チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

「エッシャー 無限性の彼方へ」謎多き作家の全貌とは【日曜美術館】

f:id:tanazashi:20190515232548p:plain

日曜美術館エッシャー 無限性の彼方へ」



 

永遠に流れ落ちる滝や、無限に続く階段を上る僧侶など、ミステリアスなだまし絵で有名なエッシャー。それはただのトリックアートなのか?謎多き作家の全貌に迫ります。

学校では落第生。建築家になる夢も挫折。

そんなエッシャーの前に現れたのは、超個性的な作品を残した版画家、メスキータ。

やがてエッシャーは、唯一無二の世界を切り開いて行きます。

作れそうで絶対に作れない不思議な建物。

数学者をも魅了するシンプルなデザインの反復模様。

そこには、人間の視覚の限界を見せ付けるような幻惑感にあふれ、多くの人々を魅了し続けています。

エッシャーはなぜ、どのように作品を生み出したのか?

【ゲスト】明治大学特任教授…杉原厚吉,東京芸術大学准教授…熊澤弘,【司会】小野正嗣,柴田祐規子

エッシャー 無限性の彼方へ」謎多き作家の全貌とは

日曜美術館

2019年5月19日

プロローグ

f:id:tanazashi:20190526182143p:plain

ヨーロッパの修道院を思わせる建物です。その屋上には階段。

f:id:tanazashi:20190526182203p:plain

階段を登る人下る人。頭巾をかぶった人々の表情は見えません。

f:id:tanazashi:20190526182227p:plain

そして彼らは無限に階段を登り続け、降り続ける。一体なぜこの絵が書かれたのか。

f:id:tanazashi:20190526182241p:plain

上昇と下降

「不合理なものを探す人は、不可能なものに到達します。

それは私の地下室にあると思います。上に上がって確認してきます」

f:id:tanazashi:20190526182332p:plain

マウリッツ・コルネリス・エッシャー

マウリッツ・コルネリス・エッシャー。去年、生誕102周年を迎えたエッシャー

その摩訶不思議な作品は今も私たちを惹きつけそして惑わせます。

「頭の中どうなってんのかすごいな」「自分の中の常識ではない世界に連れて行かれる感じ」「だまされました」

あの人気漫画の作者もエッシャーの虜。

f:id:tanazashi:20190526182418p:plain

荒木飛呂彦

「映画を観てるみたいに驚くようなと思った SF 映画とかみたいな」

f:id:tanazashi:20190526182438p:plain

相対性



人の目や脳を刺激するだまし絵の作家・エッシャー

その世界はいかにして生まれたのか。

辿っていくと知られざるアーティストの存在が見えてきました。

「すごく衝撃的でしたね。こういう作品を作った人がいたんだ」

単なるトリックアートではないのかもしれません。

f:id:tanazashi:20190526182523p:plain

その奥に何らかのメッセージが隠されている。しかしそれもまたトリックかも。

今日は騙されてみませんか。エッシャーの世界に。

f:id:tanazashi:20190526182505p:plain

日曜美術館・「エッシャー 無限性の彼方へ」

 

前説

今日はエッシャー。オランダの版画家でだまし絵で有名ですけれども、マウリッツ・コルネリス・エッシャーの世界を取り上げてまいります。

エッシャーという画家

f:id:tanazashi:20190526195907p:plain

エッシャーの代表作「滝」水路を流れる水。

レンガで作られた壁面を辿れば水が下へ下へと流れているのが見て取れます。

そして徐々に画面の奥へ奥へと水路は向かっている・・はずですが、水の流れが滝となった時気づきます。

f:id:tanazashi:20190526195925p:plain

水はいつのまにか一番高い所に。そして一番手前に来ているのです。

これがエッシャー。目の錯覚。錯視の世界。

f:id:tanazashi:20190526195944p:plain

凹凸

作品「凹凸」。

f:id:tanazashi:20190526200009p:plain

凹凸

ではまず左側だけを見てみましょう。

下にははしごを登る男。上には籠を持ち歩く女性。

f:id:tanazashi:20190526200025p:plain

凹凸

では次に右側を。梯子を登る男性から視線を上に向ければ左側を反転させたかのような世界が展開しています。

f:id:tanazashi:20190526200700p:plain

出っ張っているのか引っ込んでいるのか。現実には建築不可能な建物。

エッシャーに影響を受けたアーティストがいます。

f:id:tanazashi:20190526200613p:plain

川人綾

川人綾さんです。「父親が神経科学者でずっと脳の機能研究していたっていうこともあって、家にエッシャーの画集を置いてくれていたので、それを幼い頃から眺めていました。とにかく不思議で、どれだけ時間をかけて眺めても把握しきることができないような感覚を、何ていうかずっと目が騙し続けられるようなそれはありえない図形だって分かってるのに、そこにはあってみたいなのが、自分の中で続いていくような。ちゃんと帰ってこれるなら入りたいです。怖い世界なんじゃないかなって思うので、実際に箱に入ってしまったらもう謎の中に引き込まれて、ブラックホールみたいなイメージなので」

