挿絵です。

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読本とは摩訶不思議奇想天外な物語が綴られた伝奇ロマン。江戸後期一大ブームが巻き起こりました。男が切りかかろうとしたところ相手は妖術を使ってこのネズミを出現させました。読本の売れ行きに大きく影響したのが挿絵。北斎はその第一人者でした。まず北斎の読本挿絵の世界を覗いてみましょう。

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これは大ネズミ。人と比べるとその大きさがわかります。 陰影や立体感、足先には薄くぼかしが入っています。

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こちらは幽霊。妻が必死に押しとどめようとするのを振り切って夫が幽霊に切りかかる場面です。頭と手だけの幽霊はこの夫に虐げられて自殺した元の妻なんだ。よく見ると傍らにある女の腰ひもがまるで鎌首をもたげた蛇のように見えるのも不気味です。

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「今までの絵本の挿絵にはないリアリティ。そのリアリティは現実世界にはないもの。それがまざまざと描かれている。この表現は見たこともなく、すごいと思います」。

 

現実にはあり得ない場面をリアルに描き出す北斎辻惟雄さんは北斎の絵のヒントになった絵があるのではないかと考えてきました。

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たとえばのこのワニザメは男と子供を救い背にのせて海を走っている場面。フジツボにおおわれたような肌。黒く吸い込まれるような目。北斎の幻想の怪魚です。

「これは日本画の伝統の中で絶対こんな表現はないわけで、何かヒントがあるのではないかと思っていたのですが、

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フランシス・ウィルビーというオランダの人が描いた「魚類図譜」という中で、

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この目は北斎のワニザメの絵だと直感したのです。

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それにしては鱗が違う。これも何か調べてみなきゃいけないと思ってるうちに、動物としての特にヤン・ヨンストンの動物図鑑のサイの皮膚の模様ですね。

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この模様というものが月のなんか表面みたいな模様と言うか斑点と言うか。

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ぴったり合うんですね。見たもののイメージを記憶に留めておく能力はもうすごくて、北斎は見たものぱっと見たことも忘れない。だったこういうもののこの斑点が面白いと思ったらいい時にそれを出すというようなことじゃないですよねそれで直感でやってるんじゃないかというふうに思いますけど」。また北斎の挿絵には現代の漫画や劇画に見られるような手法も使われています。

 

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例えばこれは武将が雷獣を打つ場面ですが、大音響とともに雷が落ちる様子が放射線上に伸びる閃光で表されています。

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こちらは魔王がいるという石碑の下を掘り起こすと轟音と閃光と共に魔物たちが四方八方に飛び出した一瞬の場面。辻さんはこれら放射線上の閃光のヒントとなった絵を見つけました。

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「これはオランダの銅版画。一つ一つの船が砲弾が当たったか何かで燃えてます。

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一番大きい船が大爆発を起こしている。

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北斎の爆発というか、ものすごいものが飛び出してきたという表現にはふさわしいでしょう。シーンそのものに迫力を持たせるというのは現代の劇画の特色です。いち早く先取りしたのが北斎と思います」。

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北斎が描いた読み本挿絵は全部で1400に上ります。荒唐無稽なドラマが目まぐるしく展開する読み本。北斎は読者を興奮させるような挿絵を描こうと腕を磨き、ダイナミックな構図を描き出していきます。

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岩の前に折り重なっているのは船が難破して打ち上げられた夫婦。夫のほうは先に妻を刺し、今自分も割腹しようとしている。この夫婦は魂となって主君を守るため命を捨てたのです。浪裏をみせたこの大波。この挿絵を描いたとき北斎は49歳。この大波の発想が20年を経てこの大波の大傑作に結びつくのです。前を歩くのはヒロインのお姫様。後ろに従うのも侍女。二人ともすさまじい強風に吹かれているのがわかります。長い黒髪を後ろになびかせているお姫様。前かがみにして必死で着物の裾を押さえ、足を踏ん張っています。持っていた紙が吹き飛ばされかんざし屋傘も飛ばされていく。見えない風を描こうとする北斎の執念を感じます。この挿絵を見て富岳三十六景の名作を思い浮かべる人もいるかもしれません。こちらは富士山を見せるために人物が小さく描かれています。見事に風に煽られている人々の姿が描かれています。女性は着物を押さえているし、懐の紙が吹き飛ばされ傘まで空高く舞い上がっています。挿絵の風を北斎は20年がかりで雄大な風景の中に描き出しました。真っ暗闇の中幽霊が出て慌てて逃げようとする女と、まだ知らずに眠りこける男この二人夫婦。昔殺した男の亡霊に復讐されるところです。女の体は弓なりになって頭の方から幽霊に引き寄せられているのが分かります。蟹のようなとがった手の幽霊。この挿絵の幽霊が70代に描いた幽霊の絵ではこうなります。こちらは完全にドクロ。蚊帳の上から覗き込んでいるのは殺された男の幽霊。描かれていないけど中には妻と情夫がいるのです。

