チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」

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日曜美術館「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」

自由奔放な絵を描き、22歳の若さで夭折した村山槐多。没後100年にあたる今年、展覧会開催を機に新発見の作品も相次いでいる。

村山槐多の絵を詩の朗読とともに見ていく。

自由奔放な絵を描き、22歳の若さで夭折(ようせつ)した村山槐多。

火だるまのような色、ガランス(暗赤色)こそ槐多の絵の最大の特徴である。

『自画像』や『カンナと少女』。

そして赤いオーラを放ちながら裸の僧侶が小便する『尿する裸僧』。

今年は槐多が亡くなって丁度(ちょうど)100年。

展覧会の開催を機に新発見の作品も相次いでいる。

番組では、新たな作品の紹介をまじえながら、村山槐多の絵を詩の朗読とともに見ていく

【ゲスト】美術史家…村松和明,【出演】世田谷美術館館長…酒井忠康,詩人…高橋睦郎,【司会】小野正嗣,柴田祐規子

 

 

日曜美術館「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」

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日曜美術館「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」

放送日

2019年6月23日

プロローグ

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没後100年村山槐多展


大正時代を代表する画家の一人、村山槐多の没後100年を記念する展覧会が愛知県岡崎市で開かれています。

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村山槐多

22歳の若さで亡くなった村山槐多。画家としてはもとより、詩人としても高く評価されてきました。

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槐多は暗い赤色。ガランスを多用しました。少女の頬。カンナの花。背景までもが赤く塗られています。

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裸の男が放尿している奇抜な絵。男は全身からガランスのオーラを発しています。

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「ためらうな。恥じるな。汝のガランスのチューブを取って、そのガランスをまっすぐ塗れ」

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今度の展覧会を機に、これまで知られてこなかった絵が発掘されました。

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「中学生でこれだけ精緻な絵が描けている」

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槐多は幾度も激しい恋に落ちました。ある時は年下の少年に、

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そしてある時は年上の女性に。

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「若き女の目よりも鋭く。かくも強く。かくも深く。我を惑わするそなたの瞳よ」

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高村光太郎は槐多のことをこう歌いました。「強くて悲しい火だるま槐多」火だるまの絵をその詩とともに味わっていきます。

 

槐多の青春

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物心がつく頃から京都で育った村山槐多。名門の京都府立第1中学校で学んだころから絵や詩に類まれな才能を発揮します。

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これは槐多が中学を終えた年に描いた自画像です。荒々しい筆さばきと大胆な色使い。顔や体全体に塗られている血のような暗い赤色は槐多が好んだガランスです。この自画像と響きあうような槐多の中学時代の詩の一節です。

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「血染めのラッパ吹き鳴らせ。耽美の風は濃く薄く。われらが胸に迫るなり。ああされば血染めのラッパ吹き鳴らせ」

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「吹いてるうちラッパが血染めになるくらいのつもりで吹かなければダメなんで。それが自分の表現でありまた生きることだということなんでしょ。高村光太郎が彼のことを火だるま槐多って言ったのかな。でも僕は血だるま槐多っていうほうがずっとふさわしいと思うんですよ。彼は血で描いてますよね。詩も血で書いてるし、それから絵も血で描いてます」

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槐多は中学時代、退廃的なデカダンスの詩人ボードレールランボーに心酔しました。槐多が型破りな中学生だったことを示すラブレターです。ピンクの紙に黒いインクで連綿と書かれたラブレター。中学で一級下の少年に宛てたものです。

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「白状しますれば君が慕わしくてたまらない。確かに僕は君に恋しています。あなたはベルサイユ宮殿に住んでいる人か、パリ人か、花火か絵か音楽か。なんだか知らないが美しい」

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恋した少年、稲生きよしの肖像です。青々と剃り上がった頭。ややうつむき加減のその表情は恥じらうようにも見えます。少年にまともに取り合ってもらえなかった槐多は少年の住まいのあたりをさまよったと言います。

