チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

新美の巨人たち 「太陽の塔」

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太陽の塔

 

f:id:tanazashi:20190704214014p:plain立ち続けて49年…約70mの高さを誇る『太陽の塔

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1970年、日本万国博覧会のテーマ展示プロデューサーに就任した岡本太郎が創り上げた塔。

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彫刻なのか?建造物なのか?そもそも何のために造られたのか?

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そして半世紀ぶりに蘇った、内部に聳える「生命の樹

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その神々しいまでの美しさに隠された秘密とは?

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芸人・又吉直樹さんが、太郎の発した数々の言葉から『太陽の塔』の真の姿に迫ります。

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美の巨人たち 「太陽の塔

放送:2019年6月29日

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太陽の塔には三つの顔があることが知られています。

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知られざる四つ目の顔とは。

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太陽の塔に住民票があるならばお住まいは大阪府吹田市千里万博公園。かつてここに世界中から人が集まりました。日本万国博覧会。テーマは人類の進歩と調和。海外や企業からのパビリオン総数は116に及びました。あれから49年。高さ日本一の大観覧車に大阪出身の又吉さん。又吉さんにとっては新鮮なアングルです。「車で通りかかった時に、あれなんだろう。何か面白そうやなっていう感覚で見てた記憶がありますね。自分が大人になっていくのと合わせてこういうものだったのかってわかっていくような気がしますね」
今日の作品。太陽の塔。高さおよそ70メートル。基底部の直径およそ20メートル。鉄骨鉄筋コンクリート製の構造物です。大地にどっしりと根を張り、大きく左右に広げた腕はまるで翼のようにも見えます。正面中央には巨大な太陽の顔。又吉さんにはどう見えたのでしょう。「感情が読み取れない。なんか怒ってるようにも見えますよね」しなやかなカーブを描く首筋。その先に黄金の顔。「存在がありすぎて」白移動体を貫く赤いイナズマの閃光。「僕一回だけ芸名つけようと思った時があって、又吉万国博覧。万博ってむちゃくちゃ人集まってくるじゃないですか。その名前だと万博って呼んでもらえるのかなとか。相方の綾部にはモータープールって名前つけてくれって頼んだ。人が集まった時、駐車場にいりますから。でも反対されたんですけど。つけとけばよかったなあ」背後に回ってみましょう。
「黒い顔が出てきました」背面には第3の顔黒い太陽。 作者は岡本太郎。絵画彫刻写真執筆活動。生み出した作品はぼう大にして企画外。芸術家という肩書きだけではとても語れません。本職は何かと聞かれこう答えました。「人間だ」岡本太郎日本万国博覧会のテーマ展示プロデューサーに就任したのは1967年のこと。我が国初の万博が掲げていたテーマは人類の進歩と調和。しかし太郎は一人真っ向から反対したのです。「進歩と調和とは逆だと思うんですよ人間は進歩しないから」岡本太郎はほとばしる言葉の人でもあります。「なんでもいいからやってみる。それだけなんだよ」「芸術はきれいであってはいけないうまくあってはいけない。ここちよくあってはいけない」「全生命が瞬間に開ききること。それが爆発だ」