スタジオ

国立歴史民俗博物館教授の大久保純一さん

北斎と馬琴のコンビ 

江戸後期に一大ブームとなった読み本。北斎はその挿絵の第一人者になりました。北斎が最も多く組んだ戯作者は曲亭馬琴でした。北斎と馬琴のコンビはその売れ行きの良さからゴールデンコンビとされ、13もの作品が刊行されています。中でも最大の傑作が椿説弓張月。好評を博して次々続編が書き加えられ、四年あまりをかけて全29冊が出版されました。椿説弓張月の主人公は平安時代末期に実在した武将、源為朝。物語では弓の名手で強くて勇ましい為朝が琉球に渡って華やかに活躍します。波乱万丈の英雄物語です。まずは椿説弓張月北斎が描いた迫力ある挿絵の傑作を見ていきましょう。主人公源為朝は負傷して当時に来ていたところ。そこに300人余りの敵兵が不意打ちしてきました。為朝は30人余りを打ち殺したようだけど傷を負ったせいもあったのかついに捕まってしまいました。
荒れ狂う嵐の海。白波が立つ海原から波しぶきを上げながら今はまさに海の神ワダツミの化身である龍が舞い上がってきました。よく見るとその下に一隻の船が沈没寸前。その船に乗っているのが為朝です。平清盛を討つため京に行く途中暴風雨に見舞われたのです。
帆柱の上にいるのが為朝の妻白縫。波の表現は北斎の独壇場です。
まさに爆発の瞬間。何事が起こったかと言うと昔妖怪を閉じ込めたという墓を暴き石室を開けた途端大音響とともに石室は粉々に砕け散り、中から怪人が現れたのです。団扇を持っているのは石室を開けるように命じた張本人、琉球の王様尚寧王です。
怪人は王の問いかけに「仏であり神であり仙人でもある。そしてそのすべてをあわせた神通力を持っている」と答えたのです。
北斎と馬琴のコンビが生み出した椿説弓張月。もともと北斎は馬琴を大変尊敬していたと言います。
これは北斎が41歳の時に表した黄表紙。洒落や風刺を織り交ぜた絵入りの読み物で北斎自身が文章も書いています。この最後に北斎は版元にお辞儀するような自画像を添えてこう書いています。
悪いところは曲亭馬琴先生にお直しいただきたく思います。
馬琴は行儀作法にうるさく謹厳実直な性格でした。一方の北斎は衣食に全く拘らず挨拶もしない変わり者でした。全く性格の異なる二人が一体どうして一緒に仕事をすることになったのでしょうか。

