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響くアートの愛好家

新美の巨人たち ジョサイア・コンドル「ニコライ堂」

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東京・神田駿河台のビル街に佇む国指定重要文化財『東京復活大聖堂』。

明治24年竣工のこの教会は、ロシアより伝えられたキリスト教の一教派、日本ハリストス正教会の総本山。

日本に教えを広め、この教会を建てたロシア人宣教師、聖ニコライの名から、通称『ニコライ堂』と呼ばれています。

正面にそびえる鐘楼、白がまぶしい壁、特徴的な石の装飾、緑青の色鮮やかなドームなど、ビザンティン様式の建築として日本最大の大きさを誇ります。
設計したのは、東京駅を手掛けた辰野金吾らを育て、“日本近代建築の父”と呼ばれたイギリス人建築家ジョサイア・コンドル

鹿鳴館』を始め、多くの傑作建築を残しました。

日本を深く愛し、日本画の腕前も達者だというコンドルが作り上げ、たちまち東京の象徴として親しまれた美しき聖堂は、日本の懸け橋になろうとしたニコライとコンドルのめぐり逢いによって生み出されたのです。
そして毎週日曜日、鐘の音が鳴り響きます。
完成から128年。その澄んだ音色は、この先もずっと…。
美しき聖堂に隠された物語に迫るのは、女優・貫地谷しほりさん。

教会の中へ入ってみると、静謐で心安らぐ光景が…。

そこにあったものとは?さらに鐘楼にも潜入!2人の異邦人の夢が刻まれた『ニコライ堂』の美と歴史に触れる旅へ出掛けます。

美の巨人たち ジョサイア・コンドルニコライ堂

放送:2019年4月13日

いと高きところには光栄神に帰す。ここから先は神様のいる場所です
今日の作品。国指定重要文化財東京復活大聖堂。でもこの名の方が知られているでしょう。ニコライ堂です。眩しいほどの白い壁に黒い石造りの装飾がリズミカルに施されています。目を引くのは正面にそびえる高さ29メートルの鐘楼です。その奥に丸いドームを頂く建物本体。上から見ると縦と横の長さが同じ。ギリシャ十字形と呼ばれる形状です。十字の交差する中央に緑青の色鮮やかなドームの屋根。
「先端が普通の十字架とは4つあります。こちらの十字架は8。八端十字架です。ロシア正教会は八端十字架を使います」。
正教会とはキリスト教の教派の一つ。ニコライ堂日本ハリストス正教会の総本山です。ハリストスとはキリストのこと。正教会の聖堂は伝統的にビザンティン様式で建造されます。ニコライ堂は日本における最大のビザンティン式建造物です。

建築面積はおよそ800平方メートル。聖堂を支える四つの大アーチが力強く美しいカーブを描いています。ドームに施された16の窓から降り注ぐ柔らかな光。窓の一枚一枚に八端十字架ステンドグラスも。ステンドグラスには聖人たちの姿。ずっと心安らぐ空間になっているんですね。そして建物の南側に描かれたイコンこそ、この制度を作った聖ニコライなんです。1861年激動の幕末。ニコライがロシアより函館に行ってきたのは25歳の時です。神の言葉を持って国と国との架け橋になろうと。そして明治維新。近代国家を目指し急速に変貌を遂げていく日本の姿にニコライの夢は膨らみます。帝都東京に正教会のシンボルである聖堂を築こうと。本国からの献金により土地を購入。選ばれたのは街を見渡せる御茶ノ水の高台でした。着工は明治17年3月。建設費は24万円。現在の貨幣価値に換算するとおよそ17億円です。7年後に完成。町を見下ろすようにそびえる壮麗な聖堂は人々を大いに驚かせたに違いありません。100年以上の歳月が流れてもなお建物内部の美しさはそのままに。装飾や配置は厳格に保たれています。イコンが並んだ壁。イコノスタシスは信者が立つ聖所と聖職者が立つ至聖所とを区切っています。中心の王門に対して右隣にイエスが置かれ、左には聖母マリアの姿。信仰の根本を成すイエスの復活のイコンです。来日から51年。75歳のニコライは日本でその生涯を終えました。いつしか東京に暮らす人々はここをニコライ堂と呼ぶようになったのです。日本にいる私はロシアに使えるものではない。キリストに仕える者だ。意を纏い祈りを捧げるこの聖堂はニコライの夢そのもの。その夢に形を与えた人物こそイギリス人のジョサイア・コンドルでした。政府おかかえの建築家として来日したのは25歳の時。近代国家へと邁進する日本にとって急務だったのが建築家の育成でした。コンドルは工部大学校の教師としてそうそうたる顔ぶれを育てることになります。東京駅を設計した辰野金吾。迎賓館を手がけた片山東熊。まさに日本近代建築の父。コンドルにニコライ堂建設の依頼があったとき、実は原因となる設計が既にありました。作成したのはロシア人建築家ミハイル・シチュールポフ。では実施設計を誰に委ねるか当時の日本でこれほどの精度を作れる建築家といえばコンドルしかいません。シチュールポフの原案は五つのドームを擁する巨大な教会であったとも言われています。京都大学にコンドルが描いた設計図が残されています。原案を生かしつつ周りと調和するように。この国を知る建築家としてよりふさわしい美意識を建築にしたのです。コンドルは政府との契約が終わった後も民間の建築家として日本で過ごしました。彼は日本の文化そのものに深い敬意を抱いていたからです。その証拠がこちらのお宅。古河財閥三代目当主古河虎之助の本宅がコンドルの設計です。ゴシック調の豪壮な邸内。たくさんの窓から光が差し込む大食堂の天井には様々な果実が見事な装飾で。2階へと上がる導線の先にあっと驚く仕掛けがあるそうです。いかにも洋館といった重そうな扉の中には和室が。

 

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