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新美の巨人たち 藤原信実・後京極良経「佐竹本三十六歌仙絵」

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『佐竹本三十六歌仙絵』とは、今から約700年前の鎌倉時代に描かれた、36人の和歌の名人の肖像画

在原業平柿本人麻呂小大君源信明…数々の名だたる歌人が一堂に介し、上下2巻に18人ずつ歌合形式で描かれています。

描いたのは藤原信実、和歌の書は後京極良経の筆とされています。
ところが今からちょうど100年前、とんでもない事件が起きました。

なんとこの壮麗な絵巻が37枚に「切断」され、1枚数億円もの値段で売られてしまったのです。しかも“くじ引き”で…。
そんな一度はバラバラになった絵巻が、今、京都国立博物館で奇跡の再会を果たしています。

今回展示されるのは31点。

この100年ぶりの奇跡の再会に、近藤サトさんが立ち会います。
なぜ絵巻は「切断」されたのか?

なぜくじ引きだったのか?

日本美術の秘宝中の秘宝と謳われた三十六歌仙たちは、その後どう生きたのか…?

日本美術史上最大の事件に迫ります。

美の巨人たち 藤原信実・後京極良経「佐竹本三十六歌仙絵」

放送:2019年11月3日

プロローグ 

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今からちょうど100年前のこと。

威厳をたたえたこの館で日本美術史上最大の事件が起きたのです。

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上下二巻に36人の歌仙等が描かれた壮麗な絵巻がありました。

和歌の名人達の雅な姿が繊細な筆致で実に美しく描かれています。

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その絵巻がバラバラに切断されたのです。

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そして総額60億とも言われる価格で売られていたのです。

しかもくじ引きで。世に言う佐竹本三十六歌仙絵巻切断。

 

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100年後の京都国立博物館です。

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日本美術の源流ともいえる王朝の美がそこにあります。

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世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし。

「表情がとても気品がありますよね」

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本日は近藤サトさんが佐竹本三十六歌仙絵奇跡の物語を辿ります。

なぜ絵巻は切断されたのか。

なぜくじ引きだったのか。

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国宝級とうたわれた名画たちはその後どう生きたのか。

流転のドラマとは。

佐竹本三十六歌仙絵巻

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佐竹本三十六歌仙絵巻は日本の絵巻物です。

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36人の和歌の名人たちが上下2巻に

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18人ずつ歌合形式で描かれていました。

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700年以上前の鎌倉時代のもの。

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絵を描いたのは藤原信実

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和歌の書は後京極義経の筆。

技術も材料も当時の最高峰のものです。

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「打紙と言うんですけども紙をツルツルにするかの加工がなされてまして、

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さらにきらめきというその雲母の粒子を塗布する加工がなされていることで光沢感のある表面になっています。こういったの加工をした紙を使った歌仙はこの時代には他には見当たりませんので、かなり特別な目的によって作られたんではないかなと思います」

それほどの秘宝がなぜばらばらにされることになったのか。

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もともと下賀茂神社の神庫に奉納されていた三十六歌仙絵巻は江戸時代中期に秋田藩佐竹家へと受け継がれました。

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幕末明治維新という時代を経て家禄を失い経済的苦境に立たされた佐竹家はやむなく家宝の数々を手放すことになります。

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佐竹本三十六歌仙絵巻についた値段は35万3000円。

現在の価値でいえばおよそ35億円というとてつもない金額です。

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6人の古美術商は合同入札しその後船成金、山本唯三郎が上下2巻まとめて購入しました。

所が。折しも第1次世界大戦後の不況に見舞われた山本は財産を失い絵巻を手放すことになったのです。

舞台となった場所が残されています。

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国立博物館はよく来るんですがこんなに深い森があるなんて知らなかったですねいろんなところ良く東屋と言うかお茶室がある」

大正時代の当時、品川御殿山に合ったこの館は有形文化財として現在上野にある東京国立博物館の敷地内に移築保存されています。

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館の名は応挙館。

「すごい二間続きで。結構大人数で茶会もできたんでしょうけど。これが応挙館の由来の応挙の絵ですか」

 