「馬琴が北斎を望んだということになるんじゃないかと思います。馬琴が自分の手法。新しい可能性。作者として生きてくんだと思った時にどうしても一緒にやりたいと思ったのが北斎であって、でも北斎は馬琴という類まれなも不思議な想像する人間に追いつこうと思ったときに、それまでに見たこともない景色を描かざるを得ない。そういうところが北斎にとっても力になった」。読本の売れ行きに大きな影響を与えた挿絵。北斎はどのようにして読者を惹きつけたのか。今度は本文と比べながら挿絵を見てみましょう。
大きな猿が、今まさに侍女の若葉を噛み殺したところです。黒々とした長い髪が乱れ、顔や体からは血が流れ出ています。猿は腰を浮かせ人の気配がする方を振り向いています。起き出してきたのはこの家の一人娘白縫。やがて為朝の妻になる女性です。白縫は抜き身の刀を手に現場に近づこうとしています。この場面。馬琴の本文にはこうあるだけです。「何かあったのか次女の若葉がああと一声叫んだ。白縫が驚いて目を覚まし、起きてみたが灯火が消えていて何が起きたかよく分からない」。本文でこうほのめかされているだけの惨劇の場面を、挿絵はつぶさに描き出しています。よく見ると桟が壊れた窓からは桜の花びらがはらはらと舞い込んできて凄惨な場面に色を添えています。
これもまたむごたらしい場面。女ばかりが住む島で一人の娘が妖怪を退治しようとしているところです。男勝りの勇敢な娘が刀を振り下ろしています。傍らにはうずくまっている女がいるが、妖怪が口にくわえているのはその女の子供です。絵を面白くする細工が施されているのです。本文では妖怪が子供を盗むのは実は以前に起きた出来事になっているのです。そして再び現れるのを持って娘が刀を突き刺すのです。つまりこの挿絵は日時の異なる出来事を一つのシーンとして描いているのです。これは異時同図と言って絵巻物でよく使われる手法です。ドラマチックにするために挿絵でそれを使ったのです。
物語を紡ぎ出した馬琴とそれを迫力ある挿絵でビジュアル化した北斎椿説弓張月はヒット作となりました。二人はコンビを組み次々に読本を世に出していきます。しかし北斎は徐々に馬琴の指示に従わなくなって、二人の仲にヒビが入り、絶交の噂まで飛び交います。そのきっかけとなったと言われるのがこの読本。北斎の伝記が伝えるところでは、この挿絵の男の描写をめぐって諍いが起きました。馬琴が男が口に草履をくわえているのを書くように求めたところ、北斎は笑ってこう言った。「こんな汚いものを誰が口にするのか。もしそうじゃないと言うなら、君がまず草履を口に咥えろよ」。馬琴は大変怒った。これが絶好の原因だという。このやり取りを裏付ける馬琴の手になる下書き「稿本」が残っています。馬琴は文章だけでなく自ら挿絵の下絵も書き、北斎に細かく指示を出しています。この馬琴が書いた下絵では確かに男は草履を口にくわえています。それが実際に出版された北斎の挿絵ではなくなっています。北斎は馬琴の指示についに従わなかったのです。「北斎が本文の作者の指示であっても自分が嫌だ違うと思うのは書かないと主張したと思います。本文と挿絵が違ってるぞってのも、実はこの頃から多くなって行って、馬琴と北斎が分かれるころになるともっと多くなっています。こちらの絵をご覧くださいはっきりと月と書いてあるんですね。この場面は月明かりの中真っ黒な夜の闇の中で水辺のところで敵と味方がいっぺん出会うんですね。それが月によってわかるという場面なんですけれども、これ絵としては素晴らしいんですけれども月がなくなってしまってるんです」。北斎はどうして馬琴の指示に従わなくなったのでしょうか。「一番の理由は作者と絵師。一流になってそれぞれの世界を持って行ったということ。そしてそうなった時に北斎は馬琴の下に入るということを受け入れなかった。自分の本当の頭の中それをそのまま絵にしたい。それをそのまんま世に出したいって思いの方がまた強くなってくじゃないかしら」。北斎と馬琴のゴールデンコンビは13作品で終わりを迎え、それぞれの道を進みます。北斎が読本挿絵の次にのめり込んだのは北斎漫画です。後に世界を驚かせることになった北斎漫画を生涯描き続けました。一方、馬琴は北斎漫画が出版されたまさに同じ年南総里見八犬伝を世に出します。28年間書き続けた馬琴のライフワークでした。その挿絵には馬琴の指示に忠実に従う絵師たちが選ばれました。 

スタジオ

北斎は晩年になってからも読本挿絵を描きました。これは86歳の時出版された釈迦の生涯の物語。壮年期の挿絵に勝るとも劣らない挿絵の傑作です。
獣にまたがりものすごい顔つきの雷神。しかし圧巻なのは背景の渦巻きです。
恐ろしい形相の男が真っ逆さまに落ちていく場面。ページを縦にして見ます。このありさまを静かに見守っているのはお釈迦様とその弟子たち。こんな絵とても86歳の老人が描いたなんて思えません。

 

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

展覧会