チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「アニメーション映画の開拓者・高畑勲」

 

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高畑勲

 

アニメーション映画は「思想を表すことができる」「ただのファンタジーではない」と信じ、リアリティーを追求し続けた高畑勲。その熱き信念をゆかりの人々が語る。

アルプスの少女ハイジ」「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」。

高畑勲監督は背景や人物表現のひとつひとつに、臨場感や説得力を追求した。

遺作「かぐや姫の物語」は構想から50年を経て制作へ。

アニメーションの常識を覆す表現が生まれた。

高畑の助手を務めたこともある「この世界の片隅に」の片渕須直監督と、かぐや姫の声優として、高畑の演技指導を受けた女優・朝倉あきが、高畑が現代に残したメッセージをよみとく。

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【ゲスト】アニメーション監督…片渕須直,女優…朝倉あき,【出演】美術史家…辻惟雄,アニメ美術監督…山本二三,アニメーション監督…ミッシェル・オスロ,映像研究家・亜細亜大学講師…叶精二,【司会】小野正嗣,柴田祐規子

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日曜美術館「アニメーション映画の開拓者・高畑勲

放送日

2019年9月8日

プロローグ

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人気テレビアニメから日本を舞台とした長編映画まで。

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アニメーションという手法で人々の心に届くのリアルな表現を模索し続けた高畑勲

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「高畑作品の素晴らしい所は常に革新的なことをやっているところです。それでいて決してこれみよがしではなく、あくまでもさりげない」

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高畑は遺作、かぐや姫の物語でもアニメーションの常識を覆す表現に挑戦。

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それは手書きの線を生かすことでした。

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今年50年以上前に書かれたかぐや姫の物語につながる

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若き日の草案が発見されました。

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さらに今回初めてカメラが高畑の書斎に。

アニメーションの可能性を追求し続けた高畑勲が生涯問い続けたものとは何だったのでしょうか。

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スタジオ

「今日は去年4月にお亡くなりになったアニメーション映画監督・高畑勲さんを取り上げます。

高畑勲さんといえばハイジを毎週のように見ていた世代です」「ハイジを見てその僕のヨーロッパの原風景が形作られた。それぐらい衝撃を受けました」

今日まず高畑さんがアニメーション映画にどんな思いを込めたのかその辺りから見て参ります。

高畑勲さん

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1974年アルプスの少女ハイジがテレビ放送開始。

スポーツ根性もののアニメが主流だった当時、海外の児童文学を取り上げるのは異例のことでした。

おじいさんの山小屋でのびのびと暮らす少女ハイジに誰もが魅了されました。

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制作したのは若きアニメーション映画監督・高畑勲

しかし高畑はこの仕事を引き受けるべきか3ヶ月悩んだと言います。

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一体何を伝えればいいのか。

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原作に愛着があったものの、アニメーションが最も得意とするファンタジーの要素がなく、宗教的な教えが強いことも気になったのです。

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どうしたら日本人にも通じるテーマとなるのか。

高畑は考えます。

折しも時代は高度経済成長期から70年代に入り、その反動として光化学スモッグなどの大気汚染に自然破壊、さらにはオイルショック

日本社会全体が閉塞するなか、高畑は子供たちの心を解放したいと考えたのです。

 

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長年高畑作品を研究してきた叶精二さんは、ここに高畑演出の原点を見出しています。

「子どもたちが日常的なものを自分で動き回ることによって発見する。喜びを見出す。それを映像で改めて掘り起こして、世界は喜びと発見に満ちているというんですかね。喜びと発見のファンタジーとおっしゃっていましたけれど。題材自体は非常にアニメーションにしづらい、むつかしいものなんです。日常の芝居がものすごく多いし、食べるものや衣服、そういうものに臨場感と説得力がないと成立しないような、起伏の少ないお話ですから、それを成立させるのには説得力のある絵を、動きを、背景美術をかけないと。そこが前提として固められないとというのがあるんですが、それでアニメーションを作ろうとしたっていうのが歴史上かってないことだった」