日本万国博覧会のテーマ館には巨大な大屋根が設置されることが決まっていました。設定は昭和を代表する建築家丹下健三。ところが。「優雅に収まっている大屋根の平面にべらぼうなものを対決させる」技術な象徴である大屋根を突き抜けろとばかりにべらぼうなものを立ち上げたのです。それこそ60分満足する調和なんて卑しい。では岡本太郎はこの太陽の塔で何をしようとしたのか。「太郎は本当の祭りにしなきゃいけないんだと万博をですね単なる技術がお店が明日ではなくて人類の新しい祭りにすべきだ。単なる技術を見せあうとものではないと考えていた」人々の思いが凝縮し、高まり、爆発する。国境も宗教も思想も超えた壮大な祭り。そこに、「祭りであるためには神聖な中核が必要だ。それを会場の中心にどっしり根を張ってすえつける。おおらかなすごみですべての人の存在感をうちひらき、人間の誇りを爆発させる司祭として」つまり太陽の塔は人間の熱狂と興奮を見下ろす司祭なのです。では司祭の体内はどうなっているのでしょう。昨年長らく閉鎖されていた太陽の塔の内部が改修され公開されました。地下に広がる不可思議な空間。その中心に地底の太陽。太陽の塔の外側には三つの顔。そして地底を照らす第四の顔です。実は現在展示されている地底の太陽は復元されたものです。担当したのはフィギュア界の老舗海洋堂です。原型を製作した木下隆さんは復元する過程で奇妙なことに気付いたそうです。「当時の写真ではですね片方の目がすごく歪んでいる風に見えたんですよ。これは円にしたかったのに歪んでしまったんじゃないかっていうことで、正円に近い復元したんですけども」確かに歪んで見えますね。ところが原型を実物大に拡大したところ思わぬ発見があったのです。「拡大したものを見たときに両方ともまん丸だとなんかつまらないなっていう話になりまして、歪めてもらうように修正入れてもらったんですよ。当時その岡本太郎さんがちょっとしたらその表情を豊かに変えるために狙ってわざとそうにしたのかなっていう風にちょっと考えました」そこに天才的な芸術家の勘が働いたのかもしれません。現在地底の太陽はプロジェクションマッピングにより様々な表情を見せています。岡本太郎の世界と精神を受け継いで。
さらにその先には太陽の塔にとって最も不可欠でありながら、長らく失われていたものが。
闇の中に建つ太陽の塔たった一人。その内部に又吉さんが。「これ面白いな。すごい綺麗」高さおよそ41メートル。そびえ立つ巨木です。大きく広げた枝には様々な生き物たちの姿。開催当時の映像です。見たこともない色鮮やかな世界に子供達は目を輝かせたことでしょう。万博閉幕後、内部は長年にわたり半ば廃墟となっていました。色はくすみ展示物は著しく劣化しました。再生を望む声に応え、耐震工事を施し、生き物たちは新たに作り直されたのです。再生した生命の樹。その構成は四つに分けられます。原生生物の時代から幹を伝って生命の進化をたどるので根元に群生するのは単細胞生物たち。岡本太郎が最も力を入れたのがこの原子の生命群でした。古生代の生き物が生れ、命をつなぎ、世代を重ね、やがて陸へと。哺乳類の時代です。頂点に立つのはラスコーの壁画など芸術を生み出したクロマニヨン人。40億年にわたる命の物語。生命の樹太陽の塔にとって絶対に欠かせない存在です。なぜなのか。「見ればわかる。動脈であり静脈だ」エネルギーを隅々まで行き渡らせるように四方に枝を広げ壁一面を覆う波状の鉄板。内部の音響効果を考えてのものですが、太郎はこれを脳のひだ。知のひだであると捉えていました。だから赤い血の色で。太陽の塔は内臓を取り戻し再生しました。いのちの記憶を宿す一個の生命体として。万博のパビリオンは終了後6ヶ月以内に撤去されることが決まっていました。太陽の塔 この時取り壊されるはずだったのです。でも今も立っています。なぜ残ったのか。「太陽がいろんなものに生命を与えるようにこの太陽の塔もいろんな人にパワーを与えるんだっていうことを岡本太郎さんご自身が信じたんでしょうね。それを感覚的に捉えてしまった人は潰したらあかんやつじゃないのっていう皆直感的に感じたんでしょうね。それ僕もすごくわかるような気がしますね」又吉さんの前には吸い込まれそうなトンネルがずっと続いています。何でしょうこれは。生命の樹をめぐる階段を上った先に不思議な空間が。実はここ左右に広げた腕の内部。その色彩も鮮やかに変わります。神秘なトンネルはイマジネーションの翼。科学技術の進歩と輝かしい未来を歌い上げるという万博の使命の中で果たして太陽の塔とは一体何だったのでしょう。「工業社会の進歩感ををベースにした万博がずっと脈々と受け継いできたものに真っ向から違うというメッセージを発しているのはこいつだけです。万博史に残るただ一つの異物です」熱狂と興奮の日々が終わり、大屋根も撤去され太陽の塔はこれから何と対峙するのかと聞かれた太郎は即座にこう答えました。「宇宙だ」「地球上ではないところやっぱり一つ上をいく感覚やなと思いますね。屋根がなくなったから空とかっていうのがまあ普通かなと思うんですけど、宇宙から何かそういう知的生命体みたいなものが来た時にはここに留まりそうですもんね。それやっぱりさすがやなと思いますね」体内に命の記憶を宿すべらぼうの塔です。万博の歴史上ただ一つの異物。岡本太郎太陽の塔。深く静かに今も宇宙と向き合って。