f:id:tanazashi:20190526200551p:plain

無題

川人さんの作品です。連続するパターンが立体に見えてきます。

f:id:tanazashi:20190526200539p:plain

エッシャーの凹凸のような錯視効果を狙った作品。視覚が揺らぎ目眩すら覚えます。

エッシャーが描き出した錯視効果ってのは私たちにその自分たちが脳を通してとらえたイメージと現実世界の対象物との間の大きなズレを意識させてくれたと思うんですけど、

f:id:tanazashi:20190526200530p:plain

そうすることによって私たちは自分の把握できる能力の限界を感じるとともに、

f:id:tanazashi:20190526200523p:plain

自分たちが認識している領域を超えた領域の存在っていうのがあるんだろうなっていう感覚になるんじゃないかなと思っていていて、エッシャーはそういうことをした人なんじゃないかと思ってます」

 

f:id:tanazashi:20190526200451p:plain

M.C.エッシャー

自分が認識する領域を超えたもの。それと出会った時のめまいを覚える感覚。それはエッシャー自身が若い頃に味わったものかもしれません。

f:id:tanazashi:20190526201711p:plain

レーワルデン

オランダ北部の町。レーワルデン。エッシャーはここで1898年に生まれました。父は水力工学の技師で裕福な家庭だったと言います。

f:id:tanazashi:20190526201639p:plain

椅子に座っている自画像

学校の成績は褒められたものではありませんでした。体も弱く唯一得意だったのが美術。父の勧めもあり最初は建築家になることを目指しますが、成績が振るわず断念。

f:id:tanazashi:20190526195328p:plain

そこでエッシャーは授業で好きになった版画の道へと進むのです。

f:id:tanazashi:20190526201605p:plain

小鳥に説法する聖フランシス

24歳の時の作品。緻密な表現からエッシャーが確実に腕を上げていった事が伺えます。

この作品を手がけた翌年には初めての個展を開くまでになりました。そしてこの頃エッシャーは旅先である光景と出会うのです。

f:id:tanazashi:20190526201549p:plain

アマルフィ

それはイタリアの大地と建物。衝撃でした。平地の多い故郷オランダでは見ることのできない起伏に富んだ大地。そこにへばりつくように建つ建物や段々畑。新しい発見の連続でした。

f:id:tanazashi:20190526201536p:plain

アマルフィ

エッシャーは時を忘れ夢中でスケッチをしたと言います。イタリアの風景の虜となったエッシャーはローマに居を構え、10年以上に渡りイタリア各地を旅するのです。

f:id:tanazashi:20190526201519p:plain

アマルフィ海岸

エッシャー36歳の時の作品。入り組んだ道や階段は迷ったら出ることができない迷路のよう。

f:id:tanazashi:20190526195907p:plain

あまりに複雑な構造の建物は建築不可能にすら見える。そんな不思議な光景。そして後にこれらの作品が生まれるのです。

イタリア時代はエッシャーエッシャーになるための準備期間だったのかもしれません。

スタジオ

 

f:id:tanazashi:20190526210106p:plain


日本でのエッシャー展の監修をされている東京芸術大学の熊澤弘さん。

f:id:tanazashi:20190526205940p:plain


エッシャーを数学的に読み解いていらっしゃる明治大学杉原厚吉さんです。
・イタリアの風景がエッシャーの作風に影響を与えたってことはあるんでしょうか
エッシャー1920年代、20代の時からイタリア及び地中海の海岸線のところの景色に今は特に魅了されていたと考えられています。その頃の主題のほとんどがイタリアであるのと切り立った海岸線の表現としてはのイタリアの伝統的な石造りの建物をモチーフにしたものが多いんですね。切り立ったイメージ、複雑に交差したイメージというものが将来のエッシャーのだまし絵的イメージの基礎を作っていると言えると思います」

 ***

 