臨場感と説得力。

つまり画面にどうリアリティを持たせられるのか。

高畑は制作スタッフを連れ現地スイスでロケハンを行うことにします。

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そこにいたのは高畑の盟友・宮崎駿。そして小田部羊一

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彼らはアルプスに暮らす人々の生活をつぶさに見て体験します。

それは日本のテレビアニメーションとしては初めての試みでした。

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今も残る高畑のノートには現地の人々の暮らしが克明に記録されています。

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例えば、飼われているヤギの品種やどれくらいの量の乳を出すのか。

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バターやチーズの品質について。

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それこそが高畑たちの目指す日常を発見することでした。

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そして物語に合うハイジのキャラクターが作られていきます。

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第一話の重要なシーン。ハイジがおじいさんの家に預けられる場面。

まだハイジの表情は暗く、不安に満ちています。

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しかし道中自然の中に息づく虫や動物を発見し、触れ合うことで次第に不安が解消されていくのです。

高畑はこのアルプスの大自然に、ハイジを溶け込ませようとします。

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着膨れたハイジが次々と服を脱いでいきます。そして。

f:id:tanazashi:20190914225350p:plain脱ぎ散らかして駆け出すハイジ。原作では赤い厚手のショールをとり、上着のボタンを外し、軽い下着一枚になると脱いだ服をきちんとひとまとめにしてからかけ出すことになっています。

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高畑はハイジに服を脱ぎ散らかせることで心が解放されていく様子を演出したのです。

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こうして始まったハイジの日常とともにあの名シーンが生まれます。

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おじいさんの焼くチーズがとろりと溶けるシーン。

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チーズのつやまでが表現されています。

放送後はどこであのチーズが買えるのかと電話が鳴り止まなかったといいます。

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高畑たちはむやみにドラマチックにはせず、主人公の日常に密着して彼らの生活を克明に追いかけることにしました。

そこに視聴者を立ち会わせることで共感を呼んだのです。

そもそもなぜ高畑はアニメーションを志したのか。

きっかけは東京大学仏文科在学中に見たある一本のアニメーション映画でした。

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やぶにらみの暴君

「それは藪にらみの暴君といいます。何回見たかわからない。

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内容を把握するために暗がりでメモを取ったりとか、

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見た後で記憶で密室があるんですが、その密室の平面図を描いてみたりとか。

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アニメーション映画で思想が語れるんだ。思想を語るというか、ものに託して語る」

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この若き日の出会いが高畑をアニメーションの世界へと導いたのです。

スタジオ

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映画かぐや姫の物語かぐや姫を演じた女優の朝倉あきさん。そしてこの世界の片隅にの監督でいらっしゃる片渕須直さんです。よろしくお願いいたします。高畑監督は一言でとこんな感じの方ですか。
「ちょっと難しい。本当に色々なあの魅力のある方だと思うんですけど。私にとってみれば私は祖父がずっといなかったので、優しくも色々なことを教えてくれる優しいおじいちゃんだよそんな方だったかなと思います」
「僕は二十代の若いころ短い期間だけだったのですが、高畑さんの演出助手を務めることがあって、高畑さんの物語を作っていく、そのメモを取る係だったんですけど、たくさん書いたメモの中に高畠さんが言いたい事がちゃんと書かれていたらしくて、少しだけわかりかけてきましたねって言っていただいて、でも他は分かってなかったんだろうなと思いながら、他んとこで誰かさんどんなことを考えていらっしゃったのがなんとか追いつけないかって思いながらなんかここまでずっと生きてきたような気がしますね」
アルプスの少女ハイジから振り返っていこうと思います。朝倉さんはどんな印象でした。

