チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「天平の風 令和に吹きぬ ~第71回 正倉院展~」

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奈良・正倉院の貴重な宝物を年に一度公開する「正倉院展」。

令和の幕開けを祝う今回は、とりわけ豪華な宝物が勢ぞろい。

その魅力を女優・鶴田真由さんと共に味わい尽くす。

奈良・正倉院の貴重な宝物を年に一度公開する、「正倉院展」。

令和の幕開けを祝う今回は、とりわけ豪華な宝物が勢ぞろいする。金や水晶で彩られた華麗な「柄香炉」や、聖武天皇が儀式の際に身につけた「袈裟(けさ)」や「靴」など41点。その魅力を女優・鶴田真由さんと共に味わい尽くす。

さらに正倉院が、奈良時代に作られたとは思えないほど美しい姿で、宝物を今に伝えることができた秘密にも迫る!

【出演】鶴田真由,奈良国立博物館 館長…松本伸之,【司会】小野正嗣,柴田祐規子

日曜美術館天平の風 令和に吹きぬ ~第71回 正倉院展~」

放送日

2019年11月3日

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奈良正倉院。その扉は毎年秋に一度だけ開かれます。

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やって来たのは天皇の勅使。封印を解き2ヶ月に渡って宝物の点検や調査を行います。

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時を同じくして開かれるのが奈良国立博物館恒例の正倉院展

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正倉院の宝物が見られるほとんど唯一の機会とあって大人気。

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新時代の幕開けを祝って今年はとりわけ豪華の宝物が出陳されています。

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1300年前に作られたとは思えない美しい品々。正倉院はまるでタイムカプセル。

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時を超え人々の手で大切に受け継がれてきた天平の至宝をお楽しみください。

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スタジオ

今年も正倉院展の季節がやってきました。

年に一度だけ正倉院の宝物が特別に公開されると言うことで、特に今年は即位記念ということで、絢爛豪華な宝物が出陳されるということです。

特に今回特徴的なのは正倉院宝物のきっかけとなりました聖武天皇のゆかりの品が多いということなんですね。

正倉院展

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先月26日。毎年20万人以上が訪れる正倉院展が始まりました。

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紫檀金鈿柄香炉

ひときわ注目を集めていたのは紫檀金鈿柄香炉(したんきんでんのえごうろ)。

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法要で僧侶が手に持つ柄のついた香炉です。

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東南アジア由来の紫檀に金や水晶、色ガラスがはめ込まれています。

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炉の縁には後ろを振り返る金色の獅子。

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見ているのはハスの花と水晶玉です。

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正倉院宝物の中でも最も華麗な絵香炉です。

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奈良東大寺の北に位置する正倉院

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およそ9000件の宝物を納める建物は間口33メートルの大きな木製の倉庫です。

 

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正倉院に宝物が収められるようになったきっかけは756年。奈良時代の礎を築いた聖武天皇が亡くなったことでした。そのゆかりの品が妻光明皇后によって収められました。

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国家珍宝帳

その品々を記したのが国家珍宝帳。記されているのはおよそ600件。

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筆頭に書かれているのが聖武天皇が身にまとったという袈裟。

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七条刺納樹皮色袈裟

七條刺納樹皮色袈裟。赤 青黄など色も形も様々な数百枚の衣が縫い合わされています。

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粗末な布を縫い合わせることで衣服に対する執着を断つ。

釈迦が袈裟をまとったその本来の形に習った1枚です。歴代天皇の中で初めて出家した聖武天皇の仏教への信仰心が現われています。

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赤漆文欟木御厨子

国家珍宝帳第2の宝物。赤漆文欟木御厨子

飛鳥時代天武天皇から6代にわたって使われ、聖武天皇の身近に置かれた戸棚です。

この戸棚に収められていた聖武天皇愛用の品も見ることができます。

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紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)

紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)。

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長さおよそ30センチ儀式用に作られたとされる鮮やかなものさしです。

古来長さの単位を決めるものさしは権威の象徴。田畑を測定し税額を定めることにつながるからです。

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はつって散りばめると書いて撥鏤。染め上げた象牙を彫って文様を生み出す技法です。

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わずか3センチ四方のマスの中には、花や鳳凰

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そして角が花の形をした花鹿。

しかしこの技法はその後日本でほとんど途絶えてしまいました。

 

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その撥鏤を今に再現する人がいます。

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元々は陶芸家だった森田蔵さん。

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この技法に魅せられ道具や手順も分からない中10年以上独自に研究を続けてきました。

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鹿の毛並みを彫るときには跳ね上げるように刃物を動かします。0.1ミリ以下の線を何本も引くことでふわふわの質感を表現します。

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「撥鏤はこのように順番に彫る。細かく彫りながら線を表す。それが撥鏤という意味だと思います。生き生きとした姿がほしかったと思います。それを自然に表現するためにはそのような技法になったのだと思います」 