高橋睦郎さんがこの少年との出会いから生まれたという詩を朗読してくれました。

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「自分が虐殺された貴人となってそれを稲生君が見つめているという、そういう形でも、あの愛が成就したらいいというような思いがこの詩の中にはあるでしょう。そこから非常に美しい詩の世界が成立してるわけですよね。本当に奇跡的な日本の詩の歴史の中でも非常に奇跡的な表現主義的な見事な詩になってますね。ちょっと比類がないと思うんでしょうかね」  

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岡崎世界子ども美術博物館


詩とともに絵の方で槐多の天分は際立っていました。

中学時代の槐多がいったいどんな絵を描いたのか。これまでその作品はごくわずかしか知られていませんでした。

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村松和明

しかし展覧会を企画した村松和明さんは今回新たに数多くの作品を発掘しました。

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龍安寺の風景です。筆圧はすごく強く、ぐいぐいと何回も描くんです。

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岩の力強さを出すために行間なんかを何回も塗り重ねて描いてます。臨場感というか、執念のようなものが14歳の少年の中にある」

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光と樹

「光そのものが絵の中から輝いてくる・・・。

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槐多はあまりの美しさに目が眩むほどに感動して描いたのではないかと思います。印象派のことも彼はあの京都の図書館で読んでいてねあの光をとらえるのはその印象派のね新しい試みで、それをイメージしてやったのかもしれないなと思いますけどね」

 

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大正3年。1914年。17歳の槐多は画家を目指して上京します。

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紙風船をかぶれる自画像

その年に描いた自画像。戯れに紙風船をかぶったその姿にどこかでかダンスの雰囲気が漂います。上京した年の詩の一節。

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「さようならとわれ叫ばん。いざいざわれは汝を離れてとび行かん見見の空のあなたに」

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槐多はある画家の家の離れに住み込み、日本美術院の研究会になります。

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庭園の少女

そして住まいの庭を舞台に水彩で少女の絵を描きました。髪も着物も周りの木々も群青色で覆われた中、ガランスがほっぺや鼻や着物の輪郭線を彩っています。

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カンナと少女

一方こちらの少女の絵はガランスで覆われています。とりわけ少女のほっぺはまるでカンナの花と張り合うように赤く輝いています。この絵で槐多が美術院賞を受賞しました。

 

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岡崎世界子ども美術博物館

水彩の絵で画壇に頭角を現した槐多。村松さんはこのころ槐多がある水彩の大作に挑んでいたことを様々な調査を行い突き止めました。

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日曜の遊び

横幅2メートル34センチの大作。セザンヌを思わせるタッチで水浴する西洋の女性達とトランプ遊びに興じる若者たちが描かれています。

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セザンヌの評価が高かった時代。自分も描いてみたいと思ったのでしょう。だけどいくら描いたところで自分の絵ではない」

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絵は未完のまま終わっています。このころ槐多は日記にこんな言葉を書きつけています。「俺はある確信が付いた。セザンヌの透明は俺のものでは決してない。今はゴッホセザンヌの真似をしているからいけないのだ。もっと野蛮に、もっと勇猛にならなくてはいけない」

「自分の中から湧き出てくるものを描こうと思ったのですね。彼がアニマリズムとづけた、野生みたいなものに主義をつけて作った造語です。自分で自任したものだと思います」

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裸婦

アニマリズムの精神で描かれた裸婦です。ガランスで激しくリズミカルに描かれた身体には生命力がみなぎっています。この頃の槐多の詩。

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「ああ美しき哉。汝の全体。まず我を旋律せしむるは汝の胸上なる二つの肉感的なる球なり。美しく尖りたる乳房なり。ああ美しきかな女の裸体」

 