「改めて見ると本当に私の中ではかぐや姫だったりとか、そういう絵しか印象が強く残ってなかったので、こんなにみずみずしく可愛らしい感じだったんだなって、よりいいなと思いました」
アニメーションの作品を作るためにロケハンに行った。経験がなければリアリティは作られ作り込まれて来ないってことですかね。
「例えばヨーロッパに行くと、教会の鐘が鳴る音の響きひとつとっても違うような気がするんですね。多分そういうものが味わうってことが大事だったんじゃないのかな。空気みたいになって忍び込んでくるみたいな」
日常にこだわるっていうことは
「高畑さんは最初躊躇され、拒まれていたらしいんですね。その時にこれは実写でも描けるのでしょう。むしろ実写で既に描いたものがあるのになぜアニメーションで描かなければいけないのだろう。それはやる必要があるんですかって言ったところから多分高畠さんの考えが始まって、あるのだとしたらそれは何だろう。アニメーションでは何が得られるんだろうっていうふうにどんどんの考えが進んでいったんじゃないかなと思うんですね。その時に高畑さんは若い頃から難しい言葉で"異化効果"例えばあのある自分たちで耳に馴染みのある歌があって、それをカバー曲としてですもうか誰が歌ったりすると、別の声で別の歌い方で別の編曲で歌われると、この歌詞にはこんな情感がこもっていたんだなって思うとか、そういうことが多分"異化効果"なんだとするならば、実写できることをアニメーションで行った時に新しい、そこまで既にあった意味が見る側にとって再発見されるんじゃないか。おそらくそういうことで高畑さんがそのハイジに踏み切られたんだろうと思うんですね。だとすると日常生活とか、現実に取材するのかってのは、全部それを前提にした上で、それがアニメションになった時にこういうことだったのかって、新しい目で見ることができるんじゃないのかなそういう考え方だったんじゃないのかなと思います」

 

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1985年。高畑は宮崎駿スタジオジブリの設立に参加。

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今度は一転して日本を舞台にした長編映画に取り掛かります。

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「周りを見回すと日本の過去や生活そのものについても知らないことがいっぱいあるんです」

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1988年《火垂るの墓》高畑が挑んだのは戦争という悲劇をもとに描かれた原作の世界を可能な限りのリアリズムで表現することでした。

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作品は海外でも高い評価を受けました。

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フランス人アニメーション映画監督のミッシェル・オスロさん。

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美しく独創的なアニメーションで、社会問題に切り込む作品は世界各地に熱狂的なファンを持ちます。

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フランスの映画祭で《火垂るの墓》を見て以来、高畑と親交を深めてきました。

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「とにかく感動しました。しかも同じアニメーションという芸術で、とても強いテーマを扱っていることに感心しました。悲しいシーンであっても、セリフやこれ見よがしな演出にたよらずちゃんと伝わることが素晴らしいのです」

 

実は高畑も9歳の時、故郷岡山で空襲を体験していました。

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「岡山での空襲という体験をしていなかったらああいう作品を作ろうとも思わなかったかもしれませんね。戦争およびそのあとの体験というものを自分は生きていますし、生かす方向に使いたいと思います」

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作品は主人公たちの過酷な日常を際立たせるこの上ないリアルな風景描写が評判を呼びました。

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描いたのは背景画を担当した山本二三さん。

この作品の前にも高畑と仕事を共にしていました。しかし、山本さんは高畑の申し出を一度断ったといいます。

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「私は昭和28年の生まれで戦争を知らないんですよね。で、戦争の焼け跡の色とか焦土化された都市とか、爆撃空襲を受けた時のものの燃え方とか煙の量とか、体験してないわけですから。そういうところで我々だ戦争を知らない世代が戦争を美化してしまうといけないって思いもあったんですね。

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でも原作を読みましてね。野坂昭如さん。それはフィクションであるかもしれないけどノンフィクション的な要素が強かったのでこれはやらなきゃいけないなと思って」

山本さんの筆は細部まで精緻を極めます。たとえば疎開先での食事のシーン。

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「桐のタンスの取っ手のとこに手が当たるんでそこだけが白くなってくとか、そういう使いこなされた風景。

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で畳も少し黄色くなってきてるとか。そういうものを表現することによって、その映画のヒューマニズム的なものを表現できるんじゃないか。リアリズムと。

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そこに何年も暮らした幸せの世代があったんじゃないかっていうのも表現しなきゃいけないなと思ったんです」

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高畑は、戦時下の日々の暮らしを丁寧に描くことが画面に説得性を高め、観客の共感を獲得しうるという可能性を開拓します。

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神戸をロケハンする中で、被災した人々の心情までも山本さんに伝えました。