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壁一面に施されているのは円山応挙の筆による襖絵です。

応挙が眼病治療で世話になった寺にお礼として描いたものと伝えられています。

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応挙館の主は益田孝。

三井物産創立者であり、財界の頂点に君臨した男です。

また鈍翁の名で知られる当代きっての一流趣味人であり茶人。

美術愛好家でもありました。

鈍翁曰く「今の日本に上下2巻まとめて買い取れる人物はいない」

ならばとやむを得ない荒業に出たのです。

絵巻切断。そしてそれぞれを希望者たちに買い取らせるという構想でした。

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鈍翁を世話人としてついにその日がやってきたのです。

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その日応挙館に集まったのは40数名の財閥の当主、財界人、道具商など。

その名を知れば誰もが息を呑むほどのそうそうたる名士たち。

巻頭の住吉大明神を含め37枚に分割された絵にはあらかじめ値が付けられていました。

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例えば在原業平は1万円。

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華やかな女性歌仙の絵は人気が高く小大君は2万5千円。

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逆に僧侶の絵は人気が無く素性法師は7000円。

その総額は現在の価値で言うとおよそ60億円。

分配方法は何とくじ引きです。

祈る者、震える者、沈黙する者。

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当時の新聞によれば「20日午前10時より御殿山益田男邸なる応挙館において、実物被展の上一番より37番までに分かち馳せ参じたる数寄者ならびに代理者約40名。順次に青竹に手作りしくじ筒を打ち振り、めぐりゆく番号に各自の願運を確かめたり」

それぞれが静かな熱狂と興奮の中に身を置いたのです。

「罪悪感みたいなものもあってこれが自分のものになる高揚感と背徳感とテンションが高かったと思いますよここにいた人たちは全員」

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願いが叶った者がいて。狙いが外れたものもいて。悲喜こもごものドラマとともに日本美術界の最も長い日が終わりました。

f:id:tanazashi:20191110092318p:plainそして今回37点中展示されるのは31点。

100年の間に行方知れずのもの。未だに公開できないものもあるからです。

しかし切断後これだけの数が集まったのは初めてのことです。

ではなぜそれほど高価なのか。なぜそれほど人を熱狂させるのか。

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佐竹本の歌仙絵の特徴がよく表れているのがこちらの藤原仲文かもしれません。

有明の月の光を待つほどに我が世のいたく更けにけり」

月の光を待つうちに夜が明けてしまうように自分も随分と年老いてしまったと嘆いた歌です。

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じっと思い詰めた仲文のため息すら伝わってきそうです。

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「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」

伊勢物語の主人公にして世紀の美男子の誉れ高い在原業平です。

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桜を見る会みたいなもので着ててもおかしくないようなちょっとくだけた服なのにも関わらず表情がとても気品がありますよね」

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りんとした表情があり、

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うつろな表情があり、

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堂々としたたたずまい。

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悄然としたたたずまい。

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歌人たちのリアルで精密な描き分けが見事です。

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それだけではありません。

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「多くの男性歌仙は黒い衣装を着ているんですけれども。

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衣紋線という服の輪郭を描く線はですね。最初に引いた線を残しながらそれ以外の部分を墨で黒く塗っているということを行っていまして、立体感であったりとか質感であったりとかそういうところが表現できている。

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あるいはその中に細かい文様なども描かれていたりして、手の込んだ表現がなされています」

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目にも鮮やかな十二単です。

幾重にも重なる色彩の華やかさ。

金や銀が使われていたことも分かっています。

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その上を細い髪の毛が波打つような美しさで表現されています。

肖像という静かな空間をドキリとする動的な構図にしたてているのです。

図らずもバラバラに分割されたことにより、新たな美の潮流も生まれることになりました。

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例えばこの絵です。

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いかがでしょう。実は華麗な変身を遂げていたのです。

一体それは。

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佐竹本三十六歌仙絵は切断された後様々な旅をすることになります。

近藤サトさんは京都嵐山を訪ねました。ちょっとたじろぐような門構えです。

京懐石で名高い京都吉兆嵐山本店。

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「こんにちはよろしくお願いいたします」

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徳岡さんの祖父で吉兆の創業者の湯木貞一は、戦後間もなく売りに出された在原業平をさる道具商から手に入れました。