だまし絵の画家

エッシャーのだまし絵の作家として一躍脚光を浴びた作品です。

f:id:tanazashi:20190526211022p:plain

昼と夜

「昼と夜」夜空を飛ぶ白鳥は昼の光に溶け込んでいき、闇から黒い鳥が浮かび上がる。

f:id:tanazashi:20190526211042p:plain

左右だけでなく上下においても不思議な変化が見られます。オランダを思わせる田園地帯が黒と白の鳥へと変身する。

f:id:tanazashi:20190526210939p:plain

エッシャーに魅了されている漫画家がいます。

f:id:tanazashi:20190526210920p:plain

荒木飛呂彦

荒木飛呂彦さんです。荒木さんが大好きな一枚がこちら。

f:id:tanazashi:20190526210950p:plain

空と水Ⅰ

「鳥と魚が変身してるって言うか、黒を見るか白を見るかで、何か違うんですけど、鳥がどんどん立体化してくっていうか、で同時に魚がどんどん立体になってくっていうようなそういうところがまた何かとても素晴らしくて、もう一枚の絵で何か変身を同時に書いてるって言うか」

f:id:tanazashi:20190526210856p:plain

正則分割

平面を規則性のある図形で埋めていつ正則分割と言われる技法を応用した作品です。

f:id:tanazashi:20190526210845p:plain

エッシャーにインスパイアされた荒木さんはこんなシーンを描きました。

主人公が超能力を使い敵と戦う場面。正則分割が不思議な世界観をより高めています。

なぜエッシャーはこうした作品を手がけるようになったのか。それはエッシャーが旅先で出会った光景が原点でした。

f:id:tanazashi:20190526210741p:plain

アルハンブラ宮殿

スペインの古都グラナダにあるアルハンブラ宮殿。24歳の時に初めてここを訪れました。

f:id:tanazashi:20190526210809p:plain

目を奪われたのは壁面を埋め尽くす幾何学模様の装飾でした。複雑に絡み合いながら延々と続く文様。

f:id:tanazashi:20190526210825p:plain

その後エッシャーは再びアルハンブラ宮殿を訪れ、丸3日かけて宮殿内の文様を模写したと言います。そして生まれたこの世界。エッシャーの言葉です。

f:id:tanazashi:20190526210722p:plain

「宇宙を作り出そうとするのは抽象的でも曖昧なものでもなく、しっかりと認知できる事物を再現するべきです。二次元の宇宙を、同じ形のしかもはっきりと認知できる組木を無限個数使って組み立てるのです」

ではさらに進化したエッシャーのおよそ4 M もの大作をご覧ください。

最初はメタモルフォーゼ・変身の文字。そして返信の文字に戻る。漫画家の荒木さんはこうしたエッシャーの作品を見るたびにいつもあることを感じると言います。

「無限のパターンでどんどん変化したりとか。滝が永遠に流れてるとか、人間が永遠に階段を登りながら実は降りてたとか、無限の世界をすごく感じる」

連続するパターンが織りなす無限。それだけでなく滝や階段など不可能な立体を表した時にもエッシャーは無限にこだわっていると荒木さんは指摘します。

そしてこの版画にも。これはエッシャー、イタリア時代の作品です。どこに無限性が潜んでいるのでしょうか。

「なんでこういう絵を描いたのかと考えると、なんか崖の斜面とこの雲の、なんかどこまでも続いていく感じが描きたかったのかなって、例えば構図的に言ったらこの一番向こうの雲とか僕はいらないような気がするんだけど、エッシャーはずっと続いてくこの雲を描きたいんだろうなって思うんです。崖のこのすごくどこまでも続いていくような感じの構図って言うか、そこにエッシャーは絵の無限の無限って言うか、分割するパズルの絵とはまた違うんだけどもその無限みたいなのを描きたいんだなっていうのがちょっと分かるんですよね」

無限へのこだわり。それは科学者たちをも魅了し、彼らとの交流も深めていきます。エッシャーはこうして他の芸術家と違う独自の道を歩み続けたのです。

スタジオ

エッシャーの絵で正則分割というものが応用されてるという話でしたけども
「非常に数学的な概念です。エッシャーはそれをよく分かって作品作りに使ってたんだと思います。エッシャーの兄が結晶学の研究者だったんです。結晶というのは繰り返し並んでるようなもので、それを分析したり解析したり分類したりっていう。時に正則分割って理論が使われるんですけどそれを兄さんから学んじゃないかと思います。それでないと作れないですね」

 

 

メスキータという人物

f:id:tanazashi:20190526194830p:plain

ベルヴェデーレ(物見の塔)


ベルヴェデーレ(物見の塔)。梯子をかけたあたりにご注目。

f:id:tanazashi:20190526194843p:plain

ベルヴェデーレ(物見の塔)

4本の柱の前後がねじれています。ここにもエッシャーならではの建築不可能な建物が。

f:id:tanazashi:20190526194903p:plain

ベルヴェデーレ(物見の塔)