「二本松のシーンで、命からがら助かった人たちが集まってますよね。二本松で焼け跡を見ている人たちの感情も教えてくれましたね。全部綺麗に焼けてしもうたわいとか言ってるよね。自分の家が焼けると。自分の家一軒残っていると後ろめたくなるって。全部燃えてゼロになっているから少しは軽くなってる」

それがこのシーン。

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「うちだけが焼けなんだらそりゃ肩身が狭いやろな」

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どんな状況下でもただ悲しむのではなく、隣人たちとの日常の生活がある。

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それを写し取ることでリアリティが生まれると信じていました。

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高畑はこの作品を取り上げた理由についてこう語っています。

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「アニメーションで勇気や希望やたくましさを描くことはもちろん大切であるが、まず人と人がどう繋がるかについて思いを馳せることができる作品もまた必要であろう」

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現在、東京国立近代美術館で行われている高畑勲展。

展覧会を企画した鈴木勝雄さんは日本と向き合う高畑の仕事をこう分析します。

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「80年代後半以降、《火垂るの墓》そして《おもひでぽろぽろ》《平成狸合戦ぽんぽこ》といったスタジオジブリで高畠さんが作られた作品においては、ぐっと作品の密度が上がってるということにおそらく皆さん気づくと思うんですね。これは実際に戦中、戦後に起こったことであり、共有されてる体験であると。でそれをこう丁寧な風景描写で描き出すことによってその日本人が送ってきたその歴史というものをもう1回再認識して、一体何が起こったのか。そしてその結果に何が失われたのか。何を得たのか。そしてこれからどうするのかということを我々に考えさせるような映画作りをしてきたというふうに私は考えています」

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次の作品では山形県の後継者不足に悩む農村を取材。

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そこでは江戸時代に隆盛を極めた紅花栽培が行われていました。

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映画では20代の主人公妙子を通して、女性の社会進出や過疎化する農村の現場にスポットをあてました。「有機農業って」

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「勇気の出る農業。勇気のいる農業」そして94年の作品では里山の問題を取り上げます。

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宅地の造成開発によってそれまで人々の暮らしとともにあった里山が削られ、姿を消していったのです。

里山に住むたぬきは住処を追われ住宅街で餌を求める姿が頻繁に目撃されるようになります。

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高畑は人間対たぬきのドラマを、あえてどちらかに肩入れするのではなく、ナレーションを使いドキュメンタリー仕立てにしました。

高畑は客観的に現実世界を見せることで鑑賞者一人一人に問い続けたのです。

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「こちらが父の仕事場です」今回初めて高畑監督の書斎にテレビカメラが入りました。「本の山です」「以前は打ち合わせなどに使っていましたが、いつの間にか本の山になってしまった」

書斎を埋めつくす本の山。

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日本の古典文学から映画化した宮沢賢治まで。

さらには敬愛する作家の評論集から野や山を扱ったもの。

西洋東洋問わず、美術にも造詣が深かったことが分かります。

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「どうしてもモチーフとか題材を外に求める。ファンタジーを自分で作り上げるというタイプではないので、そういう意味では幅広くどんな題材が自分が作るのに適しているのだろうと考えていたのではないかと思います。どんな題材であろうとも、自分でやるべきものかどうかってところが一つの判断基準になってたんじゃないかなと」

深い思索を重ねたこの書斎から高畑作品が生み出されたのです。

スタジオ

思いやりと思い入れ

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「主人公の清太という14歳の少年が一人暮らしを戦争中に始めるわけですね。彼はちょっと夢見てるような気持で一人暮らしに入るわけです。現実に即していない生活で、その時に妹の節子っていう小さな女の子が彼の横にいることが大事で、それが妹のことを本当の意味で思いやる相手として、人として見ていなかったかもしれない