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森田さんがこだわっているのが照明です。

電球と手元の間に水入りのフラスコを入れる装置を手作り。

光を手元に集め、頭や手の影が落ちないようにしています。

作業場はあえて小さく設計。窓をふさぎあえて小さく集中できる環境を作り出しています。

「撥鏤は失敗ができない。縦横厚さ寸法が決まっているので集中しないと」

それでも集中力が続かず一日数分しか作業できないこともあるのだそう。

「これを制作した人は、ほめてもらおうとか言う邪心はなかったのだろう。ただあるものを見たままに彫った。自分の腕で、なな゛忠実にきれいな心で彫ったと思います。そうでないと1300年たって感動を覚えるような物はできてない」

スタジオ

松本「正倉院宝物そのものの成り立ちを示す、しかも粒選りの物がそろっている」
松本「頭の上に花のようなものがつくと言うことは、日本の鹿とは違う。中央アジアあたりからずっと伝わってきたんではないかというのが最近の説です。シルクロードを通ってきた聖なる獣」
聖武天皇の大仏建立にかけた思いを見ていこうと思います。

聖武天皇の強い意志

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2002年東大寺大仏開眼1250年を祝う法要が行われました。

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荒廃する国の立て直しを大仏建立にかけた聖武天皇

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今回の正倉院展では大仏建立を祝う場で使われたと言われる宝物を見ることができます。

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伎楽面獅子

伎楽面獅子。奉納された伎楽という仮面劇で使われた獅子の面です。口は開閉するように作られており獅子舞のルーツとも言われています。

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この日のために聖武天皇がしつらえたとされるものが残っています。

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衲御礼履(のうのごらいり)

衲御礼履(のうのごらいり)。

1300年の時を経てなお鮮やかに輝く履物です。

赤く染めたスウェードに真珠や琥珀玉、水晶などの装飾。

縫い目には金糸があしらわれています。

反り返ったつま先は丈の長い服の裾を踏まないための工夫だと言われます。

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左の靴には小指の付け根の位置にすり減ったような跡が。

新たな国づくりに踏み出した日の聖武天皇の歩みを今に伝えます。

 

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聖武天皇が身につけていたとされる冠の部品も展示されています。金や真珠。

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地中海産とされるサンゴなどを国内外から集められた選りすぐりの素材。

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冠が贅を尽くしたものだったことを物語ります。

今はばらばらになった部品が残るのみ。当時の姿はどのようなものだったのでしょうか。

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この冠を独自に復元した人がいます。

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京都泉涌寺の研究員石野浩司さん。

天皇家とゆかりの深いこの寺で、皇室の行事や風俗などを研究しています。

石野さんは研究員として駆け出しの20代の頃。

正倉院展で冠の部品に出会い、一目惚れ。現代の身近な材料を使って再現を試みました。

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冕冠(べんかん)

冠の形は冕冠(べんかん)と呼ばれる中国の皇帝がかぶっていたもの。

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旒(宝玉を糸で貫いて垂らした飾り)

四角い板の前後に旒(宝玉を糸で貫いて垂らした飾り)という飾りが垂れ下がっています。

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中国のような強固な律令国家を目指した聖武天皇。中国式の装いをしたとされています。

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その一方で、頭頂部には日光型の飾り。日本の歴代の天皇が身につけた冠を元に再現しました。

「天板の周り、正面に三つ。ヨコに四つ、大きさの割合で割り出した。日本を近代国家にするんだという思いの中での、 自らの立ち位置の象徴がこの冠だったのではないかと考えられます」大仏建立によって国に平安をもたらそうとした聖武天皇。数々の宝物は聖武天皇の強い意志を今に伝えています。

 

スタジオ

松本「正倉院宝物のおもしろいところは、壊れた経緯も記録されていて、冠や衣服をことあるごとに参考にするため、正倉院から取り出すわけです。ところが記録によりますと、鎌倉時代嵯峨天皇の儀式で使うことから、冠や靴を家臣の物といっしょに借り出した。ところがお返しするまでの間で、事故に遭ってばらばらになってしまった。という記録が残っています」
遣唐使たちが持って帰ってきたものをご覧いただきます。

遣唐使

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世界最先端だった唐の文化や技術。

それを手に入れようと遣唐使たちは遠く海を渡りました。

命がけの航海を経て現地で数十年にわたって文物を学ぶという困難な任務でした。

彼らが持ち帰った宝物は日本に大きな影響を与えます。

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時の皇帝から賜ったとされる花の形をした銀製の皿。

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中央には花鹿の文様。当時大陸で流行していた空想上の生き物です。

聖武天皇が愛した撥鏤尺に描かれていたあの生き物です。

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金銀平文琴(きんぎんひょうもんきん)

