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響くアートの愛好家

日曜美術館「ギュスターヴ・モロー ファム・ファタル(魔性の女)に魅せられて」

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19世紀末のパリで、冷酷さと官能的な美しさを持つ「ファム・ファタル(魔性の女)」を繰り返し描いたギュスターヴ・モロー。モローの描いた女たちの不思議な魅力を探る。

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宙に浮かぶ生首と対峙するように見返す少女。

19世紀フランスの画家ギュスターヴ・モローが描いた「出現」はその衝撃的な描き方で、モローの名を一躍有名にした。

聖書に出てくる哀れな少女サロメを、独自の解釈で冷酷で、強い意志を持つファム・ファタルとして描き出したモロー。

なぜこの不思議な魅力の絵が生まれたのか、精神科医きたやまおさむさん、ドイツ文学者・中野京子さん、作家・平野啓一郎さんが読み解いていく。

【ゲスト】精神科医・作詞家…きたやまおさむ,ドイツ文学者…中野京子,【出演】作家…平野啓一郎,【司会】小野正嗣,柴田祐規子

日曜美術館ギュスターヴ・モロー ファム・ファタル(魔性の女)に魅せられて」

放送日

2019年5月5日

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昔から多くの画家を虜にしてきたモチーフがあります。

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それは悪女。冷酷さと官能的な美しさで男を破滅させる魔性の女たち。

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19世紀末のヨーロッパでは ファム・ファタルと呼ばれ、その怪しくも耽美的な魅力で画家たちの想像力を掻き立てました。

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その先鞭をつけたのがフランスの画家ギュスターヴ・モローです。

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光を放ち宙に浮かぶ首。

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その幻影と対峙し強い眼差しを向ける女。

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モローの代表作「出現」です。踊りの褒美に洗礼者ヨハネの首を所望したサロメの物語を幻想的に表しました。妖艶さと残酷さを併せ持つサロメのイメージは ファム・ファタルの象徴となりました。

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「女性観です。モローと女性との関係性ってのが象徴的に表れている作品ではないか」。

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モローが描いたファム・ファタルの作品には、ある共通性がありました。

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体は獣で顔は美女という怪物スフィンクスが男に襲い掛かる表現。

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そして男の首を平然と抱く娘。共通するのは見つめ合うという構図です。それは敵意なのか憎しみなのか。それとも愛なのか。生と死の緊張の中でモローは複雑な感情を表そうとしました。社会が大きく変わり次々と新しい文化が誕生した19世紀末のパリ。そんな時代にモローはなぜ聖書物語をモチーフに。怪しく幻想的なファム・ファタルを描き続けたのか。その不思議な魅力に迫ります。

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スタジオ

日曜美術館です。今日のテーマはギュスターヴ・モローが描いた ファム・ファタル。魔性の女です。けれどもこの言葉は19世紀末のヨーロッパで広がった言葉なんですね。男性を誑かし魅了しそしてご破滅させる妖艶な女性っていうことで、文学の大きな手段になってきたわけです。言葉では振る舞いとか仕草とか表現できますが、絵でそれも一目見ただけで表現するってなかなか興味深いです。まず最初はモローがどうしてファムファタルを独特な方法で描き続けたのがモローの生涯から見ていこうと思います。

モローの生涯

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パリの中心部オペラ座から北へおよそ600メートル。

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住宅街の一角にモロー美術館があります。かつてモローが暮らしていた住居とアトリエを使った世界初の国立の個人美術館です。

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3階と4階の展示室にはモローの名画が壁一面に飾られています。

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晩年モロー自身が美術館を作る準備に奔走し、14000点に及ぶ膨大な量の作品が収蔵されました。

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2階には書斎や食堂、寝室などが昔のまま残され、当時の暮らしの様子を今に伝えています。

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1826年。ギュスターヴ・モローは建築家の父をもつ裕福な家庭に生まれました。

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体が弱く内気な性格でしたがギリシャ神話やダンテの神曲まで読み、古典的な教養を身につけた早熟な少年でした。

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二十歳で国立美術学校に入学。当時の主流であった歴史画家を目指し、伝統的な表現をひたすら学びます。

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これは初めてのイタリア留学中に描いたルネサンスの画家カルパッチョの作品の模写。画家としてデビューし、サロンにも入選を果たすものの、三十歳を過ぎても世間からは認められませんでした。当時のパリは市民社会が成熟し、近代化が進んでいました。

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絵画の世界には印象派が登場します。

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ありのままの自然や現実の暮らしの中にリアリティを求めた新しい表現が生まれていました。

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様々な文化が爛熟する中、退廃的な美意識がもてはやされるようになります。モローは時代に逆行するように、ギリシャ神話など古典的な物語に執着し続け、目には見えない未知なるもの。神秘的なものに好奇心を燃やしました。バリのアトリエにこもり、絵を描くことに没頭し続けたモロー。