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どっかで自分が勝手に思いいれている偶像として見ていたのかもしれない。そういうものがあるから彼は夢の世界である一人暮らし、妹との二人暮らしを始められたのかもしれない。そうだとするならば、途中で節子は背中に白いあせもができてしまったりとか、栄養失調からおなかを壊し始めて、そうすると清太は、あっこの妹も体があって体を損ねてしまう。人間だったのかって気づくわけです。その時には、自分が今まで思い入ればっかりで生きてきてしまったがゆえに、思い入れの対象である節子がそんなふうになってしまうまで気づかなかった。そういうようなことが、ひょっとしたら重ねられて、戦争中のことに重ねられて描かれているからかもしれないと思ったのです。戦争中のことを描いているけれど、我々の側にも跳ね返ってくるようにこの作品は描かれていたんだなと思います。気づくことができる」

 

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2005年。高畑にとって6年ぶりの新作が決定。

テーマは日本最古の物語といわれる竹取物語を脚色した《かぐや姫の物語》。

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月で生まれたかぐや姫は竹取の翁と嫗に育てられ、やがて都へ。

その美貌を聞きつけた男たちの求婚に対して、無理難題を押し付けるかぐや。

地上での暮らしを楽しみにしていたはずなのにそれも叶わず、ついに月へと戻る日がやってきます。

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今年高畑家からこれまでに関わった作品の資料が発見されました。

ダンボール18箱にも及ぶ量でした。

f:id:tanazashi:20190915182148p:plainその中から「ぼくらのかぐや姫」と題された手書きの資料が見つかりました。

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実はこれ、50年以上前。高畑が映画会社の新人だった頃のもの。

社内で竹取物語をアニメーション化する計画があり、高畑なりに構想を書き留めたのです。

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そこには絵巻物をよく研究して、その描法を生かすこと。

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動く絵巻という感じを出す。絵巻を強く意識していることがわかります。

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さらに、音楽劇に仕立てるというアイディアも。

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そしてかぐやについては、拒絶の美しさ。

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真の愛を探し求め、自らも次第に人間性に目覚めてゆくが、

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泣く泣く月へ帰って行くと、当時からかなり具体的なビジョンがあったことが見て取れます。

現代の物語を描いてきた高畑。

誰も知らない平安時代をどのようにリアリティある世界として表すのか。

この作品で高畠はそれまでのアニメーションの常識を覆す新しい表現に突き進みました。

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それは手書きの線。

赤ちゃんの輪郭線は太かったり、細かったり、と切れていたり線のの躍動感がそのままキャラクターの質感や量感を表します。

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それまでアニメーションといえばセル画と呼ばれる透明なシートに一定の太さの線でキャラクターの輪郭線を描くのが普通でした。

しかし今回は手描きの線を活かし、線が途中で切れているところもあります。f:id:tanazashi:20190915194207p:plain

これを着色しようとすると範囲を指定できず、色を塗ることができません。

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色を塗るためだけの線を別に描かなければならないのです。

色が塗れたら色面だけを元の手書きの絵に載せます。

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これを動画一枚一枚に施していくため、途方もない手間と時間がかかります。

それでも高畑は手書きの線にこだわりました。 なぜなのか。

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「どんどんその作り込んでいったらねそれの方が現実感感じるのかっていうと、人間必ずしもそうじゃないんじゃないか。やたらリアルに描いてるように見えてもね、そこにはその本物感じるよりは、よく描けましたねとか。そういう感じしか受け取らないことってよくあると思う。

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それよりは、ざっと描いたものの方がですね、その背後にあるはずの本物を感じることができるんじゃないかな。本物を見せてないにもかかわらず本物を感じることができる。

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僕は緑(よすが)と言ってんだけど、その縁を通して感じた方が本物だと思えることがあるってこと」

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宴の夜、思い描いていた地上での幸せな暮らしとのの違いに絶望するかぐや。

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外へ飛び出して駆け抜けるシーン。

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この大胆な筆致による表現を絶賛する人物がいます。美術史家の辻惟夫さん。

「足の描写。これは本当にこの画家の発明みたいなもので、殴り書きですよね。しかし、これは実に様になっている。姫の姿勢というのか前のめりになってすっ飛んでくる。こういうところはアニメだから表現できることで映画だととても無理」そしてもう一つこだわったのな空間表現。手書きの線で描かれたキャラクターに合うように、背景はあえて余白を強調しました。その効果について叶さんは。