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尿する裸僧

そして槐多ならではの破天荒な絵。尿する裸僧が生まれました。なんと真っ裸で合唱する男が尿を迸らせている姿です。

岩山のような風景の中に立つ僧侶は全身から光を発しています。まさにガランスののオーラです。「ためらうな。恥じるな。真直ぐに行け。汝のがランスのチューブを取って汝のパレットに直角に突き出しまっすぐに絞れ。そのガランスをまっすぐに濡れ」

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酒井忠康

「尿する裸僧っていうのは、まあおそらくあれは自画像だと思うんだけど槐多のね。それでおそらく日本の近代洋画の中で、あれだけ変わり種の絵はまずないし、村山槐多の大いなる自由さ、世界観の大きさということを感じるね。なんかちっちゃな倫理みたいなものを守るも悪いとは思わないけど、まあそれだけじゃ俺はすまんよって言う。槐多の作品を見た時に異様だとんでもない絵だなと思うのと同じように僕たちが試されてんだ。だから我慢しないでもっと自由にいろんなこと言いなさいよって」

スタジオ

大正四年。秋19歳の槐多は東京を離れ信州に旅立ちます。

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自画像

その年に描いた自画像。木炭の線で浮かび上がる顔はまっすぐ前を見つめています。槐多はこの年、絵にかける決意を秘めていました。

「俺は描こう。何よりも先に力を尽くして描こう。木炭と紙とそれだけでたくさんだ。俺は今せつにデッサンを要する」

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信州風景

槐多は信州で精力的にデッサンに打ち込みました。日記にこう記しています。「自分は50枚の木炭画を作ることを計画した。それらに自分は自分の芸術のあらゆる光を輝かし、表すのだ。美麗なる自然は見よ。新しく冷たい秋の空気の中に確かに実在している。それらから自分は呼吸しよう。そして描く。山脈を樹木を人間を堂々と描く」

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信州風景

信州の旅から東京に戻った後も槐多は木炭で風景や人間などを次々に描きました。

 

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自画像

通りで手を挙げ何か叫んでいるように見えるこの男は槐多自身です。眉間に刻まれた深いしわが目立っているからです。槐多は自身の顔の特徴であるこのしわを鬼の線と呼んでいました。

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猫を抱ける裸婦

荒々しいタッチで猫を抱く裸婦の姿が描かれています。槐多は素早く勢いのある線描で女性の表情を生き生きととらえています。

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酒井忠康

「槐多の持っている表現意欲というか、それが噴出しちゃっていて、あとはどうにかなるわというデッサンしちゃっている。だからどっから独特の描きかたをしてたんじゃないか。ものすごいスピードで描いてたと思うな。物事対象確認する仕方が槐多独特の確認の仕方で、直感的に鷲掴みで捕まえてしまうというような。槐多のデッサンって何でカミソリで切るようなドス黒い何かを突きつけられてくるようなところがあるんだよ」  

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自画像

大正5年。槐多二十歳の頃の自画像です。鬼の線が目立つ顔。見据えるような視線です。

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この頃絵に打ち込むと共に、槐多のほとばしる情熱が向かったのは女性でした。

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翌年のこんな赤裸々な詩の草稿が残っています。どうぞ裸になってください。

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裸婦

「美しい姉さんどうぞ裸になってください丸裸になってください。ああ心が躍るどんなに美しいかろうあなたの丸裸。とても見ずには済まされないどうぞ裸になってください」槐多が恋した相手の一人は絵のモデルをしていたおたまさんという女性でした。失恋に終わったおたまさんとの恋を長編の詩にしました。その一節。

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「私は打ち明けた目をつぶらなければ言えぬほどの激しい想いを。女の目は静まりその顔は石のように冷たくなった。美しい刹那のヒステリア。私は恋を失った女は私を逃げた。呆然と残されて、涙の泉が私の心に澄み輝いた。私は私を失った」

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バラと少女

このころいくつかの女性像が描かれました。咲き乱れるバラの花花に囲まれ、少女が立っています。少女は口を軽く開き前を見つめています。頬は上気したように赤く染まっています。モデルになった少女はきみという名前でした。