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50歳近くになってようやく代表作が誕生します。出現。聖書のサロメの物語を大胆な解釈で切り取りました。その幻想的でショッキングな表現は大きな反響を呼びます。

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宙に浮かびサロメをじっと見つめるヨハネの首。

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目を背けず見返す魔性の女サロメ。心に渦巻く愛と憎しみ。そして恐怖。幻影に怯える複雑な感情が劇的に表されています。

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サロメを題材にした作品は過去にもボッティチェリクラーナハ、カラバッチョなど様々な画家たちが描いています。そもそも聖書の中のサロメは魔性の女ではありませんでした。物語はヘロデ王が兄の妻ヘロディアと結婚したことを洗礼者ヨハネが非難したことから始まります。それを恨んだヘロディアは娘サロメをそそのかし、ヨハネの首を所望させます。サロメは残虐な行いを強いられた哀れな娘のイメージでした。それに対してモローのサロメは妖艶で冷酷で強い意志を持つ女を感じさせます。モローのサロメを見た同時代の作家ユイスマンスは小説「さかしま」の中でこう書いています。「サロメは正真正銘の女である。火のように激しい残酷な女の気質に彼女はそのまま従っている。彼女は眠れる男の官能を一層激しく燃え立たせ、男の意思を一層確実に魅惑し、馴致するのである」。現在東京で開催中のギュスターヴモロー展の会場にやってきたのは作家の平野啓一郎さん。オスカー・ワイルドサロメの翻訳をしました。パリのモロー美術館にも足を運び、何度もサロメの絵を見たと言います。「聖書の中のサロメはもともとへロディア。お母さんにそそのかされてヨカナーン(ヨハネ)の首を欲しがるっていうことだったんですけど、ところがそれをサロメ自身がもっと主体的にヨカナーンの首を欲しがってたんじゃないかと、しかもどうもそこに愛の気配があるんじゃないかという描き方をしたのがモローのサロメの特徴かなと思います。全体醸し出している荘厳で無限的な雰囲気がやっぱりモローならではですし、モローの女性観っていますかね、女性と自分との関係性ってのが非常に象徴的に現れている作品じゃないかなと思いますね」。

怖い絵や名画の謎などの著書があるドイツ文学者の中野京子さん。そして精神科医で作詞家でもある北山修さんをお迎えしました。よろしくお願いします。今日はまずこのお二人ともにモローの出世作といわれるこの出現から見て行こうと思います。出現でモローが描いたサロメですけど、この作品の独創性はどの辺りにあるとかを考えになりますか。
サロメヨハネの首をもらうところで聖書は終わっています。しかし、死後に幻影としてヨハネが現れるという風に描いたのは初めてだし、その後もないと思います。その辺が恐怖。残酷さと美女との取り合わせていうのは、どちらも引き立てのところはあるんですよね」。
リアルさっていうのは同時に我々少し恐怖っていうかそういうものを与えるようなその上でもあると思うんですけどね
「出現っていうタイトルだから何が出現したのか首が出現したってお話が主流になろうかと思うんですけど、女性の隠されていたものがあらわになって、実は露わになってましょうだって言われるんだけれども、普通に健康な肉体もは男性的っていうか生き残っていく感じしますよね。それまでか弱く慎ましやかに描かれていた女性像の中にあったものが出現した。出てきたものが立派な肉体。堂々として逃げていかないという意思に溢れている肉体ですよね」。

モローは出現以外にも様々なサロメを描いています。これは通称刺青のサロメ。体の上に入れ墨を思わせる精緻な装飾が細かな線を使って描かれています。過剰なほどの宝飾品や華やかな衣装を身につけて舞う豪奢で妖艶なサロメです。モローはサロメのイメージについてこう書いています。「サロメの場合。私は神託を告げる巫女の外観。神秘的な性格を持つ宗教的呪術師の風貌を表現したかったのだ。それで私は聖遺物箱のような豪華な衣装を思いついた」。幻想的な世界を作りあげようとしたモロー。その試行錯誤の過程を見ることができる多くの素描や習作が残されています。実際に美術館や図書館に通って様々な国の民族衣装や装飾を研究していたと言います。サロメの動きやポーズを何度も検討し、劇的な演出効果を高めるための表現を探究していました。「モローはサロメの顔にはあまり関心を示していません。表情で感情を表さず、衣装や装飾品肉体の動きによって意思の強さを表したかったのです。そして過剰な欲望や退廃的であることを象徴するために、華美で豪奢な装飾が必要だったのです」。さらにモローは舞台となる空間にもこだわっています。中世風にも東洋風にも見える装飾で神殿を飾り神秘的な雰囲気を演出しています。「モローは自らを夢を集める職人だと言っています。サロメを描いた多くの作品は様々なイメージを組み合わせ、全く非現実的な世界を作り上げています。それはインドや中国、日本などたくさんのモチーフを使って死へと導くサロメの誘惑シーンをエロティックで魅惑的で不吉な印象を与える謎めいた世界にしようとしたのです」。サロメのイメージを作るために細部にまでこだわったモロー。美しく純真な乙女の風貌でありながら、平然と残酷になれるサロメについて、モローはこう正格づけています。「この退屈した不思議な女は獣のような性質をもち敵対者が目の前でうち殺されるのを見ることに喜びを見出す。だがそれも彼女にとってはごくわずかな喜びにすぎない。それほど彼女は自分の欲望にも満足できず、飽きてきているのだ」。「モローが女性ってものと自分の関係を考えた時、非常に何十にも屈折した複雑なものを表現してるんじゃないかなと思います。そこがやっぱり彼にとっては頭をつきまとって離れないし、サロメのこと考え出すと色んな画面が思い浮かんだなと思うんですね。サロメだけを描くよりその状況というか空間全体が彼の関心だったと思いますし、非常に高狭い世界の中に閉じこもりながら彼の世界はいつもこうした大きな時空を超えて色々な時代の文化なり今は美術の様式。混沌としたような世界を内面に持っていたんじゃないのかなと思いますね」。