「基本的に誰も行ったことのない世界を提供してるわけです。平安時代の日本。それはいくら調べても最終的に写実的な完璧なセットを再現しようと思っても無理です。だいたいこんな感じだったのかもしれないというものをポンとおいて、その後ろ側に本当の平安時代を想像することができたほうがむしろリアリティがある。面白いのは、木やどんぐり、くさむらなどの自然描写は筆数を多くしておいて、家の中に関して、特に都会に出てからは筆を省いている。その中には想像の余地があるような描かれ方をしている」

余白は表現の中でも辻さんが特に注目したのはこの場面。かつて自分が暮らした家を訪ねるかぐや。そこには見ず知らずの人たちが暮らしていました。ボロボロの格好から施しを受けるかぐや。ここでは余白にもう一つの効果があることに気づいたと言います。

「特にこの場面では呆然と立ちすくむ姫の心のむなしさがこの余白によく表現されていると思うんです。こういう物語性を持ったアニメというものにこういう使い方をするというのは高畑さんが最初なんじゃないですか」
こうしてかぐや姫の物語は8年の歳月をかけて完成。結局これが高畑勲最後の作品となりました。

「自分の長いアニメーションの仕事をしてきて、非常に満足というか、みんなの記憶の中にあるものを引き出す力がこの表現にはある。表現としては間違ってなかったんじゃないかなと強く感じました」

スタジオ

 「アニメーションの線はくっきりした輪郭があって、その中をベタな色で塗るってことが前提なんですが、アニメーションのいままでの技法がすべてだと思わないで、もっと違うことができるんじゃないかな。そのことで表現できる幅がもっと広がるはずだし、かぐや姫のこのシーンだって、確実にその線自体が主人公の感情を描いてるわけですよね。線がそういうものを描けるのだ。線が形だけを選ぶものではないということですね」

時間かかりますよね
「やっぱり自分の中にあるものだけで作ってたらもっと簡単にできてしまうかもしれないなという気がしてますね」
でもそれをやると繰り返しなっちゃいますよね。

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「そうですね。そうじゃないことをやりたい。自分も今平安時代を舞台にしたものを作ろうとしておりますが、考えてたりするんですけども。

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平安時代の人って今の自分達とどれくらい重なるのかわからないですね。でたくさんの絵も残されているんですが、同時にあの文章、文献、あるいは詩歌とか、当時の日記とか物語とか残されてて、だから人間を読み取って行くとすごく理解できて、自分と重なるし、自分たちの現在にいてもおかしくない人たちなんだなって思えた時に、何かあのそういう遠い時代のようなものが近くなってきて、何か初めて描けるような気がします」
 

取材先など

 

 

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放送記録

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書籍

展覧会

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高畑勲

高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの | 東京国立近代美術館 

 

初の長編演出(監督)となった「太陽の王子 ホルスの大冒険」(1968年)で、悪魔と闘う人々の団結という困難な主題に挑戦した高畑は、その後つぎつぎにアニメーションにおける新しい表現を開拓していきました。70年代には、「アルプスの少女ハイジ」(1974年)、「赤毛のアン」(1979年)などのTV名作シリーズで、日常生活を丹念に描き出す手法を通して、冒険ファンタジーとは異なる豊かな人間ドラマの形を完成させます。80年代に入ると舞台を日本に移して、「じゃりン子チエ」(1981年)、「セロ弾きのゴーシュ」(1982年)、「火垂るの墓」(1988年)など、日本の風土や庶民生活のリアリティーを表現するとともに、日本人の戦中・戦後の歴史を再考するようなスケールの大きな作品を制作。遺作となった「かぐや姫の物語」(2013年)ではデジタル技術を駆使して手描きの線を活かした水彩画風の描法に挑み、従来のセル様式とは一線を画した表現上の革新を達成しました。 このように常に今日的なテーマを模索し、それにふさわしい新しい表現方法を徹底して追求した革新者・高畑の創造の軌跡は、戦後の日本のアニメーションの礎を築くとともに、他の制作者にも大きな影響を与えました。本展覧会では、絵を描かない高畑の「演出」というポイントに注目し、多数の未公開資料も紹介しながら、その多面的な作品世界の秘密に迫ります。