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「きみちゃん俺は真剣だこの真剣さを知っていてくれ。俺は暴風の中の小鳥のようにそなたの前に戦いている」

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湖水と女

湖水のある山並みを背にして女性がいます。羽織を着て手を組み静かに前を見つめるその顔は色白でどこかとり済ましているようにも見えます。槐多はこの絵を描いた当時、おばさんと呼んだ年上の女性を恋したいます。仲間内ではモナリザとあだ名していたと言います。「女よ女よ我は胸を震わせてそなたを見つめ、美しき恋の思いに、若き女の目よりも鋭く。かくも強くかくも深く、我を惑わするそなたの瞳よ。

 

恋多き槐多

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自画像

大正七年。21歳の自画像。顔も背景もほとんど褐色に近いくすんだガランスに追われています。どこか思いつめた表情にも見えます。この頃槐多は時に房総を訪れました。失恋の痛手を癒すためでした。「寒い風がキュッと私を拭き通した。私は一人ぼっちだ。女は不思議な恋人を離れて私は来た。この凄まじい海辺にいる。寒い風が私をいたわってくれない。私は一人だ」

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展覧会を機に村松さんが新たに発掘した作品の中には油彩画の房総の風景もあります。

「筆の速さとかね、視点の強さとか、私はセザンヌの手法に近いかもしれないけどセザンヌよりもいいなと思う作品ですね」

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房州風景

「こちらも房総の風景の絵ですね。自然の中で生きてる人々に対する温かなまなざしでいましょうか自然というものに対する畏敬の念とともにそこで働いてる人たちの美しさっていましょうか感じますよね。この頃はやっぱり自分を天才だと。もう誰も知らないかもしれないけどもこので日本に槐多がいるということを強く言いながらも、つらいことを糧にして描いて描きまくりたいっていうそういう時だと思いますね」

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自画像

東京に戻ると槐多は毎日自画像を描いたといいます。眉間には太い鬼の線が引かれています。

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自画像

厳しい表情をした自画像。この頃槐多は結核のため突然喀血します。転地療養のためまた房総に向かいます。

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「血が私の口から滴り、死神がくくっと笑う。このむごたらしい事実が良くも起こった。私まで笑った。あまりの唐突さを笑って黙った。そして泣いた」

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鳴浜九十九里

房総を転々とする旅の中、槐多は大量の喀血をして瀕死の状態で病院に運び込まれたこともありました。

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最後に住んだ東京代々木の家の写真です。

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松の群

一時体力を回復した槐多は木をモチーフにした絵をいくつも描きます。「木が風に震える。死神の目のように暗い葉がざわざわと揺らぐ。空が木を見つめている。絶え間なく震える木を。それから私を。その空をふっと風が吹き消す。私はまばたきする。命は消えそうだ」

大正8年2月。村山槐多は22歳の若さで亡くなりました。遺書にはこう記されています。

「自分は自分の心と肉体との傾向が著しくデカダンスの色を帯びていることを15、6歳から感づいていました。私はおちゆくことがその命でありました。これは恐ろしい血統の宿命です。肺病は最後の段階です。宿命的に下へ下へと行くものを引き上げよう引き上げようとして下さった知人友人に私は感謝します。たとえこの生が小生の罪でないにしろ。私は地獄へ落ちるでしょう。最低の地獄にまで。さらば」 

 

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

夭折の画家 村山槐多、130点の未公表作確認 公開へ:朝日新聞デジタル

展覧会

www.city.okazaki.lg.jp

村山槐多:没後100年展 未発表作100点も 岡崎で来月1日から /愛知 - 毎日新聞 

 

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没後100年村山槐多展

日曜美術館「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」。 ( 絵画 ) - 高村光太郎連翹忌運営委員会のブログ - Yahoo!ブログ

日曜美術館「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」 2019/6/23 - 来栖宥子★午後のアダージォ

2019年6月23日放送「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」 | ニチビとファッション