 

スタジオ

実に色々なサロメが描かれているわけですけれど、どうしてこんなに何度も変えたんでしょうか。

モローと女性

モロー美術館の2階にある書斎です。古代のつぼや東洋風の調度品など愛用の品々で埋め尽くされています。寝室の壁にまるで見つめ合うように飾られている一組の写真。母のフォーリーヌとモローです。生涯独身だったモローは身の回りの世話から金銭の管理まで全て母親に任せていました。モローにとって母は最愛の人でした。留学中のイタリアから母に出した手紙。何度も愛の言葉を書き綴っています。母の肖像は40点近くも描いています。音楽が好きで教養が高く優しく厳格な聖女のような女性であったと言います。モローは耳の不自由な母を気遣い、筆談で気持ちを伝え常に優しく寄り添っていたと言います。さらにもう一人モローが愛した女性がいました。寝室の奥にその女性のために捧げられた秘密の部屋があります。女性の名はアレクサンドリーヌ・デュエル。出会いはレッスンを教えたことでした。10歳年下で30年近く親しい関係を続けました。天使のような羽をつけて腕を組むモローとアレクサンドリーヌ。まるで恋する少年のような気分で描いています。母に似た善良で心優しい修道女のような女性であったと言います。部屋は彼女が好きだった調度品で飾られています。晩年モローはアレクサンドリーヌに会ってこう書いています。「私の最後の時にはあなたと2人きりになって手を握っていて欲しい」。しかし母親の死から6年後。アレクサンドリーヌもまた帰らぬ人となりました。愛する人たちを次々に失ったモロー。孤独の中でひたすら絵に打ち込みました。アレクサンドリーヌの死の直後に書かれた絵です。妻を失った詩人オルフェウスが墓の上で嘆き悲しむ光景。この絵についてモローはこう書き残しています。「彼の魂は全てを失い慰めようのない孤独の中で嘆く」。現実にはまるで聖女のような女性を愛したモロー。しかし描いたのは魔性の女ファム・ファタルでした。現実と非現実のふたつの世界全く違うタイプの女性に惹かれたモローの心情はどのようなものだったのでしょう。

 

スタジオ

「これだけ近く寄っては珍しいんですよね。言い寄られて顔しか見えない構図なんですよね。結局この化け物に食い込まれてるっていうか、言い寄られてしまって負けてるんですよ。全身が見えない構図。それが私たちの一生の苦労であると」
スフィンクスは旅人を食い殺してきています。だから歯も見えている。まさに喰いつこうとする瞬間。スフィンクスの方が驚いて目を見開いている。創造を喚起するところがある。モローはなかなか一筋縄ではいかない人で、母が亡くなり恋人が亡くなり、その後のモローはただの引きこもりだったですよ。そこから美術美術大学の教授になって、大勢の弟子を育てるんですね。(それじゃあお母さんが逆に足枷と言うか)もしお母さんがもっと早く死んでたら。モローがまだ30代とか40代とかで亡くなっていたらモローはまた別の世界へ行ったんじゃないか。意外に強い人だったと思う」
「女に振り回される男には宿命の女は描けないだろうと。これだけ客観的に観察しそしてあそこまでがいて何度も何度もそのモチーフを繰り返す。そこに彼の精神性と言うかこれを乗り越えるための努力みたいな。最後は克服したのかもしれない。作家の創作活動って自分の悩みの克服の手段である。(なるほど。そんなに振り回されてたら書けない)私たちもこれらを通して自分の中にある葛藤や神経症傾向を乗り越える機会を与えられるそれを経験したことです。
 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

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