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桜の季節になるとこの部屋で客をもてなすおりに度々在原業平を床の間に掛けたそうです。

「お茶の話ばかり」

茶懐石がきっかけで料理の道を志した湯木貞一は、一方で茶の湯にも情熱を注ぎました。

店一店出店できる値段で茶碗一つを買い、周囲を驚かせたこともあったそうです。

在原業平の軸というのも人生にとってすごく必要なもの」

「入手したとき大いに喜び宴会が続いたほどでした。僕の結婚式の時、春だったのでかけていたことがあります」

「ここぞという時にかける絵」手に入れたものだけが知る喜びと幸福。

絵巻切断という日本美術史に残る事件によって、全くあらたなの効果を生んだ作品がこの坂上是則です。

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「み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさりゆく」

吉野の山に雪が積もり外の寒さが増していく様子を歌ったこの歌。

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是則の頬や唇もほんのりと赤く染まっています。

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カメラをスーッと引いていくと実に壮麗な表具に設えられているのです。

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鹿の住む雪山を描いたこの室町時代大和絵は、あでやかな色彩と流麗な筆さばきで描かれています。

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その絵をまるで背景にするように、歌と肖像と表具が一体となって見事な季節感を演出しているのです。

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「見た目の華やかさだけで無く、どういう伝来の裂であるのかとか、所有者の個性であるとか、美意識が非常によく現れたものですので、見て頂くのは非常に面白いかなと思います」

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紀貫之の表具には本願寺に伝来したとされる能装束の裂が使われています。

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持ち主がさらなる敬愛の念を募らせた結果一枚の絵が総合芸術へと昇華していったのでしょう。

「時代が織りなす一つの美ですよね」

100年という歳月は計り知れない長さと重さを感じさせます。

私たちが向かったのは瀬戸内海。ここにも流転のドラマがあったのです。

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しまなみ海道の中程に位置する生口島

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穏やかな海を望む小高い丘に壮麗な伽藍が見えてきます。

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日光の陽明門と見まごうばかりの絢爛たる耕三寺。

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大阪の実業家だった耕三寺耕三が母の菩提を弔うために出家し昭和10年から建立を始めた寺です。

15の登録有形文化財と膨大な美術コレクションを所蔵し寺全体が博物館として公開されています。

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こちらで所蔵されているのが紀貫之

「桜散る木の下風は寒からで空に知られぬ雪ぞ降りける」

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この絵はもともと服部七兵衛という古美術商が引当て、その後伴良太郎という人物に渡りました。

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「もともと京都の伴さんというお医者さんが持っておられたことを聞いてるんですけれども、おそらくそれまでに持っていたものも何点か手放して紀貫之を手に入れたんだとは思ってます」

茶人であり茶道具を収集していた耕三寺耕三が入手したのには他にもこんな理由がありました。

「母の故郷であるこの島にいろんな文化財を持ってきて都会に行かなくてもいろんな貴重なものだったり物が見れる博物館を作るってことも目的のひとつだったので、収蔵品の中でも目玉の一つとして紀貫之を手に入れたかったんだと思います」

所有者それぞれに歌仙絵との絆の物語。

あの日絵巻を切断され分割されました。しかしそれにより日本美術にとって重要なものが誕生したのです。それはいったい。

文化財保護法成立

切断された佐竹本三十六歌仙絵。

所有者が点々としたものがあり、変わらず一所にいたものがあり。行方不明になったものもあります。

ただ一つ言えるのは海外へと流れてたものは一点もないということ。

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そして。昭和25年文化財保護法成立。

二度と国宝級の絵巻切断事件を起こさないために。

美術とはその国の歴史や文化の結晶です。

その心を写したものです。

現在京都国立博物館では佐竹本三十六歌仙絵のうち31点が奇跡の再会を果たしています。

王朝の美があります。

100年という流転のドラマがあります。

今もリアルな歌人たちの息づかいとともに。

佐竹本三十六歌仙絵。

切断された悲運。分割された幸運。

いつの日かその全てが揃うことを願って。

 

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