こちらは桐の木に漆を塗った金銀平文琴(きんぎんひょうもんきん)と呼ばれる弦楽器。

漆を金や銀で装飾する技法も遣唐使によってもたらされたと言われています。

困難な任務を担った遣唐使の心の内が垣間見える品があります。

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金銀山水八卦八角

金銀山水八卦八角鏡。直径センチ重さ7 kg を超える大きな鏡。銀の薄い板が張られ精緻な文様が織り込まれています。注目すべきは縁に沿って刻まれた漢字。

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それは40文字からなる漢詩です。鏡に漢字が刻まれることなどありません。

この鏡は一体何なのか。

中国や日本の慣習を40年以上にわたって研究している宇野直人さんに読み解いてもらいました。

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「テーマとしては望郷の詩ですね。特に奥さんのことを思いやってる詩だと思います」

ひとりぼっちで長く異国に留まっている。たった一人で泣き続け、もう何年が経っただろう。今よく映る鏡がやっと出来上がり、遥か遠くにいる大切な妻のことを思い起こしている。鳳凰はまもなく林に帰り、龍ももうすぐ海を渡る。私もこの鏡を大切にしまって帰る日を待ち、再会の日にはこれを繙き愛しい人を映し出そう。

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詩の中で宇野さんが注目したのは海渡という表現でした。

「中国では海っていうのは日本人のように青海原とか海の幸に結びつかないんですね。海っていうのは暗い文明の光の届かないような世界の果てってイメージがあったんですね。やっぱり作者は遣唐使か何かで、向こうにいて、龍はまもなく海を渡るであろう。自分は海を越えて帰りたいっていう気持ちを歌っていて、

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そのことから作者が日本人であることも分かります」

鏡は遣唐使として派遣された日本人が現地の職人に作らせたものなのではないか。

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さらに宇野さんは、がびの人という言葉に着目しました。

ある夫が妻の眉を毎日書いたという故事にちなんだ言葉で、愛する妻という意味があります。

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「奥さんを残してきたっていう気持ちが強くてそれが詩の中に自然に気持ちとして現れてるんですね。だから作者は愛妻家なんですね。奈良時代平安時代の日本人の漢詩っていうのはかしこまったような内容が多いっていう印象があったんですけれども、早く会いたいっていう風な気持ちをストレートに出してますよね。これはこの時代としては珍しいでしょうし、それによって作者が身近に感じられました。学力教養真面目さ優しさなんか素晴らしい男性だった」

スタジオ

松本「鏡という一つのジャンルの文物と当時の他のと見比べてみますと、実はこのように個人の心情を歌った詩をこういう鏡に刻むというのは全く例はないんです」「国際色豊っていうすすんだものをどんどん取り入れようという時代だったかなと思います」
正倉院に納められているものは1300年を経て見ることができるわけですけれど、そのためには宝物を入れる箱が大変に重要な役割を果たしていました。

箱の役割

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螺鈿

正倉院宝物の中でも随一の豪華さを誇る螺鈿の箱です。

黒い漆に夜光貝を切り出した真っ白な花。その中心には水晶玉が埋められ、下の花びらの模様が幻想的な輝きを放ちます。

実はこの豪華な箱はある宝物をおさめる役割を担っていました。

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中に収められていたのは革のベルト。

アフガニスタン産と言われる3センチの大きさのラピスラズリをふんだんに使っています。

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ラピスラズリのベルトは当時金銀のもの以上の価値があり、位の高い人しか身につけることが許されませんでした。

この螺鈿の箱以外にも正倉院には宝物を治めるための様々な箱が存在します。

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こちらの漆で塗られた箱は聖武天皇ゆかりのある宝物を納めたもの。

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箱の底には微妙に傾斜のついた繰り込みが彫られています。

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この箱に収められていた宝物とはあの衲御礼履(のうのごらいり)です。

くりこみはかかとの部分が深くつま先の部分が浅くなっています。

箱の中で靴が動いて痛まないようにという工夫です。

長きにわたり宝物を守ってきた正倉院。その驚異の保存能力を支えたのは他でもない箱の力でした。

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中を覗くとそこには確かにたくさんの箱が。

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古櫃(こき)と呼ばれる杉の箱。中には布や木工品などが入れられていました。

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特徴は側面に付けられた4本の足。箱を浮かせることで床からの湿気を防ぎます。

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正倉院事務所ではおよそ20年前から古櫃の中の保存環境について詳細な調査を続けてきました。

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その結果湿度の変化は年間20%程度にとどまっていることが判明。

そのことが虫やカビによる被害などを最小限に留めたと推測されています。

1300年前の人たちはなぜこのような箱を作ることができたのか。

正倉院事務所の前所長の杉本一樹さん。箱も含めて全ての宝物を見てきた正倉院生き字引です。

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「ものに対する自然な敬意のようなものが、容器としての箱もそれなりの誠意を込めてつくる。中身が少しでも暮らしやすいようにと言う工夫。これを当時の人たちが自然な発想として持っていたという気がします」

宝物を敬う心が生み出した正倉院の箱たち。

その存在が正倉院を世界でも類を見ないタイムカプセルにしていったのです。
 

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

展覧会

 

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