背景には若き頃見たイタリアを思わせる山々。ユーモラスにも見えますがちょっと不気味な感じもします。

f:id:tanazashi:20190526194919p:plain

特に戦後の作品には何とも言えない不気味さが漂うのです。

f:id:tanazashi:20190526194937p:plain

無限の階段を登る人降りる人。表情はありません。その世界をじっと見つめる人。背を向ける人。何か引っかかるものがエッシャーの作品にはあるのです。その秘密をたどるとある人物に突き当たります。

 

f:id:tanazashi:20190526195141p:plain

サミュエル・イェスルンデ・メスキータ

サミュエル・イェスルンデ・メスキータ。版画家です。エッシャーが生涯敬愛した芸術家。

f:id:tanazashi:20190526194949p:plain

今年6月メスキータの本格的な展覧会が日本で初めて開催されます。その準備を進めている冨田明さんです。

f:id:tanazashi:20190526195002p:plain

冨田章

「僕は詳しく知らなかった。すごく衝撃的でした。こういった作品を作っていた人がいたんだ」

f:id:tanazashi:20190526195154p:plain

サミュエル・イェスルンデ・メスキータ

オランダで活躍したメスキータはエッシャーが通った美術学校の先生でもありました。エッシャーの版画の才能をいち早く見出しました。

 

f:id:tanazashi:20190526195209p:plain

エッシャーはメスキータについて語っているんですが、その中で彼は率直でかつ頑固で我が道を行く人物だった。それだけ独自性を追求していた。他人の意見にあまりふらふらさせられることがなかったというんですが、確かに作品も独特の世界観を持っていますのでエッシャーの言っていることも正しいかと思います」

f:id:tanazashi:20190526195221p:plain

ヤープ・イェスルン・デ・メスキータの肖像

メスキータの作品です。一度見たら忘れられない強烈なインパクト。メスキータの表現はエッシャーに強い影響を与えていると冨田さんは言います。

f:id:tanazashi:20190526195314p:plain

ミミズク

まずは強烈な黒と白のコントラスト。

f:id:tanazashi:20190526195328p:plain

エッシャーの初期の作品を見ればその影響が分かります。

f:id:tanazashi:20190526195346p:plain

帽子の女

そして線の使い方。メスキータは直線の太さや本数で絶妙な陰影を表現しています。

f:id:tanazashi:20190526194655p:plain

アトラニの地下露地(アマルフィ海岸)

エッシャーのイタリア時代の作品です。メスキータの手法をしっかりと受け継いでいます。   そしてさらに両者には大きな共通点があると冨田さんはいいます。「メスキータの作品の中には造形的に面白いものもあるんですが、ちょっと違う世界というか、日常の中に潜んでいる闇のような部分がちょっと顔をのぞかせたりする作品が宅孫あるんです。エッシャーの作品はだまし絵であったり、視覚のトリックのような面白い絵は多いんですが、よく見ていくとその中に時々変なものがちょっと描きこまれていことがあるんです。それは例えば魔物のような存在だったり。そういうようなものが日常生活の中のちょっと違う部分あるいは闇の部分と言ってもいいかもしれませんけれども、そういうものに感じてしまうんですね。それがそのままメスキータとエッシャーの影響関係ということで説明できるのかどうかわかりませんけれども、両者に非常に共通したある傾向だと思いますね」エッシャーが学校卒業した後もメスキータとの交流は続きました。師匠はアトリエのドアに愛弟子の自信作をピンでとめていたと言います。しかし二人の交流は突然絶たれます。1944年ユダヤ人であったメスキータは強制収容所に送られ、家族もろとも殺されるのです。アトリエに残された作品です。軍歌に踏まれた跡が生々しく残っています。エッシャーとその仲間は荒らされたメスキータのアトリエから作品を大量に持ち帰ります。ナチスに知られれば命の保証はありません。それでもエッシャーたちは命がけで作品を隠し、守ったのです。晩年になってもエッシャーのアトリエの棚にはいつもメスキータの写真が飾られていました。「オランダという国は当時ユダヤ人への迫害が非常に厳しかったといわれていますが、エッシャーは同じ同胞として、自分が敬愛する先生を救えなかった。ですから葛藤という花ですね苦しみを僕は感じれたんじゃないかと思うんですね。普段平和な時代であればありえないような形で自分の先生を失ってしまうという、そういう中でエッシャーが大きい衝撃を感じただろうってことは容易に想像ができますよね」1946年。第二次世界対戦が終わった翌年の作品。眼球の濡れた感じまでリアルに表現しています。瞳孔に映るのはガイコツです。この絵についてエッシャーはいっています。「泣いても笑っても私たちはみな死と向き合っている」

 

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

展覧会